【感想・ネタバレ】ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機のレビュー

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Posted by ブクログ

実例にもとづいた名著
 著者の本は2013年刊行の「若者と労働」を読んだ。「若者と労働」は日本雇用社会の実態を浮かび上がらせるのに雑然としたものだが、こちらはきちんと緻密な章立てに沿って実情を浮かび上がらせた名著だった。

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2023年12月08日

Posted by ブクログ

ジョブ型は仕事がまずあって、この仕事ができる人を雇用する。
メンバーシップ型は会社という居場所があって、この居場所でうまくやっていける人を採用する。
日本以外はジョブ型がほとんどで、日本はメンバーシップ型がほとんど。
雇用や労働施策は、過去からの積み重ねが現在の状態になっているので、そう簡単には変わらない。
ジョブ型、メンバーシップ型、どちらも良い点、悪い点があると思った。

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2023年11月29日

Posted by ブクログ

肌感覚として薄々感じている日本企業の就労文化。海外でも似たような傾向はあるし、それは時代によっても変わる。特にダブルインカムや転職が当たり前になり、労働の流動化が益々進みつつある今日。モヤモヤした感じを言語化してくれて、学びも多く、スッキリする。

メンバーシップ型からジョブ型へ。必要なのはジョブディスクリプション、つまり職務記述書であり、職務経歴書ではない。能力を記載するのではなく、タスクを記載する。実はこのメンバーシップ型で得をしていたのは、職務遂行に未熟な若者。若者に価値のあるシステムだった。学校で専門的な事を学ばなくても、会社が育てるという文化。メンバーシップは会社内の職務を転々として、我が社の専門家となり、転職が難しくなる。就職ではなく、就社だ。そうして会社内での価値を高め、終身雇用、年功序列になっていく。

他方、特定部署が採用する中途採用はジョブ型。ジョブ型では、学歴で地頭を測るのではなく、専門性を見る。その専門性を武器にして転職も可能。こうした就労志向が変化していく。

どちらが良いというものではないが、会社に都合良く使われ、その前提となる契約は、メンバーシップ型なのだろう。ダブルインカムでは、夫婦いずれかが転勤に伴い家族離散。転勤当たり前、地域転々という業界ならば、配転、勤務地次第で即転職。そんな時代を迎えつつある。ジョブ型は、自己防衛にもなるし、少子化、介護、女性活躍という時代からすると、現実解になりそうだ。

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2023年02月07日

Posted by ブクログ

勤め先の会社でジョブディスクリプションが整備されました。これが「ジョブ型」か、とやんわりとした認識しかありませんでしたが、社内で異動先を公募する際の参考資料としてしか活用されておらず、何だか早くも死蔵となりそうです。そんな経緯から、ジョブ型って何なんだ?という素朴な疑問を持つに至り、書店でズバリのタイトルが目に入りこの本を手に取ったのですが、おかげでかなりスッキリしました。やっぱり大きな認識相違があったんだとわかりました。

本の後半ほとんどは、日本で流布されているジョブ型が得たいの知れない某かになってしまっていると思われる歴史的経緯について、労働法制を中心に解説されています。その中で、米国と欧州と日本の違いもザックリと掴むことができます。これだけの内容をよく1冊にまとめたものだと感じるのは、私に前提知識が皆無だったからだと思うわけですが、似た状況の方にはお薦めです。

考えたこととしては、日本はやっぱりここでもガラパゴスだということと、しかしそれは優劣ではなく特色だということです。むしろ誇らしくもあると感じるくらいです。長らく元気・自信のない日本ですが、賃上げが叫ばれる昨今、雇用という観点からも自らの立ち位置を見定める価値があり、その上でどうやって未来を切り開いて行くべきか我が事として考えて行くべきだと思いました。良い本でした。

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2023年01月17日

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ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用の違いがわかる本である。ジョブ型雇用は、特定の仕事の内容を決めて、それについて雇用する形態であり、職務遂行能力ではない、ということである。したがって職務遂行能力を査定したり、ヒラまで査定するものではない、としている。多くは間違いの理解が行われている、という。最初の部分だけ読んでも役に立つ。大学の場合は、ある科目を教えるための非常勤がジョブ型であり、その科目が無くなると職が無くなる、ということである。しかし、業績や教員歴を求めるのはおかしいことになる。

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2022年06月19日

Posted by ブクログ

以前から人事制度や労政に興味があり、ジョブ型雇用の概念も正しく理解しているのだが、最近やたらこのワードを聞くようになって「またどこかの人事コンサルと近視眼的経営者が結託して良からぬたくらみをしているな」と感じていたところ、濱口氏の新作が出るというので迷わず購入。本書で日本の特殊な雇用制度が成立した背景や論点を改めて整理することができた。前作同様平易な語り口で素人にも理解しやすい良書。
人事制度に限らず、世の中の大抵のシステムは無数の個別の施策が協調して成立しているのであって、その中の一つの部品だけ評判の良い(とされる)ものに取り換えてもバランスが崩れて上手くいかないことが多い。昨今のいわゆる「ジョブ型」も、採用・処遇制度はもちろんの事、教育から年金制度まで社会のありようすべてをジョブ型にハーモナイズさせなければ、結局どこかに歪を生じさせるだけで終わる。投資に対しては非常に抑制的で慎重なのに、なぜか組織や人事制度の改変にはやたら冒険的な経営者が多いが、下手をすると屋台骨を揺るがす重大なリスクがあることを肝に銘じるべきである。そもそも人事・雇用制度のような社員の人生を直接左右する領域で安易に冒険をすることは許されるものではない。

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2022年04月27日

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題名どおり「ジョブ型雇用」について明快に解説した書籍。雇用制度には変遷があり、教育制度とも関連しているため「メンバーシップ型からジョブ型に転換すれば日本は復活する」などという単純な話ではないことが良く分かる。ジョブ型雇用に関する記事、特に礼賛系の記事は批判的に読む方が良さそうだと感じた。

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2022年03月12日

Posted by ブクログ

世の中で言われているジョブ型は実はジョブ型ではない、ということはもちろん、
日本ではかつて(戦後)ジョブ型的な働き方が志向されていたが、ジャパン・アズ・ナンバーワンの考え方によりメンバーシップ型を組合も認めるようになったとか、そもそも組合の形成までの道のりが欧米と違うんだとかが面白かった。
衝撃と思うと同時に確かにと思ったのは、日本では解雇権濫用法理とか言いながら特に中小企業を中心に解雇が気軽に行われていること 救済としてのあっせんも非常に低額で決着ついていたり、そもそも応じなかったり たしかにモヤモヤ、、、

