岡本太郎といえば、エキセントリックな言動の芸術家肌の人かと思っていたので、文章を読んで、こんな理知的に物事を論じることが出来る人なんだということを知って驚いた。
沖縄について、一般的な価値や見方を持って訪問した岡本太郎が、「期待していたものはここでは得られなかった」と、最初に述べている率直な感想がスゴい。
これは、よほど自分の審美眼に自信を持って、自分の価値観がはっきりと確立されている人物でなくては言えない言葉だし、そういう彼の視点から見た文化論であるからこそ、語られる意味があると思った。
沖縄本島よりも、そこから離れた離島のほうに岡本太郎は魅力を感じて、離島の記述に重点が置かれているところが面白い。離島になると、鳥葬があったり、人頭税があったり、独自の祭事があったりで、もう、まったく未知の文化で、日本とは完全に別物の文化を持っているように感じる。
もう既に、この本が書かれた時からは50年以上が経過してしまっているし、当時は本土復帰以前だったので、現代の沖縄とはだいぶ違っているのだろうけれど、独特な文化を色濃く残す土地が日本にあるということは、新しい発見だった。
私を最も感動させたものは、意外にも、まったく何の実体も持っていない、といって差支えない、御嶽だった。
つまり神の降る聖所である。この神聖な地域は、礼拝所も建っていなければ、神体も偶像も何もない。森の中のちょっとした、何でもない空地。そこに、うっかりすると見過ごしてしまう粗末な小さい四角の切石が置いてあるだけ。その何にもないということの素晴らしさに私は驚嘆した。(p.40)
昼は夢中で働いているからいいが、夜は淋しい。電気もない。村にトランジスターラジオが二つだけあるそうだ。夜になると村じゅうがそのまわりに集って聞く。だが天気の悪い日はそれも大変だ。若い人たちでも暗くなると早く寝てしまうよりほかはない。青春のエネルギーの苦痛な抑圧だ。(p.57)
人間の声はすばらしい。歌というと、われわれはあまりにも、作られ、みがきあげられた美声になれてしまっている。美声ではない。叫びであり、祈りであり、うめきである。どうしても言わなければならないから言う。叫ばずにはいられない、でなければ生きていかれないから。それが言葉になり、歌になる。ちょうど生きるために動かさなければならない身体の運動と同じように、ぎりぎりの声なのだ。(p.105)
この貧困と強制労働の天地に、文化とか芸術が余剰なもの、作品として結晶し、物化するということはできるはずがない。そんな時間、エネルギー、富の余裕はなかった。日夜、ドロのようになって畠を耕し、布を織り続けながら、同時に描き、彫りつけるなんてことは不可能だ。マチエールの抵抗をのりこえて表現する美術とか、「文化生活」なんて思いもよらない。ゆとりはみじんもなかった。それはかつての生活を、いささかホウフツさせる今日の開拓集落の暮らしを直視してもうなずけることである。
だが歌、踊りは別だ。それは今も言ったように生活そのものであり、それなしには生産し、生きることができなかったのだ。ここでは、そのように物ではなく、無形な形でしか表現されなかった。(p.112)
それにしても、今日の神社などと称するものはどうだろう。そのほとんどが、やりきれないほど不潔で、愚劣だ。いかつい鳥居、イラカがそびえ、コケオドカシ。安手に身構えた姿はどんなに神聖感から遠いか。とかく人々は、そんなもんなんだと思い込んで見過ごしている。そのものものしさが、どんなに自分の本来の生き方の「きめ」になじまないか、気づかないでいる。(p.169)