金谷治のレビュー一覧
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古代中国の大古典「四書」のひとつで、孔子とその弟子だちの言行を集録したものになります。
原文、読み下し文、訳文で記載された構成になっており、読みやすいです。
原文を読みたい方には最適だと思います。
私は訳文のみを読みました。
論語は体系的にまとめられたものだと思っていましたが、孔子やその弟子の言行をメモして集めたもので内容がバラバラに集められているのには少し驚きました。
でも、紀元前の話ですから、それが伝聞されているだけも素晴らしいことですね。
孔子が弟子を批判したり、褒めたりしている内容も多く、人間らしさが感じられたのも新鮮でした。
論語といえば、
子曰く 「吾れ十有五にして学を志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳従う。七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。」
しか知りませんでした。
今回、読んでみて有用な言葉を他にも見つけることができました。
やはり、長く読まれているものは有用です。
みなさんも自分なりの良い言葉を見つけられると思います。
ただ、個人的にはピンとこないというか、どうでも良さそうなものも集録されているので、玉石混合的なのは、面白さでもあり、短所でもあるかなと。。。
なので、評価的には平均にしました。 -
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個人で老子の思想を取り入れるのはいいと思いますが、政治で老子の思想を取り入れるのは非現実的だと思います。
1.この本を一言で表すと?
・自己を自然から探す
2.よかった点を3〜5つ
・78 天下水より柔弱なるはなし(柔弱の徳)
→物事を受け入れる柔軟さを持つ人が強いということだと思う。固定観念に縛られないようにしたい
・71 知りて知らずとするは(わかったと思うな)
→知ったと思ったところに落とし穴があると忠告してくれている感じ。
・33 人を知るものは智(外よりも内を)
→自分自身を理解するのは本当に難しいことと思う。自分で満足できれば十分幸せであると思う。ただ自己満足との区別は難しそう。
・81 信言は美ならず(結びのことば)
→大げさなことや立派そうに聞こえる言葉は中身があるのかよく吟味しなければいけない。人に与えながら自分が豊かになるのは理想的。
2.参考にならなかった所(つっこみ所)
・65 古の善く道を為す者は(智をすてる政治) など理想の政治像について
→国を治めるのに知恵を不要とし、無為がよいという考えは賛同できない。現代の国の状況からいうと無為では滅んでしまうと思う。
3.実践してみようとおもうこと
・何度も読み返す。
・自分自身の弱みを見つめなおす。
4.みんなで議論したいこと
・道とはどういうものかイメージがつきましたか?
・無知無欲になれますか?
5.全体の感想
・老子は、聖人というより悟りを開いた人または仙人みたいな人だと感じました。
・各章ごとの解説がとてもわかりやすかった -
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正しい心とは何か考えさせられます。
自分の中と外の中庸が必要です。
1.この本を一言で表すと?
・自己みがきを考え直す本
2.よかった点を3〜5つ
・国をよくおさめようとしたひとはまず家をおさめた(p35)
→論語にも通じる考え。日本人に受け入れられやすい考え方。
・自分の子供にこうあってほしいと望むことを自ら行って自分の父親にお仕えすることができてない(p164)
→子供の教育に役立ちそう。父親としての自覚を再認識。
・偉大な徳を備えた人は必ず天命を受ける(p175)
→結果を求めるのではなく、プロセスが重要ということ。
・誠の道
→うちの会社の企業理念なので気になった。
2.参考にならなかった所(つっこみ所)
・喜怒哀楽の偏りがなく、調和がとれている状態の「中」、「和」(p145)は続けばつまらない世界にならないか?
