あらすじ
高校生の心中事件。二人が死んだ場所の名をとって、それは恋累心中と呼ばれた。週刊深層編集部の都留は、フリージャーナリストの太刀洗と合流して取材を開始するが、徐々に事件の有り様に違和感を覚え始める。太刀洗はなにを考えているのか? 滑稽な悲劇、あるいはグロテスクな妄執――己の身に痛みを引き受けながら、それらを直視するジャーナリスト、太刀洗万智の活動記録。日本推理作家協会賞受賞後第一作「名を刻む死」、土砂崩れの現場から救出された老夫婦との会話を通して太刀洗のジャーナリストとしての姿勢を描く「綱渡りの成功例」など粒揃いの6編。第155回直木賞候補作。/解説=宇田川拓也
※本作品は 2018年3月22日まで販売しておりました単行本電子版『真実の10メートル手前』の文庫電子版となります。 本編内容は単行本電子版と同じとなります。
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Posted by ブクログ
『真実の10メートル手前』
『正義漢』
『恋累心中』
『名を刻む死』
『ナイフを失われた思い出の中に』
『綱渡りの成功例』
短編6作品。
米澤穂信の短編はやはり良い。
そして太刀洗万智というキャラクターが表情も感情も読めず、凛としていて追いたくなってしまう魅力がある。
真実とは人によって違うものであり、それが人を救うとは限らないのだな。
それを知っている太刀洗の記事が読んでみたいものだ
『名を刻む死』の最後の台詞で彼女のファンになってしまったのです。
太刀洗万智シリーズはまだ3冊だそうで、肝心の1作目である『さよなら妖精』も読まねば。
Posted by ブクログ
米澤穂信はこのシリーズが1番好きかも。
太刀洗さん今回もキレッキレだった。
各短編、タイトルの付け方がうますぎて唸る。
「真実の10メートル手前」なんて、オチと一緒にタイトルの意味を理解して、天才か?となるレベル。
Posted by ブクログ
本書の単行本版は既に読み終えていて、文庫版だけの新作が入っているわけでもなく、米澤穂信さんのあとがきも単行本版のままということで、それでは何故再読したのかというと『さよなら妖精』を読み終えたからであり、つくづく私は「太刀洗万智」という、架空のキャラクターに魅せられてしまったのだなということを思い知るが、これはどうしても今年中に私がやりたかったことである。
そして、当たり前なことかもしれないが、『さよなら妖精』を読んだ後に読んだ方が、太刀洗の人間性がより鮮明に映し出されるのがありありと分かることで、あの出来事の後、太刀洗はどんな心境で生きてきて現在に至っているのかということを推測しながらも、今の彼女がこのような立ち位置でいてくれることに対して安堵や喜びを覚えたのが、私にとっては何よりの励みとなり、それは私が小説を読む一番の理由でもある、『辛い現実を生きる力が湧いてくる』ことにも繋がっていることから、太刀洗の物語を新たに紡いでくれた米澤さんには感謝の言葉しかない。
改めて本書の内容を簡単に書くと、フリーの記者である太刀洗が様々な事件に遭遇しては、その特性を活かした独自の視点で事件の新たな素顔を掘り返していく、リアル志向の社会派ミステリで、そこにはミステリ自体の謎解きの楽しさをしっかりと入れながらも、記者が他人の人生を都合の良いようにアレンジしたり、他人の不幸を面白可笑しく書いている人ばかりでは無いということを実感させてくれて、まさにそれこそが太刀洗が太刀洗たる所以なのだと思う。
それから、文庫版ならではの良さとして、宇田川拓也さんの解説は本書の素晴らしさを的確に分かりやすく、愛情込めて書いていらっしゃるので、そこは単行本版を読んだ方にも是非おすすめしたい。
それでは本書に収録された6つの短編から、太刀洗万智という、その人物像に改めて迫りたいと思う。
「真実の10メートル手前」
