濱口桂一郎のレビュー一覧

  • 働く女子の運命

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    ■BGとOL
     ・BGは1950年代末から60年代にかけて短期勤続の女子事務員を指す言葉として流行
    ■戦前と戦後を貫く女性労働の特色は短期勤続
    ■会社側から結婚退職制の採用とその理由が示された「住友セメント事件」
     ・結婚前の女子は既婚女子に比して家事等に煩わされない
     ・結婚後において家庭本位となり欠勤が増え,適格性を欠き,労働能率が低下
     ・男女職員の実質的平等を実現するには女子職員の賃金体系を男子のそれと均衡のとれるよう低下させるか,高賃金で結婚までの短期間に限り特定の職種につき雇う
    ■20世紀初頭の日本では年功的な賃金制度など存在せず基本的に技能評価に基づく職種別賃金であった
    ■日本において賃金が労働者の生活を保障すべきものであるという生活給思想を最初にまとまった形で提唱したのは,呉海軍工廠の伍堂卓雄氏が1922年に発表した「職工給与標準制定の要」
    ■終身雇用を強制された全員の画一年齢給の形を取った家族扶養的生活賃金の確立
    ■従業者雇入制限令(1939年)+従業者移動防止令(1940年)→労務調整令(1941年)~終身雇用の徹底
    ■人種差別主義者が作った男女平等法
     ・人種差別を禁止する法案を廃案に追い込むため,「人種,皮膚の色,宗教,出身国」に「性別」を加える
    ■第一次ワークライフバランスの空洞化
     ・労働時間の規制
    ■第二次ワークライフバランスだけが充実
     ・労働時間の柔軟性
     ・育休世代が深刻なジレンマに陥るのは,基盤となるはずの第一次ワークワイフバランスが空洞化しているため

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    2015年12月30日
  • 若者と労働 「入社」の仕組みから解きほぐす

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    こ難しい本って、なかなか一気読みできない質なのですが、興味ある内容かつ、分かりやすい文章だったので、一気に読みました。新卒一括採用が、気色悪いとおもいながらも、シューカツに身を委ねた自分ですが、メンバーシップ型とジョブ型雇用の論調を読んで、はっきりと今の時代に合わないと再認識しました。変わらないと日本は、壊れてしまうなと。。。

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    2015年06月05日
  • 若者と労働 「入社」の仕組みから解きほぐす

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    日本の雇用問題を歴史的な経緯の縦軸と諸国との比較の横軸で平易に解説した良書。現代の雇用問題を語るにはぜひ読んでおきたい。
    かつての日本は学習と労働が切り離されていたが、「入社」のシステムが日本のパフォーマンスを支えていた。その「教育と労働の密接な無関係」が、部分的にせよ機能不全に陥入れば、それに代わって若者の雇用への移行を支える仕組みは、「教育と労働の密接な関係」以外にはあり得ない、と説く。

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    2014年12月22日
  • 新しい労働社会 雇用システムの再構築へ

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    日本型雇用慣行の成り立ちと、労働法からみた現代の雇用にまつわる諸課題を丁寧に解説してあり、非常に分かりやすい。
    終身雇用、年功的職能給制度、企業別組合、ホワイトカラーの長時間サービス労働などはすべて’日本型雇用システム’を支える重要なパーツであり、すべてつながっている。従ってどれか一つだけ変えようとしてもうまく行かないことがよく理解できた。これらはある意味日本文化の本質とでも言うものであり、一朝一夕には変わらないだろうが、いずれグローバルスタンダードに収れんしていくように思われる。
    いまは非正規労働者というカースト外の身分を作ってそこにしわ寄せすることで何とか外国勢と戦っているが、今後若年労働者が減少し、多くの老人を支えるべき高生産性を実現していくにはサステナブルなシステムではない。

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    2014年06月26日
  • 若者と労働 「入社」の仕組みから解きほぐす

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    日本は「人」に対して「職業」を充てるのに対し、欧米は「職業」に対し「人」を充てる、という日本の労働の特殊性を知ることができ大変参考になった。

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    2013年08月21日
  • 新しい労働社会 雇用システムの再構築へ

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    ネタバレ

     日本の労働の現状を分析しつつ、どのような政策を取るべきかを論じた本。

    ・三六規定(労働基準法第36条の時間外労働規制)は1週間の労働時間の上限(原則40時間)と定めているが、時間外労働を含めた上限を定める必要がある。

    ・日本は整理解雇(リストラ)の条件が非常に厳しく、個別解雇の条件が非常に緩い。そこで企業から退出を迫られることなく使用者に対して発言できる担保としての解雇規制を考えるべき。

