詩集・俳句の検索結果
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 児童詩の世界 一年生の詩 ひみつ・・・ ひみつはひとりぼっち おとうさんもおかあさんもいない さびしいね ないしょ・・・ ないしょってどうしてないしょにしとかないといけないの? おしっこ・・・ うまれるまえ なつきがおしっこすると おかあさんがおしっこしたのかなぁ? ながぐつ・・・ きりんのながぐつは ながいだろうな
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 夕暮れのことでした。勤め帰りの道で三色すみれに会いました。それは今まで見たどんな三色すみれでもありませんでした。すっと背を伸ばして、まっすぐ夕空をあおいでいました。体のすみずみにまで凛と神経をゆきわたらせているのがわかりました。夕空をあおいではっとしました。金星が明るく輝いていたのです。三色すみれは金星と交信していたのでした。昼と夜のあわいのほんの束の間、薄紫の夕暮れ時、三色すみれは自分の思いのたけを金星に打ち明けているようでもありました。私は昔出会ったなつかしい少女のことを思いだしました。しきりに音楽が流れていました。私もまた交信しようとしているのに違いありません。はるかなる未知のものへ、教室の子どもたちへ。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 子どもは何でも不思議に思い、知りたがります。大人には想像もつかないようないろいろなものを、おもちゃにして楽しんでしまいます。子どもたちと一緒に道を歩いていると、季節によって毎日が、発見にあふれています。雨や風や草花に触れ合うと、ふだんは気がつかない空想が生まれます。家の庭や畑に訪れる虫や、小鳥などの小動物たちにも親しみがわいてきます。とかげやわらじ虫など、そのものの気持ちになって、考えることの面白さも、子どもたちに教えられたような気がします。そんな出会いをテーマに、まとめてみました。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 童謡を書いていましたことで、人生の節目も心強く安らかに過ごしてこられたと感謝しております。ここに来て私の歩いた道のりを一冊にまとめたいと思うようになりました。書き始めの中から集めましたので、かなり時代遅れのものもございますが、日記と同じその時の感情や環境、空気の匂いまで思い出されて、私はタイムスリップしたような想いになるのです。―はしとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 詩を書き始めて、子どものころが、なつかしくよみがえる時があります。大人の私の中にも子どもの私がいるのです。自然やまわりのできごとを、子どもの気持ちになってみるとき思いもかけない発見をすることがあります。数年前から父の車椅子を押すようになってゆっくり町の中を歩いています。すると、おじいさん、おばあさん、うば車の赤ちゃん達とも親しく会話を交すようになりました。詩集ではその時々に私が受けた感動を、作品に表現しました。どの一編にも心をこめています。生活の中で、昨日とは違うなにかを見つけて詩を書きつづけていきたいと思っています。―あとがきより抜粋―
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5.0※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 木ほど、いのちを感じさせてくれる生きものはいない。そばにいるだけで、からだの中が流れ出す。流れ出すものがいったい何なのか、ぼくにはよくわからない。だけど、それが、とおいとおいむかしから、木のからだの中にも、ぼくのからだの奥深くにも、流れつづけてきたものであることは、まちがいないだろう。水ほど、生きていることを思い出させてくれるものはない。水辺に行くと、ぼくはいつも、腰をおろして、水の音にからだをゆだねたくなる。その音を聴いていると、からだの中の深いところ、外側からはるか遠いところで、こだましていることに気づく。木の声も、水の声も、今まで詩を書いてきて、ずっとぼくの中で鳴り響いていたものだった。これからも、じっとその声に耳をすまして、全身で聴いていきたい。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 一九九八年に、現代詩の第二詩集『ふうわりと』を出したときのことです。漢字を表記として見るのではなく、詩という内面に変えられないかと考え、「女」や「坐」から詩を作って載せたところ、まど・みちお先生から感想をいただきました。「『坐』のように文字の分析を利用する詩は吉野弘さんなどにもありますが、『女』のように一つの文字の全景を眺めて、その実感をもとに作詩されたのは珍しく貴重です。拍手いたします」と書いて下さり、私は大変嬉しくなりました。
