グレッグ・イーガンのレビュー一覧
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3D感覚で実際に自分がその場にいるかのようにゲームをプレイできる、オンラインゲームの高度進化版(ハンターハンターのGIを思い浮かべるとイメージしやすい)を軸にしたSFものだが、親子の絆などの要素も込められた物語。
グレッグ・イーガンというと、現在SF作家の最高峰だったり、ハードSFの旗手と呼ばれたりで、とっつき難い印象があった。
いずれ読まねばと思うが、これより前の「ディアスポラ」などは非常に理解が難しく、「白熱光」に至っては筆者のウェブサイトにて図付きの解説が載っているという事実が二の足を踏ませる。
それらよりは遥かに読みやすい(理解力に乏しい我々にイーガンが歩み寄った)作品ではあるようだが、いかんせん長すぎるのではないかという印象は拭えない。全部で500ページ近くあるが、200ページほどの第1部はイランの政治情勢とデモについて長々と書かれており、SF要素はほぼ皆無である。ここで投げ出してしまった読者も多いのではないだろうか。
第2部は1部から10数年後の未来で、2020年代が舞台である。同書が執筆されたのが2010年であり、科学技術などはかなり想像がしやすく、実際に起こり得りそうな出来事を目にすることになる。
と言うより、SF黎明期の名作の発表時期に比べると、現在の科学技術が如何に発達したかと思わせられる。
おれ達、未来に生きてんな。
イスラム教徒が多く住む地域で、発達し過ぎた科学はどのような受け取られ方をするのか?というのも見所の一つ。
自分が心に描き、理想としている自分自身の像と、自分自身の知識と人格を投影して作成した像の乖離を目の当たりにするシーンはなかなかに壮絶だった。
冒頭で、海外へ引っ越しする準備中の主人公が、これまでの自分史を象るレコード群達を手放して、後からお気に入りだけダウンロード購入するべきか否か葛藤するシーンがとても好きだ。音楽好きなら分かるはず。
「自分が二度とディーヴォとかレジデンツとかヴァージン・プルーンズに金を出す気にならないのは分かっているが、そのページを日記から破りとって、エルヴィス・コステロやザ・スミスといった高尚な一団に青春の全てを捧げていたふりをするのも嫌だった。世に知られていなく、いかがわしいアルバムほど、それを自分の過去から削除することで失ってしまうものが大きかった」 -
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2016/09/07-2016/09/10
星4.5
「グレッグ・イーガンのSFがおもしろい」というのを風の噂で聞いたので読んだ。ハヤカワ文庫SFの中ではこれが最初の単行本だが、日本語訳されているイーガンの長編の中では2番目らしい。創元SF文庫から出ている『宇宙消失』が最初。Wikipediaによると更にそれより前に "An Unusual Angle" というのがあるらしい。
物語の背景として主軸にあるのは、物理・情報科学・生物の知識。物理に偏ることも情報科学に偏ることもなく、基礎原理から生物的性質まで幅広く設定され考察されているのには、想像力の広さを感じた。
今まで僕はいわゆる「強いAI」の世界観に違和感を覚えていたのだが、そんな僕にでも「強いAI」が存在する世界をリアリスティックに感じられるくらいの構成だった。
また、科学を志すものとして、「オッカムの剃刀」についてちょっとした考え違いをしていたことに気づけたのも大きかった。SFを読むと自分の視野の狭さに気づけるので面白い。 -
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ネタバレ1994年発表、グレッグ・イーガン著。ソフトウェア化された意識〈コピー〉が一般化された世界。富豪のコピー達に、宇宙が消失しようとも永遠に生きられる方法を提示する男。N次元オートマトンを駆使した、膨張し続けるTVC宇宙(エリュシオン)内に、コピー達と彼らの住む街〈順列都市〉を作り、さらに簡略化された物理法則を持つオートヴァ―ス宇宙を作る。やがてオートヴァ―ス宇宙側(そこに住む知的生命体、ランバート人)から、TVC宇宙への浸食(より高次の万物理論の暗示)が起こり始める。
