柳澤健のレビュー一覧

  • 1984年のUWF

    Posted by ブクログ

    僕にとってUWFという言葉には特別な意味があり、どうしてもメロウな気分になってしまう。
    この本は賛否両論渦巻いた本だが、今回再読してみて大筋ではやはりこの本が真実に近いように思う。
    僕は前田ファンなので、前田があまり良く書かれていないのは悲しいし、関連本、反論本もたくさん読んだけど、やはり本書は説得力がある。
    でも、それでも、UWFは今もなお素晴らしいし、感謝しかない。
    若林太郎さんの言葉のとおり。
    UWFは真剣勝負に見えるのに、どこかハッピーエンド。美しい夢だからこそ、UWFは僕たちの心を捉えて離さなかったんです。

    0
    2025年10月14日
  • 完本 1976年のアントニオ猪木

    Posted by ブクログ

    アントニオ猪木が、日本中にかけた魔法を解き明かす本。自身、格闘技もプロレスもどちらも好きだが、1990年代後半、国内で両者が邂逅した時代を経験したものとして、それ以前の歴史を理解する一助となった。プロレスや格闘技に興味が無くとも面白く読めると思うが、両者のいずれかが好きなのであれば必読書。

    0
    2024年08月21日
  • 1984年のUWF

    Posted by ブクログ

    UWF贔屓と思っていたが、とんでもない誤解だった。 一読の価値有り、特に後半の勢いはあの時代の熱さと、疑問が鮮やかに解決出来た‼️

    0
    2024年07月31日
  • 1974年のサマークリスマス 林美雄とパックインミュージックの時代

    Posted by ブクログ

    (2016/9/1)
    さほど期待せずに読み始めた本だった。とっくに入手していたが、ラグビーなどを先に読み、後回しにしていた本だった。
    が、読み始めたとたん、釘づけになった。一気に読み進めた。

    ユーミンを「天才」と言って世に知らしめたのが、TBSアナウンサー、林美雄だった??
    わたしにとって林美雄とは、「一慶・美雄の夜は友達」という番組が唯一の接点。
    土曜ワイドで鳴らした久米宏、小島一慶等とは違って、なんだかマイナーなアナウンサーというイメージしかなかった林美雄。
    それが、同期の久米宏が降板した後のパックインミュージック第2部を1970年に任され、
    「8月の濡れた砂」などの映画、その主題歌をうたった石川セリや前述のユーミンなどを取り上げ、
    コアなファンを虜にし、林美雄ワールドを作っていっていたというのだ。
    林美雄が実質ユーミンを世に送り出した男だったとは!
    その衝撃は計り知れない。というかにわかに信じられない。

    本は更に進む。そのパックインミュージック第2部の廃止が決まる。
    はいすゞ自動車が、文化放送日野自動車の走れ歌謡曲に対抗して「歌うヘッドライト」という番組を始めるためだ。
    元々第2部はスポンサーなしだったからTBSラジオにとっては願ったりかなったりだったわけだ。
    しかしコアな林美雄ファンが大反対。林美雄の誕生日8/25に”サマークリスマス”をやることになった、
    というあたりがこの本の前半のクライマックス。
    代々木公園に集まった500人のファンとユーミン、石川セリ。
    台風で中止になるはずが、林がTBSのスタジオを確保し、赤坂に移動。
    そう、20歳の、まだ人前で歌うこともままならなかったユーミンがそこにいたのだ。
    そして弾き語りで歌うベルベットイースター。コアなファン、仲間だけだったからか、緊張なく歌えたとか。
    ユーミンを世に出した、は誇張ではなかったのだ。

    話は少し脱線する。ベトナム戦争がらみ。アメリカの属国ぶりを発揮する日本政府が登場。
    ここがTBSのスタンスを確認する意味で必要な部分。
    田英夫アナウンサーのベトナムレポートが流れるや、自民党がTBSを締めつける。
    当時の社長は気骨があったが、田氏を降板させざるをえなくなる、、、あれ、これって?今も昔もいっしょじゃん。
    ここは自民党の根っこを発見した部分。

