1984
政治小説としての完成度もさることながら、感情や自然も鮮やかに描き出す表現力にも驚かされた
世界は革命を経て中産階級がブルジョワジーににるという構造を何度も繰り返し、独裁も民主主義も封建制も長続きはしないし、人の生には限りがある
なので、ビッグブラザーという不滅の概念を作り出して寿命から逃れ、人々の記憶を外部にも内部にも残せぬようにし、ニュースピークという思考を狭める言語を開発することによって革命を不可能にする
それでも科学技術は失わぬように、人々には二重思考という正しいことを知りながら次の瞬間には間違ったことを辛抱できるような思考法を身につける
世界は常にパネルと個人と家族によって監視されていて、型からはずれた言動をする人は皆’愛上省"におくられる超監視社会
こんなディストピアに生まれた主人公が、日記を購入してビッグブラザーを貶すという思想犯罪を犯すところから始まる
疑心暗鬼と恐怖と期待を感じながら、同胞と敵を探す
最初は敵だと思っていた党へ献身的な女ジュリアにある日「愛してる」とメッセージをもらった主人公
森の奥地で出会い、2人はセッ久とビッグブラザーに反抗的な会話をする
2人は密会を続け、ジュリアの献身でまともな食料品を、主人公の冒険で隠れ家を得た
ある日同胞ではないかと期待を抱いていた党中軸の人間が主人公に対してアクションを起こした
パネルも無く、高級食品のある部屋で反抗勢力のリーダーが描いた本を受け取る約束を締結し、組織に入り忠誠を誓った
その本をジュリアに読み上げてから少しして、部屋に声が聞こえてきた
思想統制はされておらず自由に生きていると思っていたプロレタリアートの家主が、思想警察だったのだ
ここからは拷問の日々が始まる
オブライエン(同胞)も正統派だった
彼の忠誠心の強かった同僚も愛情省に送られる
殴られ、断食させられ、電流を流され、暗闇に放り込まれ、不潔を極めた場所で拷問を続けられる
「自白は本能だ」というようにジュリアとも留意を得ていた主人公は、それをオブライエンに見抜かれる
心身共にボロボロにされても、主人公は「現実と過去は自分の外部に存在すること(党は過去を失わせ現在のみを信じ込ませる)」を主張し続ける
オブライエンは教師のように主人公を電気ショックで痛めつけたりモルヒネを使ったりして、思想統制をする
苦しみが通常になるため、痛みを止めてくれるオブライエンは救世主かのようにもみえる
しばらく耐えていた主人公は、一時的なロボトミー手術のようなものを受けたことと、自身の変わり果てた醜い容姿を見たこととで心が折れてしまい服従した
独房で徐々に健康が戻っていく微々たる安心を感じながら、思想を党に寄せるために書き物をしていたとき、ふと、ジュリアへの愛を叫んでしまう
党はもちろん見逃さない
囚人の一番怖がるものを与える"101号"で、主人公はネズミに肉体を食わせる と脅され
ジュリアを罵倒して生贄に差し出した
主人公が唯一残していた愛情への忠誠も消え去り、主人公は釈放された
心身共に変わり果てて死んだように生きていた主人公は、戦果の報告で心底喜び、ジュリアに出会っても失望し
全ての過程を経て、愛情省でビッグブラザーを愛しながら幸福に死んでいった
これほど、"人間の自由意志には限界がある"ということを痛烈に描いた作品がほかにあるだろうか
言語と思想、痛みと思想、絶望と思想、希望と思想、記憶と思想
全てお膳立てしてしまえば人間は画一的に望まれた結果になる
理性とは充足した条件に残されているだけのもので、極限状態の人間は人間ではない
動物農場を読んだときのような、絶望感をまた小説で感じてしまった
オーウェルの本は、心情や自然の描写が豊かで、設定もよく凝っていて、小説としての精度が高いからこそ感情移入が容易くなる
その末の政治的絶望だから機械的だったり冒険的な文体のsf小説よりよく響く
ジュリアと主人公はお互いを人格として愛していたのでは無く、自分の全てを管理抑圧し、不自由にしてくる党への反抗心のよすがとしていたのだと思う
つまり主人公は拷問されて取り返しのつかない醜い容姿にされようとも、自由意志を捨ててはいなかったんだ
このシーンで僕は一番鳥肌が立った
また、プロレの洗濯女の歌を聴くシーンや、ワインへの失望、コーヒーへの期待、昼下がりの微睡、夢の世界の幻想的なジュリア
主人公が抑圧された状態にあるからこそ、僕たちが普段素通りする日々の小さな感動に大きく反応していて、コーヒーが飲みたくなったし僕も日常に対する感度を高めたくなった
また忘れた頃に読む
スルメでもあるしエンタメとして楽しくもある素晴らしい小説!