三浦佑之のレビュー一覧
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昨年9月刊行。現在の三浦史観の集大成。「古代ヤポネシア表通りをゆく」という副題がつく。ヤポネシアは作家・島尾敏雄が日本列島を言い表した造語。著者は更に、古代では日本海に面した列島の海岸沿いこそは表通りだったと喝破する。ヤポネシアという名称はちょっと突飛過ぎてなかなか人口に膾炙しないかもしれないが、古代に未だ日本という名前は無く、自ら倭国と卑下するのもおかしく、国際的に当時の列島を言い表すならば良い名前かもしれない。そして地図上で、列島を大陸を下にして置いてみれば、正に日本海を通じて、北九州、山陰、北陸が表玄関だったことにガッテンがゆくだろう。
三浦祐之氏は、日本を代表する古事記研究者である。しかも、世の文献史家にあるが如く7-8世紀の「記紀」と3世紀の弥生時代後期・4-6世紀の古墳時代を混合し記述することが極力ない珍しい史家である。考古学重視の私とて、記紀並びに万葉集は最古の日本文献なので、出来得ることならば参考にしたい。よって、氏の主張には多く頷くところがあった。
以下、参考になったところをメモする(分かりやすくまとめる事叶わなかった。無視してください)。
◯第1章「海に生きる 筑紫の海の神と海の民」
⚫︎国引神話によって、出雲と新羅は「直接の」つながりかあることがわかる。50年前は大和国家中心主義に毒されていたので受け付けてくれなかった(石母田正を、著者はかなり嫌っている)。
⚫︎筑紫の宗像氏と出雲豪族は緊密な関係があった(日本書紀崇神60年)。出雲の息の根を止められた事件は、おそらく3-4世紀。
◯第2章「海の道を行く 出雲・伯伎・稲羽」
⚫︎出雲文化圏は、のちに国家となってゆくような権力的な集団というよりは、交易や流通を通してつながるネットワークの拠点の一つとして存在したのだろう。
⚫︎スクナビコとカムムスヒ。古事記によると、スクナビコは美保の岬を目指して、東の方からやってきた。母はカムムスヒ。古事記冒頭では、カムムスヒは高天原にいて、海の彼方にいるはず。スクナビコは海の彼方の常世の国から来て常世の国に行ってしまうという構造。それはユートピア化された国では無く、根源なる母なる世界と考えられていたようだ。その信仰の中心にあったのはカムムスヒ。祭神としている神社は、現在イザナミを祭る神魂(かもす)神社(松江市大庭町)と思える。その娘、キサカヒメが加賀潜戸で佐太神社大神を産んだ。
⚫︎ヤマト王権にとり、時に祟りをなす恐ろしい神、出雲大神(オホクニヌシ)を擁する出雲は蔑ろにできなかった。つまり祭祀では、切り捨てられなかった。それが古事記に繋がる。
◯第3章「神や異界と接触する 但馬・丹後・丹波」
⚫︎タヂマモリの異界への旅を、本拠地である多遅摩(但馬)からの船出として想定すると、昔話「浦島太郎」の原話にあたる古代の浦島子物語が、丹後国風土記(逸文)にあることに思い至る。(略)舞台になった丹後が、異界に近づくことのできる場所と認識されていたのだろう。その場所が、最先端をいく物語の出発点となるべき、モダンな場所でなければ、こういう物語を発想することはできなかった。だからこそ、漁師ではなく、容姿端麗な風流人である浦島子という主人公でなければならなかった。
◯第4章「境界の土地をめぐる 若狭と角鹿」
⚫︎大島半島に固有の社殿を建てないで神を祀る形態は、ヤポネシア全体に広く存在したと考えられるのではないか?巨木のしげる杜を祀るのは、沖縄の御嶽(うたき)、奈良の大神(おおみわ)神社、諏訪大社上社本宮など。
⚫︎福井県敦賀市の気比の松原において、のちの仲哀天皇の御子は、浜で御祓ぎをして穢れを落とすとホムワダケとなって都に凱旋し、母オキナガタラシヒメに迎えられて即位する。角鹿の仮宮での籠りと浜での禊ぎは、王の誕生儀礼ということになる。角鹿でなされたのは、ヤマト王権にとって、政治的にも経済的にも重要な場所だったからだろう。
◯第5章で、越前・越中・能登、◯第6章高志と諏訪、出雲は簡単に済ます。特筆したいのは、出雲大社東方約200mにある命主社の背後の真名井遺跡から寛文期(1665-71)に出土した勾玉は糸魚川翡翠であり、武器形青銅器は北九州産。どちらも海に舟を用いて運ばれたとみられる。また、五世紀の古代朝鮮・新羅の王族の墓から穴玉や王冠を飾る勾玉など、多量の翡翠製品が出土している。
◯終章 国家に向かう前に
⚫︎ヤマト政権が成立する前は、吉備と出雲が先行して王権的な世界を作ったという説を紹介した後、「もし」それらがヤマトに屈することなく吉備・出雲・筑紫が存在し続けていたらどうなったか?その時は、それぞれの国の戦乱と統一の繰り返しが行われただろう。
←私もそう思う。だから、(私の説だけど)吉備が率先してヤマトと共に西日本統一を目指したのは、(中国・朝鮮大陸の状況を見据えた)正しい選択だと思う。しかし、そのことで吉備の仲良し国だった出雲を始めとするヤポネシア表玄関は、やがて山陰地方というイメージを植え付けられていくようになる。1800年前に、吉備と出雲の間で、ヤポネシアの未来について、歴史的な激論があっても、決しておかしくはない。