本書では唯一の太刀洗視点でありながら、時間軸としては『さよなら妖精』から最も近く、記者を続ける上での覚悟を突きつけられた『王とサーカス』の前の、どこか初々しさを伴った新聞記者をしていた頃の太刀洗には、まだ迷いも感じられた分、却って高校生の頃の冷たい印象が彼女の全てでは無かったことを、より証明しているようにも思われた根拠を、太刀洗と新人カメラマン「藤沢」との会話を掲載する形で示したいと思う。
「太刀洗さんが素直に人を褒めるなんて珍しいですね」
「そんなことはないと思うけど」
「ああ。説明してくれる気があったんですか」
「そう言ったと思ったけど」
「でも、太刀洗さんは説明抜きにどんどん仕事を飛躍させる人ですから、今回もそれかと思いましたよ」
「そんなこと言われてるの」
「いやまあ、悪い噂じゃないから、いいじゃないですか」
「必要最小限の情報共有は怠っていないはずなのに」
「最小限って自覚はあったんだ。最大限に共有しましょうよ」
また、彼女主観の文章であることから、藤沢には直接言わずとも、その時の彼女の心の中の思いを読み手は知ることができ、それによって、実はとても繊細な気遣いの人であることに気付く。
『口元が緩むのを自覚した。新人相手だと思って、余計な気をまわしてしまったようだ』
『恥じ入らせるほど、冷たい目を向けたつもりはなかったのに。むしろ、それほど多忙だった日の翌日に出張してもらっていることが、申し訳なかった』
そして、この表題作と『王とサーカス』から先の時間軸では(本書の残りの5編)、太刀洗視点は無くなるものの、それが私には、もう彼女主観でなくても彼女のことは信用できるだろうということを、米澤さん自身が伝えたかったのではないかと解釈している。
・・・が、正確には表題作が、「綱渡りの成功例」以外の短編よりも後に発表されていることから、記者として堂々と自分の道を歩んでいる(ように見える)彼女には、こういう時期もあったのだということを書きたかったのだと思う。
「正義漢」
初読の時は太刀洗を怖い人だと感じたものの、改めて読むと、その写真を見る様子からは客観的に記者としての自分を見つめ直しているだけで、そこには自らも一人の欲を持った人間なのかもしれず、完璧な記者だとは決して思わないことから、彼女の仕事に対する生真面目さが窺えながら、この作品が2007年当時「ユリイカ」で企画された、米澤さんの特集の為に急遽書かれたことを知ることで、おそらく当時リアルタイムで読まれた方は、こんな形で『さよなら妖精』のその後に巡り会えるなんてと、きっと喜んだことであろう、ある意味サプライズプレゼント的側面を持った作品。
「恋累心中」
ここでは、週刊深層の記者「都留」の視点で見た太刀洗の個性が描かれており、そこでの『癖はあるが切れる』『一言足りない相棒』という言葉が的を射ていながらも、私にはコーディネーターとしてのお膳立てに見られた、彼女の都留への配慮の行き届いた様に、まるでこれだけのことをしないと満足のいく記事は得られないといった、その涼しげな気合いめいたものを感じられたことが、まさに『王とサーカス』で得た教訓を見事に活かしているように思われて、そこが最も印象深かった。
「名を刻む死」
今度は中学3年生「檜原京介」の視点による太刀洗で、その彼の印象である『記者の目は切れ長で鋭い。引き締まった表情は冷たくさえある』というのは、まさに過去の私が抱いていた彼女への印象そのものであったが、その一方で『丁寧ながらも凜とした声だった』といった印象も抱いた彼が終盤に受けた、彼女の熱い檄には、何故一介の記者に過ぎない彼女がそこまでして彼に伝えようとしているのか、その真意はきっと彼が大人になったら痛感するのだろうと思わずにはいられなくて、それは世の中、綺麗事だけでは生きていけないということを、太刀洗が身を以て学んだことの証明でもあった。
「ナイフを失われた思い出の中に」