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2022年03月06日

Posted by ブクログ

急速に拡がりつつある「ジョブ型雇用」に付いて解説している。
「ジョブ型」と「メンバーシップ型」を説明している点で、十分にありがたい一冊。

従来の「メンバーシップ型」雇用が、現在の社会情勢と合わなくなってきていて、変化が必要という主張は納得できる。
一方で、整理解雇が最も正当なジョブ型の解雇理由なので(31ページ)、社員の生活保護の観点から役職者を含め社員保護の仕組みが未醸成のまま移行することが心配になった。
理想は共感出来るが理想だけでは食べていけない。不景気になった時に社員は生き残れるのか、答えは見つからなかった。

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2023年12月10日

Posted by ブクログ

【感想】
本書『ジョブ型雇用社会とは何か』は、「ジョブ型」という言葉の生みの親である濱口桂一郎氏によって書かれた、雇用システム論についての一冊である。濱口氏は2009年に上梓した『新しい労働社会』で、メンバーシップ型雇用とジョブ型雇用を比較し、日本の労働社会の矛盾点を指摘するとともに解決方向を提示していた。
令和の時代になり再び「ジョブ型」という言葉が流行し始めているが、メディアが喧伝する「ジョブ型」は、もはや筆者が最初に提示した概念とは似ても似つかない別物になっているという。そこで、名付け親である筆者が一からまとまった形で解説し、「ジョブ型論」の基礎を再度世の中に示していく。

巷に氾濫する「勘違いジョブ型論」は以下のようなものだ。
・ジョブ型は労働時間でなく成果で判断する
・ジョブ型は能力に密接に結びついた雇用形態である
・ジョブ型は能力不足によるリストラが起こりやすい

詳細は本文に譲るとして、そもそもどうしてこのような勘違いが生まれているのか。それは、日本人が想定している『能力』が、欧米で実際に導入されているジョブ型雇用の「能力」とは全く違う概念だからだ。

ジョブ型雇用において要となるのは「ジョブディスクリプション(職務定義書)」である。これは、企業側が作成する、業務内容や範囲、必要なスキルなどをまとめた選考書類である。企業は職務定義書を基に求人をかけるため、そこに書かれている範囲から外れる職務を課すことは有り得ない。もし課されればそれは「職務範囲外の仕事をやらされている」という明確な契約違反である。やらされる仕事と必要なスキルを最初に伝えられているため、これに当てはまる技能を持った者だけが応募し、採用される。賃金は職務定義書に書かれた業務の難易度によって決まる。
そのため、ジョブ型というのは基本的に、新しい仕事が発生する→それに必要な人員を募集する→仕事が終われば解雇する、というサイクルの中で労働を続けていくことになる。必然的に、採用は全て経験者(スキルを身に着けているという意味で)採用であり、業務分担の変更を目的とした異動も発生しない。

対して、メンバーシップ型というのは「技能」を必要としない採用である。これは日本の新卒採用を見ればすんなり理解できるだろう。新卒者は大学を出たものの、具体的なビジネススキルは何も身に着けていない。就活では主に「やる気」「忠誠心」「ポテンシャル」といった定量化できない『情意』に投資を行うことになる。こうした『能力』が日本人がぼんやりと考えている「スキル」の正体であるが、ジョブ型を採用している国が定義する「スキル」とは似ても似つかないものだ。このジョブのこのスキルがある人、ということは全く考えずに採用し、素人として入ってから上司や先輩に鍛えられて、成長しスキルを身に着けていくことになる。そうした成長曲線ありきで採用するため、賃金は経験年数・年齢で決定されることになる。
メンバーシップ型は、何でも屋を大量に採用→ランダムな部署に配置→その仕事が終われば/一定の経験を積めば別の部署に配置転換、というサイクルの中で労働を続けていくことになる。そのため「スキル」とは「その会社に特化したやり方」を汲み取る能力となり、必然的に一つの企業に長く居続けることになる。

こうした「日本式能力」の誤認が様々なトンデモジョブ論を産む。
・ジョブ型は労働時間ではなく成果で判断する
→ジョブ型では末端のヒラ社員は評価しない。評価は採用時の「職務定義書を満たすか」の時点で終了している。末端まで評価するのはメンバーシップ型。
・ジョブ型は能力に密接に結びついた雇用形態である
→能力と結びついているのは正しいが、日本式の「情意」ではない「技能」のことである。
・ジョブ型は能力不足でリストラされやすい
→解雇自由なのはアメリカだけである。そもそも採用時点でスキルの有無を見られているため、能力不足によるリストラはあまり起こらない。

というわけだ。

さて、真の問題はここからだ。筆者は上記を前提として「本当にジョブ型を導入するつもりなのか?/できるのか?」という疑問を投げかけている。
ジョブ型は「最初からスキルがあること」を基本としている。ジョブ型雇用が機能しているのは、日本以外の国が、あらかじめ職業訓練制度によって公教育を行っており、使える技能を身に着ける→実際にそれが必要とされる会社に就職する、という流れが確立されているからだ。一方で、日本の四年制大学に職業訓練校としての実態はなく、「何でもできる可能性のある素材を育てて企業に提供していく」というあり方に特化してきた。これはいい悪いということではなく、日本の雇用システムを前提とする教育システムとして最適化が進められてきた、ということだ。
つまり、メンバーシップ型雇用と日本の大学制度は切り離せない関係にあり、片方を改革しただけでは絶対に上手く行かない。ところが、「ジョブ型雇用導入」を謳う企業・政府はそうした教育制度改革にまで踏み込むことはせず、ただ何となく「スキルを重視した採用に変えますよ」と言っているだけである。社会全体が片手落ちの状態で進むようでは、ジョブ型ともまた違う「日本式特殊雇用制度」が繰り返されていくだけである。その先に待っているのは、ただ「成果が上がっていないから質金を引き下げる」「年齢の割に能力の無い人間をクビにする」という理屈付けにジョブ型雇用が使われる未来だ。そうした現状を痛感し、筆者は「本当にジョブ型を導入するつもりなのか?」という問題提起を行っているのである。

――こうして1990年代から2000年代にかけての頃に一世を風靡したものの見事な失敗に終わった成果主義を、もういっぺん今度は成果を測定する物差しとしてのジョブを明確化することによって再チャレンジしようとしているのが、2020年以来の日本版ジョブ型ブームではないかというのが、私の解釈です。
ですからその目的は成果主義によって中高年の不当な高給を是正するところにあり、それを正当化する限りにおいて成果測定の物差したるジョブの明確化を追求はしますが、とはいえ雇用システム全体のジョブ型化を目指すつもりはなく、少なくとも初めにジョブありきでそこに適合する労働者をはめ込むという意味における本来のジョブ型雇用を実践する気は毛頭ないと考えていいと思われます。
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【まとめ】
1 おかしなジョブ型論
ジョブ型、メンバーシップ型というのは、現実に存在する各国の雇用システムを分類するための学術的概念である。学術的概念ということは、本来、価値判断とは独立のもの。つまり、先験的にどちらが良い、悪いという話ではない。
ところが、各種メディアの報道を見ていると、商売目的の経営コンサルタントやそのおこぼれを狙うメディアは、もっぱら新商品として「これからのあるべき姿」としてのジョブ型を売り込もう、そのためのいいネタだと思っているのではないかと感じられる。そのために、そもそもジョブ型とは何か、メンバーシップ型とは何かという認識論的基礎が極めていい加減なまま、価値判断ばかりを振り回したがる傾向が見られる。

