金谷治のレビュー一覧

  • 論語

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    現代社会において、とりわけ企業などのトップは、自らの利益追求に直走る。さりとて、大事なものを見落としては、チーム諸共に瓦解するのである。論語では、「仁」、「礼」という抽象概念を持ち出し、手を変え品を変え、君子はかくあるべきという肖像をぼんやりと我々に見せてくれる。この本は難しい。硬い骨のある文章であった。それを読んで、少しでも著者の考えを見ることができたなら幸いだ。

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    2026年06月08日
  • 論語

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    『論語』は孔子の没後、その弟子たちが孔子や高弟たちの言行を記録した書物である。全20篇で構成され、道徳の基本である「仁(思いやり)」や「礼(社会のルールやマナー)」などについて、対話形式で簡潔に綴られている。

    特に印象深かったのは、学而第一の冒頭である。

     学びて時に之を習う、亦説ばしからずや。
     朋有り遠方より来たる、亦楽しからずや。
     人知らずして慍みず、亦君子ならずや。

    ここには、三つの教えが説かれている。

    一つ目は、学問とは知識を詰め込むだけではなく、折に触れて実践し、自らのものにしていくこと。
    二つ目は、自分の学びに共感してくれる仲間と意見を交わし、互いに切磋琢磨すること。
    三つ目は、他人からの評価や名声を求めるのではなく、たとえ誰に認められなくとも、己の道を究めること。

    これらの教えは、外側の成功よりも内面的な成長を重視している。特に孔子は、「どれだけ知識を持っているか」よりも、「学んだことをどう体現するか」を重んじていたのではないかと感じた。

    その意味において、本書は「実践の書」に他ならない。私自身、知識を得ただけで満足してしまった経験が少なくない。しかし、それだけでは日々の振る舞いは変わらない。何度も反復し、行動に移して初めて血肉となるのだと思う。頭では理解していても動けないことは多いが、この読書を機に、自らの姿勢を少しずつ変えていきたい。まずは、学而第一の言葉を日々の生活に落とし込むことから始めたい。

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    2026年05月24日
  • 新訂 孫子

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    兵法としてじゃなくって、会社の経営とか、ゴルフの戦略として自分の中に少しでも入っていって欲しいですね。
    一回目は通読してなかなか難しいところがありましたが。
    紙の本で購入しましたので繰り返し読んで書き込み等をしてでも、なんとか自分の人生の助けになったらいいいなぁと思います。
    戦いたくなくても、戦わなきゃ行けないことが多すぎる世の中ですので!
    読み終わった後、孫子伝で目が覚めました。
    仕事は特に、覚悟を持って行動しなくては!!

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    2026年04月05日
  • 新訂 孫子

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    いつかは読もうと思っていた孫子。岩波文庫にしたのは書き下し文≒原文のリズム感を味わいたいと思ったからだ。
    敵を知り己を知れば百戦危うからず、疾きこと風の如く…などの名言も多いのだが、原初を一読したくらいではビジネスへの展開までイメージするには難しかった。もう少し解説書などにも手を伸ばしてイメージ膨らませていきたい。

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    2026年02月07日
  • 論語

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    タイトル:論語
    著者:孔子
    形式:書籍(講談社学術文庫『論語』/平凡社ライブラリー『渋沢栄一の「論語講義」』)
    かかった時間:約8時間
    読みやすさ:★★★★☆

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    2026年02月07日
  • 新訂 孫子

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    『孫子』十三篇は、中国最古にして、最高の兵法書である。春秋時代に呉王・闔廬(こうりょ)に仕えた孫武によって著されたとされる説が、現在では最も有力である。

    本書の内容は、全編を通じて大きく三つの段階に整理できる。

    第一は、不戦と慎重論である。
    「百戦百勝は、善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」という言葉に象徴されるように、戦わずに勝つことを最善の策とし、これを最上位の戦略目標としている。
    また、軽率な開戦を厳しく戒め、国力の消耗を防ぐために「速戦即決」を重んじ、長期戦を避ける点に合理性がうかがえる。

    第二は、現実主義と情報戦である。
    「彼を知り己を知れば百戦殆(あやう)からず」とあるように、敵味方の状況を正確に把握し、客観的に判断して行動することを兵法の要諦としている。
    勝算がある場合にのみ動く姿勢は、理想論にとらわれず、実利を重視する冷静な現実主義の表れである。