私にとって一番のハイライトとなった、この作品は宇田川さんの解説にもあるように、その完成度が他の5編よりも頭一つ抜きん出た印象であり、それは『さよなら妖精』に対する米澤さんの思いの強さとも感じられた、ミステリとしても尋常でない完成度を誇る中、ここではアイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』の有名な言葉を引用することで、改めて太刀洗に記者としての覚悟を問いただしていることが、まさに『さよなら妖精』以後の太刀洗の思いへと繋がっており、そこには『真実はいずれ自然と明らかになる』ことは、あまりにもロマンティックだと述べることから、決して理想的な夢だけを追いかけたいのではなく至極現実的な視点で挑みたい思いが垣間見え、それが『わたしたちは、人々が見たいと思っているものを見せるために存在する』という太刀洗の言葉に強く表れていた。
ただ、その後に続く『そのために事実を調整し、注意深く加工する』を知ると、まるでショータイムのようではないかと思われた方もいらっしゃるかもしれないが、ここでは、事実そのものの中にこそ、様々に複雑で矛盾だらけの人間らしさが詰まっていることを伝えたかったのであって、事実そのものを鵜呑みにすることは、時にその人本来の人間性を捻じ曲げてしまう危険性があることを、太刀洗はよく理解しているということなのだと思う。
そして、ここでの彼の視点には、ある意味彼女の視点も同居しているような構成であることが、何よりも『さよなら妖精』と密接に繋がった感動を引き起こし、それは彼女が太刀洗の事をどう思っていたのかを知ることで目頭が熱くなった私がいたことで、太刀洗のしていることは単なるショータイムなんかではない、事実の中に泣く泣く込めざるを得なかった人の心を察して、寄り添い、思い遣ることだったのだということを知り、それは太刀洗の『何か言いかけては、言葉を呑み込んでいる』といった、質問に対する答えは返らなかったけれども、それだけ真剣に考えていることだからこそ一生の仕事にしているのだろうと推測できたことが、まさに彼女自身の人間性であり、生き様であり、そして覚悟なのであろう。
「綱渡りの成功例」
ここでは太刀洗の大学時代の後輩である、消防団員の「大庭」の視点で語られており、やはり他の短編でも見られたように、他の人とは違う部分を見ていた太刀洗の優しさや気遣いが印象的で、それは『答える側にしこりが残る質問はしたくない』にも表れていたが、私がより印象に残ったのはその後に続く言葉『できるだけは』であり、彼女の凄いところは、「必ずそうします」と安易に断定するのではなく、人間なので時にはそうできないこともあるということを、非難されるのを覚悟で堂々と告げることにあり、他にも『運がいい』や『わからない』という言葉も平気で使う事には、本来言葉が命の記者にとって致命傷ともなりかねないのだが、それでも太刀洗がそこに拘るのは、彼女が記者以前に一人の不完全な人間であることを強く自覚しているからであって、そこにこそ言葉上手な軽い輩よりも本気で他人の事を気遣う、彼女の人間性が如実に表れているのだと私は思い、そこには彼女自身が大きく変わった部分だけではなく、『さよなら妖精』の頃から変わらない部分も共に存在することによって、この先、どれだけ辛く悲しい思いを彼女が味わおうとも、きっと表向きは普段とあまり変わらない凛々しい表情をしながら、その内面では不器用で優しい気遣いの人で在り続けるのだろうと感じることで、それが私にはこれからも辛い人生を生きることへの大きな励みに取って代わる力となる、それこそが、まさに架空のキャラクターがもたらしてくれた、小説の持つ力でもあるのだろう。
「太刀洗さんは、変わらないですね」
すると彼女は、これは記憶にない柔らかな声で言った。
「困ったことにね」
Posted by ブクログ
