疑問の芽すら奪われる、根絶やしにされる。
おかしいということに気づくものすべてをなかったことにする。
正気の領域を徐々に広げていく。
しかし、正気であることの意味合いが次第に変わっていく。
疑問を抱き、抗うことが正気なはずだったのに、疑問を抱いたことすらなかったこととなり、抗う理由もなくただ流れに身を任せることが正気であると自ら思うようになる。
戦争自体が目的となり、戦争の為にすべての物事が在る
貧困と無知にさせることで、ヒエラルキー的社会を継続させる。
世界の富を増やすことなく、というより一部の特権階級のみに富を増やし、産業を回し続け生産物を生み出し続けるためには戦争をし続けるしかない。
戦争によって破壊されたから生産が必要で、戦争の為に予算が必要だから市民から巻き上げる。
戦争(平和)のために、必要か不必要か選別され、安寧と知性を粉砕する。
労働力を消費することで、疲弊させ、生活すること自体を危うくする。
従うしかない。
今より悪くならないためには、上の言う事を聞くしかないと思い込まされる。
戦争状態で在りたいだけ。
実際に戦争が起きているかは重要ではない。
知性を奪い、ただ命令に従い、与えられたものだけで満足するようにする。
不満があっても、ぶつける先をも与える、新たにつくりだす。
長期にわたり放棄され続けてきた数々の営み
―――裁判を経ぬ投獄、自白を引き出すための拷問、捕虜の利用、そして全人口の強制移動など
が再び行われるようになる。
戦争などしても世界を支配できないとわかっはていながら、戦争に傾倒する。
負けるとわかっていながら勝てると考える。
制御された狂気。
差別や分断、排外主義思想は制御されたものの上に、中に成り立っている。
そこに疑問を持つ私は、私たちは決して狂ってない。
真実にしがみつつける。
迫害の目的は迫害
拷問の目的は拷問
権力の目的は権力
ラストはなんともこの世の真実を表すようで、悔しい。
ビッグ・ブラザーを愛したウィンストン。
自分自身に勝利したという文章が辛い。
自分の都合のいいように真実を捉え続けたウィンストンの成れの果てとも言える。
わたしたちが信じているものは本当に存在するのか。
現在の日本、アメリカ、イギリス、イスラエル、中国、ロシア、などなど、世界が1984の世界とほぼ同じようになっている。
闘い続けても、闘い続ける相手など居ないと思わされ続ける。
負けてたまるかと思う。
二重思考は現代でも普通に行われていることだと思う。
私はヴィーガンだ。
どうぶつを食べ、殺し、搾取する人々は、どうぶつたちに理不尽で残虐な行為が行われているとわかりながら、仕方がないとして考えないようにしている。
血まみれになり、臓物を切り出され、皮を剥がれているどうぶつたちの存在など、ないものとしながら、目の前にある食べ物に感謝する。
パレスチナの人々がイスラエルやアメリカ、G7、日本によって虐殺されながらも、自分たちの生活には関係ないと日々を暮らす。
どれだけ自分たちの生活に関係しているか、加担しているか声を上げても、耳に入ったとしても、そんなものはなかったことにされる。
ミャンマーやスーダン、コンゴ、シリア、レバノン、ベネズエラ、グリーンランド、ウクライナ、様々な国々が様々な国々によって搾取されている。
日本もその国のひとつ。