近藤康太郎のレビュー一覧
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様々な顔を持ちハチャメチャな生活スタイルのように見える筆者だが、とても羨ましく感じた。
それは自分の価値観、ビジョンが明確で目的に沿った行動、生活を実践しているからだろう。
仕事、勉強、遊びと私はついこの順番で考えがちだ。何のため誰のための時間を過ごしているのだろう。
筆者はまず遊びだと言う。遊びこそクリエイティブの源泉であり子供の頃はみなそうであったはずだとの事に納得する。
残りの時間で仕事をするため様々な工夫をする。そして仕事の合間に勉強をする。
その勉強が仕事を効率化させ遊びの時間を確保する。
こんな好循環こそ素敵なのだ。
遊び、仕事、勉強はライフステージによって比重は変わってくるとは思うがそれぞれを頂点とする大三角形を維持していれば幸せを実感できると教えてもらった。
仕事を楽しめているということはこのバランスがいいということ。
そして勉強も単なるお勉強でなくリベラルアーツが大事との主張に共感した。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ『三行で撃つ 〈善く、生きる〉ための文章塾』読書メモ(近藤康太郎/CCCメディアハウス)
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【核心思想】
・書く行為=「無意識の思考パターンを可視化し、存在を刻むプロセス」(終章)
・「三行で撃つ」本質:書き出し3行で「読者の扁桃体を刺激し、前頭葉を覚醒させる」(例「午後3時17分、豆腐屋の木戸の軋みが800m先の花火と同期した」)
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【実践技術】
■ 4大要素(第4章)
1. 語彙:常套句排除(「感動」→「左膝の疼き」)
2. 文体:主語転換(「私」→「2023年の街角」)
3. 企画:半歩先発想(AI失業→「AIに奪われない37℃の体温」)
4. ナラティブ:古典の現代化(『徒然草』をSNS炎上で再解釈)
■ 時間管理(第6章)
・25分×4セット執筆:ポモドーロ応用
・週1フィールドワーク(例:漁港の「錆びた柵の鉄臭」計測→比喩化)
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【AI時代戦略】
1. 身体性言語化:米作りの「泥温27℃」を企業批判に転用
2. 矛盾の商品化:「平等なAI」と「差別的データ」併記
3. 禁止事項(第2章):
×「思います」→「3秒間の沈黙+五感データ」
× 起承転結→「起→転→承→転」再構築
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【事実確認済み】
・五感描写:猟師経験に基づく記述(第3章)
・ナラティブ無限化:第4章「ストーリー(骨格)vsナラティブ(皮膚)」
・「書く=存在証明」:終章「シナプス再構築」理論
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【残課題】
1. 「売れる文章」の定量化:PV数より「読者行動変容率」具体的手法不明
2. AI差別化の具体性:身体性以外(倫理判断・文脈創造)の体系化不足
3. 数学的厳密性vs芸術性の統合:第5章「認知的不協和デザイン」要検証
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【実践計画】
月:方言辞典で語彙収集/水:過去記事の主語分析/土:工場振動「0.3Hzの憂鬱」体感 -
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数年前に野外活動で農業体験と猟師さんにお会いする機会があり、夜には鹿肉もいただいたのだが、狩猟の大変さを全く持って理解していなかった自分を反省したい。
猟師の世界は想像を遥かに超えた過酷さと重労働で、狩猟をするにあたって人との繋がりは重要であるし、まず獲物が居る場所を見つけるのが非常に難しく探すために山の中を這いずり回らなくてはいけない。また、五感を研ぎ澄ませ森を見る力を養い、銃の重さに耐え、命がけで格闘する。
銃の重さ命の重さを実際に体感したからこその著者の言葉にはとても心に響くものがあった。
一つ抜粋する。
「わたしは、わたしになると、いま、決意する。生きるために食っているのではない。食うならば生きる。殺す以上は、生きるのだ。
生き延びろ。そして、善く、生きろ。」 -
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農作放棄地で米を作る農家になり、鴨を取る猟師になり。その生活のなかで見えてくる経済、資本主義、戦争、とはなんなのか。
力強い文章で描写される特に猟のシーンは読んでいて衝撃を受ける。我々はほぼ完全に殺菌された社会に生きていて、「生」や「死」について触れる機会がほぼない。いや、そういったものに触れる機会があるのは映画やドラマ、本、漫画などのエンターテイメントが中心で圧倒的に実感が伴わない。そういった中で狩猟などの行為に対しては想像をするしかないのだが、その想像をするための前提すら持ち合わせていないことに気がつかされる。
他人との関わり、人間とは何か。もちろん納得することだけではなく意見が合わない部分もあるが、それも含めて素晴らしい読書体験であった。 -
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ネタバレ「貨幣は便利だ。なににでも/なにからも、交換可能だ。逆説的だが、だからこそ貨幣の能力は限定的になる。強度がない。弾力性がなくなる。カネの切れ目は縁の切れ目。 ところが、鴨でも猪でも鹿でも、米でも野菜でも、あるいは、農作業の手伝いなどの労力でも、モノやサービスを無償で贈与すると、縁に切れ目がなくなる。なぜか。 人と人とがつながるからだ。顔を見知った、声をかけたことがある、笑い合ったことさえある、人間同士のネットワークができるからだ。」
この視点と言語化は相当に慧眼だと思う。金で買えるものは、たしかに幅広いんだけども、金で買えないものはすべからく人と人との関係性にしか存在し得ない。 -
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自分の資本主義についての認識が、ホロホロと、でも確実に壊されていく。
極端な右や左の思考、スピリチュアルや自然主義には心動かされないけど、近藤さんの言うことには現実の重みがあって心にのしかかってくる。
命を感じて生きる猟師であり百姓であるから。そして、人との信頼関係を一歩ずつ築きながら貨幣制度を超えた人付き合いをしてきているから。
その説得力たるや!