続編とは知らず途中から読んでしまった、、。はやく最初の「さよなら妖精」も買わねば。米澤穂信さんの話は学生の男の子が主人公となって謎を解くものというイメージがあったので、今回はとても新鮮に感じた。シリーズ物の比較としては古典部シリーズや小市民シリーズよりかはとても大人に近く複雑な心境も織り交ぜられていると感じた。恋累事件がとても好きです。
Posted by ブクログ
記者が事件を記事にしようと現場に赴き、事件の真相を明らかにしていく短編小説集。
個人的に記者というと、あることないことを記事にして人の人生を狂わせていき、いい印象がない。
だが、この小説に出てくる主人公は当事者を尊重していることが感じられるし、真相をみるみる暴いていくのには爽快感があった。
王とサーカスを先に読んでいたが、是非そちらもオススメしたい。
Posted by ブクログ
様々な事件などに対して取材し、人々の話を聞くフリージャーナリスト太刀洗万智の短編集。
謎を解く探偵とは違う記者という立場。重く苦い事実を単に暴くのではなく、露悪的に示すのでもない物語。それは太刀洗の記者としての志に則したものだからだろう。
Posted by ブクログ
著者の短編集は、本当に読者を裏切らないな~との思いを強くさせられた1冊でした。
最初の表題作でグイっと心を鷲掴みにされ、そのままラスト一篇までノンストップでした。
六篇とも、どれも素晴らしいミステリーでしたが、私的には「正義漢」が一番インパクトがありました。駅構内である出来事が発生するのですが、冒頭からの描写は圧巻でした。凄すぎます。
また、六篇を通して、それぞれのタイトルが秀逸だと感じました。まさに絶妙なタイトルです。
『王とサーカス』のあとに読んだ。この小説は、ジャーナリズムについてではなく、他人の悪意や、自分自身の罪の意識によって潰されてしまった人々を、推理小説のフォーマットを用いて、どのように描き出すか、に重点が置かれている気がした。それは『黒牢城』まで続く米澤先生の一つの小説哲学なのだと思う。現実ではもっとひどいことが起こっているのかもしれない。現実には太刀洗万智は存在せず、被害者はただ潰されて、誰にも意識されることなく消えていくのかもしれない。それでも、というかだからこそ、この小説は輝きを放っているんだと思う。
Posted by ブクログ
主人公に対して視点を変えた短いセクションいくつかでストーリーが展開される。最終的に何か回収されるのかと思って読み進めたが、それぞれ独立してストーリーが完結してしまう感じで、読み終わった時は少し物足りなかった。ただ、個別の小作品は変な捻りはなく、純粋に読みやすかった。(他の作品とリンクしている?)
後半につれて、記者の仕事の本質が何回も言い換えられることで表現されるのには痺れた。
Posted by ブクログ
シリーズ3作目!
今回は短編集で、主人公はそれぞれ変わりますが、各章必ず万智がパートナーとして登場します。
第三者から見た万智は、やっぱり表情が読みにくい。その万智の状態を言葉の微妙なニュアンスや書き方で上手く表現されていて、米澤先生〜!!ってなりました。いつも圧倒されています。
時系列的には『王とサーカス』の後かな?と思いますが、万智がまた一段階大人になっているような気がしました。子供の頃から大人びていたので、逆に大人になったら若く見られるようですが…
この短編集で語られていたお話しは、おそらく万智の報道人生のごく一部で、ここに書かれていない辛くてきつい仕事もいくつもこなしてきたんだろうなと想像できます。
久しぶりに、センドーのあだ名が出てきたのもよかったですし、マーヤのお兄さんが出てきたのもワクワクしました!
「名を刻む死」と「ナイフを失われた思い出の中に」が特に印象に残っています。報道することによって、世論をその情報が正しいか間違っているか?に考えをシフトさせる、とかあんまりそんなこと考えてこなかった人生だったので、米澤さんはこのシリーズを書くのに、どれほどの取材をしたのだろう?と思いました。熱量がすごいです!