    話は林に戻る。パック最終回。1974年8月30日。見守るリスナー。
    そこにユーミンが林のために曲を用意した。旅立つ秋。ミスリム10曲目。
    この部分を読んだ瞬間、背中がぞくぞくした。目頭が熱くなった。知らなかった。
    ユーミンと林がそこまで繋がっていようとは。
    一番好きなアルバムミスリムの旅立つ秋、は、林パック最終回のための曲だった。。。
    この本を読んで幸せと思った瞬間だった。

    ・・・そこで振り返る。1974年。自分は中1か。ラジオはかなり聴いていた。TBS中心。
    長島引退の年。王がベーブルースを抜くの2年前。北の湖が最年少横綱になった年。貴ノ花が悲願の初優勝をする前の年。
    オイルショックでマイナス成長。モナリザ展。ベルばら。セブンイレブン1号店。
    キティ誕生。あのねのね、エクソシスト、かもめのジョナサン、ノストラダムス。
    TBSラジオはこんちワ近石真介ですTBS それ行け!歌謡曲榎さんのお昼だよ?!おつかれさま5時です永六輔の土曜ワイドラジオTokyo
    ヤングタウンTOKYO パックインミュージックは一慶、林、キンキン、ナッチャコ、コータロー。
    フィンガー5!
    ひやー。

    話は歌う銀幕スター夢の狂宴に移る。林が発掘した映画関係者を集め、歌わせるもの。目玉は菅原文太と渡哲也。
    企画に賛同し、ギャラ返上で参加してくれる。腰の低い渡。いろいろ騒がせるが、ポルノではない日活映画復活を叫ぶ宍戸錠。

    そしてユーミンがシングル・ルージュの伝言、アルバム・コバルトアワーでメジャーに。
    ひこうき雲とミスリムで10代のストックを出しきった彼女はとにかく歌を作りまくる。
    それに反発し、離れていく林パックの面々。バンバンに提供したいちご白書をもう一度にも映画ファンでもある彼らは大反発。
    しかしユーミンは「あの日に帰りたい」でますますメジャーに。
    しかし林が呼べば来てくれて歌ってくれた。

    9カ月後、林は1時の部に復活。スポンサーもあり、3時時代のようなわけにはいかない。
    それでも相変わらず発掘は続く。おすぎとピーコ。タモリ。石川セリ。大瀧映一 さらばシベリア鉄道!広島カープ!!
    しかし、たけしを見出すことはできず、彼がオールナイトニッポンに登場することでの登場でナッチャコパックの聴取率が落ち、
    パックインミュージックは終わる。

    その後は久米、小島の後塵を拝し、いい番組には恵まれず、小島慶子らを育て、58歳で胃がんで急逝。
    彼を送る会の最後に、ユーミンが歌ったのが「旅立つ秋」。。。

    私にとってはぱっとしない林美雄と、確かに一番好きなアルバムはミスリムだったけど、それ以外も聴きまくったユーミンが
    こんな深いつながりがあったとは。
    もしかしたら周知の事実だったのかな。
    大発見だった。
    【目次】
    I 夜明け前に見る夢(ミドリブタニュース/パ聴連)
    II 「林パック」誕生(同期は久米宏/TBSと深夜放送/M/ラジオ・パーソナリティ)
    III 深夜の王国(八月の濡れた砂/ユーミンとセリ/やけ酒/歌う銀幕スター夢の狂宴/邦画再興)
    IV 夏もおしまい(荻窪大学/あの日にかえりたい/サヨナラの鐘/サブカルチャーの水先案内人/お月様)
    あとがき

    0
    2024年06月11日
  • 1964年のジャイアント馬場

    購入済み

    猪木本を読んだら馬場本もマスト

    1976のアントニオ猪木を読み、バラエティ番組でしか観たことがなかったジャイアント馬場の凄さと苦悩を知ることが出来た。著者のプロレス本はオールドプロレスファンなら読んで絶対損は無いです

    0
    2022年12月19日
  • 完本 1976年のアントニオ猪木

    購入済み

    猪木が死んだからこそ読むべき

    読んで良かった。
    もうそれに尽きる内容でした。

    0
    2022年12月04日
  • 1964年のジャイアント馬場

    ネタバレ

    「世界の」ジャイアント馬場!