久しぶりのイーガンだったが、やはり一筋縄には理解できない。依然読んだ『ディアスポラ』以上に難しいと感じた。おそらく難解な部分そのものが、本小説の核だからだろう(『ディアスポラ』では難解さは味付けのように感じたのだが)。
コピーという概念自体は使い古されたテーマだろうが、物語前半の経済的な制約やオートヴァ―スについての実験のリアリティー、数学的知識(塵理論と発進の原理)、コンピューターやセルオートマトンなど科学的知識を駆使して独特な仮想世界を生み出すあたり、とても新鮮だった。不死の概念を塗り替える思想はおもしろいし、何より最後の方のオートヴァ―ス側からの浸食がスリリングだった。別の物理法則をもった宇宙同士がぶつかり合うという話は、我々人間の科学的進展もまたランバート人のような過程を進んでいることを暗示しているのだろう。神の不在(本作ではランバート人にとってのエリュシオン人の不在)、神すら包括されている高次の物理法則。興味深い。古くからある、普遍的なテーマだ。さらに物語の裏に流れているであろう、数学の絶対視(TVC宇宙もオートヴァ―ス宇宙も数学の基盤からは逃れてはいない。どちらも数学に比べれば不安定なのだ)。以前から個人的に考えてきたことだったので、何だかイーガンに共感できてホッとした。
本作を読むといろいろと勉強したくなってくる。数学、意識についての哲学、コンピューター工学。特にセルオートマトンについては非常に興味が湧いた。
気になった点が二つ。一つは量子力学について。前半部分で、現実に比べてオートヴァ―ス内で突然変異が起こりにくい理由として登場したので、後半に重要な役割を担うと期待していたのだが、そんなことはなかった。もう一つはN次元オートマトンの作り方。本小説における一番の重要な装置だと思うのだが(これがないと宇宙が作れない)、ただ開発されたというだけで何の説明もない。もう少し詳しく説明してほしかった。 -
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初めてグレッグ・イーガンの作品を読んだ。想像以上にハードSFだった。最初から難しい。脳のシナプスを活性化させ、目から入ってくる文章から画像を生成し、脳みそに汗をかきながら読んだ。涙ぐましい努力(自分的には)の結果、最初の部分はかなり楽しめた。
この最初の部分は、非常によくできていて、生命の誕生(コンピューターの中の世界だが)のプロセスを臨場感と共に思い切り楽しめる。その部分があるからこそ物語に引き込まれ、最後までドキドキしながら読むことができた。
後は大宇宙を移動しながら、時には次元を越え、時には別宇宙に飛び、自分のクローンを作りながら永遠の旅をする。
数学やら物理やら、やたら難しい単語が出てくるが、分からなければ、自分が感じた語感を信じて「こんなものかな」と思いながら読み進めればいいのではないだろうか。そういえば、用語解説が後ろの方にあるので、分からない単語や概念が出てきたら参照するとよい。ただし必要最小限の単語しか解説されてないので、後は読者の努力が必要になる。読んでいて大きな迷子にならないためにも、イーガンの作品に馴染みがない人は最初に目を通しておくといい。
ハードSFは細かいことは気にせずに、分からない部分も含めて分かったふりをして、なんとなく著者の描きたい世界観を楽しめればいい、と個人的には思っている。ディアスポラも感覚で読んだ。それで楽しめたのだから、これはこれで正解だったのだろう。 -
