茨木のり子のレビュー一覧
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月の満ち欠けの周期に関係ありと言われてきた女の生理現象を、第一連第二連で触れ ています。男よりも、より自然に近い女のからだのリズム、そのようなリズムをくりか えしながら、心はどうあれ、からだは月々確実に待っているのです。第三連では、まる で古代の母系制社会のように、主体性は女の側にあり、堂々と健やかで、「遊ぶ」とい う言葉が、まるで新品のように洗い出され、輝いています。いつかやってくるだろう夫 と子供たち、ととれば未来のことになりますし、すでにいる夫や子供たちと思ってもか まわないでしょう。 女の生理現象、結合、生殖も、猥に語ろうとすればどこまでも卑猥にすることがで へんげん きるし、この詩のように、どこまでも涼しく高い次元であらわすこともできる変幻きわ まりなさです。
詩は感情の領分に属していて、感情の奥底から発したものでなければ他人の心に達す ることはできません。どんなに上手にソツなく作られていても「死んでいる詩」という しかばね のがあって、無残な屍 をさらすのは、感情の耕しかたがたりず、生きた花を咲かせら れなかったためでしょう。
ときどき頭が痛くなったりするのも、弱い頭をそんなに酷使してもらっちゃ困るとい う、頭脳のストライキです。下痢するのは胃腸の、風邪ひくのはからだぜんたいのスト ライキ。からだに関しては一人ひとりがそれぞれの経営者であり、労働者でもあって、 歯車の一つが「もう厭!」と言えばちぐはぐになって、全体がダウンです。休めという ことで、その言いぶんを聞いてやらなくてはなりません。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ人生で最初に好きだと思って、今も一番好きな詩人はこの人。本当にありがたい。2006年に急逝されたとのことで、同じときに生きていたことに驚きと感謝。
これからも読み続けたい。読み続けなければならない気がする。
自分の感受性くらい
はもちろん、今回響いたものはこちら。
「ギラリと光るダイヤのような日」
世界に別れを告げる日に
ひとは一生をふりかえって
じぶんが本当に生きた日が
あまりにすくなかったことに驚くだろう
「怒るときと許すとき」
女がひとり 頬杖をついて
慣れない煙草をぷかぷかふかし
油断すればぽたぽた垂れる涙を
水道栓のようにきっちり締め
男を許すべきか怒るべきかについて
思いをめぐらせている
「汲む」
あらゆる仕事 すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている
「一人は賑やか」
恋人よ
まだどこにいるのかもわからない 君
一人でいるとき 一番賑やかなヤツであってくれ
「時代遅れ」
そんなに情報集めてどうするの
そんなに急いで何するの
頭はからっぽのまま
「歳月」
たった一日っきりの 稲妻のような真実を
抱きしめて生き抜いている人もいますもの
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こうやって書き写してみると、ひらがなと漢字の絶妙なバランスにも気づく。こういうところ、まねしていきたい。 -
Posted by ブクログ
なんておもしろく詩を読める本だこと!
詩人の著者が、
「生まれて」
「恋唄」
「生きるじたばた」
「峠」
「別れ」
の5つのカテゴリーに分けて選んで、
いろいろな詩人の現代詩を教えてくれます。
この5つのカテゴリー自体が、ひとつの人生の流れでもあります。
詩は、感情や感性のもの。
散文は論理を積み重ねていきますが、
そうやって分析することができないものを、
詩人は、詩として表現する。
だから、
読んでみて浮かぶ感想ははっきりした言葉にならず、
大かたは、
「ああっ」
だとか
「はああっ」
だとか、
「そうなんだよ!」
だとかの感嘆や納得の気持ちが多い。
あるいは、詩は自分の内部に埋もれている感覚や感情や記憶を
呼び起こすトリガーになったりもするでしょう。
詩でこそ開いていける、というところがある。
社会に対してだってそうだし、
人間理解だってそうだし、
世の中そのものだって、過去や未来や宇宙にだってそうなんだなと
今回、本書を読んでそう思いました。
繊細だけれど力強くもあり、
まあるくなってそうで、とがってもいる。
体内を流れる血であり、流れ出た血でもある。
何を書いているかはっきりはからないから苦手、という人は多くいそうです。
僕だって、ずっとそうでした。
言葉の遊戯、言葉のパズル、言葉のコラージュなんだろう、
と決めつけたこともあります。
そういった面は、技術としてあるのでしょうが、
詩が発現してくる源に目を凝らしてみると、
また考えが改まります。
本書は、著者・茨木のり子さんの解きほぐし方が、
丁寧だし、いろいろと察してもいるし、
大事に詩を扱っているし、
言葉がわかりやすいしで、
詩にひたる経験がしたい!