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 児童詩の世界 子どものことをいちばんよく知っているはずのお母さん、でも知ってるつもりで実は知っていない。そんなお母さんに話しかける本です。 鳥の気持ちは鳥になる、花の気持ちは花になる。子どもと遊び、歌い、学び、詩をつくりながら子どもになって過ごす著者が生徒とつくった世界です。
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 ジュニア・ポエム双書に仲間入りさせていただいてから、「手紙のおうち」(小学校低学年)を皮切りに、「絵をかく夕日」(中学年)、「星の家族」(高学年)、そして「愛一輪」(中学生・高校生)・・・と、おおよその対象年齢を考えて順に詩集を編むうちに、いつのまにか25年が経っていました。そこで再び低学年向けを中心にまとめようと決心。まだまだ気持ちは若いので、こどもたちと童謡の楽しさと夢を分かち合うために、更に全力で書きつづけたいと思います。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 だれかが種を播いたのでしょうか、それとも自生なのでしょうか、拡張予定の道路端に一群のコスモスが風に吹かれて咲いています。ただそれだけですが、私はとてもうれしくなってしまう時があります。詩集“風栞”には、そんな気持をつづらせていただきました。季節の折り折りに聞かせていただいた、一草の葉のうごき、木立のそよぎ、流れの水音に耳を澄ませてみますと、こんなにも素晴らしい会話があったことに、胸が熱くなる思いです。そしてまた、人と自然とのかかわりも、季節の嬰子のようでなくては、そう思えてなりません。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 少年詩にも、色々な分野がありますが、私は、子供たちの心よりも、自然を対象とした詩を書いてきました。そして時々、自然をより正確に描写しようとして、そのために言葉を沢山使えばつかうほど、作品は散文的になって行って、詩的な味わいが薄れていったということを経験しました。一方、自然を細かく描写しなさすぎると、すなわち寡黙でありすぎると、詩にも散文にもならないことも経験しました。このような相反する思いを抱いて、私は詩を書いてきました。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 この詩を書いたのは一年生の子どもたち、まだ数ヶ月前に平仮名を覚えたばかりです。ふつうの子どもと同じですがたったひとつだけ、かわっているところがあります。それは、朝いちばんに詩を書かないと気持ち悪いというのです。ある日の会話です。 「はい、一時間目のお勉強をはじめましょう。」 「魔女先生、何か大事なこと、忘れてない? 今日はまだ詩を書いてないよ。」 「たまには休もうよ。」 「だめ、書きたい! 書かないとお勉強する気になんない。」 人は二つの世界に住んでいるのでしょうか。ひとつは目に見える世界、もうひとつは心の中にある見えない世界です。詩を書くのは、心の中の世界へ旅すること、不思議な魔力に満ちた世界です。子どもたちは、たった十分間この世界に旅するだけで、安心して一日が始まるというのです。壁にぶつかった時、頼りになるのは心の中の世界。だから、自分で大きくたくましく育てていってほしいなあと思います。地球が生まれてから、植物は人にメッセージを送り続けています。この本は、そのメッセージを受け取った子どもたちのつぶやきをまとめたものです。(著者、あとがきより抜粋)
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 「おじいちゃんの友だち」 内田さんは/おじいちゃんの友だち/ときどき遊びに来ては/お酒を飲む ホロ酔い気分になると/学校から帰ってきたぼくをつかまえて/おじいちゃんとのことを/話し始める 先生にしかられた悪戯/競い合った水泳大会/戦争・・・/おばあちゃんとの結婚式/おとうさんが生まれた日 大きな身体をちぢめたり/太い声で歌ったりしながら/内田さんは/鼻の頭まで真っ赤になっている 「へえーお父さんが/生まれる前からの友だちなの」/ぼくは/おじいちゃんに目くばせして/何回目かの声をあげる 近所に聞こえるような/笑い声を残し/薄暗くなりはじめた路地を/内田さんは自転車に乗って/帰って行く