    ・日本では均衡処遇=同一賃金同一労働の原則が適用されていない。これは同じ内容の労働に同時間従事しても、正規労働者か非正規労働者で賃金に格差が出ることである。

    ・2000年代に入ってもフリーターはバブル期と変わらない「夢見る若者」として扱われた。その中で非正規雇用問題も、アルバイトは「若者の就労意識の欠如」、パートタイマーは「夫婦間のアンペイドワークの問題」といった言葉で片付けられてきた。

    ・労働組合=正社員組合になっているのは危うい。非正規労働者を含めた集団的合意形成と共に、特定の人の利害のみを代表しない、使用者から独立した労働者代表組織が望まれる。

     この他にも、生活保護制度を救貧という観点でなく、就業促進を図れるものにするよう主張するなど、単なる人道主義に陥らないバランスの良さも評価できる点。

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    2011年06月05日
  • スキルとデキル 「能力」から見る近現代労働史

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    本書は「終章」に尽きる。
    「終章」さえ読めば、日本社会で求められる能力の欺瞞性が良くわかると思った。

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    2026年10月05日
  • 家政婦の歴史

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    ムチャクチャ面白かった。話は大きく逸れるが、韓国語にも「派出婦」という単語があるのを思い出し、旧植民地でも戦前は同様の制度がありそうな気がして、どういう歴史を辿ったのだろうというのも気になっているところ。

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    2026年06月23日
  • 外国人労働政策 霞が関の権限争いと日本型雇用慣行が招いた混迷の30年史

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    日本の外国人労働者に対するルールはどうしてこうも奇妙な建前のようなもので成り立っているのかというのがずっと疑問だったが、この本を読んでその裏にある事情を少し理解することができた。
    外国人労働者の話は移民の問題とも関わってくる。日本が現在抱える問題を理解、分析する際の一助となる本であると思う。

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    2026年04月01日
  • ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機

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    日本、外国のいいとこ取りをしようとしてうまく行くこともあるようだけど、雇用に関しては中途半端に取り入れて問題を複雑にしてしまっているらしい。前提からして違う。勉強になった。

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    2026年01月09日
  • ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機

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    労働法、社会政策の専門家であり、労働政策研究所所長を務める著者による、「ジョブ型雇用」を開設した本。
    2021年刊行。

    著者は冒頭、自身が前書『新しい労働社会』で日本的なメンバーシップ型雇用と対になる「ジョブ型雇用」を提唱し、流行するに至ったが、世に間違った理解が広まり、浅薄なジョブ型語用論者が溢れていることを懺悔する。

    その上で、本書にて「ジョブ型雇用」とは何であり、また、何でないのかを説明する。

    著者の説明をまとめると以下である。

    「ジョブ型雇用」とは、企業における各職務のジョブディスクリプションを明確にした上で、そのジョブに社員を当てはめていく雇用形態である。

    ジョブ型では、その社員が職務に就く際に、その職務を遂行する能力があるかのスクリーニングを行っているため、一部の幹部候補を除いて会社が評価を行うことはない。
    新入社員をOJTで教育することもない。

    その職務にアサインされた時点で、職務をこなすことができることが前提になっており、また別の職務を任されることもない(社内で別のジョブに募集しない限り)から、評価も教育も必要ないのだ。

    著者はこの基本的な説明を展開した上で、日本において混同されている認識を訂正し、さらに日本型雇用が今の形になった経緯、賃金決定の基本的思想、労働組合の矛盾など、周辺問題に切り込んでいく。

    日本におけるジョブ型雇用に関するよくある誤解の例として、「ジョブ型雇用=解雇されやすい」という言説があるが、これはまったく間違っていると著者は言う。

    日本以外の主要国はほとんどがジョブ型雇用社会だが、アメリカを除くすべての国が妥当な理由のない解雇を規制している。
    解雇のされやすさ、されにくさというものは各国の法令に依るものであり、ジョブ型かメンバーシップ型かという形態には関係ない。

    日本で蔓延るこの誤解は、アメリカ社会を見たバイヤスに引きずられた産物だと言える。

    むしろ、タスクをこなせても社内のメンバーとして不適であることを理由に実質的に自由解雇が可能な日本社会の方が、アメリカ以外の国から見ると奇妙な存在だと見られている。

    このように、本書ではジョブ型雇用における正しい理解を与えつつ、問題提起を図る一冊である。

    本書を読んで個人的にひとつ考えたのは、職務に人をつけるのではなく、人に仕事をつけていく日本において、欧米的雇用流動性を達成することは難しいということだ。
    その理論前提を無視して流動性の向上という結果だけを追い求めても、企業と社員双方にとって不幸な結果しか生まない。

    故に、日本社会のリストラクチャリングとして目指すべきは、正しいAs-Isを把握し、その強みを活かすTo-Beを実現していくことである。

    本書はその一役を担う良書だと思う。

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    2025年07月12日
  • 賃金とは何か 職務給の蹉跌と所属給の呪縛

