石原慎太郎のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレいろんな歴史の十字路に立ったんだなぁ、慎太郎さん。
慎太郎さんのように国益を考えてキッパリ・バッサリ言ってのけられる政治家は少ない。他の人が言えばマスコミからさんざん叩かれて大変なことになるけど、慎太郎さんは、そのつど跳ね返してきた。
さすがにもうご高齢だから、あまり無理もできないかと思うけど、足腰弱ってもズケズケ口達者な慎太郎さんでいてほしい。まだまだ死んでもらっちゃ困ります。内外様々な圧力によって手も足も縮こまってしまっていた日本人に「しっかりしろ!」とカツを入れてくれてくれる人が今は必要だから。
ところどころに弟の裕次郎さんのことが書かれていて、ちょっと嬉しかった。 -
Posted by ブクログ
石原慎太郎氏の自伝であり、今の日本社会へのモノ申す本。今、社会の中堅年代となっている私たち、そして、その次の世代たちへ継承してほしい、理解しておいてほしい、知っておいて欲しいと考えておられる超長編メッセージ。
地球という大海原に浮かぶ幾多の船の中で、たまたま、日本号という船に乗り合わせた私たちに、座礁せず、他の船と航路を譲り合うのか、戦いを挑んででも我が道を行くのか、どの風をつかみ、どんな速度で走り続けるのかを考えなさいよ、と言われているように感じたのだ。今年のキーワード「戦後七十年」が含まれているため、今年は特にブーム的に読まれるのかもしれないけれど、思うところあってこの本を手にとる人が続いて欲しいと思う、そんな本だ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ昭和30年代の文学作品に新風を巻き起こした作品。
実は戦後60年の歴史を勉強するまで、漠然としか知らなかった太陽族と
その言葉が生み出されるきっかけとなった「太陽の季節」
僕は当然ながらあの時代を生きてはいない。
でも戦後10年経った日本で、
石原慎太郎の処女作「太陽の季節」で描かれた主人公たちは
特に若者の心をつかんだようだ。
個人的にはこの手の本は苦手だ。
そもそも女性は男性にとって愛の対象ではなく、
性欲の対象でしかみていないかのような、
そしてヤンキーが結局は若者のあこがれであり、
同時に女性もそういう男性に憧れていくというような話は僕には苦手だ。
また女性とSEXをしておいて、
子供が出来たら責任をとらないという
男のあり方が美化されているような気がして、少々憤りも感じた。
SEXは二人の自由だけれども、
その後起こることまで責任を持つ、これが男のケジメではないか。
でも戦後の時代に触れることができるという意味では良かった。
印象的なセリフ「灰色の教室」より
「男と女は互いに求め合うことが違うの、男が女に求めるのは欲情、
女が求めるのは愛情だって誰かがいってたわ。」
これを言われると、返す言葉がないんよね。
正しいともいえないけど、かといって反論もできない。
1950年代後半から今まで全く変わっていないんだと、
気付かされた瞬間でした。
石原慎太郎の本は、ヨットと女と暴力がよく描写されており、
僕の少し苦手な本だということはわかったので、とりあえずよしとするか。 -
Posted by ブクログ
世界から見た日本という国の独立性、税制を含めた制度のあり方については、同様の危機感を感じています。
普通の国会議員が躊躇する発言を堂々と書くあたりは真骨頂といったところです。
世代論については、残念ながら内容的にいまひとつ。
あなたも若い頃は、最近の若者はと言われた経験を忘れてしまっています。
課題認識はある程度理解、共感する方もいると思いますが、その実現の方法論については極論なので厳しいでしょう。
私個人としては、日本人は自分の置かれた状況を客観的に見つめ、
世界のどこに位置するのか?
自分たちが負担すべきものは何か?
