Kさんのレビュー一覧
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レビューを書いた覚えがない
どこまで本当でどこまで嘘か分からなかったけれど、というか多分書きながら思いつくままに本当と嘘を交えていったのだろうけれど、それにしてもなかなかどうして、素敵な話だった。素敵という一言で一冊の小説を表現するのは不徳であり不十分であることは分かっている。それでも、何というか、西尾維新先生の小説の美徳というものが、それなりにはっきりと分かった気がするので、個人的には素敵な話だったと言わざるをえない。あくまでも、分かった気がするというだけだが。
語り手は30歳の小説家。当時、西尾維新先生は約30歳の小説家だったから、私小説として、先生はこんなことを考えていたのか、と読めるのだけれど、本文で「これは物語ではなく事実である」と書かれていることからも、そう読むように仕向けられているのだろうけれど、すべてを事実だと信じる気にはなれなかった。ところどころ、というかほとんど、もしかすると99%、噓かもしれない。しかしそれでも、どうして彼が小説を、物語を書く気になったのか、その決心がついたのか、ということに関しては、噓をついていない、気がする。僕はそう信じる。 -
ネタバレ 購入済み
妖精さん
謎解きは軽快だった。ミステリーによくある殺人事件ではない、いわゆる「日常の謎」とされるものだった。
しかし、結末は哀しかった。タイトルから哀しい物語だろうと考えていたけれど、考えていたよりも哀しかった。
語り手の守谷は、若くて野心的で、自分が抱いている理想と、現実との間でじりじりと燻っていて、だから現実の外から来た(ように思えた)マーヤが輝いて見えたのだろう。大刀洗もまた、鋭く、冷たく、賢く、輝いて見えたのだろう。僕も男だから、いくつか心当たりのある、ごくありふれた幻想だ。
その脆い幻は、時を経て儚く壊れた。
マーヤは現実の外・幻想の中に住んでいる妖精ではなく、現実をどうにかしようとしていた一人の心優しき愛国者だったし、大刀洗は鋭く、冷たく、賢いように見えた一人の悩み多き女子高生だった。
マーヤは、現実の中で生き、そして死んだ。大刀洗は、現実の中で生き、そして恐らくこれからも現実の中で生きていくのだろう。
そして、守谷は……。
守谷の前に、二つの道がある。
一つは、文原のように、手の届く範囲のものを大切にして生きる、現実的な道。
一つは、今いる場所から飛び出て、何かを成し遂げる、理想的な道。
その二つの道について、多分、二十歳くらいの人は誰しも一度は考え、一応、選ぶだろう。
米澤先生も二十歳の頃に二つの道について考えていたのだろう。そして、米澤先生は、故郷を飛び出て、小説家になる道を選んだ。
では、語り手の守谷はどうするのだろう。
そして、読み手の僕はどうするのだろう。
まるで、他人事のようにそう思った。
『さよなら妖精』というタイトルは、マーヤの肉体的な死と、守谷が抱いていた『マーヤ』と『大刀洗』という幻想の死なのだと思う。
それから、もしかしたら、守谷が抱いていた何かを成し遂げたいという理想の死なのかもしれない。
守谷は語り手ではあったけれど、最後まで「主人公」にはなり得なかった。
僕もそうかもしれないと思った。でも、これから頑張れば、主人公になりうる可能性はあるのだ。
そう思って、生きるしかない。 -
岸辺露伴は倒れない 短編小説集
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