近藤康太郎のレビュー一覧
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数年前に野外活動で農業体験と猟師さんにお会いする機会があり、夜には鹿肉もいただいたのだが、狩猟の大変さを全く持って理解していなかった自分を反省したい。
猟師の世界は想像を遥かに超えた過酷さと重労働で、狩猟をするにあたって人との繋がりは重要であるし、まず獲物が居る場所を見つけるのが非常に難しく探すために山の中を這いずり回らなくてはいけない。また、五感を研ぎ澄ませ森を見る力を養い、銃の重さに耐え、命がけで格闘する。
銃の重さ命の重さを実際に体感したからこその著者の言葉にはとても心に響くものがあった。
一つ抜粋する。
「わたしは、わたしになると、いま、決意する。生きるために食っているのではない。食う -
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農作放棄地で米を作る農家になり、鴨を取る猟師になり。その生活のなかで見えてくる経済、資本主義、戦争、とはなんなのか。
力強い文章で描写される特に猟のシーンは読んでいて衝撃を受ける。我々はほぼ完全に殺菌された社会に生きていて、「生」や「死」について触れる機会がほぼない。いや、そういったものに触れる機会があるのは映画やドラマ、本、漫画などのエンターテイメントが中心で圧倒的に実感が伴わない。そういった中で狩猟などの行為に対しては想像をするしかないのだが、その想像をするための前提すら持ち合わせていないことに気がつかされる。
他人との関わり、人間とは何か。もちろん納得することだけではなく意見が合わな -
Posted by ブクログ
ネタバレ「貨幣は便利だ。なににでも/なにからも、交換可能だ。逆説的だが、だからこそ貨幣の能力は限定的になる。強度がない。弾力性がなくなる。カネの切れ目は縁の切れ目。 ところが、鴨でも猪でも鹿でも、米でも野菜でも、あるいは、農作業の手伝いなどの労力でも、モノやサービスを無償で贈与すると、縁に切れ目がなくなる。なぜか。 人と人とがつながるからだ。顔を見知った、声をかけたことがある、笑い合ったことさえある、人間同士のネットワークができるからだ。」
この視点と言語化は相当に慧眼だと思う。金で買えるものは、たしかに幅広いんだけども、金で買えないものはすべからく人と人との関係性にしか存在し得ない。 -
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自分の資本主義についての認識が、ホロホロと、でも確実に壊されていく。
極端な右や左の思考、スピリチュアルや自然主義には心動かされないけど、近藤さんの言うことには現実の重みがあって心にのしかかってくる。
命を感じて生きる猟師であり百姓であるから。そして、人との信頼関係を一歩ずつ築きながら貨幣制度を超えた人付き合いをしてきているから。
その説得力たるや!
良い本だった。
「おいしい資本主義」も読んでみたい。
----印象に残ったところ---
カネを払って教えてくれるものは、しょせん、それ(価格)だけのものだ。カネを受け取ったのだから価格に応分のものを教えると、教える側は思うし、カネを支払 -
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タイトルからして、おふざけ系の内容かと思ったら、さにあらず生命とは、人生とは何かを考えさせられる本でした。
野生動物を仕留める瞬間の生々しさや解体するときの血肉溢れる感は、人によっては苦手かもしれません。仕事から、動物実験に立ち会うことがありますが、食用のブタを電気メスで切開するときの焦げ臭さ等、家族にイキイキして話すとドン引きされます。本書は新聞に連載されていたようですが、屠殺シーンに対して、予想通りのクレームが来たそうです。
誤読する権利は読者にはあるとしながらも、命を弄ぶようなことは決してないと主張しており、全編を通じて、生きることは、すなわち他を殺して食べること、ということに改めて気づ -
購入済み
メールもLINEも、仕事で作る正式な文書も、全てこの本を参考にしています。自分が普段文章を作るのが下手なのがずっと気がかりだったので購入してみましたが、私でも分かるようにまとめてあり、一読でコツを覚えてしまいました!すごい!
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人生のさまざまな悩みに対して、古典にヒントや答えがあるということを、著者自身の経験を追体験しながら学べる、お得な古典紹介。
「あなたの中にスタヴローギンはいないだろうか。」
誰もが闇とは無縁でいられない。
大好きな山月記も紹介されていたのが嬉しかった。臆病な自尊心と尊大な羞恥心は、自分も同じく持っている。
あとがきの、馬鹿のための古典読書術にとても共感できたのもよかった。
同時並行で読むこと、メモを取り読み返すこと、自分だけの箴言集を作ること、本に恩返ししたいと考えていること。これからもしていきたいと思う。
「抑えきれない遊び心じたいが、貴重な才能なのだ」と思うから。 -
Posted by ブクログ
古典推奨の本。確かに忙しさを理由にいつの間にか古典というのを読まなくなっているということを気付かされたが、考えたら今でも読まれ、『生きて』いるのは、まさに理由のあることなのであるから、まさに今日の混沌とした時代にこそ読むべきなのだろう。
抑えているところは
チェーホフ、決闘
ラブレー、ガルガンチュワとパンタグリュエル物語
中島敦、山月記
トルストイ、戦争と平和
ドストエフスキー、悪霊
プーシキン、大尉の娘
森鴎外、舞姫
夏目漱石、吾輩は猫である
エミリブロンテ、嵐が丘
シェイクスピア、マクベス
ゲーテ、ファウスト
ヘーゲル、精神現象学
マルクス、資本論
と元新聞記者というだけあって幅広く、深さ -
Posted by ブクログ
巷にあふれる「誰でも簡単に伝わる文章が書ける」なんていう優しい言葉に、どこか物足りなさを感じていませんか?
今回読んだ近藤康太郎さんの『三行で撃つ』は、そんな生ぬるい幻想を容赦なくぶち壊してくれる、凄まじい一冊でした。
著者はライターであり、猟師でもある方。
だからでしょうか、紡がれる言葉の「命の重み」というか、プロとしての凄みが格段に違います。独特の表現や言い回しがクセになる一方で、文章を磨くことの本当の難しさを突きつけられます。
正直に白状すると、今の私にはまだ難しすぎました。
読みながら圧倒され、「そう簡単にはライターになんてさせないぞ」というプロの壁を感じて、少し挫折に近い気持ち