茨木のり子のレビュー一覧
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## 感想
『自分の感受性くらい』の厳しくも優しい言葉が好きだ。
「人のせいにするな。」
そんなメッセージを感じる。
この詩を読んで、最近読んだ三宅香帆さんの『好きを言語化する技術』に書かれていたことを思い出した。
「自分が見て良い!と思ったものは、他人の感想を知る前に書き出そう」というもの。
人は他人に影響を受けやすい。
自分が映画を観て素晴らしいと思い、Xで調べてみたら、どうも否定的なレビューが目につく。
「自分のセンスが悪いのかな…」と不安になる。
それに近しいことが、色々なジャンルである。
私は幸いあまり他人を気にしない性格だから、それほどダメージは受けないが、人に -
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ネタバレ好きなバンドのボーカルがオススメしてたから読んだ
以下好きだった詩とか茨木さんの言葉とか
賭け(黒田三郎)
“馬鹿さ加減が ちょうど僕と同じ位で 貧乏でお天気屋で 強情で”
“毒舌を吐き散らす 唇の両側に深いえくぼ”
僕はまるでちがって(黒田三郎)
“ぼくはまるでちがってしまったのだ”
“それでもぼくはまるでちがってしまったのだ”
君はかわいいと(安水稔和)
を紹介したあとの茨木のり子の言葉
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言葉のヤツはくるしがって君のからだ中をかけめぐり憤然と死んじまうに違いない
葉月(阪田寛夫)
“おれはほんまにつらい あんまりつらいから 関西線にとびこんで死にたいわ”
“まるでろうやにほう -
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ひたひたと 沁みます。
思いがあふれるのに、うまく言葉にできない。
生きていたらそんな季節にぶつかってしまうことってありますよね。
「詩のこころを読む」 茨木のり子
そんな時、気がつけばまたこの本を読みかえしてしまいます。
若年者向けの詩の入門書という位置づけのアンソロジー。
子供の頃に読み、大人になって買いなおして今でも時折戻ってきてしまう本。
生きるじたばたを、優れた詩人たちが見事に言葉にすくい上げています。ゆっくりと胸を打つ、親しむべき作品の数々。
最近ふとまた読みかえしました。
私たち愚かだけど愛すべき「人」への、著者の温かい視線を感じました。
多感な子供時代にこの小さな宝箱の -
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茨木のり子1926-2006。
現代詩の長女と称される。らしい。
戦後の日本を代表する現代詩人。との事。
自分はホント何にも知らねぇなぁ…。
名前すら知らんかった。詩の世界。
知らなすぎる。
そして、詩っておもしろいんだなぁ。
………
高校時代の古典の先生を懐かしく思い出した。
中原中也を敬愛してて、黒い服しか着ない風変わりな先生だった。
授業中、詩や文学の話しで良く脱線。
そこで、中原中也、梶井基次郎のレモンなど出てきて……井伏鱒二と会った話しもしてて、強烈に頭に残ってる。
本気で会いたいと思えば、会いたい人には必ず会えるって言ってたなぁ。残ってる。
意気込み、読んでみたものの、ピンと -
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自分の感受性くらい
茨木のり子
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮しのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
自分に言われているような気がする。好きな詩である。はい、茨木さんの衝くとおりのばかものです。
もう一編。 -
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ネタバレ2024.9.26再読。
韓国語を勉強し始めた直後に一度読み、約1年経った頃に再読してみた。
レベルがあまり上達していないので抱く感想が変わったということはあまり起こらなかったが笑、感想を書いておく。
この本の出版は1989年。
当時はなぜハングルを勉強するのか不思議がられたという。また当時は漢字の使用がギリギリ残っていた時代らしく、日本の若者がハングルを学ぶ場合一番苦労するのは隣国式漢字読みかもしれない、と著者は述べている。
今はハングルを勉強する人は全く珍しくないし、漢字の読みを覚える必要もない(べた一面ハングルは極めて読みづらいとも述べられているが、本当にそうなってしまった)。この数十