●ジョブ型について誤認されていること
・職務遂行能力と一体になる雇用体系である(日本と欧米とで想定している「能力」の定義が違う。日本式の職務遂行能力と対応するのはヒト基準であり、ジョブ基準ではない。ジョブ基準は特定の職務とそれに対応するスキルがあるだけ)
・労働時間ではなく成果で判断する(ジョブ型は一部の上澄み労働者を除けば仕事ぶりを評価されない。末端のヒラ社員まで評価するのはメンバーシップ型)
・ジョブ型は解雇されやすい(解雇自由なのはアメリカだけ。解雇については法律で解雇をどの程度規制しているのかだけではなく、雇用システムのあり方が大きな影響を及ぼす。日本とヨーロッパのどちらが解雇規制が厳しいか緩いかは、単純に答えが出る話ではない)


2 ジョブ型とメンバーシップ型の基礎の基礎
日本以外の社会では、労働者が遂行すべき職務が雇用契約に明確に規定される。日本はそもそも職務が特定されていない。どんな仕事をするか、どんな職務に就くかが使用者の命令によって定まるのが日本の雇用システムの特徴である。

●メンバーシップ型の特徴
・職務が特定されていないため、ある職務に必要な人員が減少しても他の職務に異動させて雇用契約を維持する。(=人員募集のほとんどは新卒募集)
・ヒトで賃金が決まっている。(メンバーシップ型は異動があるため、ヒトで金を決めないと、異動時に賃金が下がって雇用が維持できなくなる。賃金決定の客観的な基準として、勤続年数や年齢を用いる)
・特定の職務の専門家になるのではなく、その企業に熟達していくため、他社への転職可能性が減少し、結果的に定年雇用制度が根付く。
・団体交渉や労働協約は企業別に総額人件費の増分を交渉する。
・素人を採用し、実際に作業をさせながら技能を習得させていく。
・末端労働者まで人事査定する。ただし、評価するのは業績ではない。末端部分の業績貢献など測定できるわけがないからだ。評価するのは『能力』であり、この『能力』とは特定ジョブの遂行能力ではなく、やる気、忠誠心といった「潜在能力」である。末端のヒラ社員まで評価する以上、潜在能力以外に評価しようがないからこの基準を用いている。

●ジョブ型の特徴
・職務を特定し、その職務に必要な人員のみを採用し、その必要な人員が減少すれば雇用契約を解除する。(=人員募集は全て欠員募集)
・職務によって賃金が決まっている。(同一の職種の中で上位に昇進していく)
・団体交渉や労働協約は職種ごとの賃金を決める。
・あらかじめ教育訓練でスキルを身につけておき、それをアピールすることで経験者として採用される。
・ごく一部の上澄みのエリート層の労働者を除けば、一般労働者には人事査定はない。査定は仕事に就く前の段階――ジョブディスクリプション(職務定義書)に書かれている職務をちゃんとやれるかで判定している。職務に値札がついているので、それによって労働者の賃金が決まる。

日本の雇用において、本来の意味での「ジョブ型」を指すのは、契約社員や派遣社員といった非正規労働者の働き方が近い。


3 ジョブ型採用の土台にある「技能以外の差別禁止」
ジョブ型採用における採用基準は「当該ポストに最も適切なスキルを有する労働者を採用することが合理的であり、その一番適合する人の持っている属性——人種、性別、年齢、障害、あるいは最近であれば性的指向、そういった諸々の属性に対する差別感情から採用を拒否することは禁止する」という考えの上に成り立っている。
ところが、日本にはこれとは相対する、メンバーシップ型に適合した日本型採用法理が存在する。「企業における雇傭関係が、単なる物理的労働力の提供の関係を超えて、一種の継続的な人間関係として相互信頼を要請するところが少なくなく、わが国におけるようにいわゆる終身雇傭制が行なわれている社会では一層そうであることにかんがみるときは、(新卒労働者を信条を理由に雇入れを拒否することは)企業活動としての合理性を欠くものということはできない」

ジョブ型を導入する企業は、この日本型の採用の自由を捨てるという覚悟が本当にあるのか。つまり、採用判断の是非はそのジョブに適合する人を就けるという観点でのみ判断されるという事態を受け入れるつもりなのか。そのような覚悟のある企業があるとは思えない。


4 職業訓練を軽視したアカデミズム
ジョブ型が、雇用契約が具体的な職務を特定して締結するものであるならば、労働者は雇い入れられる前に当該職務についての一定の教育訓練を受けていることが前提になる。それに対して、メンバーシップ型が雇い入れられる前に特定の職務についての教育訓練を受けていることを要求するのは困難である。職務は企業の命令によって決まるため、その職務を遂行できるように教育訓練するのは企業の責務になるし、労働者の側はそれを受け入れなければならない。定期人事異動とローテーションによって、業務命令で仕事をすることが同時にOJTとして教育訓練になっているという仕組みは、この意味で大変効率的だった。

現在の大学は一般学術教育に偏し、職業という観点を軽視してきた。学校で具体的に何を学んだか、何を身につけたかは就職時に問題にされず、偏差値という一元的序列で若者が評価される社会が構築されている。教育の職業的レリバンスの欠如したシステムである。
この現象の源にはアカデミズム思想がある。大学とは「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」(学校教育法第八三条第一項)ものであるから、職業訓練校のようなものにしてはならない、という思想だ。

日本型の雇用形態――ずぶの素人を新卒採用して上司や先輩が鍛えて育てるという仕組み――があるかぎり、職業訓練やリカレント教育による専門技能の前習得、というモデルは機能しない。


5 ジョブ型社会の問題点
ジョブとスキルが完全に結びついてしまっているということは、裏返せば、本当にその労働者がその仕事を「できる」のかどうかは、フォーマル学習で得られた修了証書だけで決まるようなものではないのではないか――という素直な疑問が、欧米でも当然のように提起されている。ノンフォーマル学習(企業内学習におけるパソコンスキルの上達やコミュニケーション能力の上達など、資格なき知識・スキル・ビジネス能力)を認定する仕組みを構築するよう、EUが求めている。


6 解雇をめぐる誤解
日本以外のすべての国はジョブ型社会だが、アメリカを除けば、すべての国に解雇規制がある。
ジョブ型はジョブありきなので、仕事が無くなれば解雇されるのは当然であり、整理解雇(リストラ)は正当な理由である。ところが、日本人にとってはリストラはもっとも許しがたい解雇である。雇用契約で職務が限定されていないメンバーシップ型社員にとっては、会社の中に何らかの仕事があれば、それがいかなる仕事であれ、配置転換されなければならないからだ。

