広井良典のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
人口減少社会を迎え、私たちはどう社会をデザインしていくか、AIを使ってシュミレーションするという一冊。
都市集中ではなく地方分散型にすることで、持続可能性は実現するというのがAIが出した結論。
昭和は、人口も経済も右肩上がりで個は排除され集団が優先された時代。
平成はバブル崩壊に伴う失われた20年により大きな方向転換を余儀なくされた時代。
そして、令和を迎えた今、集団よりも個、都市よりも地方が重要視されるべき。
地方都市の中心部がシャッター街になっている行政の失敗は、ある意味でアメリカの車中心社会を真似たから。
歩いて楽しむ街、コミュニティ作りに力を入れているヨーロッパの成功例は真似るべきと思う。
そして、この本で指摘するとおり、欧米というカテゴリーは間違えている。
欧と米は、システムも街並みも価値観も、驚くほど違う。
日本は、欧よりも米より。
今後の少子高齢化社会をどうデザインしていくか、政治家を一掃しないことには、無理だろうなあと思う。
今後も目先の利益ばかりを追いかけて、面倒なことと借金は、後世の世代に押し付けるのだろう。
日本は国際的に見ても、若者への支援、扶助が圧倒的に少ないということは知らなかった。努力が足りないという高齢者の指摘は腹が立つ。 -
Posted by ブクログ
★本書のメッセージ
「成長」に代わり「定常」であることを新しい豊かさとよう
★読んだきっかけ
戸田氏の『働く理由』に引用されていたため。今後の社会において、どういった働き方をしたいのか考えたく、読んでみた。2001年に書かれた内容であるが、現在にも十分通ずる内容。そう思うと、今の政府の在り方・価値観は全く転換するに至ってないのだと分かる
★本の概要・感想
人口が減少し、GDPも伸びていかない社会で、どのような国・政策の在り方がよいかを考える。社会保障や政策の知識が無いとスムーズに理解するのは難しい。
ムリに成長を志しても苦しいだけだろうなぁ。
★本の面白かった点、学びになった点
*「成長」という概念の位置づけ自体が、実は経済学の理論パラダイムの中では必ずしも重要視されていなかった、ということ
・経済成長に価値があるとされたのは、失業問題との関連である
・実物経済で需給が均衡しても労働市場が均衡するとは限らず、そのため政府が追加投資を行って実物経済を高い水準に引き上げる必要があった
→労働市場が改善されていないのであれば、経済成長には本来の意義はかなり弱まる
*定常型社会とは変化のない、退屈な社会ということではない
・量的な変化は志向しないが、質の変化は継続しておこるものとなっている
*もともとヨーロッパにおいては、大きな政府を志向する社民系も、小さな政府を志向する保守系も「経済成長を志向する」という観点では共通に意識していたこと
・経済成長をより効率的に達成する手段として、自由放任なのか、ケインズ的積極的財政政策を取るのか、といった違いなのである
*不断の経済成長は「人間の需要は制限なく拡大する」ことを前提に考えられていたため、現在はその仮定にムリが出てきている
*本質的な現代の先進国の課題3つ
・外的な課題ー資源が有限であること
・内的な課題ー人間の欲望、消費需要が無限に拡大しないこと
・分配の課題ー富の総量を増やしても、きちんと、貧富の差が埋まるようには分配されないこと
*定常型社会の3つの意味とその条件/根拠
・第一の意味「マテリアルな消費が一定となる社会」
→脱物質化← 情報化や「環境効率性」の追及を通じて
・第二の意味「経済の量的拡大を基本的な価値ないし目標としない社会」
(=脱量的拡大)←「時間の消費」を通じて
・第三の意味「<変化しないもの>にも価値を置くことができる社会」
←「根源的な時間の発見」を通じて、行われるものとなっている
●本のイマイチな点、気になった点
・そんなに簡単な本ではない。社会保証やサステナビリティ、マクロ経済学の知見がベースに無いと理解できない
→勉強し直して、また今度よもう
●学んだことをどうアクションに生かすか
・社会保障の政策についてもう一度考えたいと思った際、もう一回読みたい
・やっぱり、いまだに物質的な成長、量的成長だけをひたすらに志向するのはナンセンスっすよね -
Posted by ブクログ
ドラッカーの専門であるマネジメント分野よりも経済学に近い2016年の今であればコトラーのマーケティング3.0などを読んだ方がリアルに感じられる気がする。何にせよテーマが広すぎるので、ここから「一番重要」と思ったことを記載するのは非常に難しい。そこで「一番重要」ではなく「一番興味ある」ことを記載する。それは「教育」だ。
超高齢化社会を迎える日本において重要なテーマはいくつかある。定年の延長。労働市場の柔軟性。それらを乗り越えるために成人後の教育の重要性が謳われている。「人は、その人生のいかなる段階にいようとも、正規の教育を受け、知識労働への資格を得ることが出来なければならない(11章より抜粋)」この点で最も進んでいるがのアメリカのようだが、それでも若いうちに基礎資格を取得していないものを知識労働に受け入れることに躊躇している。日本でも近年は定年後に資格を取得する人は増えている。事実、中小企業診断試験では定年を迎えたであろう人々が多数受験している。だが勉強には高い講義費用を払わなければ独学するしかなく、ハードルは高い。少子化が進む中、学校というシステムを改めて見直す必要性があるように思えた。
また社会セクターについても興味深い。家族だけではコミュニティとして不十分。また職場コミュニティも労働市場の柔軟性が進むと消えていくだろう。膨張する巨大都市に対して非営利組織などのコミュニティの重要性が語られていた。余談だが、先日のTVで経済学者ミルトン・フリードマンの孫(彼はGoogle技術者)が多様な社会システム、政治体制、法制度を持つ海上コミュニティの設立を進めていることを知った。今後はそういった様々なコミュニティがたちあがるのだろうか -
Posted by ブクログ
キーワードは定常化社会。
定常という言葉には、安定感とともに変化しないといった印象もある。
が、変化しないとは、ざっくり良いことなのか?良くないことなのか?