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    ネタバレ

    日本の賃金制度について、資料が多い内容ではあるが真面目に書かれた印象の本。

    ・日本以外の国では職務の内容が雇用契約に規定されている(職務給)が、日本の場合はこれが特定されていない。日本における雇用の本質は職務(job)でなく所属(membership)にある。戦後まもなくは子供の数などによって給与額が決まるという生活給であった。これをより合理的な賃金体系へということで現在では人を評価する職能給となっている

    ・定期昇給というのも戦後の激しい労働争議に困った経営陣が作り上げた巧妙なシステムであったが、長い間定昇+ベアという時代が続いた。バブル崩壊後は定昇のみで、経営陣にとっては給与の支払総額が変化しないという幸せな時代であった。(が、人件費の総額が変わらないから物価も上がらないのだという意見はある)

    ・日本も早く職務給にすべしという議論は近年多いように感じるが、本書を読むとこの議論はもう、終戦直後からずっと繰り返されてきていることがよく分かる。同一労働同一賃金が良いとしても、ここまで苦労して定昇を積み重ねてきた中高年層からの反発も大きいだろうし、一度出来上がった給与システムを変更していくのは相当に難しいのだろう

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    2025年05月21日
  • 賃金とは何か 職務給の蹉跌と所属給の呪縛

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    日本の賃金制度の変遷を整理したもの。その記述は簡便なものであるが、明治期や大正期の賃金制度から始まっており、通史的に知ることが出来る。

    ただ、自分の興味の対象は、主としてバブル崩壊期以降のもの、せいぜい広く考えても、第二次大戦後のもの。
    大戦後の流れを簡単に整理すると、①電産型生活給的賃金②経営側による職務給の提唱(実現せず)③職能資格制度をベースとした職能給体系(少なくとも大企業の多くはこの方に落ち着いたはず)、ここまでが高度成長期~安定成長期④オイルショック後、労使の関心が「賃金」よりも「雇用維持」に移行⑤うたかたのバブル期⑥バブル崩壊~経済低迷期での労務費抑制施策、ということだと理解している。
    特に⑥の時代について言えば、相当の長い期間、ベアがほとんどの企業でない、あるいは、あっても低率・低額のものという時代が長く続き、また、非正規雇用の比率を上げることにより給与や社会保険負担や教育訓練費を節約し、バブル崩壊後の景気低迷期を、企業側が何とか乗り切ろうとした時代が長く続いた。この間、定昇(定期昇給)は維持されたため、その恩恵にあずかる大企業・中堅企業の社員は、それなりに給与は上がっていったが、定昇は理論的にはコストニュートラルなので、大企業・中堅企業でも平均的な労務費は上がらず、その恩恵にあずからない中小企業労働者なども含めると、日本全体平均的な賃金が上がっていない構造をつくってしまったことになる。
    教育訓練費用を基本的にかけない非正規雇用の割合を増やし、また、実際に正社員の教育訓練費用も削減し、その分のコストは削減できたけれども、人的資本の充実が実現しなかったことも一因となり、日本の生産性は向上せず、賃上げ原資が確保できずに、コスト削減による利益確保という企業経営がずっと続いた。
    それらの結果が、生産性の低迷・消費者支出の低迷(賃金上がらず、税金や社会保険は上がる)による日本企業の低迷であったと言えるのではないかと思う。ある意味で、自業自得的なことを日本社会全体で行ってきたということなのではないかとも思う。

    ここからどうやって抜け出すか、である。
    アベノミクスでは、異次元の金融緩和策をとり、金を余らせることにより、インフレを起こし、そこを起点に景気を回復させようとしたが、それは、あまりうまくはいかなかった。物価は上がったが、給与所得者の可処分所得は上がらず、生活が苦しくなっただけという状態が生れた(株高などが起こったので、資産保有者は豊かになったが)。実体のない錬金術的な政策は、やっぱりうまくいかないということだと思う。
    システムを好転させる出発点は、生産性の向上だと思う。これがない限り、給料は上がらない(官製春闘で一時的に高ベア率を実現しても、生産性が見合って上がらなければ意味がない)。では、生産性はどうやって上げるのか、ということで言えば、地道に人的資本に投資すること、人々の教育水準を上げ、企業内での教育訓練を充実させること、これを、これまでやって来なかった分をカバーするために、少なくとも数十年間続けること、くらいしかないのではないだろうか。
    人びとが知識を得て、スキルを身につける、そうやって、仕事の生産性を上げて行くという単純な話ではあるが。

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    2024年09月23日
  • ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機

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    ジョブ型雇用、ようわからんかったけど歴史的な経緯も含めておおよそ理解できた。日本で働く以上は外資系でもない限り欧米方式のジョブ型にはならないことを前提として、どう生き抜くかを想定しておく必要がある。

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    2024年09月05日
  • 賃金とは何か 職務給の蹉跌と所属給の呪縛