    2022年4月読了。

    もう他の方のレビューで内容等については語られてるので、多くは省くが、'70年後半~'80年中頃位までがオンタイムで熱狂していた世代なので、これだけの質量共に充実した「馬場さんの本」に出逢えた事に感謝したい。

    当時は、外人レスラーが豊富な全日、猪木のストロングスタイルが華々しい新日、テレ東でヒッソリ放送され、余程の通か好みの方にしか愛されなかった国際(失礼)、の三つだった。

    自分の関心は、全日から入って新日へ移り、業界全体が四分五裂状態に成る前に興味を失ったので、今の新日にも、PRIDE等の「格闘技」とやらにもあまり関心が無いので、テレビの前で手に汗握って見ていた頃の部分には、懐かしさと共に、当時プロレスがいかに熱かったかを思い出させてくれた。「スピニング・トー・ホールド」の曲がエンドレスで脳内再生された程w。

    昔からプロモーターとしての馬場さんの有能さは聞いていたが、これ程生々しい話は初めてで、知らないことばかりだった。そして、プロレスラー達独特の、自分の話を「盛って話す」所も、微笑ましさと懐かしさを強く感じた。

    それは、故中島らもさんがミスター・ヒトと云うアメリカで活躍した日本人レスラーと対談した本『クマと闘ったヒト』を読んだ時に、「事お金に於いて、あざとくないレスラーは一人も居ない」と言うような話を聞いていたので、興味の有る方は是非お読みいただきたい。あの、お二方共に結構キツい真実が語られておりますので…w。

    しかし、終章辺りに書いてあったが、「もし」あのまま馬場さんがアメリカに残っていたら…と云うIfは、心踊らせる気持ちにさせられた。「巨人症」と云う成長ホルモンの異常から「大きく成った」人は、その分だけ寿命が短いという事も初めて知って驚いた。

    最後に、自分がまだ幼い頃に読んだ『プロレス・スーパースター列伝』という漫画はほぼ全て嘘だと云う事がよ~く分かった。もう故人だけど、ヤったな梶原一騎ww!!!

    #笑える #アツい #深い

    0
    2022年04月02日
  • 1984年のUWF

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    一世を風靡したUWF。当時は確かにUWFこそ
    本物。今までのプロレスはまやかし。と思って
    いました。遅ればせながら恥ずかしながら本作を
    読んでUWFも普通にプロレスなんだと知りました。
    とはいえ昭和のプロレスは熱かった。その熱量が
    この本からは感じることが出来ました。今の
    プロレスは優等生な感じですが、いつの世も
    ちょっと悪いやつに憧れ熱狂するもんです。
    前田がこの本を真っ向から否定しているらしいのでこの後はUWFのインタビュー本を読んで
    確かめてみたいと思ってます。

    0
    2021年10月11日
  • 2011年の棚橋弘至と中邑真輔

    Posted by ブクログ

    めちゃくちゃ面白かった!
    自分は2020年からのプロレスファンで、今までのプロレス史には疎かったが理解が深まった。
    棚橋弘至がなぜここまでプロレスファンに愛されているのかがよくわかった。
    その一方で中邑真輔みたいな器用貧乏な感じにも共感を覚えた。
    ストロングスタイルって何なの?というところもすっきりした。

    0
    2021年01月11日
  • 1964年のジャイアント馬場

    Posted by ブクログ

    思いつくままに感想を並べると

    馬場だけではなく、日本のプロレスの隆盛→力道山や日プロ時代のタニマチ、ブッカー、来日レスラーなどにも触れていて面白い。
    アメリカのプロレスがなぜショーアップされたのかも知れてタメになった