    第三は、主導権の掌握と変幻自在な対応である。
    実行段階では、常に敵を翻弄しつつ、自らは相手のペースに取り込まれないことが重要である。「水に形がないように」状況に応じて柔軟に態勢を変え、固定観念に縛られず対応する姿勢が説かれている。
    まず不敗の態勢を整えたうえで、敵の隙、すなわち勝機に乗じることが勝利への道筋である。

    約二五〇〇年前に著された書物が、現代においても読み継がれている理由は、物事の本質や原理原則を見極める重要性、そして状況に応じて柔軟に対応する姿勢の大切さを説いている点にある。

    『孫子』は戦争論にとどまらず、人間の普遍的な行動原理を鋭く描き出している。複雑な現代社会においても、拙速な判断を避け、状況を冷静に見極めたうえで行動することの重要性を、静かに教えてくれる一冊である。

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    2026年01月29日
  • 老子

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    本書は、春秋戦国時代の動乱期に思想家・老子が著したとされる古典『老子道徳経』である。その思想の根底には宇宙の根源である「道(タオ)」があり、人為を排してあるがままに生きる「無為自然」を説いている。

    具体的な実践として、次の三つの知恵が示されている。

    1. 柔弱謙下:剛強なものは滅び、柔軟なものが生き残る。「上善如水」の言葉通り、争わず、低きに身を置くしなやかな姿勢こそが真の強さである。

    2. 知足・無欲:過剰な欲を捨て「足るを知る」こと。所有への執着から離れることで、精神的な自由と安寧が得られる。

    3. 無の効用:有用性に囚われない価値の転換。器の空洞(虚)が役立つように、目に見える「有」の価値だけでなく、目に見えない「無」の余白にこそ本質的な役割がある。

    老子は文明の進展が欲望や争いをもたらすと見極め、人が本来あるべき「素朴な幸福」の姿を提示した。
    現在、私たちは高度なテクノロジーに囲まれ、あらゆる情報を容易に手に入れられる。しかしその反面、私はどこか常に何かに追われているような、得体の知れない不安の中にいる。

    人間中心主義や自然利用が行き詰まりを見せるなか、あえて「無」や「柔」を尊ぶ逆説的な教えは、効率と成果を追い求める社会に身を置く私の渇いた心に深く響いた。執着を手放し、自然の理(ことわり)に身を委ねる智慧は、混迷を極める現代を、そして私自身の日常をしなやかに生き抜くための、静かなる力となるだろう。

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    2026年01月10日
  • 大学・中庸

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    四書の二つである大学と中庸。論語が書かれた後の前漢時代に編纂された礼記の中に書かれているものでこれが四書として日の目を見ることになったのは朱熹によるものであるという、この書物の変遷自体も学ぶことができる。
    貞観政要などの他の中国の書物を読んでも、このような過去の書物が考え方の根源とされているように思え、ここで大切とされている教え、人の上に立つものは徳を備えていること、何よりも謙虚な姿勢であること、欲の元となる行いや振る舞いは一切見せず飾らない身であること、がいかに大事なのかということが繰り返し述べられている。
    また、中庸という言葉の意味もよくわかっていなかった、優れたものはつい行き過ぎてしまう、そうでないものはそもそもやらないでいる、そういった状態が心を歪ませている/歪ませることにもなり、ちょうど良い具合が望ましいのである、物事の両極端を捉えた上でその間を取るということが大事であることがある、という解釈をした。

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    2025年11月24日
  • 論語

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    2025.11.24
    学ぶものとして、人として耳が痛い言葉があった
    全部に賛同できるわけではないが一度読んでみて良かった

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    2025年11月24日
  • 新訂 孫子

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    ・春秋時代、中国最古の兵書
    ・戦争、戦略、心構えなどについての手引書
    ・名言が多い
    ・「利を以てこれを動かし、詐を以てこれを待つ。」

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    2025年10月30日
  • 論語

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    古典を読もうシリーズ、2冊目。
    「不惑」とか「温故知新」とかの元ネタが出てきて、「古典を読んどるなあ!」という気分になった。
    「親の年くらい覚えよう」とか、当たり前ながらなかなか実践のできてないことがいっぱい。
    結構メモったけど、いまいちピンとこなくて読み飛ばしたとこに色々新しい気づきがあるのだろう。

