元東京都知事・石原慎太郎氏の、作家時代の代表的短編が収録されています。
石原慎太郎氏は、昭和生まれとして初めての芥川賞受賞作家です。
この頃、文筆に載せるべき共通した思想が無いが、相次いで現れた作家陣を『第三の新人』と呼称していました。
石原慎太郎氏は世代としては『第三の新人』と被るのですが、その
...続きを読むメンバーとして数えられることはないです。
石原慎太郎氏の作品はおよそ文学と呼ぶには俗っぽ過ぎており、文学史としてポジションは示しますが、個人的には文学ではないと思います。
戦後世代の若者の風俗、行動、倫理が赤裸々に語れれていて、それまでの文学小説の有様に全く準じない内容となっています。
各作品の感想は以下です。
・太陽の季節...
第34回 芥川賞受賞作にして、石原慎太郎氏の代表作です。
映画化しており、その脇役として弟の石原裕次郎氏が出演しています。
芥川賞受賞時にも賛否があり、出版後も多くの文学者が「傑作である」とか、「認めない」とか、声があがりました。
批判が起きて納得の内容であり、下劣で軽く、だがその頃の若者たちの間に確かにあった世界を、真正面から描いたものとなっています。
主人公の高校生「津川竜哉」はバスケット部を辞めて、ボクシングに熱中します。
酒とタバコ、ケンカに明け暮れる彼は、銀座でナンパした英子という女性と付き合い始めますが、次第に興味を失ってゆきます。
ぞんざいにあしらっていた竜哉だが、ある日、英子から、妊娠したことを告げらるというストーリーです。
文脈がバラバラで、元の原稿には誤字も多く散見されていたと言います。
書いたのは20を少し過ぎたくらいの青年で、文学以のところがあることは、今日読んでも感じることができます。
ただ、当時の選考員が本作品に芥川賞を与えようと考えたのもうなずけるところがあり、ただのアウトロー小説、娯楽小説と切るにはそれだけではない何かを感じました。
・灰色の教室...
石原慎太郎氏のデビュー作。
大学の同人誌に発表した作品で、本作が文芸評論家に称賛され、『太陽の季節』執筆につながりました。
太陽の季節と同じような世界観が描かれています。
主人公はその時代の高校生で、ケンカやセックスに明け暮れた日々を送っています。
太陽の季節より前に書かれた作品ですが、構成など、本作の方が比較的読みやすいと感じました。
ただ、文章の粗さは変わらずなので、そういう意味で読みにくさは感じます。
大きく、本能のまま遊び回る「石井義久」と、自殺を繰り返す友人「嘉津彦」の2人の話が主題となっています。
本作も遊び相手を妊娠させてしまうという展開が描かれますが、太陽の季節とはその後の行動は異なっていて、本作では無念、苦悩、そして生きることに対する問いかけを感じました。
一般的な評価としては太陽の季節の方が高いですが、個人的には本作の方が興味深く読めました。
・処刑の部屋...
『太陽の季節』に並び、石原慎太郎作品の中では著名な作品です。
ただ、賛否あった『太陽の季節』に比較すると、本作は文壇上の評価が良く、好意的に受け入れられた小説です。
大学生の若者グループの話で、前2作品同様、いわゆる半グレの少年たちが描かれています。
主人公の「克己」は、友人の「良治」のノリが悪くなったことが気になり、良治主催のパーティーの収益金を運ぶ車を、対立グループの「竹島」に教えます。
竹島をふっかけて、良治と乱闘することを期待していたのですが、良治が竹島にあっさりお金を渡したと聞き落胆します。
竹島グループからリンチを受けたり、睡眠薬を用いて強姦したりと、ショッキングな内容が書かれていますが、彼らのリアルな息遣いを感じられる良作です。
・ヨットと少年...
"太陽の季節"受賞翌年に発表された短編小説。
こちらも氏の初期の短編だからか、文章に荒削りな感じが残っていますが、大分読みやすくなっていると感じました。
ヒギンス夫妻の船に同乗して参加した伊豆大島周回レースの経験から、少年は自分のヨットを持つことを夢見ます。
ヨットを買う資金を貯めるため、少年はギリギリの悪事や恐喝を行ってお金を貯めるのですが、そんな折、高校の友人に誘われて買いに行った娼婦「春子」に心奪われてしまいます。
娼婦である春子は、当然少年以外の男とも金をもらって寝るのですが、それが少年の中でうまく解消できずにいます。
また、女性を連れて新品の船に乗った若者を見ると歯ぎしりをして悔しがりますが、そんな折、賭博で勝った金の集金トラブルから、ヨットを買うためお金をためていることがヒギンス夫妻にバレてしまいます。
少年は悪事を繰り返しますが、少年にプラス方向にストーリーが進むので、どこかで罰が当たると、ハラハラしながら読んでいました。
それはまさにラストで霹靂のように直撃します。
過去作品同様、素行不良の少年が主人公ですが、小説としておもしろく読める作品です。
・黒い水...
こちらもヨットの話です。
"ヨットと少年"と同時期頃に書かれた作品で、"ヨットと少年"同様、読みやすく、おもしろかったです。
登場人物は主人公「河井」と、妹の「恭子」、友人でラグビー選手の「松崎」です。
元々ラグビーにはまっていた松崎は、河井の誘いでヨットにのめり込み、三人で外洋レースに参加することになります。
海は風がなく穏やかで、船の進みが遅くヤキモキしていましたが、次第に空が陰り、嵐になります。
一寸先も見えない闇の中、轟音を上げる雷鳴の中、激しく揺れる船内の三人の描写が見事で、引き込まれる文章でした。
舞台がほとんど海の上ということもあってか、過去作と違い主人公たちの素行が悪いような描写はなく、いわゆる若者言葉も出てきません。
本作以外の作品はすべて犯罪を自慢気に書いているところがあって、読む人によっては胸糞悪さを感じる可能性がありますが、本作はそういう意味でも読みやすい作品だと思います。