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 私たちは、毎日、いろいろなことに出会ったとき、喜んだり悲しんだり、また、怒りや苦しみを感じたりしながら生きています。そしていつも、心の中のハードルを越えたり、また、越えようとしています。それは、どんなに小さな子どもでも、年を重ねた大人でも同じことです。やっと、ハードルを越えた人に、もうちょっとなのに、どうしても・・・という人に、また、少し疲れたので休みたい人に、それから、モーメンドクサイ!という人にも、そっと、小さな花束を届けたいと思ってこの詩集をまとめました。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 一九八七年に第一詩集『ハープムーンの夜に』を出してから、なんと十二年もたってしまいました。この度、ようやく二冊目となる本書を出版でき、細々とながら続けてこられた喜びでいっぱいです。この十二年の間に、たくさんの方々との出会いがあり、親しく話し合える仲間や諸先輩、読者の方々など、おつきあいのはばも広がりました。また、教科書やテレビ・ラジオなどで作品を取り上げてくださったおかげで、子どもたちが歌ってくれたり、感想文を送ってくれたりという幸せもありました。ふり返ってみると、詩を書くことで得られたものの大きさに驚かされます。ここにのせた作品の一つ一つにそうしたエピソードがあり、まとめてみるとなつかしく思い出されます。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 この本を手にしてくださったみなさん、ほんとうにありがとうございます。この本をとおしてみなさんと出会えたことを、たいへんうれしく思っています。少し小さいみなさんには、むずかしい作品もあるかもしれませんが、手もとにおいていただいて、どうぞゆっくり読んでいってください。小学生のみなさんから、中学生、そして大人のかたにまで読んでいただけるよう、漢字にはふりがなをつけました。日本語の美しさを少しでも味わっていただけるよう、残せる漢字はもとのまま残しました。みなさんのまわりには、たくさんの人が暮らしています。どうぞ、その人たちを大切にしてください。そして、みなさんが、かならずだれかから大切に思われているということを、わすれないでください。たとえ今、気がつかなくても、みなさんが今「生きている」ということは、そういうことなんだと思います。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 ある時、楽しい子供の歌のコンサートを聴きに行きました。作詩者の詩集も読みました。そんな感激の中で、はっと気づきました。私も一人息子の幼い日の言葉を詩に書き留めていたことを―。もう大人になった息子の幼い日の出来事が、茶色に変色したノートから、生き返ってきました。お母さんだからこそ味わえる小さな感動、子が母を慕い、母が子を思う気持ち、それは、昔も今も世界中、変わらない心の在り方と信じます。今日は学校でいやなことがあったけど、今日はご近所とトラブルがあったけれど・・・なぜか、ほんの少し気分が晴れました。独り立ちした詩集が、そんな声の聞かれるカンフル剤のような役目をしながら、歩んでいってくれたら、とても幸せに思います。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 「どうして役者にならなかったの?」子どもの頃の卒業文集に“将来の夢”と題して「世界の舞台に立つ役者になりたい」と綴ったことがあるからでしょうか、今でもクラス会の席で友人に尋ねられ、びっくりすることがあります。残念ながら、大きな舞台に立つことはもうありませんが、日々の生活の中で、ある時はわたしやぼくに、又ある時は小さな生きものや風景の中に、自分自身がすべり込んでしまう不思議な瞬間を体験することがあります。その、対象と一体となっている瞬間というものは、ひょっとすると私が役者として演じている時そのものなのかもしれないな、などと思う今日この頃です。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 こどもの澄んだ眼のおくには、ひろい空と海がある。うつくしい雲と花がある―そんなふうに思っていた。また私の記憶の中には、こどものころ見た何枚もの本の頁が仕舞われていて、どうかするとあざやかに、ひらりとこころによみがえることがあった。その頁には詩と挿絵があって、なつかしい抒情のせかいが展けていた。そうした記憶の頁からよみがえってくるような詩を、こどもの眼と耳に立ち還って書くことができないだろうかと、いつの頃からか念うようになっていた。つまりひそかな志しをも抱いてみたことになる。しかし一向、何もできず、何もせず時だけが流れ去っていたことに今更のように気付くのだ。―それにしても、ひそかな志しを捨てたことはなかったように思う。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 霧の中で手さぐりさながらに書きはじめ、夢中で書きためたものを、詩集にまとめてみました。すると、生きる喜びや悲しみを、見つめている私自身を、見つけることができました。