    それにしてもソクラテスも孔子も自分で書いてないのね。紀元前からひろゆきやホリエモンみたいな手法で本は作られてた。

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    2025年10月29日
  • 論語

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    孔子とその弟子とのやり取りやエピソードから、君子(人格者)として徳を積むことの大切さについて考えることができる。有名な言葉も多く、自分の中で行動を起こせる格言としていくつか心得ておきたい。
    背景がわからないと解釈の難しい話も多く、全体を通した上で何度か読み返すと良いと思った。

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    2025年08月16日
  • 新訂 孫子

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    現代にも活かせることが多く書いてある。コミュニケーションはまるで戦いのようであるとも感じた。しかし、その具体的方策については、自ら考え、しかも体得せねばならない。そこが最も難しい。

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    2025年08月15日
  • 新訂 孫子

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    戦略。それを全うする為の姿勢、或いは哲学的思考。
    キング◯ムに孫子の兵法がいくつも登場する。見たことがある人ならすぐ気づくだろう。黒◯丘の戦いは、正にそれである。戦況も見処なので、この本を見た後に読み直したら爽快感が増すのではないかと思う。
    それから、風林火山は孫子の兵法の一節の一部分だ。疾風感、無双感がある。また軍を鼓舞する言葉であろう。美徳的雄々しさをイメージするが、実際は断崖絶壁、絶対絶命の中、勇猛果敢一択ではないだろうか。敵も味方も孫子の手の平の内。底恐ろしさを感じる。
    違った視点で考えると、組織リーダーの在り方とも捉えられ、学ぶべきことが多い。組織の利益を追求しつつ組織構成員も大事にする。大事にするだけでは組織のモチベーションは上がらず遂行力が低下する為、規則を用いて遵守させる。孫子に至っては恐怖を与える程の厳しさも必要なようだ。有能な将になる道は過酷であり、最後のエピソードは孫子の残酷にもなれる兵法を全うする情熱を感じた。読み終わり、やっと冒頭にある『道天地将法』五事を以て勝負を知るという言葉に辿り着く。自分の甘さに突き刺さり、心に刺さる名言が詰まっている。圧倒され畏敬の念に打たれる人も少なくないだろう。何度も読み返したくなる一冊だ。

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    2025年05月20日
  • 新訂 孫子

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    古今東西、様々な軍師に読まれてきた戦略書の古典

    徹底的な現実主義に立脚し、精神論を排し、どのように戦いに向き合うべきかを説いています。
    春秋時代に書かれた戦争に勝つための兵書ですが、人生の様々な場面で応用できそうな示唆に溢れています。特に印象に残った要点は以下の部分です。

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    ① 敵国を傷つけずにそのままで降伏させるのが上策で、敵国を打ち破って屈服させるのはそれに劣る。百たび戦い百たび勝つよりも、戦闘せずに敵兵を屈服させる方が圧倒的に優れている。

    ② 敵と味方、そして置かれた状況について熟知するべき。それには観察が大切である。※よく引用される「彼を知り己を知れば百戦殆からず」だけではなく、状況についてよく知ることの大切さも繰り返し述べられています。

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    現代日本を生きる我々が「戦い」として最もイメージしやすいのは、スポーツやビジネスにおける競合との争いや、個人や集団間での軋轢ですが、先ずは戦いを避けることに限界まで注力し、どうしても避けられない場合は、①、②の順番で行動するのが良いかなと思います。特に②については急に出来ることではないので、平時から常に観察を怠らないことが大切だと理解しました。

    千年以上に渡り、伝え続けられてきただけあり、そのエッセンスが陳腐化することはないでしょうし、定期的に読み直したいと思える内容でした。

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    2024年10月12日
  • 大学・中庸

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    『大学』も『中庸』も学説やそれが拠るところの哲学体系によって、解釈や構成に異同があるとのこと。

    『中庸』に関してはその論理的構成がかなり難解で消化できなかった。
    中庸の徳を補完する「誠」は天命の性、天地の道であり、人倫の道の規範である。して、誠が備わった至誠が他人や物の本性を発揮させるとどうなるか。天地の化育を賛くというのである。
    天地は人が倣うべきものか、あるいは人が化育すべきものか、このあたりの関係が果たしてどのように整合しているのか理解しかねた。