・同じ内容の繰り返しが多い
・中庸の君子の話と誠の話はなぜ一緒の書になっているのか解説を読んでも理解できなかった
・国の財政について(p80)重税を取ることはいけないが、財政に力を注ぐことは悪いことではないと思う。
3.実践してみようとおもうこと
・自分の天命とは何か考えてみる
・1、2回読んだだけでは理解が足りないので時間をおいて読み返す -
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引き続き、シビアすぎる一節。
「さて、君臣上下の関係には、親子の間の情愛はない。それなのに、道義を立てて下々を縛ろうとすれば、上下の間には必ずひびが入るだろう。それに父母が子に対する場合さえ、男子が生まれたら祝いあうが、女子が生まれたら殺してしまう。男子も女子もどちらも父母の胎内から出てきたのに、男子は祝われて女子は殺されるというのは、あとあとの便宜を考え、さきざきの利益を計算するからである。してみると、父母が子に対する場合さえ、やはり打算の心を働かせてそれに向かっている。ましてや、親子の情愛がない場合ではなおさらではなかろうか。このごろ、学者が君主に説くのは、みな利を求める心を棄てて、愛しあう道をとらせようとする。つまりは、君主の臣下に対する愛情が父母の心に対する親愛よりも強くなるように求めているのである。これは恩愛についての論議が十分でなく、人をだましてむりなこじつけをしているのだ。」
「『刑を掌る役所で刑罰を執行すると、君主は罪人をあわれんで音楽を奏でることをやめさせ、死刑の報告があると、君主はそのために涙を流した』と。それが彼らの言う古代の聖王である。そもそも、君臣の関係も、親子の関係と同じようにしたなら必ずうまく治まると考えているのだが、もしそういう理屈で推しはかるなら、仲違いをする親子はいないということになる。人の生まれつきの情としては、父母より以上に親しいものはなく、だれもが父母から愛されているのだが、それで子供の行ないがうまく治まるとは限らない。父母の愛情が強かったとしても、やはり子供がでたらめにならないわけではなかろう。ところが、古代の聖王が民衆を愛することは、父母が子供を愛するのには及ばない。子供でさえうまく治まるとは限らないとすれば、どうして民衆の治まることがあろうか。さらにまた、法律に従って刑罰を行ったのに君主がそのために涙を流すというのは、これは仁愛を尽くしたことにはなっても、政治を行なっていることにはならない。」
「むかし、蒼頡が文字を作ったとき、自分でまるく囲うのを『厶(私)』とし、『厶(私)』に反対するのを『公』とした。公と私があい反することは、つまり蒼頡もすでにそれを知っていたのだ。いま公と私とは利益が一致するなどと考えるのは、よく考えないための過ちである。」
「今日、政治をわきまえない者は、きまって『民衆の心を把握せよ』と言う。民衆の心を把握することに努めて、それでうまく治められるというのなら、つまりは殷の湯王につかえた伊尹や斉の桓公に仕えた管仲のような賢宰相は働き場がなくなって、ただ民衆に従えばよいというだけになるだろう。しかし、民衆の知恵が役に立たないことは、ちょうど赤子の心と同じようなものである。」 -
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韓非子第三冊。矛盾・良薬口に苦しは本書に収録されている。
第二冊に書いたように、信賞必罰・上下関係の絶対がくどいくらいに書かれている。正直、やりすぎだと感じるような一節も目に付く。たとえば、秦が飢饉になった時に、臣下が民のために五つの御苑の野草や野菜・橡の実や棗・栗を開放するように進言したのに対し、
「わが秦国のほうでは、民は功績があれば賞を受け、罪があれば罪を受けるのだ。今、五つの御苑の野菜や木の実を開放すると、民は功績のある者も功績のない者もともに賞を得たことになる。そもそも、功績のある者もない者も、みな一緒にして民に賞を得させるというのは、これは国の乱れるもとである。まずは、五つの御苑を開放してそれで国が乱れるよりは、棗や野菜をすててもそれで国が収まるに越したことはない」…シビアすぎる。他にも共感できないシビアすぎる事例が散見された。
一方、印象に残った一節は以下。
「人のためにしているという心を持っていると、人を責めたり恨んだりすることになる。自分のためだと思えば、事は順調にはこぶ。」昔教育実習で来ていた先生が、お別れの言葉で「努力は人のためにするものではない。自分のためにするものである」と言っていたことを思い出した。