ただ、ヨーロッパにおいては、中期的にジョブが存在し続けると見込まれる限り、雇用維持型の対応をすることも珍しくはない。

ジョブ型には「能力不足解雇がある」と思われているが、いささか語弊がある。
あらかじめその具体的内容と価格が設定されたジョブという枠に、そのジョブを遂行する能力がある人間をはめ込むのだから、能力不足か否かが問題になりうるのは、採用後の一定期間に限られる。採用面接では「私はその仕事ができます」と言っていたのに、実際に採用してやらしてみたら全然できないじゃないか、というような場合だ。そして、そのようなときに解雇できるようにするために、試用期間という制度がある。
逆に、試用期間を超えて長年そのジョブをやらせていて、言い換えればそのジョブのスキルに文句をつけないでずっと労務を受領し続けておいて、5年も10年も経ってから能力不足だなどと言いがかりをつけて認められる可能性はほとんどない。

対して、日本で能力不足解雇が問題となるのはむしろ、長年勤続してきた中高年労働者である場合が多い。そしてそういう事案では、会社側は多くの場合、当該労働者の具体的なスキル不足ぶりを示すことよりも、全然業績を上げていないとか、やる気が全くないという事実を並べたてることが多い。これは日本特有の『能力(意欲)』を雇用のベースにしており、加齢によって能力の低下が起こるからだ。
もっともそれはある意味で当たり前だ。学習能力が年齢の逆関数であるのは洋の東西を問わない。ジョブ型社会であれば年齢とともに学習能力が低下したからといって、既に身につけたジョブのスキルが維持されている限り、スキル不足解雇だと言われる心配はない。ジョブはその労働者の固有財産であって、会社から勝手に奪われるべきものではない。もちろん、そのジョブ自体がなくなれば整理解雇されるし、新たに別のジョブに就こうとすれば、そのために慣れない教育訓練も受けなければならないが、それはスキル不足解雇とは別の話だ。

ハイエンドではない多くの労働者層についてみれば、ジョブ型よりもメンバーシップ型の方が圧倒的に人を評価しているのだが、その評価の中身が、「能力」や意欲に偏り、成果による評価は乏しい。問題があるとすれば、中くらいから末端に至るレベルの労働者向けの評価のスタイルが、それよりも上位に位置する人々、経営者に近い管理する側の人々に対しても、ずるずると適用されてしまいがちだということだろう。
ジョブ型社会において、彼らのカウンターパートに当たるエグゼンプトやカードルと呼ばれる人々は、ジョブディスクリプションに書かれていることさえやっていれば安泰な一般労働者とは隔絶した世界で、厳しくその成果を評価されている。彼らは資格によって就職した瞬間から高給の管理職であり、労働時間規制が適用除外される。一方、普通の大学や高校等を卒業した若者はインターンシップ等で苦労してようやく就職しても、ずっとヒラ社員のままであり、管理職の募集に応募して採用されない限り管理職に自動的に昇進するということはない。
つまり、管理職の存在形態がまるで違う。日本の管理職はぬるま湯に安住しているという批判はここから来るのである。

またそもそも日本社会、特に中小企業においては、能力などの正当な理由ではなく「経営者や上司が怒って雇用契約終了」というケースが多々有り、メンバーシップ型のほうが解雇されにくいわけではない。


7 賃金
戦後確立した日本の賃金制度の基本的な思想は「生活給」にあった。生活給とは、賃金は労働者の家族も含めた生活を賄うべきものであるという考え方である。
戦後、日本の労働組合が労使交渉の結果作り上げた賃金体系は、GHQが考えていたものとは全く違うものだった。最も典型的なのは電力産業における電産型賃金体系である。賃金表は、縦の列は年齢、横は本人、扶養家族1人、2人、3人、4人となっており、本人が何歳で扶養家族が何人かによって自動的に基本給が決まるという仕組みになっていたのだ。
これに対して政府側は同一労働同一賃金による職務給を提唱するが、労働組合側は反発した。最終的に「年功制を認めはするが、能力を厳しく査定し、職務の要求する能力を有するものが適職に配置されるようにすること」という折衷案的な給与体系の導入で決着がついた。

しかし、その制度を説明するための論理には矛盾が残ったままだった。結婚して妻を養うようになり、子どもが生まれてその養育に費用がかかるようになることと、職務遂行能力が上がっていくこととは、論理的にはつながりようがないからだ。
ここで登場したのが日本式『能力』だ。あくまでも、定期人事異動によって様々な仕事を経験することによって、その時その時にあてがわれた仕事では必ずしも発揮されていないかもしれないけれども、潜在的な「能力」は上がり続けているのであって、それゆえにその「能力」に見合った賃金を支払っているのだ、と。これによって、経営側は労働側の生活給の主張に膝を屈したのではなく、職務限定的な欧米型の職務給とは異なる職務無限定にふさわしい「能力」に基づく賃金体系に進化したのだ、と説明することができた。

とはいえ、この「能力」とは、ジョブのスキルとはほとんど関係のない不可視の概念であり、やる気を意味する情意と区別することも困難だった。そうした概念の曖昧さが悪用され、労働争議をする者への賃金差別、子育てする女性への賃金差別、年数を重ねた中高年社員たちの高給への批判が展開された。

日本型成果主義は、ジョブ型社会のハイエンド労働者層に適用される成果給とは異なり、成果を測る物差しとなるべき職務が何ら明確ではなく、「上司との相談で設定」という名の下で事実上あてがわれた恣意的な目標でもって、成果が上がっていないから質金を引き下げるという理屈付けに使われただけだったと言える。つまり人件費抑制には効果はあったのだが、賃金決定の基本にある不可視の「能力」をそのままにして、それを恣意的に操作するためにジョブと関わりのない成果を持ち出してきてしまったために、労働者側における納得性が失われてしまい、結果としてモラルの低下につながったという評価が妥当だろう。

企業側としても、職務無限定で様々な仕事に回していけるというメンバーシップ型のメリットを捨てる気持ちは毛頭ない。その目的は成果主義によって中高年の不当な高給を是正するところにあり、それを正当化する限りにおいて成果測定の物差したるジョブの明確化を追求はするが、とはいえ雇用システム全体のジョブ型化を目指すつもりはない。少なくとも初めにジョブありきでそこに適合する労働者をはめ込む、という意味における「本来のジョブ型雇用」を実践する気は毛頭ないと考えていいだろう。

