パウロ・コエーリョのレビュー一覧
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主人公や他の登場人物が、端的に言うと自分探しをして本来の自分を受け入れたり思い出したりする話で、正直流れは読める。
けれど25年も前に出版されたものとは思えないほど、現代人に響く部分がいくつもあった。
以下本文より引用
“いつでも一番手近にあるものに安易に手をのばしてきた”
“今まで会ったこともなく、もう二度と会うこともない人たちからの中傷に意味を与えてしまっている”
“自分で作り上げた虚像に合わせて行動することにエネルギーの大半を費やすようになっていた”
“きみは人と違うのに、同じようになりたいんだ。それは、わたしから見れば、とても深刻な病気だけどね”
“人が自分の本質に逆らうのは、人と違 -
Posted by ブクログ
精神病を患い、ヴィレットという病院に入院してきた4名の男女。だが4名の過去や心の内の描写を読むにつけ、狂っているのは本人なのか、その周辺なのか境界線があやふやになっていく。
それに対する解は、ラストにイゴール博士がマリーに伝える言葉の中に集約される
「社会は常に、我々にある集合的な行動を強制する。人はただ受け入れるだけ。それに疑問を持つ人は狂っていると言われる。」「無理をして自分を人と同じにしようとすると、深刻な病気(神経症、精神病、パラノイヤ)を引き起こす。」
ラストは急にラブストーリー調になり、おやおや?という感じだったが、きっと読み取れていないメッセージがあるはずなので、時間をあけて -
Posted by ブクログ
あの名作の他を読みたくなった
ん〜直訳ぽく読みにくいところがあって理解できなかった。物語の全体像はとても良かったと思う
人の不幸で自分の幸せを確認するように、死に直面することで生を、生きることを見つける、心の病の治療テーマだった
治療法は今とこの当時とは変わらないように思ったが実際はどうなんだという内容も。太陽の光を浴び、運動しセトロニンを増やす…そんな基本的なことから、自分の限界突破した羞恥、電気イスや危険な賭けみたいな治療法で本来の普通らしい自分を取り戻していく…パウロ氏が描く物語はパンチが効いてるわ
いろんなケースの精神病を知れた本で、予期せぬ憂鬱なんて誰にでもどんなタイミングでもくる、 -
Posted by ブクログ
山奥の小さな村に訪れた異邦人。彼の仕掛けた大きな問と罠に翻弄される、プリン嬢と村の人たちの姿を通して、人の善悪を問う作品。
まあ、金(またはある種の善と言い含められるもの)のために悪を成せますか。というありがちと言えばありがちのテーマ。でも、単純な勧善懲悪ではなく、かといって悪の勝利を高らかに歌うものでもなく、正直そういうオチ!?という感じ。なのでカタルシスも無く、もやっとした感覚が残るのだけれど、ここら辺の感性の違いはやっぱり生まれ育った環境が異なるからなんだろうか。
結論としては人間の中には善も悪も等しく存在するってところなのかな。