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ここに、ひとの感情を固定させることのできるインプラントがあるとしよう。インプラントは鼻孔に挿入された後、脳まで一直線に掘りすすみ、そこから放出されたウイルス大のロボットが適切な処置を施してくれるのだ。もちろん痛みはない。
さて、ここで質問。あなたは夫婦間、あるいは恋人への愛情を例えば倦怠期による磨耗から守るために、このインプラントを使用するだろうか。
テクノロジーの発展がもたらす社会的道徳や価値観の変容。本書は、まだ変容を受け入れきれていない社会を舞台に、倫理と欲望の葛藤、そして思わぬ落とし穴を描く作品がちらほら。現代SFの最高峰グレッグ・イーガンの短篇集は全7篇収録。
テクノロジーの発展により変容する道徳、価値観、人間のあり方。読んだイーガンの作品は多くありませんが(短篇集だけ)、これはイーガンの作品によく見られるテーマかと思います。とりわけ、テクノロジーの発展によってあわらになったアイデンティティを題材にした作品は「祈りの海」に多く収録。本書では「行動原理」「真心」「ふたりの距離」あたりがこれらに連なるかと。
数学SFの極北と評される「ルミナス」は、もちろん言及される数学や理論の9割以上を理解できておりませんが、本書で描かれる異質のファーストコンタクトはそれだけでワクワクさせられるものでした。
表題作や「オラクル」にて示される多世界解釈。多世界解釈とは、これまでも色んな作者が取り上げており、いわゆるSFサブテーマのひとつといえるものですが、その多世界解釈を理論に落とし込み(もちろん理解しきれてませんが)、ハードSFに仕立て上げるイーガンの筆力にはびっくり。表題作については、娘を亡くした両親が機械のこどもを手に入れる”だけ”に留まらないのが凄いところ。
うん、やっぱりイーガンはおもしろいぞ。そろそろ長編も読もう。とりわけ簡単なやつを… -
Posted by ブクログ
いやあこれは意外。前作の「白熱光」がガチガチのハードさだったので、おそらくまたわからんだろうけど頑張って読むもんね!と鼻息荒く読み出したら、おっとっと、なんだか雰囲気が違う。若干途惑いつつ、そうだよ、ここのところ文系読者にはキビシイのが続いてたけど、人の心に繊細に分け入るドラマ性の豊かさもまたイーガンの持ち味だったよね~とずんずん読み進め、本を置いた今はしみじみとした満足感の中にいる。やっぱりイーガンは最高だ。
何よりも意外だったのは、本作には度肝を抜くようなSF設定がないことだ。人間の脳をスキャンしてヴァーチャルな存在を作り出すというお話ではあるが、「ディアスポラ」でその突き抜けた形を差し出して見せたイーガンが、ここではその遙か手前、現実にかなり近い(のかな?)段階のテクノロジーを設定している。まあ、だからといってわかりやすいかというと、そんなことはまったくないわけだけど、読み出していきなりガーンと遠くへ連れ去られていく気分になる「ディアスポラ」や「白熱光」とは別タイプの作品だ。
また、舞台がイランで、第一部ではその政治情勢が重要な背景となっている。えーっとこの頃のイランってどうなってたんだっけ? 途中で本を置いて調べてから再開。そういう知識が絶対必要というのではないが、少し知ってた方が読みやすいと思う。
不幸な形で妻を亡くし、自分も病気で長く生きられないとわかった主人公(の一人)マーティンが、幼い息子の行く末を案じ、なんとかその助けとなってやりたいと願う。その切実な思いに泣けてくる。(もちろんこれはイーガンなのだからして、その愛情の捉え方も思弁的で、いたずらにセンチメンタルなものではなく、その抑制にぐっとくる。)最新テクノロジーにその願いを託そうとしたマーティンだが、やはり最終的に人の心を救うのは、現実の時間を共にし、記憶を共有する人なのだ。
ヴァーチャルな存在が持つ「意識」についても考察されているが、本作ではそこにはあまり深入りしていない。ただ、「記憶」というものが「意識」に不可欠なものであるという考えが示されていて、これには説得力がある。