どの程度の時間軸の大きさで定常化を定義するのか?
また、立ち止まってその成熟とも言える飽和した状態を見直すというミカタもあろう。
成長とは、スパイラルに変化するというイメージを持つとき、ある意味で一見定常とも言える状態を異なったミカタで見直すことの繰り返しであるかもしれないと思うのである。
そのような視点で、ここから先の社会構造を見直すとき、回帰したミカタを考える一冊である。
社会とは、内側での豊かさを外側にさらに大きく広げる欲求の連続で変化してきたように思う。決して経済的進歩を否定するものではなく、今ここで外側の豊かさを超えた新しい内側の豊かさとは何か?を考えるきっかけとしたい。 -
Posted by ブクログ
タイトルそのままで、コミュニティーとは何か?必要なのか?どうして今重要なのか?を語る一冊。
キーワードの1つである”定常化社会”すなわち成熟した経済社会の本質的な人間の価値の見直しと、そこにこそ本質的な価値創造性がある。本来、いずれの社会であっても、本質的な人間としての社会的価値創造が在るべきであるが、定常化社会であるからこそ、そこに気づかねばならなくなったという逆説的な現在なのかもしれない。
歴史的な社会構造の変化は、パイの分配への競争に向かい、そしてそこからの脱出という繰り返しがある。簡単に言えば、モノの消費から時間・空間の体感、言い換えると、欲望の見せびらかしから幸せという内的な感覚へと向かうということである。
社会現象的に言えば、都市化と過疎化の分離から引き戻しという現象が起きるともいえよう。
ところで、コミュニティーとは、外部に開いた性質のモノ。つまり、外部と接するときの1つの文化を持った固まり。
そして、外部とのつながりの交わりに文化の混乱が起こり、そこに創造性が生まれる。ということは、おっきく言うと、都市と田舎という2つの大きな塊となっている今の日本で、その2つの交わりを起こすところに創造性が起こるというともいえる。
しかし、ここでもう1つ大切なことは、都市と田舎という間にある傾斜的な意識である。創造性は、補完的な関係、つまり、相互に尊重し合うフラットな関係の間で起こるのであって、いずれかがいずれかを支配するような意識(簡単に言えば、都会が田舎を営利的に活用するといった感覚)では、永続的で本質的な創造は起きないと思うのである。
人は一人では生きていけないという。というが、果たして本質的にそれを実感しているかというと、その感覚は希薄なように感じる。というのは、当たり前に自身の周りの生活が豊かであるから。そして、当たり前に親がいて、20才とは言わないまでも、ほとんどの私たちは、生まれてからしばらくは生きることを全力に外部から守られる当然があるから。無くなって初めて知るということである。
今この定常化社会の最先端である日本に自身が身を置くことを貴重なタイミングとして、この先の社会がまた新たなモノの消費から時間・空間の体感を繰り返すスタート地点とするのではなく、その共生となる社会構造を創造することを始めたいと思うのである。
すなわち、ここで生きたい。そして、子供の子供にもここで生きてほしいと誇れて生きていけると安心できるところ、社会にするということである。 -
Posted by ブクログ
会社や家族といった共同体が変化しつつある中、これからの日本社会にはどのようなコミュニティが求められるのかを論じている。
著者は本書の中で「持続可能な福祉都市」というものを提唱している。日本の都市(特に地方都市)は車での移動が基本なので、高齢者や障害者が徒歩中心の生活を送るのに適していない。これは車社会であるアメリカでも同じ。最近は若い人でも車を持たない人が増えているから、車中心の社会を見直してもいいかも知れない。
いいことは言っているんだけど、抽象的な部分が少なくないので、少し難しい印象を受けた。ある程度社会学の知識があった方が読めるかも。