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2023年11月29日

Posted by ブクログ

ジョブ型雇用について
概念や歴史的な背景を知ることが出来る良書です

また、現在の日本型のメンバーシップ雇用についての特徴の記載もあり
新卒採用や定年などについて1歩引いた視点で見ることが出来ます。

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2023年07月17日

Posted by ブクログ

ジョブ型。大阪の某電器メーカでも一部のカンパニーで採用され、最近、特に、よく耳にする。若手の採用面接でも、質問に出たりする。先進的なイメージがあり、採用を優位に進めるには、取り組む必要があるのかなぁ、と、悶々としていたので、手に取る。
読んでみて思ったのが、かなりの変更が伴うということ。制度の背景にある考え方、文化から、変える気でないと上手くいかないだろう。
物事にはプラスとマイナスがある。メンバーシップ型からジョブ型に変わっていくのが趨勢なら、日本的な企業文化や慣習は、無くなっていくんやろなぁ。新人の頃に上司が家庭訪問して、親に『息子さんを預かっています。ちゃんと育てますので。』なんて言ってた時代がなつかしい。

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2023年02月28日

Posted by ブクログ

著者つながりで読んだ最新本。

ジョブ型雇用とは何か、の解説は前半のごく一部だけで、歴史を紐解きながら、なぜ日本はこのスタイルになったのか、他国はどうなのかを解説してくれる。

条文はこれこれだけど、こんな思惑が見え隠れする、などの解説があり、真実はわからないものの、興味を惹くトピックもあり、読み進めたくなる。

文書の難易度としては、前提知識なしに読むにはやや難しく、何かにつけ人事や労務の知識(せめて関心)があったほうがいい。

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2022年11月22日

Posted by ブクログ

ジョブ型雇用について自分なりの考えを持つため、読みました。誤解していた部分が多々あったので、是正できてよかったです。特に、「資格なきスキルを認められるかが、ジョブ型のアキレス腱」というのは納得でした。

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2022年10月11日

Posted by ブクログ

「ジョブ型」雇用が注目されているようで、読んでみた。

で、世の中にあふれている言説がなんだか変な感じがしていたのだが、これを読んですっきりした。

今の日本の「メンバーシップ型」の問題が、他国の「ジョブ型」との比較において、明確に整理されて、単純に「ジョブ型」的な制度を一部日本にいれてもうまく機能しないことを示している。とはいって、処方箋的なものが明示されているわけではない。

著者は、日本は「メンバーシップ型」ということなのだが、それは雇用の実体であって、法律などは外国の法律を参考にして作られているので、「ジョブ型」的なものとして構築されているとのこと。

が、裁判の判例とか、施行規則の注に記載されているとか、実にマイナーなところで、日本の雇用実体と法律との齟齬が整合させてあるとのこと。

なるほど、労働、雇用関係のなんだかわからなさはそういうことだったのか〜。

一時は、日本型経営ということで、すばらしい経営モデルとしてもちあげられた日本型のメンバーシップ型の雇用モデルだが、今となっては、次への発展の足枷になっている面が多い。

というか、「メンバーシップ」という美しい概念のもとに人間が人間らしく、働き、生きることをできなくするシステムになっているのだ。

すべての制度や慣行がこの「メンバーシップ型」を中心に構築されているわけで、雇用関係、賃金、労働時間、ジェンダー問題などなど、その一部を変えても機能しないということがよくわかる。

一方、この「メンバーシップ型」はある意味大企業、ある程度恵まれた被雇用者が適用の対象となっており、実は中小企業の被雇用者、パートなどなどは、実は「ジョブ型」になっていて、こうした制度の二重性によって特徴づけられているとも言える。

本を読んでいると、日本の労働関係を変えることが、いかに困難かが伝わってきて、軽い絶望感を感じるところ。

もちろん、日本的な雇用関係にもよいところ、あるいはこれからの世界に価値を生み出すものに再構築できるものもあるのだろう。だが、その道は限りなく遠い感じがしてしまう。

こうしたシステムは日本固有の文化も関係するのかもしれないけど、戦後に生まれてきたものとのこと。

つまり、戦後日本における社会的構築なわけだ。

そして、日本以外における「ジョブ型」の雇用形態もそれぞれの歴史のなかで生まれているとはいえ、最初からそういうものであるわけでもなく、他国をみれば、違う雇用制度というものが現実的に可能であるということもわかる。

こうした社会構築は、人間の本質とか、日本固有の文化のミームではない。

そこに希望が存在する。

とはいえ、この社会的構築はすでに強固な既得権益にまみれており、なかなかに変えることは困難なものなのであるが。。。。

ちょっと気が滅入ってしまう本であった。

ちなみに、この本のタイトル「ジョブ型雇用社会とは何か」というのはミスリーディング。そういう本ではなくて、「ジョブ型」に関する日本の間違った言説を指摘したうえで、日本の現在の「メンバーシップ型」の問題点をそもそものところから整理した本。

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2022年09月17日

Posted by ブクログ

日本においてジョブ型、メンバーシップ型という言葉を生み出した著者。ジョブ型社会について解説し、良くある勘違いを訂正していく一冊。新書でコンパクトにまとまっており非常にわかりやすかった。

なんとなくジョブ型とか職務給、職能給の概念はわかっていたつもりではあったが、例えば「ジョブ型社会だと成果主義で解雇もひんぱんにありうる。」
といった説明を、違和感なく受け入れてしまったので、著者からすると、それでは全然解っていないということであった。

いま日本でもジョブ型雇用のブームが起き始めているが、
あくまでも日本型のジョブ型であり、
本質はメンバーシップを維持したお手盛りジョブ型になるだろうと言うことがよくわかります。

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2022年07月23日

Posted by ブクログ

・ジョブとメンバーシップ(会員)どっちが良いとは言っていない。
 それぞれの成り立ちを、かかわる労働政策から事実ベースで解説してくれる。
 打算的なセールストークではないから信頼感あるし写実的な印象。
・日本の雇用システム、労働社会、労働法が絡み合っていて根深くて一筋縄ではいかないことがよくわかる。どう咀嚼するかという個人の価値観はゆだねらた恰好。
・一方で、それぞれの適応条件がわからず今後の方向性を見出すには至らず。
 何でもかんでも答えを求めるなということか。

以下備忘
■基礎
・ジョブ型は成果主義ではない
 ジョブ型はアッパー層しか評価しない、ジョブありきだから。そのジョブが遂行できているかどうかチェックするだけ。例外的に経営層に近いハイエンドはジョブディスクリプションが広範かつあいまいになるので、できている/できていないの二分法では足らず、事細かに評価されるようになる。メンバーシップは末端にいたるまで能力と意欲を評価される。だから長時間労働の温床になる。

・ジョブ型は解雇しやすいわけではない
 解雇が自由なのはアメリカだけ。そのほかは解雇規制あり。

・メンバーシップ型で誰が得をしていたのか
 若者が得している。女性が1番割くっている。寿退社の短期雇用しかも補助業務。出産後はパート。

・労働社会においてはどの部分もほかの部分と深くかかわりあい一つの雇用システムをなしているから部分部分の改善も常に全体像を意識する必要あり。

・職務と人間のくっつけかた、雇用契約の性質
 ジョブに人をくっつけるか、人にジョブをくっつけるか。
 ジョブに値札がつくか、ヒトに値札つけれんから客観的な基準が必要で勤続年数や年齢となり年功になる。
 ほかの職務への異動可能性があるから解雇の正当性が低くなり長期雇用・終身雇用となる。