あと、根拠となる文を自然に置いておくのがとても上手いですよね。いつも物語終盤になると、「あ!確かに書いてた!」て毎回驚かされます。
Posted by ブクログ
太刀洗万智再び登場。さよなら妖精では風変わりな高校生ぐらいの立ち位置だったのが、本作では記者に。
さよなら妖精を懐かしむことができたのが嬉しい。
短編ミスステリの粋を集めたかのよう。
全作とも二人一組、太刀洗を評する人間が傍にいる。従って、必然的に太刀洗万智とはどのような人物かということが問われ、その度に人物像が浮かび上がる。
順序は逆かもしれないが「王とサーカス」も読みたい。
Posted by ブクログ
米澤穂信の得意とする短編集形式のミステリーです。
太刀洗を中心としたミステリー集は、太刀洗視点のものもあれば、他者視点のものもあり、太刀洗がどんな人物かの理解を深めることができた。
またミステリーとしても短編ながら、伏線が巧みに貼られており読み応えがありました。
Posted by ブクログ
タイトルに太刀洗万智シリーズと入っているように、本作の主人公は『さよなら妖精』『王とサーカス』に登場した太刀洗万智。シリーズとしては「ベルーフ」シリーズと名付けられているようで、今のところは本作を含めて3冊が刊行されている。
シリーズとしては、前作にあたる『王とサーカス』が長編であったのに対し、本作は著者の得意とする短編集という形になっている。さらに『さよなら妖精』のように全体として1つの流れがあるタイプの短編集ではなく、時系列もバラバラな作品が収められているということで、形としては『満願』に近い作品と言えるだろう。シリーズの過去2冊は社会的な問題と日常の謎を掛け合わせた中で物語が展開していくスタイルであったが、本作は記者という立場にある太刀洗万智が、報道することの意味を読者に問うスタイルに変わっている。内容としては、かなり重いものが多いが、ちょっとした出来事から物事の裏側にある真実を探り出していく著者の腕前はいつも通りの切れ味だ。
時系列もテーマもバラバラな短編集ということで、各作品の簡単な紹介をしておこう。
真実の一〇メートル手前:この中では、唯一新聞記者時代の太刀洗万智が登場する作品。新興ベンチャー企業の経営破綻を受けて行方不明になった社長とその妹を探す万智を描く。いつもの通り、ちょっとした会話からヒントを得て、なんとか行方不明になった妹を探そうとする万智だったが、彼女の努力も虚しく、事態は最悪の結末を迎えるのだった。
正義漢:夕方のラッシュを迎えた吉祥寺駅で、ホームから人が転落し、人身事故が発生してしまう。「私(語り手)」はその事故を取材する1人の女性を見て、激しい不快感に襲われる。彼女は事故という悲惨な場面に立ち会いながらも、なぜか口元には笑みを浮かべ、携帯電話で写真を撮っていたのだった。思わず近づこうとした私に振り返った彼女は、自分は記者の大刀洗万智と名乗るのだった。
彼女のことを「センドー」と呼ぶ古い友人が登場することから、『さよなら妖精』との続きが意識される作品。なんとなく文体からはその友人は『さよなら妖精』の主人公である守屋のように思われるのだが、明確な描写は残念ながら無い。
恋累心中:三重県で発生した高校生カップルによる心中事件は、地名が恋累という地名だったこともあり、マスコミの注目を浴びることになる。語り手の記者・都留(つる)は、週刊深層の出入りの記者である大刀洗と一緒に現場での取材を行うことになる。通常は難しい教師への取材を簡単に設定してしまったことから、都留は大刀洗がただ者ではないと考えるようになるのだが、大刀洗は実は別の事件を追ってこの現場にいたのだった。
ミステリーとしては、短編集の中で最も切れ味が良いと思われるのが本作。心中事件のはずなのに、一方の遺体が発見されなかったという事実から、伏線と絡めて鮮やかに真相が明らかにされる。