    バディ・ロジャースの集客力の凄さ。と同業者、プロモーターからの嫌われ方

    馬場の第一次凱旋頃の自己認識=世界の馬場とローカルレスラー力道山というアメリカから見た評価

    グレート東郷のビジネス観のリアルさと力道山没後の日プロ経営陣の東郷外し→自滅への道にも思える
    日プロ幹部レスリングビジネスの理解度が低く見える
    東郷も日本というテリトリーを持ってるお金もうけのタネ。だったとしたらその後ろ楯が無くなった東郷はがどう計算し行動したか

    斜陽の馬場がターザン山本と市ノ瀬記者のプロデュースによってファンの身近な存在になった事で違った形で愛される存在としての価値観を高めた。これを受け入れた事でジャイアント馬場は馬場さんになったのだ、このことにとても感動した

    マッチメークも他の人の意見を取り入れるまでに寛容になった(馬場の感覚がファンとズレていた)

    この本は、1964年のジャイアント馬場についてだけの本でなく馬場が入門した日本プロレス、海外修行したアメリカのプロレス、馬場に挑み続けた猪木(新日本プロレス)、そして全日本プロレスの歴史を網羅している

    0
    2020年07月06日
  • 1964年のジャイアント馬場

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

     著者はこれまで様々なプロレスラーについて、特定の年を転機の年として取り上げて来た。ジャイアント馬場にとってのその年は、1964年。といっても1964年の1年にスポットを当てたというより、1964年前後での馬場を取り巻く状況の変化、という取り上げ方である。

     そのあまりにも大きな体でコンプレックスにさいなまれながらも、商家の子息として生まれプロ野球を経験してプロレス入りした馬場。当時の一般社会ならその後の生活には困ったかもしれないが、プロレスの世界ではすべてがプラスに働いた。誰よりも大きな体、ずば抜けた身体能力、そして頭脳。力道山との出逢い、アメリカでの師ともいうべきフレッド・アトキンス、渡米直後のマネージャのグレート東郷、アメリカの一流レスラーたち。馬場の温厚で素直な人格、そして非凡な能力を一気に発揮して、馬場は全米でもトップクラスのメインエベンターに成長する。その実力はもはや師力道山も一目置かざるを得なくなり、凱旋帰国を果たした。しかし力道山が絶対者だった日本のプロレス界にはまだまだ彼の居場所はなく、再度渡米。そこで事件が起こる。力道山死去。

     日本プロレス界の皇帝の突然の死去は馬場をめぐる太平洋をまたいだ綱引きが始まる。日本プロレスと袂を分かったグレート東郷とフレッド・アトキンスたちは馬場をアメリカで活躍させたい。日本プロレス側は次のエースとして馬場を日本に戻したい。それぞれの思惑が渦巻く中、馬場の立場はここで初めて今までと変わっていた。周りの言うことを聞いて動くの人生から、全ての決断を自分で下して周りを動かす人生にスイッチしたということに。それが1964年だった。馬場が積みあげて来たものが一気に花が開いた年である。

     結局は時の山口組の組長からの電話で帰国することになるのだが、そのあたりは深くは書かれていない。帰国後の活躍は最早語るまでもない。自他ともに認める日本プロレスのトップレスラー、全日本プロレス旗揚げ。NWA世界王者戴冠。ハンセンとの出逢いと復活。80年代後半以降の方針転換。

     とはいっても、全日本プロレス旗揚げから80年代後半以降の方針転換までの馬場の動向について、著者は厳しい考えを持っているようだ。アメリカからたくさんトップレスラーを集めただけのプロレス、チャンピオン日本滞在時に借りたNWA世界王座。”体の大きな者が強い””NWA至上主義”1964年までの馬場のアメリカでの成功体験に裏打ちされた興業は、世間のニーズからも確実にずれていた。いつまでもメインにこだわるその姿勢はジャンボ鶴田という逸材を得ながらもその成長を阻害した。全盛期からは見る影もなく衰えた体は揶揄の対象ともなっていた。業を煮やした日本テレビの介入も素直に聞き入れなかった。本書には書かれていないが、AWA世界王者鶴田戴冠も”この話は俺にきた話なんだよね”と最初は渋っていたのを周りが必死で説得したようだし、日本中を席巻したザ・グレート・カブキブームも潰してしまった。

