金谷治のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ビジネス書や教科書に採用される理由がよくわかった。ずばり簡潔でわかりやすく、思うことやアドバイスの内容が現代にも通じる。
論語は訳す人によって解釈が変わってくるので、同じ論語でも少しずつ違うのが面白いと思った。その中でもこの岩波文庫の論語は比較的忠実に訳し、解説を入れているので、少々わかりにくくても、自分で解釈を考えたり、余計な先入観を入れないという意味で最初に読む論語として適しているのではないかと思う。
私はアクティブラーニングと関連付けて読んでみたが、「生きるための論語」「アクティブラーニングとは何か」と一緒に読むと、より解釈を深められると思う。 -
Posted by ブクログ
仁・義・礼・智・信を教義に掲げた儒教の開祖孔子の教えを、孔子の死後弟子達がまとめた本。
孔子と弟子の問答を主としており、複数人から書かれたものであるが、孔子の人物像がひとつに浮かび上がる。
儒教は仁義を尽くし、よく勉強し、驕ることなく生きなさいという教え。
外から見ると利己的思想への批判、清貧の尊さが主軸にあるようにみえるが、『論語』を通すと孔子が実行を重要視していたことが明らかとなる。
根底にあるのは強い自責・自戒への意識。
「自分を認めてくれる人がいないことを気にかけず、認められるだけのことをしようと務めることだ」という言葉が度々に登場する。
歳上から心配されず、友人から信頼され、歳下からは慕われる人物像こそが仁のある人だとし、そこを目指して繰り返し自己を省みる。
「背中で示しなさい、ともすれば人は付いてくる」というスタンスが基調。
中盤で朝廷での孔子の姿が描かれているが、弟子は口を揃えて「主に礼を尽くしているが、反面して雰囲気は穏やかだ」と礼讃する。
これは自らの思想と自己(言動)が一致した人間が纏える雰囲気なのだろう。
また書物による勉学も重要視した。
「過ぎたるは及ばざるが如し」の言葉にあるように「中庸」であることが大事だとし、実行における「中庸」を見極めるためには勉学が必要と説く。
勇敢でも智が無いものは、乱暴になるといったように。
『論語』を通して映る孔子像がこんなにも明確なのは、弟子達のあらゆる角度からの問に対し、言葉を濁さずキッパリと応える姿にあるように感じる。
有名な「四十にして惑わず」という言葉から見えるように、この頃にどのような問いにも、自らの信念から回答できる確信を得たのだろうと思われる。
逆に「四十になっても憎まれるのでは、まあおしまいだろうね」という厳しい言葉も残している。
しかし、たまに挟むこの様な厳しい言葉にも、弟子、人民への仁愛が滲み出ていて、憎まれることなく広く慕われていただろうことが容易に想像できる。
中高の漢文でほんの一部触れたことがなかったけども、全体を通すことでそのフレーズの意味合いも変わって見えるのが面白かった。
現代語訳だけならばサラサラと読めるし、オススメの本です。 -
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『古代中国大古典四書の1つ』
▶︎要約
孔子と弟子のやり取りが描かれている。
弟子の問いに対し、孔子が答えるという流れだが、
その答えがとにかく奥が深い。
人としてどうあるべきか、生きる上でどうするべきか、
1つの答えがこの本には詰まっている。
▶︎ポイント
・仁=他人を思いやる心
・礼=仁を行動に移つこと
・義=人としての道を貫く
・智=経験や知識
▶︎学び
・表面的である人は威厳がない
・間違ってしまったときは正直に反省
・人が自分を知ってくれないことを気にかけず、
人を知らないことを気にかけること
・知っているというのは好むにかなわない。好むというのは楽しむにかなわない
・人に教えるには相手の能力を考えなければならない
・読書と実践と誠実と信義
・良い友は正直、誠実、物知りな人。
悪い友は体裁ぶった人、上辺だけの人、口だけの人
・君子に対して、まだ言うべきでないのに言ったり、言うべきなのに隠したり、顔つきを見ないで話すのは過ち
・怒りは後から面倒、疑わしいことは問う、利得を前にしたとき道義を思う、聞くときには細かく聞く、見るときにははっきり見る -
Posted by ブクログ
「上善如水」が飲み物としても言葉としても好きだったのだけれど、言葉としての意味は恥ずかしながらネットの知識しかなかったため読んでみた。
「孫子」が読みやすくて個人的に好相性と感じた金谷治先生による老子道徳経の上篇・下篇、全81章の解釈と解説。
構成として、各章ごとに「意訳」「読み下し」「原文」「解説」となっていたり、副題?を付けてくれているなど、初心者にも読み進めやすい工夫が随所に凝らしてある。
この人の古典解説本、親切で本当にすき。
全体の率直な感想としては「老子、水、好きだなぁ」というのと「不幸な弱者がこれ言ったからってただの強がりにしかならんでしょ」。
たまに老子自身も「これ言っても世間は誰もわかってくれない」的な恨み節を言っていて急に親近感がわく。
そして、著者の解説が上手いのか、特に下篇の後半にかけてだんだんエキサイトしてくる感じに、ひとつの物語モノで味わうようなストーリー性を感じた。
読み終えたときの達成感とか読後感が清々しい。
