汐見稔幸のレビュー一覧
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ネタバレ・教育のゴールは自立
・自立のために必要な能力はどんな状況でも楽しめる力
・どんな状況でも楽しめる力をつけるために必要なのは
-自分で考える力
-行動を起こす力
・これらの力を身につけるのに必要なのは10歳くらいまでに自己肯定感を育むこと
・自己肯定感を育むためには:
-生活リズムを整えて、体を育てること
-人よりも得意なものを見つけるために熱中できるものに出会わせるチャンスを作ること
-親に愛されている実感を持たせて、心を育てること
- なんでも親に相談できるという安心感を持たせること
→「今日こんなことがあったんだよ」「パパが小さい時にね」など自分のことについて話してあげる。 -
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ネタバレ具体的にどう指示すればよいかが示してあり、自分の今うまくいってない事案に対して試してみたところ、そこそこ有効なことが多く、私個人には役に立つことが多かった。
例えば普段から褒めるようにはしているけども、同じことを第三者から伝えてもらうことで、より子どもの自身に繋がったり、難しいと感じていることにも、あきらめず頑張ってみようと思ってくれるようになったり。また、叱る際は子ども自身ではなく、子どものやったことそのものだけ叱る、それに対して駄目!と言うのではなく、そのことで私が悲しい、と伝えるなど。
すべてのお子さんに有効ではないかもしれないが、試してみてもよさそうなエッセンスがたくさんあると思った。 -
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『「天才」は学校では育たない』(汐見稔幸)
この本を手にしたのはタイトルに対しての軽い同意から。
でも、その後すぐに頭に巡ってきたのは、なら著者はどうしたら天才を育てるという環境なり、メソッドなりをこの本で提示しているのだろうか?ということ。
そんな期待を持ちながらパラパラと読みすすめていくと、なんか少しづつタイトルから離れていくように感じるようになっていった。
感じだけでなく、確かにこの本に当初抱いた期待からは徐々に遠ざかっていくのだけれど、なぜかどんどん興味を増していくのを感じていた。期待はずれの面白さを感じていたのだろう。
その取っ掛かりになったのが、子どもの本能みたいなものを描いた部分。ちょっと長いけれど引用します。
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【子供の一挙手一投足が表現である】
子どもは子どもなりの内面世界を生きながら、それを彼らなりの仕方で外の世界につなぎつつ生きています。その内面と外面の接面にあたるのがその子の素朴な「表現」です。目つき、歩き方、声、姿勢…すべてその子の内面の外面化=接面への押し出しであり、表現です。
そのときの子どもの厳しい表情やときに悪態として出されるものをネガティブなものとしてとらえるのではなく、そうしかたちで出さざるをえないその子の良くなろうとする意志の裏面と読み取ることが大切です。子どもはそうしていつも「善く」とらえてもらうことで、内面の「善さ志向」を活性化します。善くなろうという気持ちを芽生えさせるのです。
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この子どもの振る舞いや言動、表現が薄い皮膚で隔てられたもので、心である彼らの内面を透けて見せてくれていることを想像すると、心がキュンとする。
映画でもそうなのだが、大人のように世の中を生きていくうえでの経験を積んだ者は外からの刺激に対して、ダイレクトに反応を表情として返さない。言動や表情か内面と厚い皮で隔てられいてる(よくいう‘面の皮が厚くなる’)のだけれど、子どもたちは経験で武装されていない無垢な姿で、荒野に必死に立ち向かおうとする。だから、未知なる刺激に対しての本能的な身体の反応をコントロールしきれずに苛立ちもする。かと思えば、百に一度くらいの割合かもしれないけれど、この荒野のなかに輝く希望を見つけて輝くような笑顔を見せてくれることもある。
(この本の内容とは離れるけど、そんな子ども(主に少年)の内面を想像させてくれ、記憶の奥にしまい込まれた感情の記憶を連れ戻してくれる映画をここに幾つか紹介する『柳と風』、『自転車泥棒』、『大人は判ってくれない』、『太陽のめざめ』、『おおかみこどもの雨のと雪』)
本の紹介に戻りますが、
もうひとつ私がきにいったのは
『ヴィルドゥングスロマンス』の説明の後に書かれている。近代社会が作り上げた‘人生’の構図を説明してくれている部分。これは知っている人にしてみれば、何を今更と思うかもしれないが、私たちが無意識に描いている‘人生’という工程のイメージの基本型は実はこの近代社会のなかで作られたのだということを簡潔に教えてくれる部分。