     沈みかかった全日本の隆盛は、ターザン山本たち、外部の意見を受け入れることで始まる。天龍革命、完全決着での三冠統一、超世代軍、四天王プロレス。馬場は前座でファミリー軍団を率いて悪役商会との抗争。もはや馬場を笑う人間はいない。NWA至上主義の呪縛からも完全に解かれた馬場は社長、プロモーターとしても不動の地位をものにし、全日本プロレスは全てのプロレスファンからの支持を受ける様になった。

    ”馬場正平はひとりの心優しい日本人として生き、そして死んだ”
     周囲の意見を素直に聞き入れ続けるとき、馬場はその才を惜しみなく発揮し、飛躍的な成長を遂げる。しかし、自分が絶対者として存在しなければいけないときには迷走する。力道山やアントニオ猪木とは好対照な天才レスラー・ジャイアント馬場を表現するにふさわしい言葉は、優しさなのだろうか?

    0
    2020年06月10日
  • 1985年のクラッシュ・ギャルズ

    Posted by ブクログ

    著者の柳澤健さんが自ら「最高傑作」とおっしゃるだけのことはある作品。ライオネス飛鳥と長与千種とで結成された女子プロレスのコンビ・クラッシュギャルズの評伝。これもまた人間世界のあらゆるドラマが織り込まれた女子プロレスの青春記。女子プロに関心がない人でも読めば必ず引き込まれると思う。

    ちょっと時間がないので、またヒマな時に詳細を必ずや書き足します。

    0
    2019年01月04日
  • 完本 1976年のアントニオ猪木

    Posted by ブクログ

    柳澤氏の本は、「クラッシュギャルズ」「馬場さん」に続いて3冊目だが、やはり面白い。

    自分が自分がという姿勢がどうしても好きになれず、子どもの頃から猪木ファンではなかったが、これを読んで、対ビル・ロビンソン戦や、対アリ戦を見ると、とても凄い試合をしていたんだな、と思った。

    私が見ていた80年代の対国際軍団の頃はすでに全盛期を過ぎていて、あんな酷い仕打ちをしてどうにか自分を輝かせていたということだったんだろう。

    70年代の猪木は本当に凄かったんだな、と思わされた一冊だった。

    0
    2018年10月18日
  • 1985年のクラッシュ・ギャルズ

    Posted by ブクログ

    キンドルのセールで購入(200円弱)。

    クラッシュギャルズの時代と絡めた時代考察かと思いきや、クラッシュギャルズそのものについての考察だった。

    世代的にはドンピシャだが、女子プロは見ていて涙が出てきてしまうので、あまり見ていなかった。ここに書けなかったことも多いだろうが、それでも十分に面白く、まだまだ読み足りないという印象を受けた。

    0
    2018年10月12日
  • 1993年の女子プロレス

    Posted by ブクログ

    当時、興業規模のレベルで最盛期だった女子プロレス界の前線にいた人たちの話。かなり滅茶苦茶な話だけれど、そんな中にも奇妙な秩序があり、それぞれの話はとても興味深かった。様々な人に聴くことで重層的な印象を持つこともそのことに一役買っている。少し時間が経って振り返っていまだから言える話の面白い版。

    0
    2017年12月18日
  • 1985年のクラッシュ・ギャルズ

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

     冒頭を読み始めたら最後まで読むのを途中でやめられないほど面白く、読むのが遅いオレには滅多に無い読書体験だった。クラッシュ・ギャルズに全く思いいれもないしそれほど興味もなかったのだけど、それでも大変おもしろくてぐいぐい引き込まれた。普遍的なものがたくさん描かれているからだろう。間違いなく名著である。中でも中高生の女子がかっこいい同姓に惹かれる理由が語られているのが面白かった。全日本女子プロレスの経営のいい面と悪い面も面白い。

     長与千種の方が圧倒的に人気があったことも初めて知った。彼女の天才性が周りをざわつかせている感じや、ファンが彼女の計算高さを知っていても熱狂するのも面白かった。改めてあの時代にきちんと見ておけばもっと面白かったのだろうともったいない気持ちになった。

