浦雅春のレビュー一覧
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四幕の戯曲で、さほど厚くない本だが、少しずつ読み進める。一人一人の台詞は短いし、次々登場するので、最初は「えっと、コイツ誰だっけ?」登場人物のページを何度も見直す。
様々の恋が織りなす人生模様とカバーの裏にあるが、誰もが自分勝手だと思う。
一番違和感を感じたのは、アルカージナかな。息子を愛しているというけれど、無理解だし、女優なので衣装にお金がかかると、息子にはろくに服を買い与えない。
登場人物の誰にも感情移入が出来ないけれど、不思議な感触がある。
そして終幕。正直、息を飲んだ。
生の舞台を観たくなった。
「私はカモメ」って女性宇宙飛行士、テレシコワの科白と思っていたけど、元ネタがあったんだ。 -
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恥ずかしながら名前は知っているがいつの時代の人も分かっていない。ただポップで、ドフトエフスキーが「我々は皆ゴーゴリの『外套』から生まれ出でたのだ」が気になったのと、『鼻』がどんな話なのか異常に気になったので、がちがちの訳の岩波文庫でなく、なんとなくライトな訳本のイメージのある光文社版を購入して読んでみた。
一言で言えばなんとも不思議な世界。決してすごくこった話でもないし、派手でもない。それなのになんだろうこの読後感。『鼻』にいたっては何ともいえず笑えてくる。しかも結末としてなんともすっきりしない。パンの中から出てきた鼻が服着て歩いて違和感がない。くすくす笑えるのになんだかぞっとするそんな作品だった。
『外套』に関しても、主人公の何とも言えない感情の浮き沈み、最後は幽霊と化すあたりまで含めてなんだかすごい。深くは理解できないが、圧倒的な存在感を感じる。
『査察官』はどたばた勘違い劇で、特別上手なトリックがある訳でもないのにおもしろい。単純で面白いのか。きっと本人たちの真剣さが笑えるのだ。そしてこれは最後の場面がといかく秀逸。なんとも言えない間と静かさに笑いがこみあげてくる。言い方が的確かどうか分からないが、ちびまる子ちゃんの「がーん」という場面を想像してします。
肩をはらず楽しい読書ができた。次はプーチキンを読んで、いよいよドフトエフスキーかトルストイだな。 -
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読んだつもりになっていたけど、読んでいなかった、というタイプの本です。
この手のブンガクについて、ある年齢以降、
「どれだけ、翻訳が難解にしていて、モトモトの魅力を削いでいるか」
ということに気づいてしまって。
気づいたら恐らく意識過敏になってしまって。
で、その反動で、光文社の古典新訳はイイナア、とかなり盲信してしまっています。ほとんど感覚なんで。別に比較した訳でもないんですけどね。
という訳で光文社の新訳で衝動買い。
チェーホフについては、井上ひさしさんが描いたチェーホフの評伝芝居を観たことがあるのと、あとは・・・映画「黒い瞳」が素敵だったなあ、というくらいです。
「桜の園」は、吉田秋生さんの漫画は読んだし、それを映画化した中原俊監督の「桜の園」は観たけれど。
読み始めは、いつもながらロシア人の名前に頭がついていけなくなりました(笑)。それに戯曲という読みづらさも。
なんだけど、三幕四幕くらいでは、引き込まれました。
やっぱり面白いですね。
お話は。もう面倒なんで、人名は出さずに書きますが。
背景に、農奴制などから農奴解放、そして日露戦争に向かっていく、つまり徐々に徐々に封建的旧制度から近代に変革していくロシア、というのがありますね。
要は、色んな価値観とかが変わっていく時代。
貴族らしき「奥様」がいます。離婚したのか、独身です。
で、この人に娘がいたり兄がいたり、出入りの色んな商人とかいます。
で、とにかくこの奥様が、思い出のある家土地を、借金の抵当で失う。
というお話なんですね。
ほぼ、それだけです。
うしないそうだ、なんとかしなきゃ、という第1幕から始まり。
ほぼ何もしないまま、ああ、失っちゃった、という第4幕で終わり。
その間、何が起こるかっていうと。ふたりの娘が恋愛したり。
出入りの商品とか管理人とか家庭教師が身の上の愚痴を述べたり。
ドタバタ喜劇(ボードヴィル)風の挿話があったり。
それだけ。
チェーホフさんはこれを喜劇、だとしてるんですね。
でも力があるのは三幕、四幕。奥様が故郷を、自分の家を、思い出を失っていく感情。
それを励ます娘。
共に悲しむ兄。
桜の園を買い取った、商人。時代の転換。
というある種の悲劇風の感情の盛り上げにいちばんグっと来ますね。
なんですけど、それがグっと来るのは、前後のくだらないドタバタがあるからなんでしょうね。
其の辺の人間臭い、でもどうでもいいような、ある種、川島雄三風のギャグというか、笑い。それがあるから、感傷的な芝居が急に来た時に、落差で泣けるんですね。「男はつらいよ」ですね。
うーん チェーホフさん、すごいですね。
チェーホフの作品を全く知らない人に向けてお節介に書きますと。
基本、喜劇なんですね。この人。
おバカなこと、ハチャメチャ。軽い喜劇。それで楽しませたいんですね。
ブンガクでもって芥川賞だったり実存が現代にカントして思想が抽象的に表象して内面を抉ったりは、しないんです。
具体的で、娯楽的です。
確かにトルストイ、ドストエフスキーの後の時代、という感じはします。
そのふたりにない、含羞、都市性がある。ウディ・アレン的というか。