もう一人の主人公はイラン人の女性科学者。父が政治犯として処刑され、アメリカへ亡命。その後イランへ戻り、ヴァーチャルゲーム「ゼンデギ」開発の現場にいる。テクノロジーによって祖国に貢献したいと強く願いながら、現実は思うに任せない。彼女のパートを読んでいると、技術開発というものが実に生臭いもので、いったん走り出した技術を「ほどほど」でとどめ置くことなど不可能なのではないかという気持ちになる。
とは言っても、イーガンは単純にテクノロジーの否定的な面を描いているのではなくて(もちろん)、第一部の民主化を求めるイランのデモの渦中、多くの人を救うのもまたテクノロジーだ。人間の幸福と技術的進歩の関係は、複雑に絡まり合っていて、そう一筋縄でいくものではない。このクールで複眼的な見方が著者の大きな魅力だと思う。
物語は、記者としてイランに赴任するマーティンが、持っていけないレコードをデジタル化するというエピソードから始まる。これが伏線だったのね。他にもいろいろありそうで、読み返すのが楽しみだ。 -
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ネタバレ小学校の理科の時間に、口の粘膜を綿棒ですくって顕微鏡にかける実験があった。接眼レンズを覗くと、本当に教科書で見たような細胞があった。
「祈りの海」の主人公が覚えた衝撃は、そのときの記憶に似ているかもしれない。
地球とは別の海の星で、主人公の「ぼく」は暮らしている。幼いころにある体験をして、それ以来大いなる女神の存在を信じている。しかし、成長した彼が自らの研究で判明させたのは、その体験が単に微生物の排泄物がもたらす幻覚だったという事実だ。
信じていたものから神秘的な(俗悪な)ヴェールを剥ぎ取られ、主人公の拠り所は一気に瓦解する。
発想の点では、「誘拐」の、「人の心の誘拐」が一番刺激的だった。ただ、ヒューゴー賞を獲ったのは「祈りの海」だというのには納得する。
人は知性という松明で世界を照らしてきた。明るすぎる松明は人自身をも照らしてしまう。暗闇からぬっと現れる顔面像は、人が望むナルシシズムの幻想を少なからず壊してきた。
けれど人は、「祈りの海」の主人公のように前に進める。進むしかない、とも思う。
イーガンのようなSFは、もちろんScienceFictionだけれども、知性を足場に世界を覗きこむことにおいて、現実とあまり変わらないように感じる。この小説の知性の光によって、わたしたちは太陽のもとで腕に走る血管の網目模様を見るように、わたしたちの意識の組み合い方を見ることが出来る。 -
Posted by ブクログ
ネタバレどうやって人間をサイバー空間に送り込むか? という問題については、つまりこの順列都市の「スキャン」って方法で解決できちゃうのかも。身体構造をまるごと写しとって、仮想世界に用意した真っ白いインテリアの部屋にぶちこめばいい。魂というものがない限り、人間はそれで問題なく動くかも。
この小説で面白いのは、その「スキャン」の発想と、ダラムの展開する「塵理論」。なんだけど、その解釈が難しいのでこれが塵理論かな? と思うのを二つ書いておく。
塵理論その①
主人公の一人であるダラムは妻によって一度仮想世界を体験し、自身をコピーと思い込んだ。その結果、「ベッドで眠る自分」と「コピーとしての自分」という二つの自分を経験した。それはどちらも実在するダラムだった。ということは、ダラムにとって世界は二つあったことになる。ダラムは自分がパラレルワールドを体現したことを悟る。人間の意識を起点として世界が存在するのなら、時間は必ずしも連続していなくていいし、不連続な空間は人間の認識によって溶接出来る。つまり、塵理論は「永遠は無限に散らばった極小の空間の接続で実現できる」ということ。
塵理論その②
もうひとつは、塵理論は「プログラムのなかのプログラム」そのものという話。現実世界におけるサーバーのパワー不足が問題なら、仮想空間のサーバーを使えばいいじゃない。情報という実態のない「塵」から無限の空間が生まれる。だから塵理論。鈴木光司の「リング」三部作でも同じような話があった。
