衝撃的な小説だった。
おじさん3人で初恋について語り合う、ノスタルジーを感じる設定。
主役であるウラジーミルの初恋相手ジナイーダは、美しく気品に溢れ、天真爛漫な女性。モテモテのジナイーダは、男達を魅力し、翻弄する。小悪魔、いや、悪魔的である。
ジナイーダに陶酔し、どんな要求でも喜んで叶える男達と、彼
...続きを読むらを手のひらで転がし楽しんでいるジナイーダ。その奇妙な関係は、まるで見てはいけないものを見ているよう。
さらに奇妙なのは、ウラジーミルの父親である。
ジナイーダと密かに交際するのだ。奥さんは健在である。その上、ウラジーミルがジナイーダの虜なのは明白なのにも関わらず。
ジナイーダと父親は一目見た時から惹かれ合っていた。
ジナイーダを取り囲む男達が、1人、また1人と交際関係に気づく中、ウラジーミルただ1人が何も見えていない。
ジナイーダは誰かに恋をしているようだ、一体誰に恋をしているんだろう、と悩むばかり。
ウラジーミルがいつ父親の裏切りに気付くのか、ハラハラしながら読み進めた。こんな状況に追いやられる彼が可哀想で仕方がない。
小説の中で最も奇妙なシーンは、終盤に訪れる。
父親がジナイーダの白い腕を鞭で打ち、赤く晴れた腕にジナイーダがそっとキスをする。
それを見たウラジーミルは、「これが本当の恋なんだ!本当に愛しているなら、ぶたれても受け入れられるんだ!」と大興奮。この世の心理を発見したかのようだ。
わたしは思わず、え???いやいやいや、ちがうちがう。ただのDVやん。ウラジーミルよ、これ本当の愛ちゃうで。と本に向かって話しかけた。
しかしウラジーミルの勢いは止まらず、物語も濁流のように展開する。父親がジナイーダに裏切られショックで死亡。ジナイーダ、結婚相手との子どもを生み死亡。ウラジーミル、2人が安らかな気持ちでいられることを祈る。爽やかな雰囲気で物語が完結。
これが作者トゥルゲーネフの実際の経験だと言うのだから、ますます衝撃的。
事実は小説より奇なり。これはイギリスの詩人バイロンの名言だ。本小説「初恋」の中にバイロンの名が一度出てくる。トゥルゲーネフは、バイロンの名言を誰よりも噛みしめていたに違いない。
最後に、お気に入りの一文を紹介する。
「詩人や作家はたいていそうですが、マイダーノフもかなり冷たい人間でした。」
ジナイーダの取り巻きの1人、詩人マイダーノフの紹介文である。作家であるトゥルゲーネフが、詩人や作家は冷たい人間とこき下ろす言葉。眉間に深いシワを刻んだトゥルゲーネフによる、皮肉たっぷりのこの一文に、ユーモアと人間らしさを感じずにはいられない。