茨木のり子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
858
月の満ち欠けの周期に関係ありと言われてきた女の生理現象を、第一連第二連で触れ ています。男よりも、より自然に近い女のからだのリズム、そのようなリズムをくりか えしながら、心はどうあれ、からだは月々確実に待っているのです。第三連では、まる で古代の母系制社会のように、主体性は女の側にあり、堂々と健やかで、「遊ぶ」とい う言葉が、まるで新品のように洗い出され、輝いています。いつかやってくるだろう夫 と子供たち、ととれば未来のことになりますし、すでにいる夫や子供たちと思ってもか まわないでしょう。 女の生理現象、結合、生殖も、猥に語ろうとすればどこまでも卑猥にすることがで へんげん きるし、この詩のように、どこまでも涼しく高い次元であらわすこともできる変幻きわ まりなさです。
詩は感情の領分に属していて、感情の奥底から発したものでなければ他人の心に達す ることはできません。どんなに上手にソツなく作られていても「死んでいる詩」という しかばね のがあって、無残な屍 をさらすのは、感情の耕しかたがたりず、生きた花を咲かせら れなかったためでしょう。
ときどき頭が痛くなったりするのも、弱い頭をそんなに酷使してもらっちゃ困るとい う、頭脳のストライキです。下痢するのは胃腸の、風邪ひくのはからだぜんたいのスト ライキ。からだに関しては一人ひとりがそれぞれの経営者であり、労働者でもあって、 歯車の一つが「もう厭!」と言えばちぐはぐになって、全体がダウンです。休めという ことで、その言いぶんを聞いてやらなくてはなりません。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ人生で最初に好きだと思って、今も一番好きな詩人はこの人。本当にありがたい。2006年に急逝されたとのことで、同じときに生きていたことに驚きと感謝。
これからも読み続けたい。読み続けなければならない気がする。
自分の感受性くらい
はもちろん、今回響いたものはこちら。
「ギラリと光るダイヤのような日」
世界に別れを告げる日に
ひとは一生をふりかえって
じぶんが本当に生きた日が
あまりにすくなかったことに驚くだろう
「怒るときと許すとき」
女がひとり 頬杖をついて
慣れない煙草をぷかぷかふかし
油断すればぽたぽた垂れる涙を
水道栓のようにきっちり締め
男を許すべきか怒るべきかについて
思いをめぐらせている
「汲む」
あらゆる仕事 すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている
「一人は賑やか」
恋人よ
まだどこにいるのかもわからない 君
一人でいるとき 一番賑やかなヤツであってくれ
「時代遅れ」
そんなに情報集めてどうするの
そんなに急いで何するの
頭はからっぽのまま
「歳月」
たった一日っきりの 稲妻のような真実を
抱きしめて生き抜いている人もいますもの
---
こうやって書き写してみると、ひらがなと漢字の絶妙なバランスにも気づく。こういうところ、まねしていきたい。 -
Posted by ブクログ
あまり読んだことも書いたこともなかった詩ですが、何となく惹かれて読んでみました。
茨木のり子さんが選んだ傑作ばかりが載っていて、どう読んだか、どこが良いのか、などをこれまた素晴らしい文章で教えてくれます。独特な漢字の使い方が、その言葉の意味を熟知して使っているんだなと感心させられることもありました。
読みどころを教えてもらうと、一層その詩が唯一無二の、とても力を持ったものに感じられて、読むのが面白くなってきます。
淡々と、情景描写や経験したことが書かれた後に、ふと最後の数行で、作者自身の中に入り込んでくる言葉があると、その詩は一気に飛翔して、作者の処から読み手の処へとやってきます。その瞬間、その詩がとても愛しく感じられるから不思議です。
メモしていなかったので、正確な言葉を覚えてないのですが、「人間として上等でなければ、良い詩が描けない」といったことを茨木さんが書いていました。確かに心打たれる詩を読んでいると、作者の人間性に惹かれ、私もこんな風に生きてみたいと思うことが何度もありました。
心に残った詩と、茨木さんの文章
※生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ(吉野弘)
※「その夜」から
私を横に寝かせて起こさない
重い病気が恋人のようだ。(石垣りん)
※自分の中に1人の一番厳しい教師を育てた時、教員はなれり、という気がします。
※浄化作用(カタルシス)を与えてくれるか、くれないか、そこが芸術か否かの分かれ目なのです。
この他、特に好きだった詩は、
石垣りんさんのものと、
新しい刃 安西均
助言 ラングストン・ヒューズ(木島 始訳)
などがありました。
詩が好きな人はもちろん楽しめますし、私のようにあまり触れてこなかった人は特に、詩を読む面白さを知ることができる、かなりの良書だと思います。この本に出会えて良かったです。 -
Posted by ブクログ
なんておもしろく詩を読める本だこと!