人も虫も鳥も動物も植物も、いろいろな思いを、かかえて生きています。地球という、たった一つの星で、同じ時間を生きています。そう思うと、まいごのようなちぎれ雲も、一しずくのつゆも、であうものは、みんないとおしく感じます。一篇でも、だれかの心にひびく詩があればとてもうれしいです。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 小学生のころから、私は詩を読むことが好きでした。なかでも、教科書に載っている詩を朗読する時の心のときめきは、ずっと、この胸底に残っています。そして、いつの間にか、私も詩を創るようになりました。幼い日を過ごした、いなかの川岸に咲いていた野菊の花を眺め、「まあ きれい!」と思ったり、ヨモギの葉かげで羽化するテントウムシを見つけ「なんて ふしぎ!」と思ったり、家の近くにあった竹林の笹の音を「わあ すてきな風の音楽!」と感じたことなどをもとにして、小さな詩を書き、先生に見ていただいたことなど思い出します。それから長い年月を重ねた今も、日々の暮らしのなかで、はっと心に響いてきたものを、「ときめきノート」に記し続けています。私の詩は、このなかから生まれてきました。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 ジュニア・ポエム双書93『花のなかの先生』を出版してから、六年が経ちました。ソ連の収容所でなくなられた、小学校時代の恩師に捧げたこの詩集は、たくさんの方々から深い共感をいただきました。きびしい自然と過酷な労働から、ふたたび日本の土を踏むことのなかった先生の目になって、この国を眺めますと、私たちの国はなんとおだやかな自然と平和に満ちていることでしょう。その残された自然と平和を、大切に守って生きていきたいという思いは、ますます強くなるばかりです。詩集『雨のシロホン』には、そんな私の思いをこめて、この愛する国と郷土の海や山、木や生きものたち、公園や子どもたちの姿を収めました。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 こどもたちと 一緒にすごしてきた三十七年間 そして今も 教えるというよりはなんとたくさんのことを こどもたちから知らされ教えてもらったことか。わかってるつもり 見えてるつもりが みえていなかった こどものこころの宇宙。広く深い星のかずかず。その限りないかがやきに驚き 立ちどまり 考えとまどうことばかりでした。そうした道々のなかで 生きるということのあれこれを まっすぐに思い 書きとめようとしましたが・・・。今 ふりかえり 貧しく恥ずかしい思いばかりのこます。しかし、生きる一つの節として こどもたちに「ありがとう」の気持ちいっぱいを、この小さな詩集「秋 いっぱい」に託しました。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 少女のころ、お気に入りの詩集をくり返し読みながら、こんな美しい言葉をつかう「詩人」って、どんな人たちなのだろうと想像しました。私みたいにくいしんぼうで、ワルイ心を持っているはずはない、と思いました。私は、ひとつの夢を誰にも話さず、胸の奥のほうにしまいこみました。それからずいぶん月日が流れて、とっくの昔に大人になっていた私は、ふと、胸に浮かんだ思いを言葉にしてみたのです。それは、心のつぶやきのようなものでしたが、これが「詩」なのかもしれない、とおもいました。不思議でした。「詩」は、ありふれた日常の中から、湧き水のようにしみ出してきたのです。こうして、心のつぶやきのような「詩」が、一編一編増えていきました。いつか一冊の詩集をもちたい―胸の奥にしまった少女の日の夢が今、本当のことになろうとしています。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 「かえっておいで」 きっと 野菜だよ/ばあちゃんからの おくりもの/ぼくは/ガムテープを はがして/箱を あけた//ああ いいにおいだ/野菜の すきまに/まっ赤に うれた リンゴが 三つ//かあさんが いった/「リンゴが いなかに/かえっておいでって いってるよ」//じいちゃん ばあちゃん/笑い笑い リンゴを つめたのかな/これは とうさんへ/これは かあさんへ/これは ぼくへ
