きものを1年間(2003年)毎日着て、その生活を本にするという企画もの。日記形式で、1月1日の項では、洋服は「ひと月に一日か二日、あるかないかくらいにしたい。と決意」したが、寒さなどから体調不良になり、1月のうちに既に10日くらい洋服の日が出現、結局着たのは半分以下(もっと少ないかも)。でも、殆ど毎日着物関係のことを考えてる風ではある(日記形式で書いてるだけなので、ホントにその日にそれ考えてたかどうかはしらんが、この頻度で着物を着るとなると、準備やメンテが大変なので、それ関係で頭がいっぱいになるということはありそうだ)。
エッセイとも違って日記形式なんで、特にストーリーもオチもないまま同じ文句が何度も出てくるせいか、6月くらいで、逆に突っ込んで文句言ってる自分に気づき、10月くらいではほとんど不快になっていたが、がんばって大みそかまで読みとおしたときは、どうにか1年乗りきってよかったね、という気分に。
なんか、化繊や便利グッズをバカにしているのに(そういうのは自由と言いつつ、否定的なのは隠せない)、うそつき襦袢や付け帯はオッケーで、そのときに、そういうのは着物を日常着にしているお姉さんたちも使ってる、というのをお墨付きにしているのがイヤラシイ気がした。
アンティークきもの(あの程度でアンティークというのはいやだ、とかも書いていたっけ。どの程度のことかわからんが)ブームにも否定的で、若い人がブームにとびついて、本来ならそのまま着るに耐えん安い着物着ては捨てるとしたらいやだとか繰り返し書いてるのも、なんか狭量なような。
繰りまわしこそ「きもののいちばんの面白さなのだけど、物が豊富な時代に育ってしまい、親がそういうことに気遣いをしていなければ、ほとんどの若い人には理解できないことなのだろう。」とか書いてるが、確かに一番の面白さだろうが、今となっては究極の道楽だろうが。染め直し仕立て直しをあれこれやるなんて、どれだけお金がかかることか、クリーニングだけで大散財とも書いてるんだからわかるだろうに。しかも著者自身、置き場もなくて(これだけきもの好きなのに)着る機会がなくなっちゃうくらいたくさん着物持っているので、必要があって繰りまわしていた「昭和のおかあさん」(ただし昭和初期)とは違って、単なる道楽にすぎんだろうに。
作るだけ作って袖も通さない着物も結構あるみたいだけど、着物はまあ作るのが楽しみでってこともあるだろうが、洋服も買っただけで1回も着ないというのは、物が豊富でない時代に育って物が豊富な時代になってから高額所得者になったためなのだろうか…。
あと、この人の「取材」というのは、基本的に取材を受ける側なのだと発見。かつての無印OLも今はいわばセレブ、それだからこそ(幸田露伴子孫みたく代々受け継いだ着物があるわけでもないのに)着物道楽できるわけですが(しかも七光とかでなく自分のウデでやってんだからすごいすが)。