岡本太郎のレビュー一覧
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岡本太郎が米軍統治下の沖縄を訪れて書いた、名高いエッセイ集。そもそも沖縄にひかれたきっかけが料亭で見た琉球古典舞踊だったというだけあって(124頁)、とくに「踊る島」と題された章はダンス論としても秀逸。日本舞踊ともバレエとも異なる琉球舞踊の特徴を言葉で書き起こした部分は描写の見事さにゾクゾクしてしまう。
「情感がもり上り、せまる。そのみちひきのリズムの浮動の中に、私はとけ込んでしまう。目で見ている、観賞している、なんて意識はもうない。一体なのだ。しかし、にもかかわらず、踊り手はまるでこちらを意識していないかのようである。見る者ばかりではない。世界に、身体が踊ってるということの外には何もないという感じなのだ」(127頁)
シャーマニズムに関する記述もある。久高島の御嶽(うたき)を訪れて、神聖な儀式の場所が実際は森の中のただの空地でしかないことに衝撃を受けるくだりなど異様なまでの迫力。
「神はこのようになんにもない場所におりて来て、透明な空気の中で人間と向い合うのだ。〔…〕神はシャーマンの超自然的な吸引力によって顕現する。そして一たん儀式がはじまるとこの環境は、なんにもない故にこそ、逆に、最も厳粛に神聖にひきしまる」(168-9頁)。 -
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岡本太郎氏の発言を集めたイースト・プレス社発行の作品は、
本作の「壁を破る言葉」の他に
「強く生きる言葉」「愛する言葉」があるが、
この「壁を破る言葉」は、他の二作が万人に向けて
放っているメッセージであるのに比べて、
モノ作りをする人(クリエイター)を
ターゲットに絞ったメッセージを集めたものである。
しかし、そうでない人に対しても、
本作で発せられているメッセージは、
容赦なく心を掴み、叩きつけてくるだろう。
生きている人全てに、岡本太郎は
己の持つ何某かのエネルギーをぶつけてくる人なのだ。
ある意味「芸術は爆発の無差別攻撃」である。
その事からも、岡本太郎という人は、
「創る事が生きる事と繋がっていた人」
「創造が己の生命活動」だった人であった事が分かる。
まさしく、自分の命を燃やし尽くして、
芸術を生み出した人だったのだろう。
誰もがお手軽に真似の出来る生き方をしていない。
1ページに1つの発言しか書いていない故に、
他の本と比べて文字数が少ない本であるが、
だからと言って決して内容が薄いということはない。
そこに書かれたたった一つの言葉は、
まっすぐに読者の心に掴みかかってくるはず。
私には、むしろその余白部分に、
岡本太郎という人が持つ覚悟や気迫といったものが
浮かび上がってくるような気がする。 -
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「今日の芸術」岡本太郎著をやっと読み終わりました。
ただいま私の中に岡本太郎ブーム到来という感じです。
実はこの本、ちょっとショックなことに文庫版の再販を買えば500円前後らしいのに、廃刊と勘違いして、中古のしかも文庫版初版を入手。マニア的には価値がありかもですが倍の値段を出して買ってしまいました。でもまあそれを補えるほどの内容なので、良し。としましょう。
この本は1954年にはじめて出版され、その10年後1964年に新版、さらに9年後の1973年に文庫版が出ているのですが、文庫版の序文に岡本太郎氏自身が「この本は、十年、二十年と、ますます若返ってくるようです。」と書いているいう言葉通り、21世紀の今この本を読んでも本当にちっとも古い感じがしません。
本書の大きな流れの中で、芸術という言葉が、自分の生命から溢れ出てくるような本然のよろこびという意味で使われています。見るものを圧倒し世界観を根底からくつがえしその人の生活自体を変えるほどの力を持ったものとも言えば良いのでしょうか。
アバンギャルドとして常に孤独に問題と向き合い、突き抜けること。
生きることが苦しいということを認めることからはじまる、ある意味、青春であったり、新しくて認められない価値観であったり。
芸術の本でありながら人間としてのあり方を問いている本だと思いました。
岡本氏は爆発してるだけじゃなかったのですね。(あのテレビCMは幼き頃見たとき実はちょっと怖かった)
魅力的なキャラクターに間違いはないと思ってましたが、ナカナカ深い人柄でハマります。
本書の内容とはちょっとズレますが、下記の言葉は、デザインを考える上で重要なポイントかも。
・力学的に言って、また機能的に、もっとも合理的なものが形式を決定する
・流行の「創造」と「模倣」の二つの要素が時代を作っている
デザインは芸術かということに関しては諸説あるので、私としては今回は言及をさけますが、アバンギャルドとして一歩突き抜けるのではなく、突き抜けるけど、一歩引けるのがデザイナーとしてのスキルなのかなという気がしました。一歩引くのは、一歩前に出ないのと同じくらい難しい気がしますが。
