茨木のり子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
著者が配偶者に先立たれてから書き残した詩。照れくさいからと、自身の死後に発表されるよう準備を整えていたそう。つまりこれは完全にプライベートなラブレターのようなもの。そんなものを読んでもいいのか、とどこか厳粛な、背筋の伸びるような思いで読み始める。
本来詩集って一気読みするものではないのかもしれない。けれど、ページをめくる手が止まらず、おまけに冒頭から涙も止まらず。美術展の展示を回るように余韻を味わいながら次の詩へ。漂う喪失感、切実、純真、気丈、寂寥、思慕、いわずもがな愛情。生活。日常。
「最後の晩餐」があまりに切ない。挙げ出したらキリがないけれど、「月の光」「駅」「蝉しぐれ」「モーツァルト」「殺し文句」「ひとり暮し」「なれる」「歳月」……とてもよかった。
埋められないものを無理に埋めようとせず、時間の経過とともに受け止めていく。ああそうだったのね、と悟っていくような。
表紙をめくると1ページ目に夫婦2人が写った写真。この写真そのものが、なんだか“歳月”よなあと感じさせる。
茨木のり子さん生誕100年記念で、ミナペルホネンの特別カバーが登場したのに合わせて、以前から気になっていた『歳月』を購入。ほか2冊も。
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Posted by ブクログ
「あらためて私の好きな詩を、ためつすがめつ眺めてみよう、なぜ好きか、なぜ良いか、なぜ私のたからものなのか、それをできるかぎり検証してみよう、大事なコレクションのよってきたるところを、情熱こめてるる語ろう」
この「はじめに」がすごく好き。大学生の頃この文章に出会って、自分も好きな本について記録していきたいなと思ったのを覚えている。一時期は好きな詩を貯めていたりもしたなあ。やめちゃったけど、またやりたい。
司書になって再読した。茨木のり子さんが選んだいろんな詩やその鑑賞を改めて読むのは楽しかった。ああ、すてきだなあとうっとりする詩もあれば、身につまされるような詩もあり、ちがう見方を提示してくれる詩にも出会った。癒され、叱咤され、気づかされた。小学生に紹介したいと思える詩もあった。「練習問題」とか。
「自分の思いを深く掘り下げてゆくと、井戸を掘るように掘り下げてゆくと、地下を流れる共通の水脈にぶちあたるように、全体に通じる普遍性に達します。」
は、初めて読んだときから忘れられない言葉で、子どもの本を評価するときの一つの大切な軸なんだろうと思う。
全体を通して強く思ったのは、この詩人たちのように、自分の感受性をちゃんと守っていきたいということだった。 -
Posted by ブクログ
2026.06.14
自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ
青年…暗鬱な青年と富士と夕陽の美しさの対比、そして青年に過去の自分を重ねるのが綺麗で好きです。二昔前の自分と重ねるのも、まだ2段階は成長があるら暗示のようで良いと感じました。季節の移り変わりを太陽の沈む位置で表現するのも素敵ですね。
木の実…残酷で辛い現実を自分ごととして捉えた途端、その先の言葉が出てこなくなる。続く言葉を絶句する、という言葉で残酷さを表現するのが秀逸だと感じました。
鍵…探し出せなかった大切な鍵の存在を通して、すれ違いや失敗に寄り添ってもらえたような気がします。鍵は見つけられなかったけど、ちゃんと当時の全力で向き合ったんだと自分を労ってあげたいです。 -
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## 感想
『自分の感受性くらい』の厳しくも優しい言葉が好きだ。
「人のせいにするな。」
そんなメッセージを感じる。
この詩を読んで、最近読んだ三宅香帆さんの『好きを言語化する技術』に書かれていたことを思い出した。
「自分が見て良い!と思ったものは、他人の感想を知る前に書き出そう」というもの。
人は他人に影響を受けやすい。
自分が映画を観て素晴らしいと思い、Xで調べてみたら、どうも否定的なレビューが目につく。
「自分のセンスが悪いのかな…」と不安になる。
それに近しいことが、色々なジャンルである。
私は幸いあまり他人を気にしない性格だから、それほどダメージは受けないが、人によっては辛いものと思う。
好きなものを好きでい続け、好きだと言えることは、案外難しいのかもしれない。
また、私は『ダンダダン』という漫画が好きなのだが、その中に坂田金太という、SFロボットが大好きなキャラクターが出てくる。
金太は「高校生にもなってロボット好きとかダセー」と同級生からからかわれるが、「好きで何が悪い!」と内心思い続け、その想いが活躍する瞬間が来る。
何かを好きだというエネルギーはとても大きい。
茨木のり子さんの言う「自分の感受性を守れ」というのは、「自分を保て」と言える。
自分をしっかり保って、流れの激しい世間に飲み込まれないように、自分の足で立つ。
そうあれるように、これからも自分の幹を太くしていきたいものと思う。
## メモ
### 自分の感受性くらい
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもがひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
### 夏の声
いくじなしのむうちゃん!