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    日本で長年に渡り賃金が上がらない理由を明治から戦前、戦後の歴史と合わせて解説。
    定期昇給があっても日本の賃金が上がらない理由として、賃金総額ありきで制度を適用しているからとあります。定期昇給で年々賃金は個々で、賃金は増えていくが、高い賃金を得ていた高齢の労働者が定年などで抜け、新たに新卒などの賃金の低い労働者が加わることで、賃金総額は変わらないためという。
    また、日本は欧米のような個々のジョブ型雇用社会ではなく、企業ごとのメンバーシップ型雇用社会のため、個人と業務を結びつける職能級よりも職務級が適用されている部分も大きい。
    日本は欧米の様な契約社会とは違うので(何となくその場の空気に流されている部分もありますが)、一概にどちらの制度が正しいかは、分かりませんが、かっての一度入社した会社で勤め上げるという時代でもなし、日本も世界の枠組みの中に組み込まれていることを考えると、ジョブ型雇用社会になっていくのは必然の流れかと思いました。
    であれば、生涯にわたって、技術の習得ができる教育制度に誰もがアクセスできる環境もまた、必要かと感じました。

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    2024年08月18日
  • 新しい労働社会 雇用システムの再構築へ

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    濱口圭一郎さんは、今や世の中に一般用語として受け入れられた「メンバーシップ型雇用」「ジョブ型雇用」という用語を初めて使われた方で、キャリア官僚、大学教授などを経て、今は独立行政法人労働政策研究・研修機構の研究員。
    本書は、2009年発行であり、私の記憶が間違っていなければ、濱口さんが、「メンバーシップ型」「ジョブ型」という用語を使われるようになる前の著作だ。
    職務を特定しないまま労働契約を締結することが、日本型雇用の本質である、と筆者はまず主張されている。数十年前、大学を卒業し入社した会社では、入社研修が終わり、「配属式」と呼ばれる式で配属先の発表を受けるまで、自分はどこで、どんな仕事をするのか分からなかった。今でも、新卒として比較的規模の大きな会社に入るとそういう状態のはずだ。説明の詳細は省くが、この日本型雇用システムにより、ある意味で、労働者がしわ寄せを受けているのではないか、というのが、本書の主張のメインの部分だ。
    それは、色々ある。
    日本的な長期雇用(終身雇用)を社会の仕組みとしてキープするために、労働者は、会社の決定により勤務場所や職務が決められる。それは、望まない転勤を招いたりする。特に家族持ちの場合には生活に対しての影響は大きい。しかし、判例では、相当な部分まで、労働者は会社の命じる転勤に従うべきであるという判断がくだされたりしている。そのようなことは数多い。
    本書は、どちらかと言えば、そういった問題を、労働「行政」「法制」「政策」の視点で論じたものであり、割合と実際的・実務的な話が多い。人事管理の仕事等に関係している人にとっては、頭の整理にもなる。

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    2024年04月26日
  • ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機

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    急速に拡がりつつある「ジョブ型雇用」に付いて解説している。
    「ジョブ型」と「メンバーシップ型」を説明している点で、十分にありがたい一冊。

    従来の「メンバーシップ型」雇用が、現在の社会情勢と合わなくなってきていて、変化が必要という主張は納得できる。
    一方で、整理解雇が最も正当なジョブ型の解雇理由なので(31ページ)、社員の生活保護の観点から役職者を含め社員保護の仕組みについて議論が未醸成のまま移行することが心配になった。
    理想は共感出来るが理想だけでは食べていけない。不景気になった時に社員は生き残れるのか、答えは見つからなかった。

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    2025年07月13日
  • ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機

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    【感想】
    本書『ジョブ型雇用社会とは何か』は、「ジョブ型」という言葉の生みの親である濱口桂一郎氏によって書かれた、雇用システム論についての一冊である。濱口氏は2009年に上梓した『新しい労働社会』で、メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用を比較し、日本の労働社会の矛盾点を指摘するとともに解決方向を提示していた。
    令和の時代になり再び「ジョブ型」という言葉が流行し始めているが、メディアが喧伝する「ジョブ型」は、もはや筆者が最初に提示した概念とは似ても似つかない別物になっているという。そこで、名付け親である筆者が一からまとまった形で解説し、「ジョブ型論」の基礎を再度世の中に示していく。

    巷に氾濫する「勘違いジョブ型論」は以下のようなものだ。
    ・ジョブ型は労働時間でなく成果で判断する
    ・ジョブ型は能力に密接に結びついた雇用形態である
    ・ジョブ型は能力不足によるリストラが起こりやすい

    詳細は本文に譲るとして、そもそもどうしてこのような勘違いが生まれているのか。それは、日本人が想定している『能力』が、欧米で実際に導入されているジョブ型雇用の「能力」とは全く違う概念だからだ。

