伊勢田哲治のレビュー一覧
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戸田山和久さんの『「科学的思考」のレッスン』を読んだ直後に、本書を読んだ。
世に出た順序としては逆行することになったけれど。
どうしても戸田山本がこの本を読むときのガイドラインになってしまった感がある。
本書で菊池誠さんは、リスク評価の難しさの指摘した上で、理屈を説明することが安心につながらないと言っている。理屈と気持ちの折り合いをつけることが大事だと。
戸田山本では、この点について、「安心」も筋道を通して議論すべき対象とすべきだという立場をとっている。
この点について、私は戸田山説に賛同したくなってしまうのだが、それはやはり先に読んでしまったため、なのだろうか。
正直、今の自分は科学的思考力 -
Posted by ブクログ
学校で教わる理科のイメージとは異なり、科学の問題に確定した答えがあるとは限らない。科学にも不確かな面があり、そのことが科学不信をもたらすことがあるという。しかし、不確かな面に切り込んでいくでいくためにも科学的思考の訓練が必要となるのは間違いない。科学不信を取り除くには専門家と一般市民とが双方的に対話する場を作っていくことが重要だと指摘している。
安全性の基準は必ずしも客観的かつ不変的なものでなく、当事者のおかれた状況などによって異なってしかるべしという記述になるほどと思った。
5人の著者による解説を足し合わせたものだが、それぞれ内容があってよい。 -
Posted by ブクログ
2023-05-13
いやあ、面白いほど話が噛み合っていない。最終的には価値判断に帰することであり、そこはまあ趣味の問題と言ってもいいのだけど、そこに至るまでまだ考えることがあるのではとも思う。
全員が合意することを目指す営みと、価値判断との境目がどこか、という話か。
また、一方が「取り組む問題を明らかにせよ」というのに対し、「何が取り組む問題なのかが問題だ」と答えて平行線に陥っている気もする。
存在するゴールに到達することが大切と考えるか、あってもなくてもそこに向かうことが大切と考えるか。ここまで来ると結局価値判断ということになるのか。 -
Posted by ブクログ
ここで須藤さんが語る科学の方法論はリサ・ランドールが『宇宙の扉をノックする』で語っているものとほぼ同じものである。
学生時代に廣松渉の『科学の危機と認識論』を読み、村上陽一郎の講義を聞き影響を受けてクーン、ハンソン、ポパー、ファイアアーベントを愛読してきた自分が、それでもやっぱり須藤さんの言っていることの方が共感できる、というところに少なくとも日本における哲学の問題があるだろうと思う。自分の”アタマ”に信頼を置き過ぎ、というか、道具立てが古すぎる、というか。
読み終わっても科学哲学の目的と意義を理解も納得もできなかった。またいつか読み直してみようと思う。