    訳文と解説はわかりやすく、かつ知的誠実性を備えている。
    これら経典を四書として位置づけさえした朱子学の扱いであるが、朱子学的解釈にはその体系的統一性ゆえの強引さがあるものの、儒教史的に重要な点もあるとして部分的に掲示されている。

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    2024年07月15日
  • 論語

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    論語は古典中の古典である。

    江戸時代の総ての知識人は論語から学びを始めて、読書百遍意自ずから通ず、そこから自分の立ち位置を考え、生活設計をした。

    荻生徂徠は、朱子学から始めてそれを政治に活かして江戸封建思想の基礎を確立したが、それも論語を批判的に読んだものだ。

    その政治を批判した大塩平八郎は陽明学を基礎としたが、それも論語を批判的に読んだものだ。

    更にそこから派生して佐久間象山は技術は海外から学んだが、頭は儒学から抜け出していない。その「和魂洋才」が明治維新を成立せしめた。

    一方で町人には「仁義礼智忠信孝悌」の「八犬伝」の様に、なんとなく「仁=愛」が最高哲学との理解がされた。

    また、本来は徳川封建制度の理論的支柱だった身分制度を保証する「名分」論が、幕末には、尊王思想の支柱に転換するなどの変化が起きた。

    だから、それら本となる「言葉」を知るのは大変意義があるだろう。

    そもそも、日本の思想はアガペーとか、エロスとか、そういう思想ではない。玉ねぎを剥いでいけば、跡形もなくなる様な雑種文化だ。しかし、どういう皮を、どのように纏ってきたのか、日本人の思想をスケッチしようとすれば、その過程を記録するに如(し)くはない。

    と、言うわけで(←前置きが長い!)初めて全面的に論語を読むことにした。昔人は人生を懸けて読んだので、曖昧には読めない。ずっと棚晒しにしてきたけど、オーディブルならば12時間で聴き取れる。と思った。もう完全に初心者なので、気がついたことしか、メモしない。しかし、聞き始めて直ぐに気がついた。これはテキストを傍らに置いて聞かないとさっぱりわからない(^^;)。而して、時に併読、時に黙読せり。

    これは私の「独習」ノートである。
    読み下し文の後には〈〉や()で、編者による現代文を付している場合がある。
    ←は、私の解釈、並びに気がついた事を書いた。
    約6千文字になるので、当然無視したり、飛ばし読みOKです。が、元より論語は物語ではないので、拾い読みでも充分OKです。古典中の古典なので、コメント頂ければ、議論が深まって嬉しい。


    巻第一
    ・「君子」とは徳の習得に励む人、又は出来上がった人、らしい。
    ・「孝」父母に支えること「悌」兄弟に仕える「仁」は最高の徳目
    ←君子は一種理想の人であり、君子政治家は果たして孔子の時代に存在していたのだろうか。
    ・子曰く、学びて時にこれを習う(適当な時期におさらいする)、亦た説(よろこ)ばしからずや。朋あり、遠方より来たる、亦た楽しからずや。人知らずして(人がわかってくれなくても)うらみず。亦君子ならずや。
    ・巧言令色すくなし仁 
    〈言葉巧みの美男には殆ど無いものだよ、仁の徳は〉
    ・子曰く、われ十有五にして学を志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳したがう。七十にして心の欲するところに従って、のりをこえず〈道を外れないようになった〉。
    ・子曰く、古きを温めて新しきを知る。以て師となるべし。
    ・子曰く、学んで思わされば則ちくらし(ものごとはハッキリしない)。思うて学ばざれば則ちあやうし(独断に陥って危険である)。
    ・子曰く、その鬼に非ずしてこれを祭るは、諂(へつら)いなり。義を見てせざるは、勇なきなり。(ためらって決心がつかないのだから、臆病ものである)
    ←巻第一は、有名な言葉がとても多い。蓋し、最初の頃だけ十分に学んで熟読した者が多かった、「学びて時に習わ」ざる学究が多かったということだろう。