個人的にはその①かなあと思ってるけど、よくわかっていない。塵の存在であるプログラムの中のプログラム(TVC宇宙)に永遠の時間が分割されて存在し人間の意識によって溶接される、それ全体を指してというのが今の認識に一番近いかも。
また、コンピューター上で世界で起こりうるすべてのパラレルを無限に計算し、それを観測者の認識によってこよりのようにより合わせ永遠に実在化し続けるのが塵理論という考え方もあるけど、個人的にはしっくりこない。
下巻に入り、シャワー室でダラムが自殺してから、とたんにパワーダウンを感じる。TVC宇宙の人間のファッションとかどうでもいいし。ラストのオートヴァース世界がTVC宇宙に影響するというのは面白いなあと思ったけど、それってアリか? オートヴァースとTVC宇宙の基盤になるプログラムは違うんじゃないの? とも思う。 -
Posted by ブクログ
最近(一部で)超話題のウルトラハードSF『ディアスポラ』を読破!!「近年のSFでは最高」だとか、「イーガンの頂点の一つ」だとかの評価があったので、ずっと読みたかったんですよ。
グレッグ・イーガンって人はすごい作品を書くのはわかってました。『万物理論』は難解ながらもとんでもない方向に行っちゃうところが刺激的だし、『しあわせの理由』や『祈りの海』なんかは「技術とアイデンティテイ」という問題を考える上で重要な事柄を扱ってて興味深い。とにかく、いまホットな人なんですよ!(力説)
『ディアスポラ』の評判は聞いてたんですが、近くの本屋になかったので、いままで読んでなかったのです。この前、渋谷による用事があったのでついに購入しました。
で、読み始めたんですが。。。やばそうなニオイが。500ページあるのは最近のSFの風潮でいいんですが、20ページの用語解説・・・。しかも、用語解説よんでもわけわかんない・・・。
まぁ、こんなのは読み始めりゃ何とかなるもん!
・・・・僕が間違ってました。
のっけから「ソフトウェア生命体の誕生」というわけわかんないパートだし・・・。この世界にいる三種類の知的存在は肉体人、グレイズナー(ロボット)、ポリス市民(コンピュータ生命体、ソフトウェア)なんだけど、主要登場人物は一番感情移入しにくいポリス市民がほとんどだし。話はもっぱら電脳上ですすむし(物理法則無視のよくワカラン世界)。場合によっては5次元とかにいっちゃうし・・・。
すごかった!(わからなさが)
いや、SFは読みなれてるつもりでしたが、甘かった・・・。こんなふやけた自分はレンズマンから読み直します。ありがとうございました -
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グレッグ・イーガンのソフトな人々が描かれたハードなSF作品です。
人類の多くが肉体を捨て、意識をシミュレートできるコンピュータ上に生活環境を移した世界で、問題に直面した人類の外宇宙への進出が描かれます。
そして、ハードなSFだけに、その辿り着く果てである結末も、ハードボイルド(煮詰り過ぎ)です。
<そんなに簡単に、ヒトが身体を捨ててコンピュータに移り住むの?>
”私”という意識は、身体ではなく、脳内の電気的、化学的な変化自体でもない。
脳内の電気的、化学的の変化が、連続的な意味のある変化の場合に、生み出される現象…雷とか風とかと変わらない…と思われる。
同様の変化が起こるなら、例え機械であっても、再現される意識は同じはずある。
元より、意識が不連続なヒトが、意識の同一性なんて問題を気にしても仕方ない。
<要は・・・慣れなんじゃない?> -
Posted by ブクログ
1997年発表、グレッグ・イーガン著。仮想現実都市ポリスに住む、ソフトウェア化した人類。ソフトウェア化を拒み、肉体を保ったまま地球で生きる肉体人。地球を襲う天文学的危機をきっかけに多次元空間へと逃れた人類は、遠くの星へクローンを飛ばす「ディアスポラ」を開始する。その果てに未知の生命体と接触する。