・能力評価の「能力」は訳せない。

■入口
・欠員募集か新卒一括採用か
 長期的なメンバーシップを付与するか否かの判断だから本社の人事に権限がいく。
 ド素人を鍛える必要あることが善意のパワハラの温床。

・差別禁止の本当の意味=合理性がない差別は禁止すべき
 合理性とはなにか、当該ジョブに最も適合するスキルを有しているかどうか
 MSはそもそもの前提がない。
 ジョブ型推奨はいいけど、本当に自由な採用を手放す覚悟あるのか、
 ジョブとの適合を合理的に説明するということだぞ。

■教育
 ジョブ=企業外の公的教育訓練システム
 MS=企業内教育訓練システム(徒弟制・OJT)
   教育内容よりも偏差値
   技能を身に着けているかどうかよりも訓練に耐えられる素材かどうかの官能性
 
 ・かつては職業教育を重視していた
  50~60年代 経営サイドの声も踏まえて法整備や政策推進するも教育界の反発あり、大企業はしぶしぶ企業内の養成工制度や技術校を形成。その後60年代以降は高校進学率上昇も相まって現在のかたちに至る。

 ・日本の大学:18歳主義・卒業主義・親負担主義(年功的な生活給が当たり前という前提で公的負担ではなく私的負担ひいては本人負担のネオリベラリズムへ)
・上級国民には縁のない公的職業訓練だけが世界標準にちかい。
・雇用と教育は鶏と卵、一筋縄にはいかない
・大学はips細胞養成機関から抜け出せるか

・リカレント教育
 ジョブ=初めの訓練で得たスキルとジョブでずっと食べていく、技術革新でその前提くずれた、だからリカレント
 MS=OJTが最も重要な職業訓練、ジョブではあり得ない異動でまた素人からたたき上げられる。はずだったが、うまく機能せず、働かないおじさん問題。要は公的な教育を軽視してきたツケ。教育とは下賤な職業と切り離した人格陶治の神聖な場所という虚偽意識が窺われる。

■定年
・定年は年齢差別
 解雇自由のアメリカでは定年禁止
 欧州では年金前の定年は禁止
・定年=mandatory retirement age
・65歳雇用義務なので言葉の意味でいうと定年は65歳のはず。60歳は処遇の精算時期。
・まだまだ働ける人材を周辺的な仕事に追いやるのは社会的な人的資源の有効活用という点で問題あり。
・矛盾の70歳就業機会確保措置
 本来自立しているはずのフリーランスや自発的なボランティアまで会社が面倒見る制度になった。本当に持続可能か。

■解雇
・借家契約と雇用契約
 大家がマンションたてるからといえば退去させられる。
・リストラ(整理解雇)が最も正当なジョブと極悪非道になるMS
 ほかに仕事あるならそれをやらせろ
・ジョブは能力不足で解雇し放題かというと、それはあくまで試用期間。その仕事できますといって入ってきたのにできないじゃん。
・日本も実は中小では解雇だらけ。大企業とちがってほかにまわせる仕事ないということもあるが貴様解雇もいっぱい。しかも金銭解決の法整備もないので泣き寝入りが大多数。例外措置の権利濫用法理が常用されていることなど、例外のうえに例外を重ねていくしかない法体系になっていおり、地位請求にとどまるが、MSだと雇用維持するけどじゃあまかせる仕事ないからね。という帰結に至って泣き寝入り。

■賃金
・年齢に合わせて上昇する生活給としての年功賃金制度
 高度経済成長期に能力の上昇によるものだと説明原理を変えたことで泥沼へ。
 引き下げる理屈がたたないから成果主義が協調されるようになり中高年の賃金上昇ストップの動きとなるも、尚も下げるのは至難のわざ。
・根っこにあるのは中高年問題。本音でいうと中高年の賃金が貢献に見合わない。
 本当に40代以降も能力が上がり続けると思うか。
・教育費や住宅費を欧州とちがって全部賃金で賄わないといけないから生活給だった。
・ジョブ型賃金=職務評価によるジョブ型賃金
・男女平等と職務評価=女性職種の賃金安くないか?→同一労賃(同一価値同一賃金)
・年功/生活給=1922年呉海軍で労働者が左翼思想に走らぬように→戦時中に国の制度として普及→GHQで廃止されるはずだったが労働組合が生活給を作り上げる→労組内で若年層からも疑問の声→能力主義で決着
・ご都合主義の成果主義
 ジョブ型ハイエンドの明確な物差しとなる職務明らかでなく恣意的でモラルダウン。失敗に終わった成果主義を今度は物差しとしてのジョブを明確にして再チャレンジしようとしているのが最近のジョブ型ではないか。雇用システムとしてジョブ型を追求するわけではなく単に中高年の不当な高給を是正したいだけ。

・生活給の精髄としての家族手当→社会保障としての児童手当を阻害
 家族手当にせよ生活給にせよ、その出発点は妻子を扶養する男性労働者の生活保障

☆昔とちがって生活できるようになったでしょ。もう豊かになったでしょ。だから生活給捨てるではいかんのか。能力ゆえに正当という既得権意識との闘いならば、成果主義の対象範囲を絞って精緻にやる方向はどうか。若年は教育システムとのつながりもあるけど、少なくとも基幹職は。

■労働組合
 ジョブ型の組合=賃上げのみ。従業員代表は別組織。同一職業同一産業の利益代表組織、賃上げ
 MSの組合=両方。社員による社員のための組織。企業別なので、競争条件悪化して市場を失わないように足並みそろえるための春闘。カルテル。

・労働は商品ではない
 アメリカの反トラスト法(独占禁止法)が労働組合に適用され摘発されていた。
 それを踏まえて適用除外のために労働は商品ではない。
 会社のメンバーだから商品扱いするのはけしからんという話ではない。

・日本の法制度では会社はそのメンバーである株主の所有物であり、経営者は株主の利益を最大化する、労働者は会社外部の第三者で雇用契約によって労働を提供し報酬を得る債権債務関係に過ぎないが、一般的には社員がメンバーで株主が外部の第三者という意識になっているのは「企業民主化試案」イデオロギーの遺産か。
実定法と実体の隙間を埋めてきたのが判例。権利濫用法理という例外を常用してきた。

・欧州=自発的組織としての産別組合+公的な従業員代表組織
 日本=一体となっている。企業別組合のない中小は雇用関係のバランスとれていない。公的な従業員代表組織必要ではないか、けど既存の企業別組合どうなる?団体交渉の意味合い薄れる中誰も組合費払わなくなる。→組合機能と従業員代表機能に分離してはどうか。組合機能=組合費で組合員のために、外部連携もしながら団体交渉。従業員代表組織=会社費用で非正規含めて色々な折衝を。
※結局非正規の賃金はどっちで扱うんだ?