そんな感じで面白かったです。
「プロポーズ」「熊」は、一幕物の完全な軽喜劇。
プロポーズしに来た男。相手の女。結婚すれば共有財産になるのに、領地の境界線とか巡って大喧嘩になってしまう・・・。
悲しみにくれる未亡人。そこに借金の回収に来た男。
ささいなことからこれまた大喧嘩になって決闘騒ぎ。
ところがふたりは喧嘩しながら、お互いに恋に落ちていく。
この辺の描写、無論舞台演劇としてですが、セリフ、多分翻訳も、うまい。面白かったです。
19世紀のロシア人が、19世紀のロシア人が面白がる為に描いた風俗的な戯曲が、21世紀の日本人が翻訳で読んで、くすりとでも笑えるって、スゴイことだと思います。
で、「桜の園」は、病気でもう死にそうな時に書いてるんですね。
遺作なんです。
そう知るとまた、色々興味深い。
「三人姉妹」くらいはまた読みたいですね。 -
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ネタバレ「ワーニャ伯父さん」といい「三人姉妹」といい、登場人物すべての背中が重い・・・
「ワーニャ伯父さん」ではソーニャ、ワーニャにスポットがあたり最後のコメントが強烈に記憶に残るが、ワーニャが憎んだセレブリャコフもソーニャが失恋したアーストロフも否、全ての登場人物が幸福になっていない。
「三人姉妹」も同じ。希望が絶望に変わってゆく。
しかも、最後の台詞に強引なる希望のようなコメントではなく、「それでも生きていかなくてはならない。」「私たちの人生、まだ終わりじゃないの、生きていきましょう」と残りの人生片方の翼がもぎとられもう決して飛べないのに「そのまま」生きていこうとするのだ。ロシアだから「バーン!!」とやってしまえば・・・
だが、悔いの無い人生だけではなく思いっきり悔いの残る人生、全く思い通りにならず失敗ばかりし、人に嘲笑され、尊敬されず道端で倒れ誰も助けてくれず死んだとしても「あれもそれも人生だ」と言ってくれているような気もする。 -
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「鼻」
コミカルに軽快に書かれていた。
なんだか落語を読んでいるみたい。
ありえないのだけれど、形を変えて起こることもあるのかもしれない、と思いを巡らせようとしてしまう。
突然、思いもよらないことが我が身に降りかかった混乱ぶりが、どこか分かる気がした。
「外套」
アカーキー・アカーキエヴィチには、つい微笑んでしまう。
決して悪い人ではない。
自分の能力の範疇で、自分の喜びとともに、日々生きてきた人だ。
苦労して外套を新調した、その喜びに浸って、何が悪いことがあろうか。
しかし、残念なことに、この新たな変化が人生の大きな変わり目になってしまった。
切ない話だ。
役人の滑稽さが上手く描かれていて、笑った。
「査察官」
それほど面白くなかったかな。
横暴なしょうもない権力者が痛い目を見るのは気持ちいいけれど。
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読書会の課題本として光文社古典新訳文庫版を読みました。
チェーホフの戯曲は、「行動の不在」の中にこそ人間の本質的な停滞を描き出すという点で、非常に厳密な構造を持っています。特に、この二作のラストシーンにある長台詞は、絶望的な現実に対する、切実な希望の構造を象徴しており、深く考えさせられます。
本書の内容とは別に、読書会という場においては、私自身が「戯曲の読解」に対する認識を改めて問われる時間となりました。
参加者間の解釈の方向性に大きな隔たりがあり、特に重要なラストの台詞については、作品の論理構造を無視した感傷的な読みに傾倒している方が目立ちました。
ラストの「対話」を「独白」と誤認し、戯曲の劇的な行為である対話を、登場人物の個人的な感情の吐露(独白)と捉える解釈が主流で、作品の構造的な厳密性が損なわれているように感じました。
絶望の中での「未来への信仰」が語られる場面では、その切実さとは裏腹に、現代的な皮肉や断罪として受け取る意見も見られ、作品が持つ宗教的・普遍的な主題に対する敬意の欠如に、少々心苦しさを覚えました。
チェーホフの戯曲は、「何が起こったか」ではなく「なぜ起こらなかったか」という論理を追求することで、真の面白さが開けるものです。
この作品は、感傷的な追体験を求める読者と、構造的な探求を求める読者の間で、知的な溝が顕在化しやすいテキストだと感じました。良質な翻訳で、ぜひ「構造の厳密さ」を読み解くという挑戦をしていただきたい一冊です。 -
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アガサ・クリスティの小説の中に出てきたので参考のために「三人姉妹」を読んだのだが、後に読んだ「ワーニャ伯父さん」の方がわかりやすくてインパクトのある話だった。
100年以上前に書かれた小説だが古さを感じない。
小説のなかで100年後の人々のために頑張る、というようなことが書かれているが、今ロシアは戦争しているし。。
チェーホフはなんどか読もうとして挫折しているけど、
年をとって未来が少なくなっていく悲しみのなかで読むと身に染みるのかも。
身近な恋愛にはまると人間関係がたいそう面倒なことになるけど、押し活などで上手に楽しんでいるのが生活の知恵だなあ。
戯曲はほとんど読んだことがないのだが、会話の応酬なのでリアルで生き生きしている。
「ワーニャ伯父さん」は村上春樹の小説を原作にした映画『ドライブ・マイ・カー』で取り上げられていたので、もう一度映画見たらより理解が深まるかな。