とんでもない小説だった。全力で理詰めだ。ストーリーの流れは何となく分かるのだが、冒頭の孤児ヤチマが生まれるシーンなどはまだしも(このシーンが個人的には一番面白かった)、幾何学やワームホール、多次元の話など、大学で物理科や数理科を専攻でもしていないと完全には書かれていることを理解できないに違いない。だから、理論のどこまでが本当でどこまでが虚構なのか、よく分からない。だが虚構をそれっぽく描くこと自体がSFなのだから、分からずとも圧倒されていればいいだろう。
肉他人、ドリームエイプ、ワンの絨毯、ヤドカリなど、とにかく怒涛のように溢れる発想。そして六次元など、全く想像のつかない巨視的・微視的なスケール。これらを楽しむだけでも読む価値はある。
読み終えて、数学や物理学への興味がわいてきた。ちゃんと勉強してから、もう一度読み直してみたい。そうすれば著者の仕組んだ嘘に気づくことができ、ニヤニヤしながら読めるのだろう。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ上下巻あるうちの「下巻」。こちらに入ると俄然話が進んで一気に面白くなる・・・のだが、最後の半分は「順列都市」内の話になって、いきなり数千年ほど時間がたったりしてしまい、そこにいくともうSFと言うよりはファンタジーになってしまう。
最初読んだ時にはエリュシオンと塵理論の話がさっぱりわからず(というか最初からわかる人は皆無だろう・・・)解説しているサイトを色々読んで、二回目をようやく理解。わからなかったのは、エリュシオンを動かしているハードウェアを停止しているのに「なんで数千年もエリュシオンは動き続けるのか?」ということ。。
で、これを理解する・・というか解釈するためには塵理論が必要なんだけど、これって物理で言うところの素粒子論に近い処がある。たぶん大学で物理を学んだ人にはイメージがわくんだろうけど、塵理論というのはようするに「ある一瞬を切り出しても因果律を無視したあらゆる世界の可能性が含まれている」ということを言っていて、エリュシオンの中で数千年がたってていても、私たちが感じることのできる実時間では数秒もたっていないということなのだ(というかそもそも時間がたつ必要がない。因果律がないので)。
こういった可能性に考えが至ると、結局この話で書かれている不死性というのは時間の近くの仕方による・・という結論が導かれるのだけど、そこまで書くと話が長くなるし、自分でもなにを言ってるかわからなくなりそう。
とにかくほっぽり出した感がある最後と言い、難解さが半端ない作品ではあるが、まるで今のコンピューターの状況をかなり正確に予想していて、一読の価値ありである。 -
Posted by ブクログ
ネタバレタイトルからは全く内容を想像することが出来ないSF。上下巻に分かれており、上巻だけでは全く話をつかむことが出来ないし、どこに着地するのかを想像することもできない・・・・。
あらすじはこんな感じ。
近未来、人類は神経系を全てスキャンすることで、肉体がなくなった後もコンピューター上に「データ」として生き続けることが出来るようになった。コンピューター上の人格は現実とコミュニケーションをとることもできるし、企業に干渉することもできる。ただし、コンピューターを動かし続けるには資産が必要であり、それを手もっていないものはゆっくりとしか時間を過ごすことが出来ずにいた。
主人公の女性プログラマーはそのような巨大リソースの中で趣味のオートマトン遊びを繰り返している時に信じられないような発見をし、そしてそれをきっかけに「順列都市」の計画に巻き込まれていくのだった・・・。
こうかくと一本道のような話に聞こえるが、実際には複数の主人公の話が複雑に絡んでいる群像劇で、上巻は人間関係を把握するだけで終わってしまうようなところがある。上巻でも後半に入ると少しずつ話が動き出しておもしろくなるが、その前に力尽きると全く何の話かわからないまま。★4つは上下巻あわせての評価。