・70歳までの雇用努力義務で労使協定で対象者を限定できる。
 シニアは非組合員なのに。もう一度組合と非正規の関係を考えるべきではないか。

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2022年04月20日

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メンバーシップ型=ヒトに値段をつける⇔ジョブ型=椅子(仕事)に値段をつける、という根本的な違いをもとにして、日本型労働社会の特徴、問題を明快に解説。
この分野の話は、どういう対応がいいとか悪いとか割りきれないのが何とも難しいところ…

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2022年04月17日

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ジョブ型雇用によって労働時間ではなく成果で評価する、最近良く聞くフレーズだが、これはジョブ型がなんたるかを全く理解していない
経営層に近いハイエンドのジョブになれば話は別だが、ジョブ型の大原則は成果主義ではなく賃金固定。日本人に理解し易い例えでいえば、職務が決まっているアルバイトのような雇用。

本の雇用形態 メンバーシップ型
情意考課で安易に用いられがちな意欲の微表としての長時間労働が槍玉に挙げられ、労働時間ではなく成果で評価する、というのが最近流行りの千篇一律のスローガン

素人を育てて鍛えるメンバーシップ型
知識やスキルよりもコミュニケーション能力を重視
人件費抑制を目的に成果主義を導入し、短期の成果で評価していくことになると、評価されるように表面だけジョブ型風に行動することがその側面では合理的になる。ところが、職務/ジョブの明確化が進んでいるわけでもなく、職務構造は曖昧なままで、自己中心的なナルシス型が、それは私の仕事ではない、と言い出すと、実際の職場では回らなくなる。

日本特有のメンバーシップ型の弊害がまさに今の時代になって溢れ出ている
・職業訓練に寄与しない大学教育
・働かない中高年
年功序列=下がらない能力という幻想
職務無限定ゆえに客観的に測定不可能な能力という概念、ガンバリズムなどの情意の重視
・生活給という概念
・女性の社会進出
・外国人労働者

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2022年04月07日

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「新しい労働社会」で提唱されたジョブ型雇用がいよいよ日本でも導入の機運が高まる中、雇用の本質的問題を改めて問い直す絶好のタイミングで出版された一冊と思う。経営者、人事担当者、人材ビジネスにかかわるすべての人は必読だ。ジョブ型はメンバーシップ型のアンチテーゼのように見えるけれど、そもそも世界では一般的な組織の在り方で、日本のメンバーシップ組織の特殊性の方が浮き彫りにされていく。(1990年代は日本のメンバーシップ型組織こそが理想と世界でもてはやされたのだが)。私たちの価値観はもちろん、児童手当等含む社会保障や社会構造のすべてがメンバーシップ型組織ありきで生成されてきた日本の社会の歴史と構造をしみじみ振り返る。自分の血肉の中にも埋め込まれているメンバーシップ型。読み進むにつれて「こんな日本の社会にジョブ型等本当に導入できるのか!?」と思いを巡らせば、「わが社はジョブ型とメンバーシップ型のハイブリット型を目指します」なんてうそぶく会社の記事がニュースで目に留まったりして。ただ言えることは、日本の雇用の本質的問題をないがしろにしたままジョブ型の導入をしたところで、それは単なるリストラの道具か研修屋を設けさせる商機で終わってしまうということだ。

本書でも前著でも、日本の雇用問題から派生する労働関係法規やガイドラインは、いかに、本質を横に置いたなし崩し的議論で成り立ってきたかという視点が目立つ。前著ではこれがどちらかというとマスコミの扇動的報道に一般市民が振り回されてきたことへの批判的視点があったが、本書ではマスコミには触れず、政策関係者の様々な思惑の入り乱れた設計過程に鋭い目が向けられている。この10年の間にマスコミは扇動力を失い労働議論の場もSNSやネットに移ってきた時代の変化も見て取れるような気がした。

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2022年04月07日

Posted by ブクログ

久々に書店をぶらぶら歩いて本著を購入したんですが、いま新書って1,000円以上するんですね。ページ数が多いのもあるんでしょうが、レジで軽く動揺してしまいました(笑

さて、最近大企業でジョブ型雇用の導入が進んでいる、なんてニュースを踏まえ、勉強しておこうかな…と「ジョブ型」雇用という言葉を作った専門家たる著者の本を手に取った次第です。
内容は、世の中にはびこる「間違いだらけのジョブ型」を糺し、本来こういうモノだよ、という説明をしてくれる1冊・・・と言うとアッサリしているのですが、本著を読み終えて感じたことは、日本の労働市場に横たわる大きくて深~い闇です。ワタシ、こんな法制下で働いてたのか。。
説得力がありすぎるけど、同時にいきなり目の前に巨象が現れたような感覚もあって、「コレ本当なのか?」とすら思ってしまう。戦中の国家総動員体制から延々と場当たり的な対処をしてきた結果、紐はほどけないくらい絡まり、複雑怪奇なキメラが生まれ…
ジョブ型云々以前にそもそもの土台がメチャクチャなのですが、ジョブ型雇用自身もなかなか無理があって、読んでいてスッキリしない、モヤモヤした気持ちを抱くこと必至です。
パンドラの箱を開ける気分…は流石に言い過ぎてますが、小学校の裏庭の踏み石(ひっくり返すとダンゴムシとかいるヤツ)を持ち上げているような、そんな不安に駆られながら読み進めていました。。

「ジョブ型」と「メンバーシップ型」の何がどう違って…というのは本著で詳説されているのですが、読んでいて感じたのは、著者が「ジョブ型社会とメンバーシップ型社会を隔てる深くて暗い断絶の川」と表現したとおり。
本当に「ジョブ型社会」に転換するのであれば、今までの日本の常識(新卒採用、人事評価、"能力"の概念、大学教育等々…)を相当転換しないといけないはずだけど、「社会の上層部になればなるほどジョブ型感覚が希薄になるという日本社会のありよう」「大企業正社員型のメンバーシップの中で育てられてきた人の思い付きで政策が進められる傾向が強まってきている」というコトで話が進んでいないご様子…。

特にゲンナリしたのは、昨今の日本版ジョブ型雇用ブームの目的は「中高年の不当な高給を是正する」ことで、「雇用システム全体のジョブ型化を目指すつもりはなく」というくだり。
目先の問題に小手先で対処しようとして、長期的には泥沼にハマっていく…実に日本的だなぁと思ってしまいますが、どこの国も似たようなモノなんでしょうか。

これらを踏まえ、本当に日本企業はジョブ型雇用を推し進めていくべきなのか?
ジョブ型雇用と言うからには「こういうコトするジョブです」がキッチリ定義されていないといけないんですが、「余白を埋める」ことが職務になっているような日本の正社員の文化でそんな定義が可能なのか?
(「その他」や「等」の方が主業務になる悪夢が何となく浮かびます…)
また、これからDXが進んで作業内容が変わったり、取り組むビジネス自体が変わっていく世の中で、「定義」を今キッチリ固めるコトにどこまで意味があるか…

