梅棹忠夫のレビュー一覧
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購入済み
若い頃自分もやっていた。
若い頃、この場合は中学校時代と高校・大学生の頃、それぞれ形式や内容は違うが、自分もやっていたじゃないか、という思いがまず出てきました。中学校時代に使っていた用紙は、B4版の茶色く色づいた質の悪いわら半紙だった。碑文谷図書館(目黒区)でノートやメモ代わりに買って使っていた。。値段は覚えていない。何でも書きなぐったことは覚えている。授業中は、黒板の授業内容をノートに書き写すことよりも、先生が話した授業内容を一言ことも漏らさず(ここで・・・と冗談を言う)などということや、生徒たちの反応、周りの雰囲気など、克明に速記し勉強していた?
高校・大学生の頃は、日常のこまごましたことを大学ノート(萬:よろずと銘打った)に記入していた。
そんなことを思い浮かべながら、楽しく読まさせてもらいました。 -
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本書は梅棹忠夫による人生・学問論である。その多くはエッセイや講演録として収録されている。これらの基底にあるものは「目的体系からの離脱」(p.5)という。こうした発言を、今日の大学の研究者は何人できるだろうか。研究には、とかく社会に対する目的・効果が求められ中で、著者の論は時代背景の違いを特に感じさせる。ただのノスタルジアとして処理するのではなく、本来的な指摘として捉える必要があると思った。また、崇高なもの、聖なるものには「実利的目的がない」(p.40)という言説に救われる読者も多いだろう。科学は神聖な領域に属しているといっているからだ。
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Posted by ブクログ
息子へ)
今、巷には勉強法や仕事術(整理術、手帳の取り方、発想法)に関する本が溢れている。それは、知識や情報の価値が、これまでより高まっているからだと感じる。君が大きくなると、今まで以上になると思う。
知識や情報自体の価値というより、それをどう利用できるか?が価値を生む。それができなければ、いいお給料はもらえない時代になるだろう。
この本は、パソコンが世にまったく存在していなかった時代の1969年に書かれた本で、知識や情報を活用するノウハウを書いた本としては、もっとも最初の頃の本といえる。
さすがに時代の流れで、今では役に立たないことも書かれているが、(タイプライターの活用方法など、、、)
それでも、学ぶことが多い。
たとえ世の中が進歩しても、人間のあたまは進化していない。
・書くということの効能
・読書の2重読みのすすめ
・文章構成の方法
・ライフログ(日記)の効能
など、本書から学ぶことは少なくない。
知識の利用術を書いた本の原点・歴史を知る上で、是非、この本を読んでみてほしい。
(お父さんの本の買い方)
BOOK・OFF:400円
(読め、もしくは、読むな)
読みたければ読め
(君が・・・歳のころに)
君が20歳の頃に読んでほしい。 -
Posted by ブクログ
溜まった書類や写真、資料の整理の仕方について重点的に書かれた本である。
後半に本の読み方や文字の書き残し方についても書かれているが、こちらは補足程度と考えていいと思う。今のようにPCやスマホといった電子機器がなかった時代の話なので現代には通用しない。
そんな感じで、書かれた時期が古いため今の技術や状況からすると適切ではない部分もあるが「溜め込んだ情報を死蔵させないためにどうすればいいか」は、ツールが変わっても共通する問題である。その点さえ理解していれば、現代でも十分に応用が可能だと思う。
事務的書類と資料は分けておくこと、後々情報を組み合わせやすいように細々と分類しないこと、整理と整頓は別であること。整理(すぐに情報を取り出せるようにシステム化する)されているのであれば、整頓(美しく並べること)は二の次でいい。使った資料は必ず元の場所に戻すこと。 -
Posted by ブクログ
情報をインプットし、アウトプットすることについて述べた本。キーワードは、京大型カード、整理、読書、タイプライター、文章など。