一度、考えてみるきっかけになるのではと思います。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ健全な精神は健全な肉体にこそ宿るというが、そこで培われた健全な精神こそが、さらに長じて後の人生において衰えた肉体を支えて守るのです。
これは大脳生理学での脳幹論の原理であって、脳で最重要部分とされる脳幹は充実した人生のために不可欠な怒り、悲しみ、恐怖、発奮努力、そしてその結果の充実感、歓喜といった感情の源泉に他なりません。これらの感情が自然に発露して初めて人間は人間としての平衡の取れた正常な人生を謳歌出来ますが、現代の若者、特に草食動物化したといわれる若者たちは文明の便宜が与える過大な情報を無制限に摂取し、その整理や分析までを情報に頼るという体たらくです。
それは決して真の教養とか知識ではありえない。そうした他律的な情報に頼り溺れるために青春の特質である思い込みや勘違いでの挫折、失敗を経験しえないのです。<119頁>
*
当節の若者たちの特性の一つは思い違い、勘違いをしなくなったことだそうな。
彼等はパソコンなどの効用で多くの情報を体得してはいるが、それがかえって仇となって抱えている情報にがんじがらめとなり身動きが出来にくくなってしまっています。大学で教えている何人かの友人が同じ所感を述べていますが、抱えている情報の整理や分析、その評価も結局また情報に頼らざるを得ない。
ということは、それらの情報はただの情報でしかなく、身体性を欠いているから、つまりただ上っ面のもので、血肉化していないから彼等にとって真の教養とはなりきれない。
いや逆に身にそわぬ情報によって拘束され、自分が納得する人生を歩むことが出来にくくなる。<150頁>
* -
Posted by ブクログ
僕らのように「戦争は間違っていた」と教え込まれてきた世代は、戦前にプライドを持っていた石原慎太郎さんのような人間の意見は、本を読まない限りほとんど知ることができない。公共性の高いメディアでさえ、産経を除いて左に傾倒しているからだ。
自身で憲法を作ることをドイツは許されたけど、日本は許されなかった。黄色人種だったからだ。規制緩和の強要にも見られるように、いまだに日本はアメリカに指図されている。安保理。バカにされていることに気づいてすらいないのは、本当に悲しいことだと思う。
自制心とプライドを持とう。民家に絨毯爆撃してきた米軍機と戦った日本兵を、石原さんは目の当たりにした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ本書は、震災後、石原現東京都知事が東日本大震災を日本国民への「天罰」と称したように、現代の堕落した日本を憂う内容となっています。すなわち、
・以下は、日本人という民族の本質的な堕落としか言えないものである。
-あてがわれた「平和の毒」に冒され、あてがい扶持の憲法による徒な権利の主張と国防を含めた責任の放棄、そして教育の歪みが、国民の自我(物欲、金銭欲、性欲)を野放図に育て、人間相互の絆を壊した。
-恥を嫌い、清廉を好み、自己犠牲による献身という日本人の美徳は消滅した。
-アメリカに現在まで間接統治された日本は、アメリカの「妾」であり、日本は日本自身の重要な決定を自らの判断で決めてこなかった。これは、国家の堕落であり、国家官僚と政治家の責任である。(その結果、横田基地は今に至るまで広い排他的飛行区域と共に戦勝記念品として存在しており、日本の先端技術も収奪されている)
・「核の傘」というのは幻であり、自衛のための核を保有する意思を持つべきである。さもなければ尖閣のような領土問題で日本は軍事的圧力に屈しざるを得ない。
・ゆとり教育は間違いで、「父母に孝に」「兄弟に友に夫婦相和し」「朋友相信じ」「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」といった基本道徳も含めた生きるための規範を「刷り込み教育」で覚えこませるべき。
・高福祉低負担は幻想であり、現在の国家財政を見れば、増税だと何でも拒否する甘えた国民体質を正し、それにへつらう政治を変革し、消費税増税などの税制改革を断行すべき。
・日本の経済再生施策として、多大に買い込んだアメリカ国債を担保に基金を作り、5%以上の利回りがあり得るプロジェクトに投資すべき(例:天然資源豊富なシベリアの開発)・
・若者の無気力、弱劣化を克服すべく、高校卒業と同時に1年間軍役などの公的な義務に就かせるべき。
・インターネット等の膨大な情報の氾濫に溺れることで、画一的な発想、行動しか出来ず、自分が納得する人生を歩むことが出来にくくなっている。本気の恋愛をすることも少なくなった(根源的情念なき恋愛)。ただただ欲望を増加させ、ヴァーチャル的な暴力や死に感覚を麻痺させる。
⇒このような堕落からの脱却のためには、まずは行えばすぐにやってのけること(核保有に関する可能性を誇示するためのシミュレーション、若者を正すための労役の義務化、財政再建のための税制抜本改革など)で国民を啓発し、いたずらな我欲の抑制に繋げる。それが、震災復興と超克のための基本的な地盤作りに必要である。
【感想】:その意見に賛同するかどうかは別として、命を賭してもやりたいこと、やるべきことが中々見つからない今日において、世界、日本、そして日本人というものがどのような立ち位置に置かれているのか、その認識の下で何をどうすべきなのか、考え、公で大いに議論したらよいと思います。NHKの「坂の上の雲」や映画「山本五十六」を年始に見ましたが、そこで描かれているのは、戦争に一喜一憂する国民の姿でした。マスコミが戦争を煽る姿も別にありましたが、大事なことは国家の出来事、存亡に一人ひとりが思いを馳せるという姿勢であろうと思いました。 -
Posted by ブクログ
一章 平和の毒
二章 仮想と虚妄
の二部構成になっている。前半は主に戦後~現在の日本政治の堕落について、後半は携帯やテレビなどによって本質を欠いた人間性へ堕ちてしまった若者についての石原氏なりの分析と打開策が書かれている。
[一章]日米同盟に関する現状、核によって成り立つ各国の力関係が端的に書かれており、日本が如何に「国家」として危機的状況にあるかがひしひしと伝わってきた。核について、外交にとっては副次的なものでしかないと思っていたが、石原氏は核保有こそが国際社会で物を言うと強く主張している。マックス・ヴェーバー著「職業としての政治」を同時に読んでいて、ここでも「国家の定義づけは物理的暴力の行使があって初めて可能」と書いてあり、正直驚きつつも、認識を改めさせられた。
[二章]あいたたたたーという感じ。彼が危惧する若者の典型に自分もすっぽり当てはまってしまっている。自分の中に"芯"がないのがずっと悩みだが、本書での示唆は解決のヒントになるような気がした。是非もう一度読もうと思う。