沢木耕太郎のレビュー一覧
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沢木耕太郎 「テロルの決算」
山口二矢によるテロル(自分と異なる政治信条は認めず、殺すことで決着を図る)の前後を再現し、被害者の浅沼稲次郎の実像も含めて 総括した本
著者が読み手に伝えたかったのは 次のことではないか
*二矢が若くして、テロルを単独決行し、自決したことの是非を問うた
*ニ矢伝説の真偽を検証して、伝説は 事実を粉飾している と結論づけ、粉飾意図を問うた
二矢伝説とは
「ニ矢の刀を 護衛の刑事が掴み、ニ矢は 刑事の手を守るため 刀を手放し 自決を断念したという伝説」
この伝説により 二矢は 英雄視され、浅沼は テロリストに殺された社会主義者としての栄光を手に入れた
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Posted by ブクログ
山口二矢の父は、生きるため、稼ぐためにさまざまな職を転々とした
家庭用インターネットなど影も形もない時代
二矢少年は転居のたびに友人関係のリセットを余儀なくされ
新たな人脈の構築に苦労するハメとなった
それでも、お父さんが働いてくれているから生きていけるんだと
そんな思いで押し殺した鬱屈が
やがて政治的な感情にすり替わっていったのではないか
お国あってこそ我々日本人は生きていかれるというのに
左翼の連中はわがまま放題、好き勝手なこと言いやがって
許せん
だがそんな二矢を、父もまた全面的に理解してくれるわけではなかった
その寂しさが彼を先鋭的に駆り立てていった
二矢の幼い頃、父は農地改革や投資促進のための啓発演劇を
生業として行っていた
二矢も子役に駆り出された
その頃浴びた喝采と、父に誉められた記憶を
もう一度取り戻したかったというのは、ありそうな話だ
そんな少年に襲撃されたことは
浅沼稲次郎にとってはまさに晴天の霹靂であった
とばっちり、八つ当たりもいいとこだが
しかし社会党委員長の浅沼にとって山口二矢は
運よく政治家として生き延びてきた大戦時代からの
遅れて来た死神のようでもあった
生前、なあなあ居士と揶揄されることもあった浅沼は
大正~昭和~戦中~戦後と変化する日本社会に
迎合することで生き延びた人だったが
生き延びるための変節
その無責任を通すことこそ政治の本質と考えているフシがあった
そんな浅沼稲次郎もやはり、孤独な少年時代を過ごしていた
まあそれはよくある偶然だろう -
Posted by ブクログ
ボクサー、カシアス内藤の復活をめぐるドキュメンタリー。ドキュメンタリーなのだが、小説かと錯覚させるなめらかな展開で、全く押し付けがましくない。
実のところ、この前半部の途中までは、架空の話だとばっかり思って読んでいた(紹介などは読まずに読み始める質なので)し、小説にしてもなかなか良く出来た話ではないかと思う。
カシアス内藤の復活のために尽力する作者が、カシアスの名前の由来にもなった、モハメド・アリの復活戦を見にアメリカへ渡る。このへんが小説なら「なんでよ?」となるわけで、そこで調べてドキュメントだとわかったわけです。
全体に、ボクシングと関係のない部分が語られることが多く、やきもきしたり、逆にホッとしたりする。アメリカに渡ってからも、割とどうでもいい話がたくさん書かれる。
しかし、最終的にダメだったんじゃないのかな?というのが透けて見えてくるので、長く引っ張られるのは、救いが有るのではないのかな?と思われる。 -
Posted by ブクログ
『所得倍増計画』を「どのように」誕生させたかではなく、「なぜ」誕生するに至ったのかを書いている。
つまり、「実行・実現」のプロセスではなく、「構想」の段階のプロセスが主題になっている。
そのため、『所得倍増』が実現していくうねりのような臨場感はこの本では再現されていない。
時系列をあまり意識していない章立てにも原因はあるのかもしれない。
かといって、面白くないわけではなく、国政の内幕に触れたことが無い身としては、政策どのように生まれるかが分かって新鮮だったし、政治家や官僚の志というものも分かって、もっと政治というものを前向きに捉えようと思えるようになった。
また、構想をまとめあげ、それを政策として実行する者としての「政治家」、その政治家に具体的な案を出し、策を作り上げる存在としての「ブレーン」という、国政における役者の立ち位置や存在意義が分かったので、これから投票に臨む上での一つの立脚点のようなものが見つかったのも大きな収穫だった。
それから、物語の本筋とはあまり関係がないが、「永遠の正論」というワードチョイスと事象の捉え方には、著者・沢木耕太郎の持つ視点の凄みが見えた気がする。