    ジョブ型雇用において要となるのは「ジョブディスクリプション(職務定義書)」である。これは、企業側が作成する、業務内容や範囲、必要なスキルなどをまとめた選考書類である。企業は職務定義書を基に求人をかけるため、そこに書かれている範囲から外れる職務を課すことは有り得ない。もし課されればそれは「職務範囲外の仕事をやらされている」という明確な契約違反である。やらされる仕事と必要なスキルを最初に伝えられているため、これに当てはまる技能を持った者だけが応募し、採用される。賃金は職務定義書に書かれた業務の難易度によって決まる。
    そのため、ジョブ型というのは基本的に、新しい仕事が発生する→それに必要な人員を募集する→仕事が終われば解雇する、というサイクルの中で労働を続けていくことになる。必然的に、採用は全て経験者(スキルを身に着けているという意味で)採用であり、業務分担の変更を目的とした異動も発生しない。

    対して、メンバーシップ型というのは「技能」を必要としない採用である。これは日本の新卒採用を見ればすんなり理解できるだろう。新卒者は大学を出たものの、具体的なビジネススキルは何も身に着けていない。就活では主に「やる気」「忠誠心」「ポテンシャル」といった定量化できない『情意』に投資を行うことになる。こうした『能力』が日本人がぼんやりと考えている「スキル」の正体であるが、ジョブ型を採用している国が定義する「スキル」とは似ても似つかないものだ。このジョブのこのスキルがある人、ということは全く考えずに採用し、素人として入ってから上司や先輩に鍛えられて、成長しスキルを身に着けていくことになる。そうした成長曲線ありきで採用するため、賃金は経験年数・年齢で決定されることになる。
    メンバーシップ型は、何でも屋を大量に採用→ランダムな部署に配置→その仕事が終われば/一定の経験を積めば別の部署に配置転換、というサイクルの中で労働を続けていくことになる。そのため「スキル」とは「その会社に特化したやり方」を汲み取る能力となり、必然的に一つの企業に長く居続けることになる。

    こうした「日本式能力」の誤認が様々なトンデモジョブ論を産む。
    ・ジョブ型は労働時間ではなく成果で判断する
    →ジョブ型では末端のヒラ社員は評価しない。評価は採用時の「職務定義書を満たすか」の時点で終了している。末端まで評価するのはメンバーシップ型。
    ・ジョブ型は能力に密接に結びついた雇用形態である
    →能力と結びついているのは正しいが、日本式の「情意」ではない「技能」のことである。
    ・ジョブ型は能力不足でリストラされやすい
    →解雇自由なのはアメリカだけである。そもそも採用時点でスキルの有無を見られているため、能力不足によるリストラはあまり起こらない。

    というわけだ。

    さて、真の問題はここからだ。筆者は上記を前提として「本当にジョブ型を導入するつもりなのか?/できるのか?」という疑問を投げかけている。
    ジョブ型は「最初からスキルがあること」を基本としている。ジョブ型雇用が機能しているのは、日本以外の国が、あらかじめ職業訓練制度によって公教育を行っており、使える技能を身に着ける→実際にそれが必要とされる会社に就職する、という流れが確立されているからだ。一方で、日本の四年制大学に職業訓練校としての実態はなく、「何でもできる可能性のある素材を育てて企業に提供していく」というあり方に特化してきた。これはいい悪いということではなく、日本の雇用システムを前提とする教育システムとして最適化が進められてきた、ということだ。
    つまり、メンバーシップ型雇用と日本の大学制度は切り離せない関係にあり、片方を改革しただけでは絶対に上手く行かない。ところが、「ジョブ型雇用導入」を謳う企業・政府はそうした教育制度改革にまで踏み込むことはせず、ただ何となく「スキルを重視した採用に変えますよ」と言っているだけである。社会全体が片手落ちの状態で進むようでは、ジョブ型ともまた違う「日本式特殊雇用制度」が繰り返されていくだけである。その先に待っているのは、ただ「成果が上がっていないから質金を引き下げる」「年齢の割に能力の無い人間をクビにする」という理屈付けにジョブ型雇用が使われる未来だ。そうした現状を痛感し、筆者は「本当にジョブ型を導入するつもりなのか?」という問題提起を行っているのである。

    ――こうして1990年代から2000年代にかけての頃に一世を風靡したものの見事な失敗に終わった成果主義を、もういっぺん今度は成果を測定する物差しとしてのジョブを明確化することによって再チャレンジしようとしているのが、2020年以来の日本版ジョブ型ブームではないかというのが、私の解釈です。
    ですからその目的は成果主義によって中高年の不当な高給を是正するところにあり、それを正当化する限りにおいて成果測定の物差したるジョブの明確化を追求はしますが、とはいえ雇用システム全体のジョブ型化を目指すつもりはなく、少なくとも初めにジョブありきでそこに適合する労働者をはめ込むという意味における本来のジョブ型雇用を実践する気は毛頭ないと考えていいと思われます。
    ――――――――――――――――――――――――