名を刻む死:中学3年生の少年は、学校に行く途中に近所に住む62歳男性・田上が中で死んでいるのを発見する。発見された田上は死後3日ほど経過しており、衰弱死が死因と見られていた。死体を発見した少年は、ここ数日で田上を気にしていたということと、異臭を感じたからだというのを発見した理由として答えた。また、発見された田上は、近所の人間からはちょっとしたことで難癖をつける人間として認識されていた。
その喧騒が去った頃、警察やマスコミとの話もひと段落したと考えていた少年の前に大刀洗が現れ、取材を申し込む。彼女が気にしていたのは、田上の日記に残されていた「願わくは、名を刻む死を遂げたい」という一文だった。
ほとんど救いのない本作に収められた短編集の中で、数少ない前向きな読後感を感じさせる作品。大刀洗が真実を追い求める理由の一端を垣間見ることができる。
ナイフを失われた思い出の中に:妹がかつて日本にいたヨヴァノビッチは、来日の合間の時間で、妹の友人であった大刀洗と会うために地方都市を訪れていた。出会った大刀洗は自分の仕事が記者であることを告げると、ヨヴァノビッチは取材に同行すると申し出る。今回の取材は、16歳の少年が3歳の姪を死傷した事件であり、すでに警察の発表では事件は解決したと思われていた。
この単純な事件を取材することを不思議に思ったヨヴァノビッチは、自らの経験から、記者に対する不信感を語る。その話に対して大刀洗は明確な答えは返さず、取材を続けることで、自らの信念をヨヴァノビッチに伝えようとするのだった。
記述では明確には語られないが、『さよなら妖精』で登場したマーヤの兄であると思われるヨヴァノビッチが登場する本編は、前作からのファンにとっては嬉しい一編となる。大刀洗が記者という仕事を選んだ理由の1つが、マーヤとの出会いであったことが改めて確認できる作品だ。
綱渡りの成功例:長野県を襲った瑞穂の豪雨により、大沢地区では民家3件を巻き込む大規模な土砂崩れが発生する。無傷の家に残った戸波夫妻は三日間なんとか耐え抜き、消防団員が救助に成功する。夫妻は、ほとんど食べるものも飲み物もない状態で、家の中にあったコーンフレークを口にして飢えをしのいだとのことだった。
消防団員の語り手は、そのニュースの取材のために村を訪れた大刀洗と出会い、一緒に夫妻の取材に向かうことになる。そして夫妻と向かい合った大刀洗は「コーンフレークには何をかけたのか?」と問いかけるのだった。
日常の謎解きを得意とする著者の真骨頂のような作品。陰惨なストーリーが多い本作の中では、殺人が絡んでこないこともあり、比較的心穏やかに読むことができるだろう。
全体を通して読むと、『王とサーカス』でも取り上げられていた、記者は何のために世界を取材し報道するのかといったことが、より深く掘り下げられている作品になっている。前作から時間が経ったであろう彼女は、単にセンセーショナルな内容を伝えることだけに執念をかける記者とは異なり、常に自分が報道することの意味を問いかけながら仕事をしているようだ。彼女の覚悟が垣間見える作品であるだけに、今後も何かしらの思い、テーマを取り上げて、このシリーズは続いていくのかもしれない。
Posted by ブクログ
米澤穂信さん著「真実の10メートル手前」
前回読んだ名作中の名作「王とサーカス」に続き大刀洗シリーズの第二弾。
今回の作品は6篇からなる短編集となっている。
ジャーナリストである大刀洗万智が全ての篇に絡む短編集。全ての篇において別々の主人公が存在しており、そこに大刀洗が絡んでくるという設定。どれも物語は面白かった。
ただ前作「王とサーカス」が自分の中で名作すぎた為、今回の作品にはそれと同様それ以上のものを期待してしまった。