良い本だった。
「おいしい資本主義」も読んでみたい。
----印象に残ったところ---
カネを払って教えてくれるものは、しょせん、それ(価格)だけのものだ。カネを受け取ったのだから価格に応分のものを教えると、教える側は思うし、カネを支払ったのだから分からせてくれと、教わる側も契約関係にあぐらをかいている。それは、「学び」ではない。学校で済ませておくたぐいの「習いごと」だ。(p153)
政治的立場は違うが、人間そのものは信じられる。
そういう関係は、今は結べなくなった。(p170)
(猟での信頼のおけるブラ師だが、筆者と政治的見解はずいぶん違うということを述べたあとで)
共猟は、チームワークがすべてである。自らが信をおかない人間と、腹の底が割れていない相方と、ましてや馬鹿とは、山に入れない。銃を持って同じ場所にいられない。命に関わる。直接的に危険だからだ。(p172)
自分と政治的見解の違う他者も、属性はひとつでないはずなのだ。(中略)どこかで、私とつながれる。人間対人間として、対峙できる。それは、属性がひとつではないからだ。つながれる回路は、どこかに、ある。(p173)
人間は、言葉を、貨幣を、承認関係を、愛情を、無償の贈与、交換し合う生物だ。
そしてその交換も、金と違い、贈与の連鎖であれば途切れない。顔が見える。言葉が聞こえる。だから心が通うし、上も映る。貨幣を解さない直接的な贈与。交換によって交換する生物が人間なのだ。(p230) -
Posted by ブクログ
タイトルからして、おふざけ系の内容かと思ったら、さにあらず生命とは、人生とは何かを考えさせられる本でした。
野生動物を仕留める瞬間の生々しさや解体するときの血肉溢れる感は、人によっては苦手かもしれません。仕事から、動物実験に立ち会うことがありますが、食用のブタを電気メスで切開するときの焦げ臭さ等、家族にイキイキして話すとドン引きされます。本書は新聞に連載されていたようですが、屠殺シーンに対して、予想通りのクレームが来たそうです。
誤読する権利は読者にはあるとしながらも、命を弄ぶようなことは決してないと主張しており、全編を通じて、生きることは、すなわち他を殺して食べること、ということに改めて気づかされます。
日本人のあいさつ「いただきます」は素晴らしいなと思いました。
気になった点
・鴨の羽毛は天然の迷彩服。獲物を探すときには、カモをみるのではなく、わずかな「波紋」をみること
・農業生産が安定して食い扶持に困らないということは、支配される側=民衆にとっても好都合ではある。(中略)被支配階級自身が、自ら支配されること、抑圧されることを、欲望する。(中略)だから、農業さえやっていれば万事うまくいく、自然のと人間の本来の関係性を取り戻せるというような、お気楽な「農本主義」は、自分にとってはお笑い草なのだ。頭ではない。肉体でわかるのだ。
・(ドフトエフスキー『死の家の記録』からの引用)人間はどんなことにでも慣れるられる存在だ。わたしはこれが人間のもっとも適切な定義だと思う。
・初心者には、まさかと思うようなことばかりなのだが、けもの目線になれる猟師にしか見えない世界は、ある。(中略)ライターと全く同じなのだ。世界の見方の様々なバリエーションを持つ、ライターにしか見えない、リアルはある。 -
購入済み
メールもLINEも、仕事で作る正式な文書も、全てこの本を参考にしています。自分が普段文章を作るのが下手なのがずっと気がかりだったので購入してみましたが、私でも分かるようにまとめてあり、一読でコツを覚えてしまいました!すごい!
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Posted by ブクログ
人生のさまざまな悩みに対して、古典にヒントや答えがあるということを、著者自身の経験を追体験しながら学べる、お得な古典紹介。
「あなたの中にスタヴローギンはいないだろうか。」
誰もが闇とは無縁でいられない。
大好きな山月記も紹介されていたのが嬉しかった。臆病な自尊心と尊大な羞恥心は、自分も同じく持っている。
あとがきの、馬鹿のための古典読書術にとても共感できたのもよかった。
同時並行で読むこと、メモを取り読み返すこと、自分だけの箴言集を作ること、本に恩返ししたいと考えていること。これからもしていきたいと思う。
「抑えきれない遊び心じたいが、貴重な才能なのだ」と思うから。