本当に岡本太郎氏のように自由な精神を持って生きていきたいものです。
時間があったら他の岡本太郎本も読む所存です。
美術館にも記念館にも行きたいなあ...。 -
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こちらに語りかけられているようで、読んでいると元気が出ます。
弱いまま頑張ってもいいんだ。
ただ、こういうのはだめ‼︎とめった切りなのでなかなかダメージがきます。
同調圧力の強い日本で自分を貫くのは本当に大変だと思います。
みんな岡本さんみたいには強くないよ……と正直思ってしまうこともありました。
生きている実感を得るには、とにかく毎日一生懸命生きる、どう生きるかが大事。
あとは有名だから読む、聞くではなくて、無名だろうが自分が感動したものを大事にするというのは心に残りました。
本も、なんとなくランキングを見てとか、作者が有名だから読んでいましたが、無名の作者でも感動出来る本はいっぱいあるはず。
これから探すのが楽しみです。
最後、「ただこの世に生まれてきたたからと惰性で生きているというやつは、生きている意味なんかないよ」でまたダメージ。
自分の人生について改めて考えてみます。 -
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ネタバレ人類インフルエンサー時代。いろんな職業の人が集客に躍起になり、アルゴリズムに乗る。趣味や子育てですらそうだ。脳を委ね、魂を分散させる。
1993年に刊行された本。ただいま2026年、33年の月日を経て、人類はもう滅亡してしまったのかもしれない。
以下本のメモ。
人生は積み重ねではない。財産も知識も、蓄えれば蓄えるほど自在さを失ってしまう。堆積物に埋もれて身動きができなくなる。
心身とも、無一物、無条件でなければならない。捨てれば捨てるほど、いのちは分厚く、純粋にふくらんでくる。
道で仏に逢えますか。出逢うのは己自身なのです。自分自身に対面する。そうしたら、己を殺せ。 -
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生きるとは非合理で、猛烈な情感を伴うものである。科学主義、合理主義的な思考により割り切ることはできない。合理的に目的化されることはできない。
自他を分離する必要がある。
サービス精神で周囲が期待するようにふるまって、それでいて軽薄だと思われてやしないか内心絶望して。
自分がかわいくて、みんなに悪く思われたくなくて。
大切なのは、他人に対してではなく、自分自身に対してプライドを持つことである。
学生時代に自己と向き合い続け、生き方を見極めることで自身の正義、譲れないものを見つけ、
それが俺だと自分全体に責任を持って堂々と押し出す。それがプライドだ。
「自分だったらこうする」
そこに自信がなくてもいい。自分の中で筋が通っていればそれでいい。
たとえ人と比べて弱くても、自分は充実して生きていることが大切。
90歳以上の数少ない知人は、全員歯に衣着せぬ言い方をする。
岡本太郎的には正解なのかもしれない。
しかしそういった人種と共同体で生きるには、あまりにしんどい。
ゆえにその子供世代は丸くなり、孫世代はさらに丸くなり、もしかするとひ孫世代は反発してまた個を爆発されるのかもしれない。 -
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岡本太郎に興味を持ったのは「太陽の塔」からだった。大阪万博のテーマは「進歩と調和」。「何が進歩だ、何が調和だ」テーマをぶち壊すような「生命力の象徴」=「太陽の塔」を作った。
「自分をぶっ壊せ」、「新しく生まれ変わるんだ」、「最大の敵は自分なんだ」。創造に全てを捧げてきた彼が日々、創造したのは自分自身であった。臨在禅師の「逢仏殺仏」という言葉も、「出会うのは自分自身。出会ったら自分を殺せ」と読む。
「ぼくは幸福という言葉は大嫌いだ。ぼくはその代りに『歓喜』という言葉を使う」(P84)自分とは何かを問い、安逸を求める自分と戦い、自らを荒波にさらす日々を歩んだ末に掴んだのは「生命の充実」=「歓喜」であった。
本書を一読すれば、「無条件」、「絶対的」という言葉が多いことに気付く。
・「貧しくても、社会的に評価されなくても、無条件に生きている人のほうが素晴らしい」(P133)
・「美しいというのはもっと無条件で絶対的なものである」(P199)
・「生きるといいう営みは本来、無条件、無目的であるはずだ」(P223)
・「生きること、死ぬことの絶対感があるだけなのだ」(P223)
「相対的」は「複数の相互関係で生じる」の意味だから、「絶対的」というのは「ただそれだけで生じる」という意味だろう。さらに「絶対的」なものは何か条件のもとで生じるものではないから、「無条件」とも言える。つまり、「相対的」の対義語が「絶対的」=「無条件」なのだ。社会に認められようが否定されようが、社会的に成功しようが失敗しようが、そんなものとは無関係に、「自分の内的な充実」=「爆発」=「歓喜」だけを追求し続け人。それが岡本太郎であった。