    巻第ニ
    「成二は説かず、遂事は諌めず、既往は咎めず」
    ←いたずらに物事を刺激してはならぬ、という意味らしい。

    木鐸 振り子でできた小さい鐘で文教に使う。文化的な指導者の例え。
    ←「新聞は社会の木鐸」などと使われている。論語に出ていたのか!そうなっているのか?最近では、新聞人自身が「そんなの知らねー」という態度のような気がする。

    子の曰く、ただ仁者のみよく人を好み、よく人を悪む。
    〈私心がないから、人を愛することも出来、人を憎むことも出来る。〉
    ←「好み」を編者は「愛する」と訳している。

    子の曰く、朝に道を聞きては、夕べに死すとも可なり。
    ←覚えておきたい。

    子の曰く、君子は徳を懷い、小人は土を懷う。君子は刑を懷い、小人は惠を懷う。
    〈荻生徂徠「治者が徳を思えば被治者は土地に安住し、治者が刑罰を思えば被治者はお情けを思う」〉
    ←徂徠の解釈は、どれも突飛。

    曾子の曰く、夫子の道は忠恕のみ
    ←注 忠は内なるまごころに背かぬこと、恕はまごころによる他人への思いやり。

    子の曰く、3年、父の道を改むること無きを、孝というべし。
    〈(死亡から)3年、父の方針を変えてはならない〉
    ←かなり厳しい掟。喪の期間は3年。北朝鮮将軍様でさえ、3年間喪にふくした。しかしながら、孔子は「喪を一年で終わらせてもいいですか」との問いに「お前がそうしたいならすればいい」と答えている(巻第9)。唯だ「父親が死んだら、3年間何食べても美味しくないのが自然ではないかね」と釘も刺している。

    子の曰く、徳は孤ならず、必ず隣あり
    〈道徳ある者は孤立しない。必ず仲間があるものだ。〉
    ←「徳」を「道徳ある者」と訳するのは疑問あり。

    第三
    子貢を評して 器という
    〈「器物として限界はあるが、有用な人材としてどこにでも推薦出来る」〉
    ←そういう弟子っているよね。

    子、子産をのたまわく、君子の道四つあり。その己れを行うや恭、その上につかうるや敬、その民を養うや恵、その民を使うや義。
    〈恭しく、慎み深く、情け深く、正しいやり方。〉

    李文子、三度思いてしかるのちに行う。子、これを聞いて曰く、再びせばこれ可なり。
    ←(考えすぎは良くないよ)

    子曰く、「賢なるかな回や。一箪の食、一瓢の飲、陋巷にあり」
    〈「えらいものだね、回は。竹のわりご一杯の飯と瓢のお椀一杯の飲み物で、狭い路地の暮らしだ。」〉
    ←「陋巷にあり」という本は顔回についての小説だったのか!

    子曰く、これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。
    ←楽しむ>好む>知る
    「知識だけではダメなんだよ」という事らしい。

    子曰く。知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむ。知者は動き、仁者は静かなり。知者は楽しみ、仁者は寿(いのちなが)し。
    ←知者は流動的な世界を好んで、動き過ぎ、楽しみすぎて短命である、といっているようだ。でも、仁者が長生きするというのはどうだろう。顔回は短命だったのである。

    第四
    子、怪力乱神を語らず。
    〈先生は、怪異と力わざと不倫と神秘は、口にされなかった。〉
    ←不倫!!

    子曰く、我3人行えば必ず我が師を得。
    〈3人で行動すれば、きっとそこに自分の師を見つける。〉

    子曰く。奢れば則ち不遜、倹なれば則ちいやし、その不遜ならんよりは寧ろいやし勿れ。
    〈贅沢していると尊大になり、倹約していると頑固になるが、尊大であるよりはむしろ頑固の方が良い〉
    ←贅沢の方がケチより害が大きい。夫婦間でいろいろ使えそうではある。

    子の曰く、君子はたいらかに蕩々たり。小人は長(とこし)えに戚戚(せきせき)たり。
    〈君子は平安でのびのびしているが、小人はいつでもくよくよしている〉

    泰伯第八
    泰伯‥‥周の文王の父の李歴の兄で、かれらの父の大王が孫の文王の優秀さによってその父の方に位を伝えたいと思っているのを見てとり、国を棄てて南方の呉の国に亡命した。