「『尭が舜のすぐれているのを見ぬいたというのは、とくに難しいということではない。あの諌める者を殺してまでして、舜に譲ることをつらぬいたということ、それこそが難しいことだ』。別の伝えでは、こうある。『疑う者がいるからといって、それで自分の見ぬいたことをあきらめないというのは、難しいことだ』。」全くその通り!君主でさえ難しいのだから、一般人にはさらに難しいことだと痛く共感した。 -
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ネタバレ完全な政治などないのだと教えてくれる本。
韓非子は法家思想の代表格だ。
彼は政治の基本は賞罰しかないと言い切っている。
確かに功績のあるものを褒め、間違ったことをした者には罰を与えるというのは理に適っている。
当時の中国の時代に儒教的な教えを広めていた中でも韓非子は批判している。
人は信賞必罰をもってしか動かせないと。
時に非情にうつる彼の手法であるが、
それは必死に国を変えようとしている彼の思いではないか。
いつの時代も変革を求めているなかで
変わらない世の中であるが、彼は自分の思想をもって国を変えようとした。
その思い・情熱には感動できるものがある。
それがこの時代にも読み継がれている理由なのかもしれませんね。 -
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古代中国の思想家、老子を翻訳し書き下して説明してくれる本です。細かいことは何も覚えていません。
紀元前の中国の思想家の本。
簡単な書き下し文で書かれてはいるのだけれど、なんだか難しいという本でした。
無知無欲であれ、と老子は言います。愚民政治じゃないかと反駁する気持ちが
生まれたのですが、訳者は愚民政治ではないと書いてあります。わからん。
しかしねぇ、文化や文明を否定する主旨のことを論じているんですが、
僕が平生に抱えている思想では、文化ってのはえらい大事なんですよ。
愚民政治に陥らないために欠かせないものなんですよ。これ、二年前に気づいて
どうしてそうなのかは忘れてしまったんですがね。
まぁね、こんな考え方もあるなぁと、頭の隅にでも置いておきましょうかね。
「柔弱は強い」みたいな考え方には賛成。しかし、反戦とか反競争をかかげて
おきながら、やっぱり最後には「強い」だの「勝つ」だのに到達しているのは
矛盾じゃないのかな…。細かいことはおいときますか。 -
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■概要
12世紀に中国の朱熹(朱子)によって定められた「四書」のうちの
2篇が掲載された本です。※他の2篇は「論語」、「孟子」
最近、歴史小説を読むことが多いのですが、
小説に出てくる歴史上の優れた指導者や教養人、商人をはじめとして、
昔の人から、必読書として読み込まれているのを見て、興味を持ちました。
500百年以上にわたって、
必読書になっていた書籍はいい本に違いないと…
書籍によると、標準的な読み方として
大学⇒論語⇒孟子⇒中庸と読んでいくのがスタンダードであると書かれていたので、
今回は大学についてのみ読みました。
■仕事に役立つ点
・それこそ、新訳・旧訳聖書やコーラン、源氏物語や万葉集と同様、
古典中の古典なので、読んでおいて損はないかと。
・優れた仕事を残すには、まず自己を磨きつづけ、かつ磨いた自分を保ち続ける必要がある
という当たり前のことを思い出させてくれます。
・書き下し分は、古語ではありますが、 無駄の無いシンプルな日本語なので、
綺麗な日本語に触れることができます
<あし> -
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中国の思想のひとつ。まず、「大学」。これは大学で何を教えるべきか、について。「大学は、国を治めうる人材を育てる場所。そして、そのためには個人の人格の形成が要となる」と説く。国を治めるには、周りのグループを治める力が必要である。つまり、友人や家族。そして、家族を治めるには、自分をまず修めてなければならない。そして、「中庸」。「何事においても両極端になってはいけない。その中間をベストな形で取るべし」と説く。たとえば、勉強しすぎてもだめだし、遊びすぎてもだめ。双方の相乗効果がもっとも高まる中間の一点はどこにあるのかということ。その点を見極め、採用する。