    【まとめ】
    1 おかしなジョブ型論
    ジョブ型、メンバーシップ型というのは、現実に存在する各国の雇用システムを分類するための学術的概念である。学術的概念ということは、本来、価値判断とは独立のもの。つまり、先験的にどちらが良い、悪いという話ではない。
    ところが、各種メディアの報道を見ていると、商売目的の経営コンサルタントやそのおこぼれを狙うメディアは、もっぱら新商品として「これからのあるべき姿」としてのジョブ型を売り込もう、そのためのいいネタだと思っているのではないかと感じられる。そのために、そもそもジョブ型とは何か、メンバーシップ型とは何かという認識論的基礎が極めていい加減なまま、価値判断ばかりを振り回したがる傾向が見られる。

    ●ジョブ型について誤認されていること
    ・職務遂行能力と一体になる雇用体系である(日本と欧米とで想定している「能力」の定義が違う。日本式の職務遂行能力と対応するのはヒト基準であり、ジョブ基準ではない。ジョブ基準は特定の職務とそれに対応するスキルがあるだけ)
    ・労働時間ではなく成果で判断する(ジョブ型は一部の上澄み労働者を除けば仕事ぶりを評価されない。末端のヒラ社員まで評価するのはメンバーシップ型)
    ・ジョブ型は解雇されやすい(解雇自由なのはアメリカだけ。解雇については法律で解雇をどの程度規制しているのかだけではなく、雇用システムのあり方が大きな影響を及ぼす。日本とヨーロッパのどちらが解雇規制が厳しいか緩いかは、単純に答えが出る話ではない)


    2 ジョブ型とメンバーシップ型の基礎の基礎
    日本以外の社会では、労働者が遂行すべき職務が雇用契約に明確に規定される。日本はそもそも職務が特定されていない。どんな仕事をするか、どんな職務に就くかが使用者の命令によって定まるのが日本の雇用システムの特徴である。

    ●メンバーシップ型の特徴
    ・職務が特定されていないため、ある職務に必要な人員が減少しても他の職務に異動させて雇用契約を維持する。(=人員募集のほとんどは新卒募集)
    ・ヒトで賃金が決まっている。(メンバーシップ型は異動があるため、ヒトで金を決めないと、異動時に賃金が下がって雇用が維持できなくなる。賃金決定の客観的な基準として、勤続年数や年齢を用いる)
    ・特定の職務の専門家になるのではなく、その企業に熟達していくため、他社への転職可能性が減少し、結果的に定年雇用制度が根付く。
    ・団体交渉や労働協約は企業別に総額人件費の増分を交渉する。
    ・素人を採用し、実際に作業をさせながら技能を習得させていく。
    ・末端労働者まで人事査定する。ただし、評価するのは業績ではない。末端部分の業績貢献など測定できるわけがないからだ。評価するのは『能力』であり、この『能力』とは特定ジョブの遂行能力ではなく、やる気、忠誠心といった「潜在能力」である。末端のヒラ社員まで評価する以上、潜在能力以外に評価しようがないからこの基準を用いている。

    ●ジョブ型の特徴
    ・職務を特定し、その職務に必要な人員のみを採用し、その必要な人員が減少すれば雇用契約を解除する。(=人員募集は全て欠員募集)
    ・職務によって賃金が決まっている。(同一の職種の中で上位に昇進していく)
    ・団体交渉や労働協約は職種ごとの賃金を決める。
    ・あらかじめ教育訓練でスキルを身につけておき、それをアピールすることで経験者として採用される。
    ・ごく一部の上澄みのエリート層の労働者を除けば、一般労働者には人事査定はない。査定は仕事に就く前の段階――ジョブディスクリプション(職務定義書)に書かれている職務をちゃんとやれるかで判定している。職務に値札がついているので、それによって労働者の賃金が決まる。

    日本の雇用において、本来の意味での「ジョブ型」を指すのは、契約社員や派遣社員といった非正規労働者の働き方が近い。


    3 ジョブ型採用の土台にある「技能以外の差別禁止」
    ジョブ型採用における採用基準は「当該ポストに最も適切なスキルを有する労働者を採用することが合理的であり、その一番適合する人の持っている属性——人種、性別、年齢、障害、あるいは最近であれば性的指向、そういった諸々の属性に対する差別感情から採用を拒否することは禁止する」という考えの上に成り立っている。
    ところが、日本にはこれとは相対する、メンバーシップ型に適合した日本型採用法理が存在する。「企業における雇傭関係が、単なる物理的労働力の提供の関係を超えて、一種の継続的な人間関係として相互信頼を要請するところが少なくなく、わが国におけるようにいわゆる終身雇傭制が行なわれている社会では一層そうであることにかんがみるときは、(新卒労働者を信条を理由に雇入れを拒否することは)企業活動としての合理性を欠くものということはできない」