    子曰く、詩に興り、礼に立ち、楽に成る
    〈人間の教養は詩によって奮い立ち、礼によって安定し、音楽によって完成する〉

    子曰く、民はこれに由らしむべし。これを知らしむべからず。
    〈人民は従わせることはできるが、その理由を知らせることはできない〉
    ←現代の理解と違う。日本国語大辞典には「人民というものは、指導して従わせることはできるが、その道理を説いて理解させることはむずかしい。また、人民というものは命令によって従わせればよいので、原理・方針を説明する必要はないの意でも用いる(←初出「町民嚢」1691)。」とある。つまり、江戸時代に歪んで解釈されたのである。確かに、現代でもファスト読書が流行るように、人民は難しいことを避けて単純な理解に陥りやすい。だからと言って、政治を司る立場の人間は「原理・方針の説明」を決して怠ってはならないと思う。それは、孔子の言っていることでもないのである。現代のエライ人が論語の此処を引用するときは、たいてい後者の意味だから「それって、江戸時代以降の解釈ですよ」とたしなめてあげましょう。

    巻第五
    子、四を絶つ。意なく、必なく、個なく、我なし。
    〈勝手な心を持たず、無理おしをせず、執着をせず、我を張らない〉
    ←と、弟子は先生を評価しているが、本当だろうか。

    子曰く、後生畏るべし。いずくんぞ来者の今に如かざるを知らんや。四十五十にして聞ゆること無くんば、斯れ亦畏るるに足らざるのみ。
    〈青年は恐るべきだ。これからの人が今(の自分)に及ばないなどと、どうしてわかるものか。ただ四十五十の年になっても評判がたたないとすれば、それはもう恐れるまでもないものだよ〉
    ←「後生おそるべし」は青年のことを言ったのか!

    子曰く、忠信を主とし、己れに如かざる者を友とすることなかれ。過てば則ち改むるに憚ること勿れ。
    〈忠と信とを第一にして、自分より劣ったものを友だちにはするな。あやまちがあれば、ぐずぐずせずに改めよ〉
    ←友を選べ、という。まぁ確かにそうなんだけど、言われたくないよねー。

    子曰く、三軍も師を奪うべきなり。匹夫も志しを奪うべからず。
    〈大軍でも総大将を奪い取ることはできるが、1人の男でも、その志を奪いとることはできない〉
    ←江戸時代、浪人者のドラマに使えそうなセリフ。

    巻第六
    曾子曰く、君子は文を以て友を会し、友を以て仁を輔く。
    〈曾子が言われた「君子は文事(詩書礼楽)によって友だちを集め、友だちによって仁の徳(の成長)を助ける〉
    ←結局、良き「友だち」を集めよ、という。類は友を呼ぶ、は果たして出典は何処か知らないが、論語からは遠くないだろう。

    齊の景公政を孔子に問ふ。孔子對へて曰く、君は君たり、臣は臣たり、父は父たり、子は子たり。公曰く、善きかな、信に如し君君たらず、臣臣たらず、父父たらず、子子たら、吾得て諸を。
    ←論語において、「名分」論が書かれているのはここのみと言われている。後に「名分」を明確に論じたのは「荘子」なのだから、仕方ない。しかし、この言葉が後に封建社会の身分制度をかなりきつく縛ったのだから、ちゃんと見る必要がある。

    巻第七
    子路曰く、衛君、子を待って政を為す。子将に奚をか先にせんとす。子曰く、必ずや名を正さんか。子路曰く、是れ有るかな子の迂なる、奚ぞ其れ正さん。子曰く、野なるかな由や。君子は其の知らざる所に於て、蓋し欠如するなり。名正しからざれば、則ち言順ならず。言順ならざれば、則ち事成らず。事成らざれば、則ち礼楽興らず。礼楽興らざれば、則ち刑罰中らず。刑罰中らざれば、則ち民手足を措く所無し。故に君子之を名づくれば必ず言ふ可くす。之を言へば必ず行ふ可くす。君子は其言に於て、苟もする所無きのみ。
    ←いわゆる、「正名」論である。
    優先順位の1番上に「名を正す」ことを置く、孔子の思想の根幹だと言えよう、ここから「名分」論が派生し、「大義名分」思想に移り、果ては幕末の尊王思想に移ることを考えれば、何度でも吟味すべき言葉だと言える。
    また、韓国では「論語読み」が近代まで続き、果ては国民全員に広がった。結果的に「白黒をハッキリさせる」という事が、国民的体質にまでなった。大統領罷免運動などは、その最たるもの。従軍慰安婦問題なども、そこから来ているだろう。