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 私にとって詩を書くということは、“今、この瞬間としっかり向き合う”ということです。心がふと立ち止まったり、揺さぶられたりした出来事や出会いを忘れない為に、言葉に紡いでいく作業です。それは感動したことだったり、嬉しいこと、悲しみ、怒りだったりもします。もし自分の心を動かす何かがその中にあったとしたら、それとしっかりと向き合いたいと思うのです。つらい時に詩を書いて、気持ちが楽になったことも何度もありました。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 この詩集は、私の心のアルバムです。毎日のくらしの中での感動や喜び、悲しみ、それにさまざまな思いが、ひとつずつの詩になって、私の生きる支えになりました。詩集の中で、お好きな詩が見つかりましたら、どうぞ声に出して読んでみて下さい。それは、詩にとって一番幸せなことですから。小さい方には、少しむずかしい所やよくわからない事があっても、あまり、急いでわかろうとしないで下さい。わからない事、未知の部分をたくさん持つことは、あなたの人生を豊かで楽しいものにするでしょう。今、私の手をはなれ、ひとり立ちした詩集が、あなた方のともだちになり、話し相手になれたら、それは、どんなにかすばらしいことでしょう。―あとがきより抜粋―
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4.0≪TVアニメ「文豪ストレイドッグス」放送記念! アニメ描き下ろしコラボカバー版を配信!≫ 「やは肌のあつき血汐に触れも見でさびしからずや道を説く君」「みだれ髪を京の島田にかへし朝ふしてゐませの君ゆりおこす」「いとせめてもゆるがままにもえしめよ斯くぞ覚ゆる暮れつ行く春」……燃えるような激情を詠んだ与謝野晶子の第一歌集「みだれ髪」。近代短歌の金字塔をうちたて、多くの若い詩人や歌人たちに影響を与えた作品の数々を、現代語訳とともに味わう。晶子の同時代作品を集めた「みだれ髪拾遺」を所収。 【目次】 みだれ髪 臙脂紫 蓮の花船 白百合 はたち妻 舞姫 春思 みだれ髪 拾遺 解説 野田宇太郎 新版解説 今野寿美 挿絵 藤島武二 <シリーズ累計250万部突破!「文豪ストレイドッグス」シリーズとは!?> 中島 敦、太宰 治、芥川龍之介、与謝野晶子、泉鏡花、F・スコット・フィッツジェラルドなど国内外の文豪のイメージをモデルに擬人化されたキャラクターが、「人間失格」「羅生門」などといった各文豪に関連する異能力を用いて戦うバトルアクションコミックス。 舞台は横浜。孤児院を追われた主人公・中島 敦は、とある自殺志願の男・太宰 治を助けたことから、異能力集団「武装探偵社」に所属することに。やがて、ポートマフィアの芥川龍之介らや、北米の異能力集団・組合(ギルド)との対決が激化していく――!
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-全30篇の詩集です。全篇にキーウィのカットイラスト付き。 ■1日1詩を30日 2022年3月18日から4月16日まで「1日1詩」のペースでこつこつと書いた“書き下ろ詩”をはるばる集めたものです。 本書の長さは2000字程度です。 【内容】 目次 はじめに 01.限界 02.押しとどめる猫 03.サプリメント 04.一日一冊 05.赤の断罪 06.可動域 07.特急電車に挟まれる 08.芸達者 09.頭痛と友だち 10.つつがない 11.靴下 12.疲労の証明 13.同舟 14.生を活かす 15.粉吹雪 16.長いことはつらい 17.だらだらしている時間 18.壁 19.別名義 20.往路 21.終わらない漫画 22.調子が狂う 23.晴れていると 24.アクリルスタンド 25.オートロック 26.先着プレゼント 27.やさいやさしい 28.中の空気 29.ペットボトルのぬけがら 30.毎日一生 奥付 裏表詩 ※本作は空見タイガの個人誌作品の電子書籍版となります。【42ページ】
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-aneimoはeb、伊藤なむあひによる架空の姉/妹がテーマのアンソロジーです 目次 『すべての姉は戦場に』伊藤なむあひ 『怪獣になる』eb 『たべっこにんげん』伊藤なむあひ 『ゆきおんな』eb 『五人めはミルクを入れない』伊藤なむあひ 『非実在妹からの手紙(10年後ver.)』eb 『すべての姉は戦場に』『怪獣になる』…架空の姉/妹についてそれぞれ自由に詠んだ短歌です 『たべっこにんげん』『ゆきおんな』…姉/妹を逆にし、更にお互いに詠んでほしいお題『食事』『冬』を課しています 『五人めはミルクを入れない』『非実在妹からの手紙(10年後ver.)』…それぞれ相手の短歌を受けて伊藤なむあひが掌編に、ebが短歌にしたものです シュークリームといのちどっちが大事なのと問い詰められ観覧車は二週目 (伊藤なむあひ『たべっこにんげん』より引用) また姉がおとこを死なせまして十七度目の冬がはじまる (eb『ゆきおんな』より引用)