    ジョブ型を導入する企業は、この日本型の採用の自由を捨てるという覚悟が本当にあるのか。つまり、採用判断の是非はそのジョブに適合する人を就けるという観点でのみ判断されるという事態を受け入れるつもりなのか。そのような覚悟のある企業があるとは思えない。


    4 職業訓練を軽視したアカデミズム
    ジョブ型が、雇用契約が具体的な職務を特定して締結するものであるならば、労働者は雇い入れられる前に当該職務についての一定の教育訓練を受けていることが前提になる。それに対して、メンバーシップ型が雇い入れられる前に特定の職務についての教育訓練を受けていることを要求するのは困難である。職務は企業の命令によって決まるため、その職務を遂行できるように教育訓練するのは企業の責務になるし、労働者の側はそれを受け入れなければならない。定期人事異動とローテーションによって、業務命令で仕事をすることが同時にOJTとして教育訓練になっているという仕組みは、この意味で大変効率的だった。

    現在の大学は一般学術教育に偏し、職業という観点を軽視してきた。学校で具体的に何を学んだか、何を身につけたかは就職時に問題にされず、偏差値という一元的序列で若者が評価される社会が構築されている。教育の職業的レリバンスの欠如したシステムである。
    この現象の源にはアカデミズム思想がある。大学とは「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」(学校教育法第八三条第一項)ものであるから、職業訓練校のようなものにしてはならない、という思想だ。

    日本型の雇用形態――ずぶの素人を新卒採用して上司や先輩が鍛えて育てるという仕組み――があるかぎり、職業訓練やリカレント教育による専門技能の前習得、というモデルは機能しない。


    5 ジョブ型社会の問題点
    ジョブとスキルが完全に結びついてしまっているということは、裏返せば、本当にその労働者がその仕事を「できる」のかどうかは、フォーマル学習で得られた修了証書だけで決まるようなものではないのではないか――という素直な疑問が、欧米でも当然のように提起されている。ノンフォーマル学習(企業内学習におけるパソコンスキルの上達やコミュニケーション能力の上達など、資格なき知識・スキル・ビジネス能力)を認定する仕組みを構築するよう、EUが求めている。


    6 解雇をめぐる誤解
    日本以外のすべての国はジョブ型社会だが、アメリカを除けば、すべての国に解雇規制がある。
    ジョブ型はジョブありきなので、仕事が無くなれば解雇されるのは当然であり、整理解雇(リストラ)は正当な理由である。ところが、日本人にとってはリストラはもっとも許しがたい解雇である。雇用契約で職務が限定されていないメンバーシップ型社員にとっては、会社の中に何らかの仕事があれば、それがいかなる仕事であれ、配置転換されなければならないからだ。

    ただ、ヨーロッパにおいては、中期的にジョブが存在し続けると見込まれる限り、雇用維持型の対応をすることも珍しくはない。

    ジョブ型には「能力不足解雇がある」と思われているが、いささか語弊がある。
    あらかじめその具体的内容と価格が設定されたジョブという枠に、そのジョブを遂行する能力がある人間をはめ込むのだから、能力不足か否かが問題になりうるのは、採用後の一定期間に限られる。採用面接では「私はその仕事ができます」と言っていたのに、実際に採用してやらしてみたら全然できないじゃないか、というような場合だ。そして、そのようなときに解雇できるようにするために、試用期間という制度がある。
    逆に、試用期間を超えて長年そのジョブをやらせていて、言い換えればそのジョブのスキルに文句をつけないでずっと労務を受領し続けておいて、5年も10年も経ってから能力不足だなどと言いがかりをつけて認められる可能性はほとんどない。

    対して、日本で能力不足解雇が問題となるのはむしろ、長年勤続してきた中高年労働者である場合が多い。そしてそういう事案では、会社側は多くの場合、当該労働者の具体的なスキル不足ぶりを示すことよりも、全然業績を上げていないとか、やる気が全くないという事実を並べたてることが多い。これは日本特有の『能力(意欲)』を雇用のベースにしており、加齢によって能力の低下が起こるからだ。
    もっともそれはある意味で当たり前だ。学習能力が年齢の逆関数であるのは洋の東西を問わない。ジョブ型社会であれば年齢とともに学習能力が低下したからといって、既に身につけたジョブのスキルが維持されている限り、スキル不足解雇だと言われる心配はない。ジョブはその労働者の固有財産であって、会社から勝手に奪われるべきものではない。もちろん、そのジョブ自体がなくなれば整理解雇されるし、新たに別のジョブに就こうとすれば、そのために慣れない教育訓練も受けなければならないが、それはスキル不足解雇とは別の話だ。