    小人なるかな、燓須や。上礼を好めば、民は敢えて敬せざること莫し。上義(正義)を好めば、則ち民は敢えて服せざること莫し。上信(誠実)を好めば、則ち民は敢えて情を用いざること莫し(真心を働かせる)。それかくの如くんば、則ち四方の民はその子を襁負して(おぶって)至らん。焉(いずく)んぞ稼(か=穀物つくり)を用いん。
    ←論語の本質は、民の心構えではなく、あくまでも支配者の心構えであったに違いない。

    子曰く。如し(天命を受けた)王者あらば、(今の乱世では)必ず世にして後に(一代30年経って)仁ならん。
    ←「十二国世界」で王者出現30年後に政治が安定したのは、これを言うか。

    子の曰く、速やかならん(早く成果をあげる)と欲する勿れ。小利を見ること勿れ。
    ←孔子は、魯の町の取り締まりになって政治のことを聴いてこたえているので。もしかしたらかなり具体的な答えだったのかもしれないが、使い勝手のいい言葉で広がっている。

    子曰く、君子は上達す。小人は下達す。
    〈君子は高尚なことに通じるが、小人は下賎なことに通じる〉
    ←まぁ現代でも同じ。わたしも下賎に通じている。

    子曰く、古の学者は己れの為にし、今の学者は人の為に(人に知られたい為に)する。
    ←普通に読めば勘違いするような箴言。

    子曰く、人の己れを、知らざることをうれえず、己れの能なきをうれう。
    ←古今東西、多くの努力の人が、ここを読んで自らを慰めたに違いない。

    巻第八
    子曰く、君子は能なきことを病(うれ)う。人の己を知らざることを病えず。
    ←巻7の32と同じ事を言っている。論語にはこういう繰り返しが多い。つまり、承認欲求を捨てよ。とのお言葉である。しかし、一方で、

    子曰く、君子は世を没えて名の称せられざることを疾(にく)む。
    ←今の名声のために気を配るのは良くないが、いつかは真価が認められるようにと自分を磨くべきだ。という。

    子貢問うて曰く、一言にして以て終身これを行うべき者有りや。子曰く、それ恕か。己の欲せざる所、人に施すこと勿れ。
    ←この場合、「者」は「こと」と解している。「恕」とは「思いやり」である。蓋し、この2500年間、いったい何億何千万人が、この言葉を胸に人生を過ごして来たことか。但し、原典で孔子は「まぁ恕だね」と、珍しく断定口調で言っていないことは、発見である。

    子曰く、人能く道を弘む。道、人を弘むるに非ず。
    〈先生が言われた「人間こそが道を広める事ができるのだ。道が人間を広めるのではない」〉
    ←なんと、これはAI時代における、人間とAIとの関係の如し。

    子曰く、過(あやま)ちて改めざる。これを過ちと謂う。
    ←「過ちをしても改めない、これを本当の過ちと言うのだ」又はこうも言っている。「「小人の過つや、必ず文(かざ)る」…必ずとな!誤魔化すとな!自らを省みて我小人也か。

    李氏第16は、突然の長文で、ここで書き写せない。しかし、内容は重要。何となれば、平和外交論であるから。
    「遠人、服せざれば則ち文徳を修めて以てこれを来たし、既にこれを来たせば則ちこれを安んず」〈遠方の人が従わない場合には、武力に頼らないで文の徳を修めてそれをなつけ、なつけてからそれを安定させるのだ〉それを発展させて、〈国内について、公平と和合と安定を努めるのでなければ、内乱が起こるぞ〉とも助言している。子路とせん有という弟子が小国の家臣になっていたのでの助言なので、かなり具体的。
    ←孔子は戦争を否定していない。けれども決して勧めない。

    孔子曰く、天下道あれば、則ち礼楽征伐、天子より出ず。天下道なければ、則ち礼楽征伐、諸侯より出ず。(以下略)
    ←礼楽と戦争が、同列に論じられているのが、論語なのである。