    0
    2017年01月26日
  • 完本 1976年のアントニオ猪木

    Posted by ブクログ

    [夢を見せた、馬鹿な男]日本のプロレス、そして格闘技のあり方を変えてしまうほどのインパクトを持ったアントニオ猪木と、彼が1976年に戦った「異常な」4試合にスポットライトを当てた作品。その道に詳しくない読者をも唸らせ、ノンフィクションの分野で今なお高く評価されている一冊でもあります。著者は、プロレスに関するノンフィクションを多数世に送り出している柳澤健。


    まだ2016年も半分を過ぎていませんが、面白さに関して言えば間違いなく今年のトップ10に入ってくるであろうレベル。ルスカやアリとの試合の描写が素晴らしいのはもちろんですが、それを取り巻く力関係や人間模様、そして何より物語の語り部としてのアントニオ猪木の「狡智さ」に舌を巻きました。(私もそうでしたが)アントニオ猪木に対して「ダーッ!!」と「デイッ!!」のイメージしかない人にこそぜひオススメです。


    〜猪木にとって、1976年に戦った4試合のことなどどうでもよかった。猪木はリアルファイトが好きだった訳でもなく、プロレスを超える総合格闘技を指向した訳でもなかった。にもかかわらず、ルスカ戦から始まった異種格闘技戦、アリ戦から続く3試合のリアルファイトは、確かに日本のプロレスを変えたのだ。〜

    大学院も終わりに近づき、ようやくこういった課目関係外の面白い本も読めるようになってきました☆5つ

    0
    2016年05月30日
  • 1985年のクラッシュ・ギャルズ

    Posted by ブクログ

    見てたんだよねー。小学生の時、母と一緒に。女子プロレス。
    華奢な千草とボーイッシュな飛鳥と、そして極悪同盟の皆様。。

    本著では、当時見えなかった舞台裏をもう一人の少女の物語も絡めながら進行していく。その絡め方が秀逸で、アラフォーの読み手は昭和のあの頃を思い遠い目。時代は変わった。

    時を同じくして見たYouTubeダンプ松本のルポも同時視聴オススメ。

    0
    2014年12月07日
  • 完本 1976年のアントニオ猪木

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    2007年に発売された単行本に大幅加筆。
    そして、Number誌上で実現したアントニオ猪木へのインタビュー
    が収録され、無事に「完本」となった名作を、改めて読んでみた。

    単行本に関しては既に10回以上積読を重ねているのだが、この文庫版は
    まるで違う作品のような印象。特に加筆されたパク・ソンナン編での
    韓国プロレス界に関する記述は実に興味深く、無情にも猪木にセメント
    を仕掛けられ、なすすべも無かった韓国の巨人の苦悩が伝わる。
    このエピソードは、G SPIRITSに掲載された小泉悦次氏の「キンタロー・
    オオキのアメリカ武者修行」と合わせて読むことをオススメしときます。

    そして、読後の率直な感想は、「やっぱりアントニオ猪木は凄い」の一言。
    特にここで採り上げられたリアルファイトの3試合は、プロレスどころか
    格闘技の範疇にも入らない、異様なファイト。僕にこんな世界を魅せてく
    れた選手は、今のところアントニオ猪木唯一人しか存在しない。だから、
    僕の中では猪木は特別というルールが、いとも簡単に適用されてしまうのだ。

    やはり柳澤健作品、ここで全て読むべき。
    次は、「東洋の巨人」の出番である。これは後ほど。

    0
    2014年12月03日
  • 完本 1976年のアントニオ猪木

    Posted by ブクログ

    5年ぶりの再読。プロレスをしようと来日したアリに,リアル・ファイトを仕掛け,重傷を負わせる。韓国やパキスタンでは,相手の目に指を入れたり,腕をへし折ったりする。猪木の戦った3試合のリアル・ファイトとルスカ戦について詳述。アントニオ猪木,恐るべし。

    0
    2014年07月15日