    ハイエンドではない多くの労働者層についてみれば、ジョブ型よりもメンバーシップ型の方が圧倒的に人を評価しているのだが、その評価の中身が、「能力」や意欲に偏り、成果による評価は乏しい。問題があるとすれば、中くらいから末端に至るレベルの労働者向けの評価のスタイルが、それよりも上位に位置する人々、経営者に近い管理する側の人々に対しても、ずるずると適用されてしまいがちだということだろう。
    ジョブ型社会において、彼らのカウンターパートに当たるエグゼンプトやカードルと呼ばれる人々は、ジョブディスクリプションに書かれていることさえやっていれば安泰な一般労働者とは隔絶した世界で、厳しくその成果を評価されている。彼らは資格によって就職した瞬間から高給の管理職であり、労働時間規制が適用除外される。一方、普通の大学や高校等を卒業した若者はインターンシップ等で苦労してようやく就職しても、ずっとヒラ社員のままであり、管理職の募集に応募して採用されない限り管理職に自動的に昇進するということはない。
    つまり、管理職の存在形態がまるで違う。日本の管理職はぬるま湯に安住しているという批判はここから来るのである。

    またそもそも日本社会、特に中小企業においては、能力などの正当な理由ではなく「経営者や上司が怒って雇用契約終了」というケースが多々有り、メンバーシップ型のほうが解雇されにくいわけではない。


    7 賃金
    戦後確立した日本の賃金制度の基本的な思想は「生活給」にあった。生活給とは、賃金は労働者の家族も含めた生活を賄うべきものであるという考え方である。
    戦後、日本の労働組合が労使交渉の結果作り上げた賃金体系は、GHQが考えていたものとは全く違うものだった。最も典型的なのは電力産業における電産型賃金体系である。賃金表は、縦の列は年齢、横は本人、扶養家族1人、2人、3人、4人となっており、本人が何歳で扶養家族が何人かによって自動的に基本給が決まるという仕組みになっていたのだ。
    これに対して政府側は同一労働同一賃金による職務給を提唱するが、労働組合側は反発した。最終的に「年功制を認めはするが、能力を厳しく査定し、職務の要求する能力を有するものが適職に配置されるようにすること」という折衷案的な給与体系の導入で決着がついた。

    しかし、その制度を説明するための論理には矛盾が残ったままだった。結婚して妻を養うようになり、子どもが生まれてその養育に費用がかかるようになることと、職務遂行能力が上がっていくこととは、論理的にはつながりようがないからだ。
    ここで登場したのが日本式『能力』だ。あくまでも、定期人事異動によって様々な仕事を経験することによって、その時その時にあてがわれた仕事では必ずしも発揮されていないかもしれないけれども、潜在的な「能力」は上がり続けているのであって、それゆえにその「能力」に見合った賃金を支払っているのだ、と。これによって、経営側は労働側の生活給の主張に膝を屈したのではなく、職務限定的な欧米型の職務給とは異なる職務無限定にふさわしい「能力」に基づく賃金体系に進化したのだ、と説明することができた。

    とはいえ、この「能力」とは、ジョブのスキルとはほとんど関係のない不可視の概念であり、やる気を意味する情意と区別することも困難だった。そうした概念の曖昧さが悪用され、労働争議をする者への賃金差別、子育てする女性への賃金差別、年数を重ねた中高年社員たちの高給への批判が展開された。

    日本型成果主義は、ジョブ型社会のハイエンド労働者層に適用される成果給とは異なり、成果を測る物差しとなるべき職務が何ら明確ではなく、「上司との相談で設定」という名の下で事実上あてがわれた恣意的な目標でもって、成果が上がっていないから質金を引き下げるという理屈付けに使われただけだったと言える。つまり人件費抑制には効果はあったのだが、賃金決定の基本にある不可視の「能力」をそのままにして、それを恣意的に操作するためにジョブと関わりのない成果を持ち出してきてしまったために、労働者側における納得性が失われてしまい、結果としてモラルの低下につながったという評価が妥当だろう。

    企業側としても、職務無限定で様々な仕事に回していけるというメンバーシップ型のメリットを捨てる気持ちは毛頭ない。その目的は成果主義によって中高年の不当な高給を是正するところにあり、それを正当化する限りにおいて成果測定の物差したるジョブの明確化を追求はするが、とはいえ雇用システム全体のジョブ型化を目指すつもりはない。少なくとも初めにジョブありきでそこに適合する労働者をはめ込む、という意味における「本来のジョブ型雇用」を実践する気は毛頭ないと考えていいだろう。

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    2023年11月29日
  • 家政婦の歴史

    Posted by ブクログ

    とっても興味深いことが書かれているのだけれど、法律の文章もたくさん出てて、そういう脳みそのない私には読み辛かった・・・

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    2023年10月11日
  • ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機

    Posted by ブクログ

    ジョブ型雇用について
    概念や歴史的な背景を知ることが出来る良書です

    また、現在の日本型のメンバーシップ雇用についての特徴の記載もあり
    新卒採用や定年などについて1歩引いた視点で見ることが出来ます。

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    2023年07月17日