    巻第九
    子曰く、性、相近し。習えば遠し。
    〈生まれつきは似通っているが、しつけ(習慣や教養)で隔たる〉
    子曰く、唯だ上知と下愚とは移らず。
    〈誰でも習いによって善くも悪くもなるものだが、唯だとびきりの賢い者とどんじりの愚か者とは変わらない〉
    ←思えば、此処からエリート教育主義がおそらく数千年間行われたと思われる。

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    2024年06月26日
  • 新訂 孫子

    Posted by ブクログ

    会社経営者やコンサルの人たちに『孫子』が好まれるという話は前々からよく聞いてはいたが、今回最後まで通読してみて、なるほどねえ、確かにこういう本は好かれるだろうなと納得した。それは、兵法書でありながら組織論や戦略論として応用できそうなところが多々あるからである。ただ、ここが中国の古典らしいところで、こういう時にはこうせよとは書いてあっても、なぜそうなるのか、では具体的にどのように実施すれば良いのかという記述に乏しいので、耳触りの良い標語としてわかった気になるレベルを越えて実際に実務に活用しようと思えば、読む者、実行する者の理解力と思考力、応用力が試されることになろう。

    このように、ビジネス書としてもよく読まれる『孫子』であるが本書はやはり兵法書。私は当初、戦うときの算段や兵の動かし方、攻め方、守り方などがガッチガチに書かれているものだと思い込んでいた。つまり、勝つための諸策目白押しだと想像したのである。ところが、実際に読み進めてみると、例えば「凡そ用兵の法は、国を全うすることを上となし、国を破ることはこれに次ぐ。軍を全うするを上と為し、軍を破るはこれに次ぐ(中略)是の故に百戦百勝は善の善なるものに非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり。」(謀攻篇)なんて書いてあって、正直に言って拍子抜けした。戦法の本じゃないのか、と。だが、よくよく考えてみると「戦わずして勝つ」とか「勝利の軍はまず勝利を得てから戦争をする」というのは、戦いや生きていく上での奥義であるということに思い当たった。私はかつてあるお寺の高僧の方から、「弓で的を射るとき(すなわち何か目標を立ててそれを達成しようとするとき)、的を狙うから、私(弓の引き手)と的の間に距離ができるの。的に当たってから弓を引けばいいじゃない?そういう境地があるのよ。できてから仕事をするという境地があるの。」と教えていただいたことがあるが、通ずるものがあるように思う。

    ビジネスのみならず、生きていく上においても知恵と示唆を与えてくれる本書。これからも折に触れて紐解きたい一冊だ。

    最後に。
    本書には「兵の情は速を主とす。」(九地篇)、すなわち戦争の実情は迅速が第一だ、スピード勝負だと書いてある。翻って、ロシアとウクライナの戦争は2022年2月24日開戦で、現在(2024.1)で2年弱。いまだに多くの犠牲を生み、当時国もいよいよ疲弊し、ウクライナの背後で甘い蜜を吸おうと目論んだNATO諸国もその甲斐なくむしろ面倒臭くなっている現状、孫子(孫武か孫臏)が生きていたら、下手くそな戦争と言われるに違いない。

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    2024年01月08日
  • 大学・中庸

    Posted by ブクログ

    大学は、個人の修練が国家安寧にもつながることを説いている。中庸は、バランス感覚の重要性を中心に、勉学の仕方等について説いている。後者は自分の価値観の核にもなった。

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    2023年12月18日
  • 新訂 孫子

    Posted by ブクログ

     高校生の頃古文と漢文の勉強を疎かにしていたツケが回ってきた…

     本作はとても有名な兵法書の古典だが、その普遍性が評価されており現代社会でも通用すると言う事だったので読んでみた。地形や火攻めのところなどはそのまま戦い方についてが記されているが、確かに他の部分では普遍性のある内容も多く面白かった。

     作中もっとも印象に残っているのは次の文。
    「善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。故に能く勝敗の政を為す。」戦争が上手いものは良い政治を行い、ルールを守る。そして思うままに勝敗を決められるようにすると言うことだ。仕事をする上で大切にしたい考え方だと思った。

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    2023年09月27日