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-SF的物語をベースにした連作から、実験的な詩集まで制作している河野聡子。「やねとふね」は2014年5月から8月、マイナビブックスブログ「日々は紙から飛びだして」に連載した連作詩篇です。架空の「あの国」と「この国」の垂直のはざまにある「やねとふね」、この不思議な空間に湧き出し、暮らしている人々の物語ですが、もしかするとかすかに遠く、現実を映すこだまが響いてくるかもしれません。16編を収録 【目次】 亡命者/役人たち/ガーデナー/幽霊/セールスマン/刑事たち/船長/殺人者/アーキテクト/占い師/歩く人/創始者たち/人(そこにいてそこにいない)/開発者/潜る人/いまわたしはあかるいやねとさかなの国にいる
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-「じゃあこれから焼鳥食って君は帰りなさいと家をふたりで出るときに窓をしめながら、君に東のビルに映ったのと北の赤いのを見せた、それらは夕焼けでした。」(『パンツ』より) 現代詩歌の実験的ブログ「日々が紙から飛びだして」(マイナビ)の連載「アルミレコーズ」に加え、「神仏」「明日には忘れよう」かものはしソング「くちばしロック」など未発表作品を含む30編を収録。流れる景色と傷む心を緻密な言葉で描いた、若手俳人・佐藤文香のはじめての詩集。 【目次】 01 かるく風に吹かれながら/02 川など/03 きっとなりたい/04 だいぶ/05 合皮のソファ/06 星/07 イエイ/08 4C/09 明日には忘れよう/10 手紙/11 わごむ/12 かじかむ/13 レ点/14 あの松/15 かざふすたん/16 見てきたもの/17 また海/18 僕の鴉/19 港区のこと/20 神仏/21 頬杖/22 くちばし音頭/23 くちばしロック/24 かものはしのうた/25 こだま/26 だから/27 鳩サブレー/28 鳥が/29 羊羹/30 パンツ
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。「いい俳句といい写真が出合ってもいい作品ができるとは限らない。 写真を先に撮るか俳句を先に作るかの違いはあっても、どうしても写真が俳句を、 俳句が写真を説明するようになってしまうのだ。」 (小西昭夫氏による特別寄稿「新しい自分との出会い ―花追人の世界―」より) 「写真俳句」とは、写真と俳句を組み合わせて表現する、新しい表現形態である。 写真に句が添えられることで、写真に物語が生まれ、俳句が力強い生命力を獲得する。 写真だけでも俳句だけでも描けない新しい世界が、そこには開かれる。 しかし冒頭で小西氏が指摘するように、写真と俳句の距離感のコントロールができなければ、 それはただ饒舌で冗長な表現に終始してしまう。 写真家・エッセイストとして活躍する小川裕司は、この楽しくも難しい表現に挑戦。 「花追人」をテーマに100句の写真俳句を制作し、小西昭夫氏による選句の後、 俳句のメッカ松山と、リクエストに応えて小倉で展覧会を開催。見事新しい表現の獲得に成功した。 本書は、その展覧会の記録を編集し、電子書籍としてさらに新たな表現形態に挑むものである。 「俳句と写真を組み合わせることで生ずる何か新しいざわつきのようなものを 皆様に感じていただければ」(「あとがき」より)。
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3.9
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 私は、今日まで、日常の生活や自然の風物の中に、限りなくひそんでいる美しさや優しさを求めて、詩を書いてきました。この詩集をお読みくださるみなさん。いま、地球上に求められているものは、限りない優しさと思いやりの心ではないでしょうか。これらの作品を通して、私の思いが、幾分なりとみなさんに共感を得ることができたら、うれしいと思います。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 あらためて云うまでもないことですが、成長過程にある子どもたちの感受性は、大人よりもはるかに豊かです。同時に言葉へのこだわりも強く、それは、事実に対する妥協のない姿勢にも通じています。子どもたちにとって、言葉は常に新しい。なぜなら、言葉を知ることによって、彼等の前に日々新しい世界が開けて行くからです。言葉にこだわるのも当然でしょう。だが彼等が大人になるにつれて、言葉は次第に使い古され、不正確となり、形骸化して行きます。新しい事実に対する驚きも発見もうすれて、常識だけがまかり通るのです。詩が、このような言葉の形骸化や思考の常識化に対する一つの挑戦であるとすれば、子どもたちこそ詩の最良の読者であり、批評家でもあるといえるでしょう。こう考えてくると、少年詩や幼年詩を書いて発表するのがこわくなるのですが、今も自分の中にある子どもの心につき動かされて、このような詩集を作りました。子どもたちと、子どもの心を失わない大人の方々に読んでいただければ幸いです。