細川貂々のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
p214
認知=頭の中の現象 の中の、
・自動思考=瞬間瞬間に頭をよぎる思考。イメージを含む)
・スキーマ=自動思考より深いレベルにある、継続する認知のこと
「深い思い」「マイルール」「自分イメージ」「世界や他者に関するイメージ」「信念」
自動思考は、土台にあるスキーマに支えられている。
ex..「世界や他者は安全で、安心できる」スキーマ
→「あら、この人はどんな人かしら」
「世界や他者は危険で、警戒しなければならない」スキーマ→「やばい、何かされるかもしれない」
「自分は有能だ」という自己イメージ
「自分は無能で、失敗ばかりだ」という自己イメージ
を持った人では、ちょっとしたミスをした時の反応が異なる
「まあ、こんなこともあるさ。今度から気をつけよう!」
「ほら、やっぱり!自分は失敗ばかりだ」
特に自分を生きづらくするスキーマの、起源とともに気づくこと。
子供時代、青春期の環境や対人関係から。
生きづらくさせるスキーマを「呪い」のようなものととらえ、呪いを解くための、そして呪いを解くだけでなくこれからの人生に希望を持つ。
p224
①安心したい、愛されたい、理解されたい、守られたい、自分と他者を信頼したい
②自分に自信を持ちたい、上手にできるようになりたい、しっかりした自分になりたい、物事にチャレンジしたい
③自分の欲求や感情や意志をまず大事にしたい、自分の欲求を大事にしてほしい
④のびのびと暮らしたい、人生を楽しみたい
⑤ルールを守り、みんなと平等でありたい、自分だけでなく他人の権利も大事にしたい
p240
8
・いつもちゃんとしてないと
・自分はいつでも完璧であるべきだ。完璧でない自分は許せない
・楽しんではいけない。気を抜いてはいけない。
・感情は出しちゃだめ。いつも理性的でいなければいけない
p244
スキーマはこの世の真実じゃない!
私たちの中に植え付けられた「思い」にすぎない
「ああ今、ちゃんとしていなきゃスキーマが発動しているな」とスキーマに気づく。そして「ああ、でもスキーマは真実じゃないんだ。自分の思いにすぎないんだ」と思うようにする。
p258
呪いの言葉に反論する。これらの反論は、必ず紙に書く、スマホにメモするなど、外在化する。
p260
「健全な誰か」と呪について話してみる
「健全な誰か」に助けてもらうイメージをする
p264
「希望のことば」をつくりだし、特別感のある外在化をする
ex.
・もっと自由な心をもって、のびのびと生きていこう
・私を大事にしてくれる人を見つけ、そういう人と共に私は生きていく
・もっと楽しんでいいんだ。完璧を目指すのはやめよう
・心配しなくて大丈夫。なるようにしかならないのだから。
p274
いくつになっても「内なるチャイルドがいる、
名前をつけて、名前を呼び、応答してもらう。
日々、話しかける。 -
Posted by ブクログ
子供の頃から周囲に馴染めず、独りは嫌だけど対して人に興味が持てない、悪目立ちする、浮いてイジメの対象になる…ずっとこんな感じで生きてきてしんどい半生でしたが、なるほどASD(自閉スペクトラム障害)だったんですね…。
ほかにも発達障害の本は読んできましたが(似たようなもので『繊細さん』など)、細川先生の著書が1番理解りやすく、また腑に落ちました。
非定型の特徴
⚫︎嘘がつけない⚫︎裏表がない⚫︎真面目⚫︎正義感が強い⚫︎空気が読めない⚫︎ルールに厳しい⚫︎冗談が通じない
定型の特徴
⚫︎必要とあれば嘘をつく⚫︎ルールを必要に応じて破る⚫︎計算して動く⚫︎ニュアンスを読んでざっくりとした理解ができる⚫︎本音と建前の区別ができる
全て当てはまるわけじゃないけど、小学生の頃に掃除をサボる人が許せず注意してミゾができたり、自分では周囲に合わせてるつもりが全然合わせられていなかったり…思い起こせば出てくる黒歴史の数々…
他者への関心は薄いが一方で「もの」や「やり方」のこだわりは人一倍強いので、やはりそうゆう分野で自分を活かしていくほかないな、と裏付けが取れました。
他にも「怒られる」事に極端に怯えていたり…一人でいる時間が大切、など腑に落ちる特徴があり詳細にASDを分解しているのが良かった。漫画も読みやすかったです。細川先生、ありがとう。 -
Posted by ブクログ
転職先で困った時にうまく相談できるようになりたいと思い、ヒントを求めて購入。
相談の具体的なやり方というよりは、自助会などの場づくりを通じて「相談すること」「話すこと」をどう実現していくかを著者2名が語るという内容。
著者2名が会の開催主として活動するに至る経緯に共感する。相談されることで承認欲求を満たしていルコとに気づいたり、そもそも相談するという選択肢を持たずに40年以上生きていたり。
「彼氏とこれからどう付き合っていったらいいと思う?」と友達に相談する意味が全く分からない話、わかる…。