詩人の著者が、
「生まれて」
「恋唄」
「生きるじたばた」
「峠」
「別れ」
の5つのカテゴリーに分けて選んで、
いろいろな詩人の現代詩を教えてくれます。
この5つのカテゴリー自体が、ひとつの人生の流れでもあります。
詩は、感情や感性のもの。
散文は論理を積み重ねていきますが、
そうやって分析することができないものを、
詩人は、詩として表現する。
だから、
読んでみて浮かぶ感想ははっきりした言葉にならず、
大かたは、
「ああっ」
だとか
「はああっ」
だとか、
「そうなんだよ!」
だとかの感嘆や納得の気持ちが多い。
あるいは、詩は自分の内部に埋もれている感覚や感情や記憶を
呼び起こすトリガーになったりもするでしょう。
詩でこそ開いていける、というところがある。
社会に対してだってそうだし、
人間理解だってそうだし、
世の中そのものだって、過去や未来や宇宙にだってそうなんだなと
今回、本書を読んでそう思いました。
繊細だけれど力強くもあり、
まあるくなってそうで、とがってもいる。
体内を流れる血であり、流れ出た血でもある。
何を書いているかはっきりはからないから苦手、という人は多くいそうです。
僕だって、ずっとそうでした。
言葉の遊戯、言葉のパズル、言葉のコラージュなんだろう、
と決めつけたこともあります。
そういった面は、技術としてあるのでしょうが、
詩が発現してくる源に目を凝らしてみると、
また考えが改まります。
本書は、著者・茨木のり子さんの解きほぐし方が、
丁寧だし、いろいろと察してもいるし、
大事に詩を扱っているし、
言葉がわかりやすいしで、
詩にひたる経験がしたい!
という人にはうってつけの本でした。
教科書で詩を読んだし、国語の授業で作ったことだってあるけれど、
いまいちよくわからないんだよなあ、という人にはもっと推奨したい本です。
子どもにも大人にもおすすめでした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ茨木のり子さんの詩集は、以前にも何冊か読んでいますが、この詩集の高橋順子さんの解説によると、意味を取り違えて読んでいたものがありました。この「永遠の詩」シリーズは解説が1作ごとにあり、とてもわかりやすく、選詩も、選りすぐりのものばかりで、評価されるべきシリーズだと思います。
「落ちこぼれ」
落ちこぼれ
和菓子の名につけたいようなやさしさ
落ちこぼれ
いまは自嘲や出来そこない謂
落ちこぼれないための
ばかばかしくも切ない修業
落ちこぼれにこそ
魅力も風合いも薫るのに
落ちこぼれの実
いっぱい包容できるのが豊かな大地
それならお前が落ちこぼれろ
はい 女としてはとっくに落ちこぼれ
落ちこぼれずに旨げに成って
むざむざ食われてなるものか
落ちこぼれ
結果でなく
落ちこぼれ
華々しい意志であれ
<解説より>
この国では、目立たないように身を処していないと、後ろ指を指されて生きにくいことになる。それゆえ、出足ががにぶい人、遠回りしている人には「落ちこぼれ」という美しくも、ありがたくないレッテルが貼られる。いまこの国の大地は、落ちこぼれの葉っぱを収容すべき弾力を失っているように、筆者には見える。この詩を書いたころの茨木は、みなさん、意志的に落ちこぼれようではりませんか、と檄をとばしていたのだが…。
さて、『作家のおやつ』(平凡社コロナブックス所収・2009年)によると、茨木が好きだった和菓子は名古屋の養老軒の白と黒の外郎。山形県鶴岡の栃餅だったそうだ。『寸志』所収。
「ぎらりと光るダイヤのような日」「わたしが一番きれいだったとき」「小さな娘が思ったこと」「一人は賑やか」「兄弟」「食卓に珈琲の匂い流れ」「恋唄」「(存在)」「歳月」もよかったです。
茨木のり子(いばらぎのりこ)
1926年(大正15)~2006年(平成18)。
敗戦後、結婚前後から詩を書き始め、川﨑洋とともに詩の同人誌「櫂」を創刊。
ヒューマニズムと批判精神溢れる詩で多くの読者の心を鼓舞した。
戦後を代表する女性詩人にして、エッセイスト、童話作家でもあった。 -
Posted by ブクログ
生誕100周年。
出会い(出合い)とは何であろう。生まれてから死ぬまでに、何人の人に出会えるだろう。何冊の本に出合えるだろう。いくつの詩に出合えるだろう。
ただすれ違うだけでも出会いなのか。その人と話をすればその人と「出会った」のか。その人を見ただけでも出会いなのだろうか。
しかし、やはり出会う人、出合う本、出合う詩、というものはある。出会えなかった人も、結局死ぬまで出合えなかった本や詩もある。
「詩との出逢いもふしぎなもので、作者はよく知っているのに、その詩とはさっぱり出逢えないということもあり、皆が名作というのに、なんにも感じなかったり、やはり詩との出逢いも御縁というしかなく、古今東西の名著を全部よめないように、一億の日本人全部と会話することはできないように、特定の縁によって愛読者になったり友人になったりするようなものです。」(p.180)
出逢いに感謝したい。 -
Posted by ブクログ
初めて詩集を読んだが最適だった。戦後を代表する現代詩人だけあって、歯切れのいい言葉で紡がれる言葉は作者の性格がよく見える詩ばかりだった。
解説を読んでから詩を読み直すと尚良い。茨木さんの魅力は、五七を時々入れて調子を整えたかと思うとすぐ外す、よくあるオノマトペを使って感覚を共有したかと思うと独特なオノマトペを使う。
良かった詩
・自分の感受性くらい
→言い訳するな、自分次第だろ、と言われている。初心が消えるのを暮らしのせいにするな、元々ひ弱な志にすぎなかった、という思わず笑った。
・夏の声
→いくじなしのむうちゃん、という泣いている赤ん坊に対して母が放つ言葉から、独特なオノマトペを使って風景とその先を詩にする。意気地なしの強さを貫くことの方がこの国では遥かに難しい、という社会も見える表現にまで至るのが面白かった。