という人にはうってつけの本でした。
教科書で詩を読んだし、国語の授業で作ったことだってあるけれど、
いまいちよくわからないんだよなあ、という人にはもっと推奨したい本です。
子どもにも大人にもおすすめでした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ茨木のり子さんの詩集は、以前にも何冊か読んでいますが、この詩集の高橋順子さんの解説によると、意味を取り違えて読んでいたものがありました。この「永遠の詩」シリーズは解説が1作ごとにあり、とてもわかりやすく、選詩も、選りすぐりのものばかりで、評価されるべきシリーズだと思います。
「落ちこぼれ」
落ちこぼれ
和菓子の名につけたいようなやさしさ
落ちこぼれ
いまは自嘲や出来そこない謂
落ちこぼれないための
ばかばかしくも切ない修業
落ちこぼれにこそ
魅力も風合いも薫るのに
落ちこぼれの実
いっぱい包容できるのが豊かな大地
それならお前が落ちこぼれろ
はい 女としてはとっくに落ちこぼれ
落ちこぼれずに旨げに成って
むざむざ食われてなるものか
落ちこぼれ
結果でなく
落ちこぼれ
華々しい意志であれ
<解説より>
この国では、目立たないように身を処していないと、後ろ指を指されて生きにくいことになる。それゆえ、出足ががにぶい人、遠回りしている人には「落ちこぼれ」という美しくも、ありがたくないレッテルが貼られる。いまこの国の大地は、落ちこぼれの葉っぱを収容すべき弾力を失っているように、筆者には見える。この詩を書いたころの茨木は、みなさん、意志的に落ちこぼれようではりませんか、と檄をとばしていたのだが…。
さて、『作家のおやつ』(平凡社コロナブックス所収・2009年)によると、茨木が好きだった和菓子は名古屋の養老軒の白と黒の外郎。山形県鶴岡の栃餅だったそうだ。『寸志』所収。
「ぎらりと光るダイヤのような日」「わたしが一番きれいだったとき」「小さな娘が思ったこと」「一人は賑やか」「兄弟」「食卓に珈琲の匂い流れ」「恋唄」「(存在)」「歳月」もよかったです。
茨木のり子(いばらぎのりこ)
1926年(大正15)~2006年(平成18)。
敗戦後、結婚前後から詩を書き始め、川﨑洋とともに詩の同人誌「櫂」を創刊。
ヒューマニズムと批判精神溢れる詩で多くの読者の心を鼓舞した。
戦後を代表する女性詩人にして、エッセイスト、童話作家でもあった。 -
Posted by ブクログ
先日読んだ作中に、茨木のり子さんの詩が引用されていたので。
詩集なんて久しぶり。
亡き夫を想う詩。亡くなられて10年経っても、色褪せない、むしろ色濃くなっていく記憶。
生前書き溜め、自身の没後に甥っ子さんに託した詩集。
いくら人生ともにしたパートナーとはいえ、いつまでも情愛溢れる気持ちでいるなんて狂気じみてると読み進めるも、一作ずつ書き出すことによって浄化していく何かがあったのか、もしくは、敢えて忘れたく無い、初めて独りで暮らすギリギリの支えにしたかったのか。。
解説を読むと、今までの茨木さんの詩集にはなかったテイストのよう。他作品も読んでみようかな。