私たちが無意識に描いてる‘人生’の構図は、その時代、その社会が描かせているものであることを知ること。自分という人間が生きて死ぬという工程は、自分で描けば良いのだし、社会圧が薄かった中世以前にはそんな概念が無かったんじゃないだろうか?。
でも、この時代や社会が拵える‘人生の構図’の外側を生きることは相当な勇気と、実際の荒波がある。それは国家や社会というものはそれを条件に(均一な人生の構図を生きること)そこに属する、国民を守るように設計されているから(でも、それも綻び始めているかもしれない)
「天才は育てるものではない」自ら必要に応じて、その環境のなかから荒波に揉まれながら出現してくるもので、良い環境で育つのはエリートや卓越者でしかないとも思っている。矛盾や困難が多重に重なる世の中で、それを糧にできる強い人間は育てようと思って育つものではない。
本の冒頭で紹介される優秀なスーパー中学生たちをマスコミでは「天才!」と称しているけれど、私が描く天才はそんな頻度で現れるものではない。
そんなこんなも含めてお勧めの本です。
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著者のウェブサイトで掲載されている「声かけ変換表」をtwitterで知り、そのとき本書に興味をもった。日々、子供たち相手に悪戦苦闘している妻に、参考となるのではと思い購入。
中盤部分は、日常のちょっとした工夫の話が多く、ケースバイケースの一つの事例に感じたが、はじめとおわりの章は、子どもに対する姿勢として重要なことがしっかりとわかりやすく説明されている。
本書の内容もさることながら、著者の子供に対する真摯な姿勢、自身を見詰める謙虚な姿勢、何事にも前向きな姿勢、そして結果的にこのような本として自身の考えをまとめらている姿勢そのものが、とても素晴らしいと感じた。 -
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子どもにかかわる仕事をしている人が、自分の仕事について語るアンソロジー。登場するのは、助産師、小児科医、保育士、小学校教員、中学校教員、学童クラブ指導員、養護教諭、スクールソーシャルワーカー、スクールカウンセラー、フリースクール主宰、家庭裁判所調査官、弁護士。それぞれの仕事の内容や大切にしていること、そして子どもたちに対してどう向き合っているかが語られます。
この本は岩波ジュニア新書で発行されています。それが意味することは何かと考えます。中高生が読者ターゲットとなる訳ですから。読者自身がまだ「子ども」といえる訳ですから。そこには世の中の大人の中にはこうやって子どもたちと本気で向き合っている人がいるのだよと伝えたいという想いもあるのかも知れません。
そしてこの本は大人に、それも今子どもたちとかかわっていない大人にこそ、読んで欲しい本だと思ったのです。子どもに人的労力や時間を掛けることを贅沢である、子どもたちを甘やかすことになると感じる人は少なからずいます。子どもは放っておいても勝手に育つ。子どもの問題に大人が介入する必要はない。そんな風に思っている人もいます。そして子どもは大人のいうことを聞くべきだ。大人は子どものやることを決めるべきだ。そんな風に思っている人もいます。そんな人たちに子どもに対して本気で向き合ってかかわっている人たちの活動を知って欲しい思いがあるのです。これを読むと子どもへ向ける目が少し変わるかも知れない。そんな風に思えたのです。 -
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汐見さんの本は毎回優しい。友達が貸してくれました。
前文より。「子どもはこの世界に生まれてきて、生きるだけで精一杯。その子どもに生きるっておもしろいだろ?、感動的な思いをたくさん味わせること。もう一つは、自分の人生は自分で選べという姿勢の子育てが今の時代大切。」
私にすとんときた言葉。「育ってきた子どもが期待とちがっても、あーあーと笑う。日本の子育てはそういう文化がある。」
このあーあーと笑うっていいなーと思って。
もう一つ。「あっ、これまで子育てが間違っていたと思ったらそのとき変えればいい。子育ては失敗の連続。親ってそんなもの。親がこれでいいとやさしい笑顔でいることが大切。」
他の本とも重なる。「セルフイメージを高める。成功するイメージを重ねる。自分は~(プラス)だ。肯定感。」
基本姿勢は「よく子どもを観察する。→楽しむ。そのこに親が合わせる。」
「子どもは言葉を音として聴く。同じ言葉でも裏の意味(本当にほめている。親の思い通りに動かしたい、など)を感じる。心地よい音をたくさん聞かせたい。」