そうすると、雇用制度を一度リセットでもできればスッキリするんじゃないか、とも思ったのですが、著者が労働組合の位置づけについて論じた解決策は「むしろ無理にすっきりさせないことが大事」と。
シンプルに考えればこう、というのを進めても別の切り口で事態が悪化してしまう。深く実務に根差した専門家の矜持を感じました。

ちなみに本著の筆致、もう還暦を回られているとは思えない若さと破壊力を感じます(笑
労働関連法令を「ザル法」と断じたり、「日本特有の善意のパワハラ」と言ったり、微妙に文中に皮肉っぽいユーモアが含まれているような。
難しい用語もちょいちょいあるのですぐ読み終わるタイプの本ではないですが、旧来型日本企業に勤めているのであれば、一度は読んでおいては良いのでは。

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2022年03月27日

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自分なりの気付きは二点。

一つは、いわゆる日本型雇用のメンバーシップ型が成立していく戦後からの歴史的な流れ。当初は、政府・経営は職業訓練を高等教育に求めていたとは全く意外だった。
教育界が乗らないため、仕方なく企業は自ら養成する体制を整える。これが定期異動によるその企業に完全にマッチした(逆に言えば他では使えない)育成が進む。
ここで何よりも求められる能力は、企業内訓練に耐えられることであり、それは上司・同僚との人間関係を円滑に進められることを指す。学校教育には何も期待していない…というか、元々期待させないようにしたのは教育界。企業としては何もできないことが前提なので、多少手荒にでも鍛えてあげなきゃという意識が働き、善意でハラスメントもやってしまう。これを乗り切った人たちが、高度経済成長と併せて、生活費の向上のために年功賃金でお給料が上がっていく仕組みだった。
が、バブル崩壊でその前提が崩れ、露呈した給与に見合わない貢献度のために足枷になっている。そして行き場もない。泣けてくる。

二点目は、その後の政府のジョブ型施策も廃止されてきたという点。メンバーシップ型の従来の標準的職業人生コースではハローワークに関わる余地がない。政策を考えているのはこのコースの人たちであり、その重要性が分からない。中小企業で実はバンバン行われている解雇についても何も検討されていない実態。
自分もメンバーシップ型の人生と言えるだろうから、自分には見えていない世界があることは肝に銘じなければならない。

「ジョブ型雇用」という言葉を生み出したという著者の解説と嘆きが聞こえてくる本ではあるが、ではどうするかというところももっと聞きたいと思ってしまう。

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2022年02月20日

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かねてから著者のブログはたまに読んでいたのだが、一冊の本にまとまっていると頭の整理になる

日経新聞への恨み節など少しニヤリとしてしまうのだが、あまり長年にわたり主張が世間に曲解され続けており、ハマちゃん先生、チョッピリこじらせていないか気になるところ

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2024年03月31日

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比較的最近よく聞くジョブ型雇用について、
なんとなくしか知らなかったが、これまでの歴史も含めて理解することができた。

これまでの日本の働き方に沿う形で発達したメンバーシップ型雇用も、働き方の多様性が生まれるにつれて見直される段階なのだと感じた。

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2023年04月30日

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マスコミはどんどんと新しい言葉を使った記事を量産してくる。しかしその言葉がそもそも何を意味しているかの定義が書き手によってばらついているのであれば議論はかみあわない。歴史的経緯の結果、ここでもガラパゴス化している日本の雇用社会がジョブ型をとりいれるにはあまたの課題がある。昨今の環境変化のスピードに旧来の日本社会のしくみの見直しが追いついていない。現状維持や過去へのあと戻りの考え方ではこの不合理は解消しない。

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2022年10月01日

Posted by ブクログ

全然ワカンネーがほとんどだった。「日本の労働史」の本。
じゃあどうすればいいのよ、と思うが、たぶん私が読みきれてないんだろうな。敗北!

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2022年07月26日

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ジョブ型の誤解を正してくれた

しかし、肝心のオチ(筆者の意見、主張、解決案、結論)が書かれず、複雑なことになっています。とだけで尻切れトンボ。
また、著者の頭の良さや博識は見てとれるが、書き振りも嫌味っぽいところが多分にある。知識としては面白いのだが、もう少しポジションを取って書いて欲しいと感じる

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2022年07月11日

Posted by ブクログ

いろいろと勉強になった。
ジョブ型とメンバーシップ型は本来どちらが上というものではなく制度として違うものであるというだけであるが、近年はジョブ型礼賛の風潮があり、しかもそれがジョブ型の趣旨を正しく理解していない言説になっていることを問題視して著されたもの。
ジョブ型とは採用時に職務内容を規定し、その職務を行う能力があるかどうかで採用し、ジョブをこなせているかどうかで雇用継続するか否かを判断するものであり、自動的な昇進や、先輩や上司による教育というようなものが存在しないものである。これに対してメンバーシップ型は、明確な職務の約束がなく、時間も勤務場所も会社側に白紙委任する雇用契約を締結するが、その代わり、業績悪化などによる人員解雇をできる限り回避する制度であり、明確なスキルを持たない者を仲間として受け入れてOJTにより教育していく制度であるがゆえに、副産物として、情意評価や、やる気を見せるための長時間労働や、愛のムチとしてのパワハラや、部下の人事権を持たない管理職や、正社員が全員潜在的な幹部候補生であるという奇妙な状況が生まれているとのこと。

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2022年05月02日

Posted by ブクログ

お父さんに薦められて読んだ本。
後半は難しくて飛ばし読みしちゃった。
ジョブ型とメンバーシップ型がよく理解出来た。

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2022年03月31日

Posted by ブクログ

ジョブ型雇用=ジョブ(職務)が明確に規定され、そこに当てはまる人を雇う。欠員が出ると補充(採用)し仕事が無くなれば解雇するのが一般的。ジョブに対して給与が決まるので一人一人を査定しない。同じ会社の別職務に就く場合は再契約になる。

メンバーシップ型雇用=未経験者を雇い社内で育てるOJTが中心。新卒一括採用し定年まで働くことが想定されてきた。仕事がなくなった場合別の部署に異動や転勤をさせる。役職から平社員まで一人一人査定し能力や意欲で評価されて賃金が決まる。

ジョブ型の意味は成果主義だと思っていたけど全然違った。同一労働同一賃金という言葉が世間に出てきた時、人が評価する限りそんなの無理だ!と思っていたけどそもそも職務で賃金が決まる=ジョブ型社会の原則なのであって日本のメンバーシップに無理矢理当てはめようとすると矛盾だらけという事が分かって腹落ちした。日本でもジョブ型雇用が広がる…なんて話も聞くけど、教育制度とも深く関わる制度の問題とのこと。そう簡単に変われないんだろうなぁ。
話題が多岐に渡り、所々難しくて読みにくかった。

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2022年03月16日

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