という声
しぱしぱと目覚れば
時計は午前の一時である
赤ん坊の泣き声は
ひよひよ ひいひい
はかなくせつない
家の前の坂道を
行ったり来たりして
いくじなしのむうちゃん!
いくじなしのむうちゃん!
いくじなしのむうちゃん!
子守唄のように続くそれは
澄んでいて綺麗
若い母の困惑といとおしさとが
入り混っていて
へんに艶かしくもある
〈いくじなし〉と〈むうちゃん〉は
ぴったり結合
ぬきさしならず
それゆえポエチカルでもあるのだが
やがて彼
母の薫陶よろしきを得て
意気地の男になるんだろうか
熱帯夜のつづく日本の夏はおとなだって音をあげる
着て寝たものもいつのまにやらどこへやらと消えうせて
団扇一本 はたり はたり
むうちゃんや!
いくじなしはいくじなしのままでいいの
泣きたきゃ泣けよ
意気地なしの勁さを貫くことのほうが
この国でははるかに難しいんだから -
Posted by ブクログ
ネタバレ好きなバンドのボーカルがオススメしてたから読んだ
以下好きだった詩とか茨木さんの言葉とか
賭け(黒田三郎)
“馬鹿さ加減が ちょうど僕と同じ位で 貧乏でお天気屋で 強情で”
“毒舌を吐き散らす 唇の両側に深いえくぼ”
僕はまるでちがって(黒田三郎)
“ぼくはまるでちがってしまったのだ”
“それでもぼくはまるでちがってしまったのだ”
君はかわいいと(安水稔和)
を紹介したあとの茨木のり子の言葉
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言葉のヤツはくるしがって君のからだ中をかけめぐり憤然と死んじまうに違いない
葉月(阪田寛夫)
“おれはほんまにつらい あんまりつらいから 関西線にとびこんで死にたいわ”
“まるでろうやにほうりこまれて 電気ぱちんと消されたみたいや”
“そやけど むかしから 女に二時間待たされたからて 死んだ男がおるやろか それを思うとはずかしい”
練習問題(阪田寛夫)
全文
顔(松下育男)
“これらと 世の中 やってゆく 帰って 泣いた”
見えない季節(牟礼慶子)
“できるなら 日々のくらさを 土の中のくらさに
似せてはいけないでしょうか”
言葉(川崎洋)
全文
ちびへび(工藤直子)
“暖かいのだもの 散歩は したいよ”
てつがくのライオン(工藤直子)
全文
便所掃除(濱口國雄)
全文
住所とギョウザ(岩田宏)
を紹介したあとの茨木のり子の言葉
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はるかに心にぐさりと突き刺さる。それは作者が自分の恥の痛覚を隠していないからです。
愛(谷川俊太郎)
“いつまでも そんなにいつまでも むすばれているのだどこまでも”
一生おなじ歌を 歌い続けるのは(岸田衿子)
全文
くらし(石垣りん)
全文
茨木のり子の言葉
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浄化作用(カタルシス)を与えてくれるか、くれないか、そこが芸術か否かの分かれ目なのです。だから音楽でも美術でも演劇でも、私のきめ手はそれしかありません。
読んでよかったなー、と思った本だった
学校で詩を教えてくれるのは素晴らしいことなんだな