非常に素晴らしい一冊でした。
いつ以来だろうと思うくらい、読書している間、久しぶりにワクワクしっぱなしでした。
この一冊で、推理小説はこんなに面白いんだと再発見できる方が多く生まれることを祈るばかりです。
なぜ面白さを再発見できるか、と言いますところ、やはり構造学の観点で物事を見ようとする描写が随所に表れている点に尽きます。
構造学と聞くと建築のお話かな、と初めは受け取っていたのですが、それは数学の公理や物理芸術政治の要素に見立てた話にも置き換えられると(劇中で具体的に言葉にされずとも自ずと)考えられるように誘導され、その文脈のまま読み進めると、この殺人事件の構造、延いては推理小説の構造にも及ぶと気付くこともできます。
それは結果的に、これまで無意識のうちに楽しんでいた、いわゆる〝推理小説の造詣〟の類を巧みに言語化してもらえた気がしており、自分がどんな未知にワクワクしてきたか、どんな裏切りに驚いてきたか、を改めて味わうことができたと思います。
この気付きをもらえただけでも、読んだ甲斐があったというものです。
さて、個人的にさらに面白いと思ったのは、その推理小説の構造についてです。
具体的に強烈な描写がされているわけではなかったですが、推理好きなら一度は聞いたことのある〈フーダニット〉〈ホワイダニット〉〈ハウダニット〉という要素に分解して、劇中の殺人事件を捉えてみましょうと十和田は思考します。
普段から意識的に考えているわけではありませんが、この中でどれか一つ重要なものを選べと言われたら、自分であれば〈フーダニット〉を選びそうです。
次点で動機を慮って〈ホワイダニット〉、そしてあとは、きっと犯行上手くやったんでしょうと最も優先度の低い要素として〈ハウダニット〉を挙げそうな気がします。
ところが、この作品ではこの〈ハウダニット〉こそ至上命題として掲示し、あまつさえ〈フーダニット〉〈ホワイダニット〉は後回しでよい、なぜなら〈ハウダニット〉が強烈なので自ずと絞られてくるからだ、としているのです。
正直、目からウロコでした。しかし読書中、「誰が? なぜ?」という疑問を追いかける気持ちよりも「どうやって?」という疑問を追いかける気持ちのほうがずっと強まっていったのも事実でした。
突き抜けて面白い〈ハウダニット〉は、〈フーダニット〉〈ホワイダニット〉を征服する。この一冊は見事にそれを証明した一冊とも言えるでしょう。
そういえば、粗雑に扱われた〈ホワイダニット〉に対し、むしろそれこそ推理小説としての潔さだと妙に感じたのは印象的でした。まさに「殺したい人が殺したんだから動機なんて理解不能で結構だし、そこに頭のリソース割かなくていい」という、トリック色の強い推理小説らしさとも言えそうですね。個人的には、その方面で尖っているものは好きです。
今後の推理小説の読書体験に影響を与えそうな一冊で、とってもオススメです。