そういう意味では前作のような唸らされる感覚はなかった。
タイトルからも想起させられるように今作品も「真実」というテーマがあるにはあるが、その「真実」の正体や言葉の意味やその目的や成り立ちについて考えさせられるような事はなかった。逆をいえばそういう続編を読みたかったし望んでいた。
前作が凄すぎたからこその感想になってしまった。
「王とサーカス」越え、次作に期待したい。
Posted by ブクログ
『さよなら妖精』『王とサーカス』に続く太刀洗万智シリーズ短編集。(『さよなら妖精』がシリーズ1作目と知らずに飛ばして読んでた)
やっぱ米澤穂信は短編集が上手い。短い尺の中で論理的な推理と驚く真相がちゃんと用意されている。
探偵とジャーナリストっていう食い合わせが良さそうで意外と難しいこの設定。ジャーナリストという職業は色んな場所・事件に絡むことができる必然性をもたらすけど、ただの探偵役と違って真実を暴いた先には「記事にする・しない」という選択がまとわりつく。探偵役として真実を暴くだけなら善でいられるけど、事件を記事にすることは悪になり得てしまう。真実を暴いて終わりの話にいくらでもできるところを毎回ジャーナリストの功罪に逃げずに向き合ってるのが偉い。
『王とサーカス』もそんな話だったような気がするけどあまり覚えてない……。
Posted by ブクログ
時系列でいくと、
『さよなら妖精』→本書の表題作1篇→『王とサーカス』→本書残りの5篇らしい。
本書のみでも十分理解し楽しめる。
表題作は本編を読んでみて改めてタイトルを認識すると、確かに10メートル前だな、と面白い。
“名を刻む死“の落ちも良かった。
Posted by ブクログ
太刀洗万智は私の好きなキャラの一人。今回も更に惚れ込んだ。
短編集で、いずれもハッピーエンドではないが、其々何かを考えさせられる。太刀洗の冷静に相手を慮っているスタンスが心地良い。
Posted by ブクログ
米澤さんの作品が読みたくて、手に取った。
ジャーナリスト太刀洗万智が名探偵役として出てくる六つの短編集。
太刀洗がとにかくつかみどころのないキャラクターで、温かいなぁと思いきや急に厭世的な一面を覗かせたりと、一読者として翻弄されました。
とても魅力的なキャラクターです。
六つの短編、バッドエンドなわけではありませんが、それぞれ残酷な現実を孕む話でありました。
「真実の10メートル手前」「ナイフを失われた思い出の中に」「綱渡りの成功例」は、カタルシスをすごく感じました。
「正義漢」はちょっとしてどんでん返しが待ち受ける。
「名を刻む死」は、感じたことのないタイプの苦い読後感が残りました。
「恋累心中」は、黄燐自殺に隠された恐ろしい事実にゾワっとしました。
六作品の中で、報道というものの存在意義を考えさせられました。
王とサーカスや、さよなら妖精にも太刀洗が出てくるようなので、楽しみです。
Posted by ブクログ
フリージャーナリスト大刀洗万智を主人公とした短編集。客観性を意識しながらも何処か結論めいたものを内に秘め、怜悧で諦観した行動の大刀洗。彼女の姿勢は「報じるとは何か?」を常に問い、事件の結末にある残酷で利己的な動機と相俟って、骨太な内容となっている。本作品のなかでは「王とサーカス」にも通ずる「ナイフを失われた思い出の中に」が特に秀作。「目」の例えは報道する側と受ける側の姿勢について考えさせられるものがある。ほか人間の純真さと鬼気を内包する「真実の一〇メートル手前」「恋累心中」が興味深い。
Posted by ブクログ
大刀洗さんが主人公だから出せるドライさ
そこに救いや魅力が詰まった本書
短編だけどみんなオオッて声出てしまうような話が多くて読み応えありました
