茨木のり子のレビュー一覧
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ひたひたと 沁みます。
思いがあふれるのに、うまく言葉にできない。
生きていたらそんな季節にぶつかってしまうことってありますよね。
「詩のこころを読む」 茨木のり子
そんな時、気がつけばまたこの本を読みかえしてしまいます。
若年者向けの詩の入門書という位置づけのアンソロジー。
子供の頃に読み、大人になって買いなおして今でも時折戻ってきてしまう本。
生きるじたばたを、優れた詩人たちが見事に言葉にすくい上げています。ゆっくりと胸を打つ、親しむべき作品の数々。
最近ふとまた読みかえしました。
私たち愚かだけど愛すべき「人」への、著者の温かい視線を感じました。
多感な子供時代にこの小さな宝箱のような本に出会えてよかったです。 -
Posted by ブクログ
茨木のり子1926-2006。
現代詩の長女と称される。らしい。
戦後の日本を代表する現代詩人。との事。
自分はホント何にも知らねぇなぁ…。
名前すら知らんかった。詩の世界。
知らなすぎる。
そして、詩っておもしろいんだなぁ。
………
高校時代の古典の先生を懐かしく思い出した。
中原中也を敬愛してて、黒い服しか着ない風変わりな先生だった。
授業中、詩や文学の話しで良く脱線。
そこで、中原中也、梶井基次郎のレモンなど出てきて……井伏鱒二と会った話しもしてて、強烈に頭に残ってる。
本気で会いたいと思えば、会いたい人には必ず会えるって言ってたなぁ。残ってる。
意気込み、読んでみたものの、ピンと来なく。
文語体もイマイチ馴染めず。
結果。
詩は、わからん。なんとなくしか。
高校時分のわたしには、刺さりきらず。
フワフワと掴みきれない。掴みきれない自分を自覚したくもなく。距離をおきがちになった…
なにより、詩を読んでるってことが、小っ恥ずかしい気がした。誰に対してなのか、何に対してなのか…
若い頃の特有のアレ。カッコ悪くみられたくない的な。
あるいは逆に気取ってみられたくない的な。
なぞの羞恥心。なぞの行動。
そんなこんなで
とにかく、距離があった詩の世界。
しかしだ
カッコつける必要もないし。
恥ずかしいこともないし。
わからんものは、わからん。
でいいし。
わかるものを味わえば良いのだ。
ありもしない妙な「壁」を自ら作って、避けたりしても、なんの得にもならん。
ただ読んでみる。それだけだ。
いくつかに共感する。
こころがブルルっと震える。
指の間からスルスルとすり抜けるものもあらば
こころに残るものもある
それで良いのだ
そして、今作
1977年の初版。
2025文庫版では、伊藤比呂美さんの解説付き。
いやぁ〜茨木のり子
すげぇ
自分に言い聞かせるような叱咤激励的な作品もあったり。
ストレートでわかりやすく、ストンストンと心に来ました。
詩も読まにゃああかんのです。
詩を通ってきてない人にも、わかりやすく味わえるオススメの一冊でした。
字も大きいし、普通に読めば30分くらいで読み終わります。
中原中也、梶井基次郎…
今なら…
そうだった…とおらない訳にはいかない
あと、現代詩の次女は誰なんだろ? -
Posted by ブクログ
ネタバレ2024.9.26再読。
韓国語を勉強し始めた直後に一度読み、約1年経った頃に再読してみた。
レベルがあまり上達していないので抱く感想が変わったということはあまり起こらなかったが笑、感想を書いておく。
この本の出版は1989年。
当時はなぜハングルを勉強するのか不思議がられたという。また当時は漢字の使用がギリギリ残っていた時代らしく、日本の若者がハングルを学ぶ場合一番苦労するのは隣国式漢字読みかもしれない、と著者は述べている。
今はハングルを勉強する人は全く珍しくないし、漢字の読みを覚える必要もない(べた一面ハングルは極めて読みづらいとも述べられているが、本当にそうなってしまった)。この数十年間で日本のハングルを取り巻く環境が大きく変わったことを実感した。
個人的にとても興味深かったのは庄内弁との比較である。ご馳走様=チャルモッケスムニダを初めて聞いた時何か耳馴染みがあるなと思っていたが、庄内弁のもっけだだったとは…。他にも言われてみれば確かにと思う対比があったし、語中の音が濁音になるのも、ハングル勉強中はなんで文字通りに読ませてくれないのかと思っていたが、自分たちの言葉だってそうだった…と気付いた時の何とも言えない気持ちになった。笑
長澤信子さんの台所から北京が見える、黒田龍之介さんのロシア語だけの青春と並んで、この先何度も読み返す本になるんだろうなと思う。 -
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ネタバレ『詩のこころを読む』
茨木のり子さんの選んだ詩と解説&メッセージ。
まず、最初から私の大好きな詩。谷川俊太郎さんの「かなしみ」
学生の頃、「何かとんでもないおとし物」が気になった。歳を重ねた今でもその思いは変わらない。いやより一層大きくなっている。
恋の詩といえば、黒田三郎さんの「僕はまるでちがって」
恋は風景の彩りを変える。
「白い美しい蝶」をもたらした黒田三郎さんの妻はこの詩が公表されてプンプン怒っていたという。自分に対してだけのラブレターであってほしかったのでしょう。
黒田三郎さんの「夕方の三十分」も忘れられない。
子ども達と暗唱した詩の一つ。
父が「自分でしなさい 自分でェ」と言うと
小さなユリが「ヨッパライ グズ ジジイ」とやり返す。
でも最後に訪れるのは「静かで美しい時間」
たまらなくいい!
茨木のり子さんは、法律によって、木挽町、紺屋町などの町名が変えられていったことを嘆いている。
これもとんでものない落とし物のひとつだろうか。
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素晴らしい本でした。
私の中では石垣りんの「くらし」が白眉の一編でした。
詩のことはよくわからないからという理由であまり触れてこなかった。
けれどこの本の中にある詩に一つひとつ触れ、解説を読む。
少しだけわかったような気がする。詩にもう少し触れてみようかなと思う。
私は宇多田ヒカルの歌詞が好きなのだけれど、(特にFantome以降)彼女の詩のどの部分に惹かれているのか、言葉のチョイスなのか、その飛躍なのか、とか自分なりに理解出来るかもしれない。
音楽が好きなのでたくさんの詩に触れてきた、とも言えるのだ。
歌詞も詩だと仮定する。私の世界はこれから途方もなく広がる。
姪っ子柄中学生になったら、高校生になったら渡してあげたい。読むか読まないかは本人にお任せするけれど。