東田直樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
重度の自閉症により、思いついた言葉が突然口から何度も飛び出てきたり、かつて怖い思いをしたことがフラッシュバックして叫び出してしまう。
著者の東田直樹さんはコミュニケーションを容易に取ることはできない。
初めて東田さんをみたのは、たしかNHKのドキュメンタリーだったと思う。記者の質問に対して、彼が一文字ずつ忍耐強く答えたその内容の素晴らしさに、私は圧倒された。
これまでに、東田さんのような自閉症の症状のある方は何度か出会ってきたけれど、その人達の内面世界がどうなっているかなんてまったくわからなかった。
しかし、この本を読めば、かなり理解が進むことは間違いない。こんなにも美しい衝撃を受けることは、きっと人生でも数えるほどしかないだろうと思う。
ご自身を、まるで「壊れたロボットを操縦している」ようだとおっしゃっている東田さんの苦悩もよくわかるが、それ以上に、その鋭敏な感覚でもってこの世界を眺めた時に、この人生がいかに輝に満ちているのかに浸る彼の目線に感動を禁じ得ない。
夕焼けが、木漏れ日が、新幹線に打ち付ける雨が、世界の景色が東田さんに語りかけて、彼と世界は境界線をなくしてひとつになって行く、そんな感覚を覚えるエッセイだった。
視覚と合理でいっぱいになっている自分にストップをかけて、時々戻ってきて読みたいと思える素晴らしい本だった。 -
Posted by ブクログ
自閉症の本人がその行動の理由を説明している画期的な本。
平易な言葉遣いで、淡々と、症状や、人々の反応に対する想いが書かれていて、じんわり心に響く。
最後のデイヴィッド・ミッチェル氏(自閉症のお子さんをもつ作家)の解説もまた良い。
学生の頃、研究室に自閉症と思われる同級生がいて(比較的症状は軽い様子だったけれど)どのように接したら良いかわからないことがあったので、あの頃、読みたかったと思う。
著者は会話ができないという。
本書の中で、人の質問に答えたくても、適切な言葉が見つからなかったり、言おうとしたことをすぐに忘れてしまったり、自分の本当の思いとは違う言葉が出てしまうのだと説明されている。
そういう症状がありながらも、著者は、パソコンと文字盤ポインティングで人とコミュニケーションをとることが可能であるそうだ。
本書の感想からは逸れるけれど、そのコミュニケーション方法を、どうやって身につけられたのかが気になる。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ1の続きで新たに勉強になったことを記していく
・同時に2つのことをするのが難しい
例えば、相手の顔を見ながら話をするなど
変な方向を向いているのは、相手の声に集中するため
・こだわりは好きでやっているとは限らないから、周りの人が本人を観察して本当にやりたいのか見極めることが大事
・物事がうまく進むとは限らないのは頭ではわかっているけれど、ハプニングがおきるとその事実だけしか捉えられなくなる。ちょっと待ってと言われても待てないし、どうしようもない
・辛くても、悲しくても、笑ってしまうことがある
・なんでもかんでも褒められて嬉しいわけではない。頑張ったことを褒めてほしい
・記憶は点になっていて線として繋がっていない
・説明してもらって理解できないことよりも、どうせ理解できないだろうとハナから決めつけられることの方がずっと辛い
・パニックになった時1人にしてほしいわけではない。可能であればそばにいてほしい。困ったような悲しそうな態度をされると自尊心が傷つく -
Posted by ブクログ
こっとんさんの、『わたしの心のなか』のレビューで、紹介されていた本書は、私にとって、とても得るものが多く、大切な気付きを促せてくれた、素晴らしい作品でした。
改めて、ありがとうございます。
私がまず驚いたのは、作者の「東田直樹」さんが、当時、13歳で執筆されていた事(自身で執筆できないので、尚更、困難さが加わる)と、Q&A方式で構成された、内容の具体性です。
『僕たち』という表現は、当時の自閉症で悩む人達へ向けて、そうしたということですが、見方によっては、自分がどういう人間なのかを、自問自答しているようにも思われる、当時の閉鎖的な社会環境において、この何とかしたいんだという、彼の思いの強さに、とても心を打たれました。
そして、その心の声を聞いたことで、東田直樹さんって、こういう人なのだということが分かると共に、おそらく、自閉症の方々の、心の中の思いを知ることも出来たのではないかと、実感できた、この点が、とても素晴らしいと感じるのです。
例えば、
コントロール出来ない声は、反射的に出てしまう。
皆の記憶は線のように続いていくが、僕らの記憶は点の集まり。
答えようとするときに、言いたいことが頭の中から消えてしまう。
自分の体を自分のものだと、自覚したことがない。
などは、おそらく、普段の表向きの言動からは理解できない、心の声を教えてくれた気がして、このような、今日まで私が知らなかった、気付きを促せてくれる質問が、58もあるのだから、彼がどれだけの思いでいたのかを、推測できると思います。
それから、本書の「はじめに」の中に、『自閉症を個性と思ってもらえたら』とあるのですが、これについて、まさしく個性だと肯けることを、私なりに考えてみました。
例えば、本文の中にある、「僕たちは美しいものを見たり、楽しかったことを思い出したりしたとき、心からの笑顔が出ること」。
また、「人の批判をしたり、馬鹿にしたり、騙したりすることには笑えないこと」。
これらについて、「楽しいと思えることやおかしいことが、みんなとは違うのだと思うのです」とありますが、私からしたら、馬鹿にしたり、騙したりする話で笑わない人の方が、好感をもてますし、美しいものを見たとき、心からの笑顔が出るのは、誰もが持ちうる個性だと思います。
また、それに加えて、他のテーマでは、「自然を友達だと思う心を、僕はいつまでも大事にしたい」といった言葉もあって、そう思うのは私もだよ、なんて、つい言ってしまいそうな、親しみやすさを感じるとともに、東田さんの自然の表現も素晴らしく、少し掲載すると、
自然は、いつでも僕たちを優しく包んでくれます。
きらきらしたり、さわさわしたり、ぶくぶくしたり、さらさらします。
見ているだけで吸い込まれそうで、その瞬間、僕は自分の体が生まれる前の小さな分子になって、自然の中にとけていくような感覚に襲われます。とてもいい気持ちで、自分が人だということも、障害者だということも忘れてしまうのです。
上記の文章を見て、どこが病気なんだろうと思いませんか?
私はそれを読んで、ものの見方や感覚が、とても繊細で、どこか詩的な一面もある、それが彼の個性なのかなと思いました。
『自分を好きになれるのなら、普通でも自閉症でもどちらでもいい』
ただ、それでも、その理解できない感覚を理解することの難しさというのは、あると思います。
それが、おそらく上記の言葉にも表れているとは思いますが、よくよく見てみると、自分を好きになれれば自閉症でもいいと思える、彼の気持ちの中には、自閉症をどうするかというよりも、彼自身の心の喜びを満たすためには、どうすべきかというのが、最も大切なことのように感じられ、彼自身の創った、「ショートストーリー」や、「ちょっと言わせて」で感じられた、メッセージも素晴らしく、私が見習うべき点は、たくさんありました。
今では本書も、28か国で翻訳されているそうで、彼の、その心の中の思いは、世界各国へと届き、きっと、多くの自閉症の方々の支えになっていることでしょう。
『ホント、僕らの言葉はミラクルだね』