呉座勇一のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
歴史学に覆いかぶさっていたバイアスを払いのけるために書かれた本であり、言ってみれば蜘蛛の巣に対する竹箒のような本である。
古代の呪術的な信仰は本気で信じられていたのかどうかについての考察や、鍬や鋤で戦うイメージはあくまで農民としての階級を受け入れたうえでの交渉であるとか、こういった当時の人々の考え方の背景が見えるのは面白い。
その意味での目の振り向け方はそれなりに価値があるものの、運動論としての射程もそれほどあると言えないし、一揆の論としても、正直食い足りない。あまりよそ見せずに頑張って欲しい。
ちょっと本文の内容になるが、宛先のあるものが一揆の核になる契約関係を示すとして、それならばそれを踏まえてもう一度、一味神水の儀式から位置付け直す必要がある。
一揆は政治的パフォーマンスにほかならないが、民衆の被統治感覚に根ざしてもいる。今回の本の作りが「原理」では仕方ないといえここからさらに改めて種別の変遷があるのならそれを整理して提示してほしいところだ。 -
Posted by ブクログ
元寇から応仁の乱までの期間を戦争を通して概観する。
やっぱり南北朝から観応の擾乱までの流れはすごすぎます。
大将として全国を駆け巡り、何度も敗けながらそれでも立ち上がる尊氏ってどういう人物だったのだろう。立ち上がるというより担がれたんでしょうね。
どんな国のあり方がベストなのかはいろいろあると思うけど、戦争のない状態を作り出すには高邁な理想よりも、身の丈にあった機会主義だったわけだ。それが後醍醐天皇と尊氏の違いでもある。仮そめの平和でも戦争状態よりはよっぽどいいよね。
著者は階級闘争史観だけでは紐解けないっていうけど、俯瞰的に理解するにはやっぱり階級闘争と唯物史観のような気がしちゃうな。 -
ネタバレ
便乗本の悪い例…。
2025年6月読了。
元々『京都ぎらい』で有名になった井上章一先生のファンなので、「光秀とガラシャの話かぁ」と何となく気になって拝読した。
それぞれ立場の違う専門家が、この二人について論証(推論?)した本では有るのだが、興味は『細川ガラシャ(お玉)は美人だったか?!』に集中しており、それ以外は付け足し程度で読んでいて「力が抜けていく思い」で読了した。
呉座先生の光秀考は一読に値した(確かに本能寺の変は“光秀単独犯説”が正解だろう)が、それ以外はバラバラに『細川ガラシャ』について、参考文献も統一せず思い思いに語ってしまっていて、「そんなにガラシャが美人だったかどうか、未だに気にしてる人なんて居る?!」と云う感想しか出てこなかった。
井上先生も『美人論』の延長線上で、“別途書けば良い程度の事”までしか追えていない感ありあり。
それから、(当時の)イエズス会の活動については、ひたすら『布教活動に尽力した美談』ばかりで、貿易(鉄砲等の武器)や奴隷(人身)売買と言った『負の側面』を只管無視して書かれているのも、「よくもまぁぬけぬけと…」と云う感じで、読んでいてシラケる事ばかりだった。
秀吉が「バテレン追放令」を出した一番の理由は、宗教云々なんかより、日本から貧民を奴隷として、ドンドン海外へ売り飛ばす行為が目に余るからだったのは、最近の研究で明らかになっています。『独裁者のワガママ』だけでは酷過ぎます。
概して、こういうテーマで本を出したいなら、どなたか一人で別々に書いたら宜しいのでは?と、冷めた思いで本を置いた。『麒麟がくる』の頃に当て込んだ本なのだろうが、構成からしてバラバラなのだけはよ〜く分かった。