本書で扱っている範囲は、『考える技術・書く技術』 (板坂元/著)と同じだが、本書の方が、問題提起が多く、より啓蒙的である。
この本はハウツーものではない。問題に目を向けさせ、読者自身でその問題を解決するように促すのが目的だ。そのことは本書の「まえがき」に明確に書かれている。
よんでいただいたらわかることだが、この本は、いわゆるハウ・ツーものではない。この本をよんで、たちまち知的生産の技術がマスターできる、などとかんがえてもらっては、こまる。研究のしかたや、勉強のコツがかいてある、とおもわれてもこまる。そういうことは、自分でかんがえてください。この本の役わりは、議論のタネをまいて、刺戟剤を提供するだけである。
(中略)
知的生産の技術について、いちばんかんじんな点はなにかといえば、おそらくは、それについて、いろいろとかんがえてみること、そして、それを実行してみることだろう。たえざる自己変革と自己訓練が必要なのである。(p20)
本書が書かれたのは1969年。もう半世紀以上も前なので、ここで挙げられている問題のほとんどは、テクノロジーの進歩によって解決している。特に、書く、印刷するなどの問題は、パソコン、スマホなどの電子機器の普及によって鮮やかに解決されている。
よって、本書の価値は発行当時と比べ、だいぶ下がっている。現代人がこれから本書を読む価値があるかと言えば目的による。
「知的生産の技術」を身に付けようとするのであれば不要だろう。自分なりの「知的生産の技術」を考えたいのであれば、ヒントが得られるかもしれないので読む価値がある。
私のお勧めは、楽しみのための読書だ。昭和の知識人の戦いの一コマを、垣間見るためであれば十分に読む価値はある。近ごろの新書に比べると内容は濃い。ローマ字国字論、ひらがなタイプライターの開発など、興味深い話も多い。
楽しみのための読書なら、本書の価値は変わることがないだろう。50年以上も、版を重ねているのもその証拠だ。
読書の技術では、「読む」と「見る」を峻別していたのが印象的だった。
本は、「はじめからおわりまで読む」ものである。はじめからおわりまで読んだ本についてだけ「よんだ」という。ななめよみで一部分だけ読んだ場合には「みた」ということにしている。そして、「みた」だけの本については、批評をつつしむ。しかし、世の中には「みた」だけで本がかたられることが少なくないようである。新聞や雑誌の批評・引用・紹介の中には、とうてい全部を読んだうえでなされたとは信じがたいものが出てくる。なかには、その本でのべられていることの正反対が「紹介」されたり「引用」されたりする。(p101-102を編集)
最後に、このレビューは、本書を「はじめからおわりまで」読んで書いたことを付け加えておく。 -
Posted by ブクログ
考察の対象をアジア、欧州、北アフリカに限定し、西欧と日本の東西両端を第一地域、それ以外を第二地域として世界史を説明した本です。
第二地域は、文明の発祥地だが、常に乾燥地帯の遊牧民からの侵攻を受けて発展が阻害されるが、第一地域は、優れた文明が伝播する程度に第二地域に隣接する一方で、遊牧民の侵攻から逃れられる程度に第二地域から離れているため、発展した。。大まかにまとめるとこんな感じの理論と理解しています。さらに、広大な第二世界をインド、中国、ロシア、イスラム•地中海、東南アジア、東欧に区分して、それぞれの特徴を論じています。
元々、この本を読む前に著者の「文明の生態史観」という考えを知り、それを詳しく知りたいと本書を読みましたが、全体的にエッセイ的なテイストであまり体系的に生態史観が説明されておらず、少し物足りませんでした。
理論そのものについては、数十年前の日本でやりがちだった、西欧文明に羨望を抱く一方で他のアジア諸国を下に見て、「日本はアジアの中でも特別で西欧に近い」という論理になっていないか注意しながら読んでいましたが、そういう理論ではなく、新しい観点から世界史の整理を試みた理論だと思います。ただ、「インドや東南アジアって破壊的な影響を遊牧民から受けたっけ」など、理論の骨子となる部分に疑問がありますし、いくら何でも第一地域と第二地域の二元論で語るのは大雑把すぎる気もします。
正確かどうか、或いは有用かどうかは私の知識では分かりませんが、総じて言うと、非常に面白い考え方だと思いますし、何より著者自身が考えてこうした新しい視点を考案できるのはすごいと思います。