Posted by ブクログ
『王とサーカス』の主人公、太刀洗万智(たちあらいまち)のシリーズで、6編の短編集。太刀洗が新聞記者だった頃やフリーライターになってからの話です。
記者がみんな太刀洗さんみたいだと良いのになと思ったり、丁寧に取材する太刀洗だって全てを把握出来てるわけではないのだから、読者として鵜呑みにせず自分で考える事が大事だなと思ったり。
高2の時の世界史の先生が大手新聞社の記者だった方でした。先生が私達に教えてくれたのは、「なるべくたくさんの情報に目を通す事。いろいろな立場、視点から書かれた情報に目を通し、自分の頭で判断する事。」
まだ27歳の先生だったけど、大切な事を教えてくれました。
極楽とんぼ加藤浩次さんの『正義の反対は悪ではなくて、相手の正義』って言葉も思い出しました。
Posted by ブクログ
太刀洗万智の魅力にハマって手に取りました。
短編なのでさらりと読めますが内容が充実してました。
先に読んだ王とサーカスでも思ったけど、
記者が出来事を伝える、とはどういうことなのか?正直にありのままを伝えることがすべてではないのかぁ…と。
私にとっては学びの多いシリーズです。
Posted by ブクログ
読みやすくて持ち歩いてて気が楽な短編集。
短編と知らずに読み始めたので1話目の終わりが唐突に来て驚いてしまった。
もう少し大刀洗さんの魅力を引き出せそうな歯がゆさがある。
Posted by ブクログ
太刀洗さんの短編6つ。
いつも通り、読みやすい文章、繊細な仕掛け、人物の心情の変化が面白くて低カロリーで美味しい感じ。
短編の中だと名を刻む死が印象に残った。老人と中学生の意外な関わりと負い目に驚いたからかも。
王とサーカスとセットで読んだ方がいいと思う。
Posted by ブクログ
この本の前に読んだのが「#真相をお話しします」で、短編集でどんでん返しの要素があるという共通した2つの本でしたが、テイストはかなり違っていて、こちらの本の淡々として語り口と重厚のテーマが自分の好みにとても合って楽しめました。
Posted by ブクログ
大刀洗万智を探偵役とした短編集。
何故か一編読む度に結構体力?を使う。よい意味で。
さよなら妖精、もう一度読まなきゃ。
24/5月に再読。
この短編集の中の一編、「ナイフを失われた思い出の中に」は短編とは思えない凝った作り。大刀洗万智、かっけー!
Posted by ブクログ
普通に面白かったです。
短編集だからというのも大きいと思いますが、テンポよく楽しんで読めました。
「王とサーカス」は「さよなら妖精」を読んでから読むと面白さが増すと思いますが、この作品も一部の話は「さよなら妖精」を読んでから読んだ方がより楽しんで読めそうです。
「王とサーカス」やこの短編集のように大刀洗万智が主人公の話は〈ベルーフ〉シリーズと呼ばれているそうですね。
〈ベルーフ〉シリーズの続編が楽しみです。
Posted by ブクログ
フリージャーナリストの太刀洗万智が、様々な事件を追う。
ただ、太刀洗の事件に対する見方は他の記者と違うというか、一見わかりにくいがそこには深い考えがある。
気になれば、その真実を追い続けて、それを伝えていく。
事件が記事になったそのままが、真実とは限らない。
その中に疑問や不可解なものがあれば、それはどんどんと憶測を呼び悪い方向へ膨らんで行くこともある。
そんな細部に太刀洗は挑んいる。
そういう存在は必要だと思う。
2024.7.21
Posted by ブクログ
東海オンエア虫眼鏡さん推しの米澤先生の作品を読んでみたいと思って、読みやすそうな短編集をチョイスした。作品独特の冷たい空気感なのか、微妙な後味なのか、わからないけれど、今の私にはあまり響かなかったのが正直なところ。