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 小説に私小説というのがあります。詩にも私詩集というのがあっていいと思いました。想像ではなく、自叙伝ともいうべき事実だけに基づいた詩があってもいいと思いました。少年の頃の体験は、言葉の美しさを借りなくても、じゅうぶん美しいからです。詩の題材というのは、特殊なところにあるのではなく、実は身の回りのすぐそこにもあるということを忘れたくありません。いくらカッコいいことばを使っても、あるいは美辞麗句を並べても、詩の中身がよくなければ、けっして人に感動を与えるものではないと、ぼくは確信しています。子供の少ないボキャブラリーの詩でも、とても大きな感動を受けます。言葉は生まれては死んでいく生き物です。骨董的な古い言葉を探し出して詩を書くのは嫌いです。少年達がいま使っている言葉で詩を書きたい。いつもそう思います。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 さあ いつも夢みる少年少女のみなさん。限りなく自分の世界を求める君たちに贈るこの詩集を読み味わい、ひとつでも共に感じ、心をふるわせるものがあったら、君たちもぜひ君だけの青春を詩ってください。青春真最中の君の今こそ、君の喜怒哀楽を、君の言葉で、君だけの愛の世界として詩ってください。そうすれば、君の明日がきっと明るい未来となって拓けるのです。―あとがきより抜粋―
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 「せんせい/さんすうの とき/ひっさん だいじや/よこがき だいじや/くりあがり だいじやって/だいじ だいじ ゆうて/いちばん だいじなん どれ」(たかはら かずひろ) ・・・何の約束ごともありません。まちがいだらけの字です。読むのに時間のかかる字です。子どもたちは、でも何のとまどいもなく、ぼくに第一報を送ってくれました。・・・書くことを別に苦ともせず、全員がとまどいつつもすらすらと書いてくれたここから、ぼくの一年五組での詩の授業が出発しました。(抜粋)
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-※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 私は、信州の周りを山に囲まれた小さな城下町で育ちました。秒刻みで変わっていく都会とは異なり、そこは今も自然に恵まれ、四季の変化に富んだところです。絶好の遊び場であった城跡の城跡の石垣――。クワガタを見つけたヤナギの木――。大人になった今でも、そこに立つと、あの時の姿や笑い声、誰かを呼ぶ声を聞くことができます。また、その時こころの動きまでが、あたかも、つい先程の事のように思い出されるのです。それは、喜びや感動であったり、あるいは戸惑いや不安であったりもします。そんな時の思いやこころの動きなどを、こうして一冊の詩集にまとめあげることができました。)―あとがきより抜粋―
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-福井に生きた幕末の歌人、橘曙覧。「独楽吟」は「たのしみは~とき」の形で詠まれた52首の連作の短歌で、まるで「こま」を回しながら遊ぶように曙覧の楽しみが詠み込まれており、貧しさの中にあっても心豊かに生きていた彼の生き様を窺い知ることができます。天皇皇后両陛下御訪米の際、米大統領が歓迎スピーチで「独楽吟」の1首を引用したことでも有名です。「独楽吟」の世界に触れやすいよう、1首ごとに註・歌意・解説を付けました。親交があった福井藩第16代藩主松平春嶽の「たのしめる歌」も掲載。自治体発行としては異例のロングセラーとなった書籍を電子化。福井市などが募集している「平成独楽吟」作品集も配信中。
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-10分で読めるシリーズとは、読書をしたいが忙しくて時間がない人のために、10分で読める範囲の文量で「役立つ」「わかりやすい」「おもしろい」を基本コンセプトに多くの個性あふれる作家様に執筆いただいたものです。自己啓発、問題解決、気分転換、他の読書の箸休め、スキルアップ、ストレス解消、いろいろなシチュエーションでご利用いただけます。是非、お試しください。 まえがき 「今のカレと一緒の時元カレの名前呼んでしまった事ある?」というちょっと間の抜けた質問から「迷うくらいなら結婚はやめたほうがいい?」「離婚はやめたほうがいい?」というシビアな質問まで42問あります。「わたしだったらこうだけどね~」なんて、著者と会話するように読んでいただけたら、とてもうれしいです。貴女と一緒にお話ししたいと思いながら、執筆いたしました。
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