自助会に興味を持ったり、困り感があるのは私だけでは無いと思える本。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ◯セルフケアの基盤:自分の状態を「外在化」する
ストレス反応を「自分自身」と切り離し、紙に書き出すなどして客観視することから始まる。自分の心身に何が起きているかを観察する「マイクワイエットタイム」の重要性を説いている。
◯コーピングの質と量:100個のリスト作成
ストレスに対処するための具体的な行動(コーピング)を、質より量で数多く持つことを推奨している。「お茶を飲む」「空を見る」といった些細な行動をリスト化し、即座に実行できる武器を増やすことが目的である。
◯マインドフルネスの実践
「今、ここ」の感覚に集中し、思考や感情をジャッジせずに受け入れるトレーニングを重視している。これにより、過去の後悔や未来への不安に振り回されない心の土台を作る。
◯「内なる助け手」を育てる
自分を厳しく責める「批判的な内なる声」に対し、優しく励ましてくれる「ケアする自分(ヘルパー)」を育てるワークが盛り込まれている。自分を大切な友人のように扱うセルフ・コンパッションの視点が核となっている。
◯認知の歪みに気づく
自分の考え方のクセ(認知)を把握し、それが自分を苦しめている場合は、より柔軟で現実的な考え方へと修正していくプロセスを学ぶ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ48歳で発達障害とわかった細川貂々さんと気になるライターさんだった青山ゆみこさんの共著ということで気になっていました。
青山さんの文と細川さんのコミックが交互に展開されて、軽い内容ではないけど一緒におしゃペリに参加しているような軽い読み心地です。
内容は表題のとおりなのですが「相談する」ということのハードルについて考えさせられます。
相談という形でなくただ、「聞く」「話す」をする場を作る。
難しそうな簡単そうな居場所作りとその運営の話が進んでいきます。
関係性や距離感が近い人にこそ相談できないということは実は結構あると思います。
自分も傷つくけど相手も傷つけてしまうかもしれないとか、そもそも理解どころか共感もしてもらえないかもとか、相談したらこれまでの関係性が変わってしまうとか、人それぞれの苦しさの深度や種類も絡んでより複雑に感じられ何も言えなくなるというようなケース。
そもそも相談ってより話を聞いてもらいたいだけだったりすることもあるけど、それも聞いてくれるなら誰でもいいと言うわけじゃないということや、逆に全然知らない人になら聞いてもらいたいけどそんなのどうしたらできるかわからないということも確かにあります。
本書にはそういうことから抜けるためのヒントがあります。
(p95)弱さってひとりで抱えているとしんどいけれど、誰かと共有すると「ただ悪いもの」ではなくなるのかもしれない
(p163)「距離がある」から関われる、知らない人だからすっと言葉が届いてきて「話が聞ける」ってこと。現実の身体的にリアルな距離感だけではない「近さ」で、心にぐっと触れてくる場合もあるのだと思う
。
青山さんの、身近にいる人と日常生活もわかり合うみたいなことも両方やろうとすると苦しくなるから、身近な人だからこそ話を聞いてもらえなくて仕方ないという考え方も、細川さんの、身近な人にこそ話を聞いてほしい、だから相手が話をしているときはちゃんと話を聞くっていうのは頭においてほしいというのもどちらもとても良くわかります。(p101)
自分は本来細川さんの考え方ですがだんだん生きてきているうちに青山さんのような考え方の方に近くなった気がします。
別れ際にハグ(p98)。
そういうふうに自然となってしまう関係性というのも自分にもありました。大人になってからは二十年以上も会っていなかった人でしたが会った時にどちらからというでもなくそうなったことがありました。
親しさや距離感(身体的、心理的どちらも)年月や関係性などを超えてそうなってしまう人が不思議といます。
青山さんもその方とは初対面だったけれどオンラインで積み重ねてきた関係性があった上での対面で、やはり対面でしか伝わらないものがお互いの間に生まれたこと(長い沈黙も)が大きかったんではないかなぁと感じました。
ゲンナイ会はオープダイアローグ形式で聞きっぱなし話しっぱなしでメモは取らず書かない、ヘタ会は当事者研究の話の要点をボードに書くを踏まえているからボードに書いていく、というお二人の会のスタイルが真逆なのが面白かったです(p136)
自分が何に困っているのかわからない(p109)、言葉にできないほどの思いがあるということは、言葉にならないときに伝わってくる(p173)
自分には親しい人にこそうち明けられない話があります。知らない人になら言えるかもしれない。でもそんな機会がいつか来るだろうか、作れるだろうかと考えると⋯一生話すことはないかもしれません。
言葉にできるということのありがたさ、伝えることができる、聞いてくれる人や場があることのありがたさをつくづくと感じますね。