かいつまんで拾い読みしても得られるものは多々あるとおもうけれども、個人的には頭から終わりまでぶっとおしで読んで痛快な清々しさを感じる、というのを何回もやりたい。
これは名著。 -
Posted by ブクログ
古典を読むにあたり、西洋哲学と共に
東洋思想もバランス良く織り交ぜたい。
本書は、「論語」「孟子」と共に四書
と呼ばれる儒教の代表的経典。
「大学」は、政治の根本は己の修養で
ある「修己治人」を説き、「中庸」は、
道徳の実践として「中庸の徳」「誠」
を説く。
リーダーとして仕事をする上で、又広い
意味で生きる上で必要な、人徳や道の
考え方を、中国古典を通じて学べるのは
驚きである。
一方で、政治の世界は、徳治主義より
法治主義が主流である点も、事実として
受け入れる必要がある。
本書は、原文、書き下し文、注、翻訳
が併記され大変読み易い。
何度でも再読して一文一文を味わい
つくしたい一冊。 -
Posted by ブクログ
そもそも、良い馬をつけたけんこな車を、五十里ごとに1つずつ配置し、それを中程度の普通の御者に任せたなら、できるだけ速く、できるだけ遠くにゆくということも、達成できるわけである(なにも飛び抜けたものが必要なわけではない)
事実とは思わないことでも、十人が言うとあるいはと疑い、百人が言うとそうかもしれないと思い、千人になるとかたく信じこんでしまう
古い時代では、男でも耕作をしなかった。草木の実があって食物は十分だったからである。(中略)ところが、今、一人の人に五人の子供がいるのは多いとはいえないが、その子どもたちがまたご人ずつの子供を生むとなると、祖父が生きているうちに25人の孫ができることになる。こうして人間の数は増えて財貨は乏しくなり、汗を流して精一杯働きながら生活は貧しくなってきた。だから人々は争うのである(人口論。。。!!)
事は時代に従って変わり、対策はそのことに合わせて立てるべきである。
お上の利益と臣下の利益の違い
公然と古代の聖王を根拠にしたりするのは詐欺である(わかりようがないのだから)
お上が金持ちから税を徴収して、それを貧乏なものに施すとすれば、これは努力して倹約に勤めているものから奪い取って、贅沢をして怠けているものに与えるということになるのだ
その人物を実際に官職につけてみて、その仕事ぶりを検討したなら、普通の凡人でもその人物が愚か者か智者かを見分けるのに迷うことはない
法術をわきまえた君主は、偶然にしか現れないような善を追い求めないで、必然的な結果の出る方法を行うのである
そもそも民の本性は、労働を嫌って安楽を好むものである
悪事はどんな小さいことでも見落とさないというのは、密告と連坐の決まりによってそうなるのである -
Posted by ブクログ
古代の聖王の仁義の徳を語っても、それで国を正すことができないのは、これはやはりそれで遊ぶことはできても、実際には国を治めることのできないものだからである
賢明な君主は、相手が自分に背かないことを頼みとはせず、相手がそむけないような自分であることを頼みとする。相手が自分を騙さないことを頼みとはせず、相手が騙せないような自分であることを頼みとする
上君のともにおるは皆その師なり、中は皆その友なり、下はことごとくその使なり
そもそも烏を馴らすには、その下羽を切り取ってしまう。下羽を切り取ると、必ず人に頼って餌を食べることになるから、どうしても人になれない訳にはいかない
君主は外国を手本にしようとするものだが、外国の事情が正しく伝えられなければ事は成功しない。君主は古代を手本にしようとするものだが、学者の説明が適切でなければ名誉は上がらない
お前の身に利益を得たいと思ったら、まずお前の主君が利益を得るようにすることだ -
Posted by ブクログ
現代の日本では儒学の読物としては論語から入る人が多いと思いますが、僕はこの大学から読む事を強くお勧めします。
全文くまなく金言である!などとは思いませんが、冒頭部など儒学の原理を端的にわかりやすく説明している気がします。
逆にここを抑えた上で他の四書を読むと理解、共感の度合いが非常に増す気がしております。
それと文庫本であるというのもポイントが高いです。
こういう本は気軽に持ち歩けなければと思っていますので。
※金谷さん以外の訳にしっかり触れた事がないので、訳ではなく書物そのものに対してのレビューを書きました。
ただ金谷さんの訳や注で不満は持っていない事を付け加えておきます。 -
Posted by ブクログ
儒教の基礎と極意がセットになったお得な本。
儒教の有名どころは一通り読んでので再読。
大学は儒教を学ぶ者がすべきことが簡潔に書いてあり、
中庸には最終的に目指すべき人物像が書いてある。
大学は分かりやすく、中庸は分かりづらい。
大学は修己治人の教えが一貫して説かれるが、
中庸は最初のうちこそタイトルの通りの内容だけど、
話があっちこっちに飛び、突然孔子と弟子達の問答になり、
著者による誠に関する説明が始まったりする。
誠というのはつまり意識しなくても善き行動が取れる事であり、
それが出来るような人は聖人と呼ばれるようになり、
意識して善き行動を取れる者は君子であり、
聖人である誠に至る事が最終目標だということだと思う。
人間である以上、そんな奴は居ないんだろうけど、
それを目指して頑張る事が重要なんだろうなあ。