⚫︎ヤポネシアの表通りを歩いてみると、筑紫にも出雲にも八上にも、但馬・丹後、若狭にも、角鹿(敦賀)にも能登にも奴奈川にも至る所に拠点と言える土地があり(略)それぞれが対等なかたちで向き合っている(略)そこには地形的に恵まれた大小のラグーン(潟湖)があり、それぞれは海の道で繋がれている(略)少なくとも、律令国家が介在する以前はには、陸の道の痕跡はほとんど存在しないとみていい。
←海の民族にとって、統一国家という概念すらなかった。そして、おそらくヤポネシアにはあまりにも豊かな「神話文化」があり、武力的に出雲を征服しても、神様の出雲参りを止めることは出来なかった。なんと2000年間、出雲の権威は落ちなかったのである。(←私の妄想) -
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三浦佑之さんは以前紹介した「日本の神様図鑑(大塚和彦)」のようななんちゃって古事記研究者ではなく、私の信頼するガチの専門家である。神話時代と弥生時代を一緒に記述する学者が多い中で、三浦さんはキチンと分けている。
本書は三浦さんのガチの古事記研究書である。古事記は日本の最古の歴史書であり、弥生時代研究にも、やはり重要参考書であることは間違いない。
三浦さんは天武天皇が勅選して作らせたという記述がある古事記の「序」は9世紀の偽造だと主張する。さらには明治政府は、国家を安定させ永続させるためには、「法」とともに、国家の精神的な支柱になる幻想が必要だと考えた。それが「記紀神話」として一括宣伝した理由だった、とする。それによって、古事記は国家の歴史書であると、誰もが疑問に思わずここまできてしまった。
古事記の神話部分には四割もの出雲神話があるが、日本書紀ではそれは見事に抜け落ちている。「国譲りの場面は存在しながら、いわゆる出雲神話と称される出雲の神々の神話や系譜を、日本書紀はほとんど載せていない(38p)」それは何故か。
信濃や出雲などの「滅びゆくもの」に寄り添った「語り」の歴史書が古事記であるからだ。
少し難しいけど、出雲神話を語ることで何をしようとしたのかは想像するしかないけど、興味深い本だった。電子書籍限定価格でかなり安く購入。「付古事記神名辞典」なので、旅の途中で調べ物をするときにも便利だろうと思える。 -
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<目次>
はじめに
第1章 歴史書としての風土記
第2章 現存風土記を概観する
第3章 常陸国風土記~もう一つの歴史と伝承の宝庫
第4章 出雲国風土記~神の国ともう一つの文化圏
第5章 語り継がれる伝承~播磨国風土記と豊後国・肥前
国風土記
まとめにかえて
<内容>
勉強不足だったが、当初の朝廷の目論見が『日本書紀』が『日本書』「紀」だったとは。そして『風土記』は『日本書』「志」にあたるとは…。確かに中国の歴史書を踏まえて作ったいるなら、それで該当することになる。そしてその目論見は何らかの理由でうまくいかず、『風土記』は独立した地誌となった。
また「出雲国風土記」の性格についての考察も面白かった(やや難しかったが…)。撰録者が出雲国造(何となく知っていたが)なのだが、もう国司の時代に出雲だけが「国造」が残っていて、しかもそれは元意宇(おう)氏だった。出雲の東側を支配し、神栖神社を祀ってきた。出雲西側の神門氏は朝廷に抑えられ、意宇氏が出雲を支配し、「出雲臣」となった(出雲国造)。その流れで考えると、「出雲国風土記」が純粋な「国つ神」の神話というよりも、朝廷におもねった「出雲氏(意宇氏)」の取捨選択によるものだという指摘が斬新だった。 -
本当は怖い世界の童話
- カート
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試し読み
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平安時代初期に奈良薬師寺の僧•景戒(きょうかい)が編纂した仏教説話集。約120話の短い話を口語訳したのが本書。原典は漢文だが、口語訳されているのでサクサク読める。本文の下に註釈も付いているので理解しやすい。巻末には地図•系図•関連年表もある。
内容は、後世に伝承されて昔話や伝説となって広まったような物語が多い。動物をめぐる恩返しや臨死体験を語る冥界訪問譚などはその代表的なものだろう。
『日本霊異記』の価値は、それ以前には日本人の思考に無かった因果とか応報などの"観念"を駆使して語られる仏教的な戒めが、短い物語として大量に記録されている事にある。
正直、全部読み通すと些か食傷感をおぼえるが、日本人が日本人となってきた過程が垣間見えるようで、それはそれとして面白かった。 -
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今から1300年ほど昔でも、人間の心情や行動は現代とそれほど違わないのではないかと、古代の文学を読んできた著者は言う。
本書では、そうした観点から、記紀や風土記、万葉集、日本霊異記等の興味深いと思われる箇所を紹介していく。
第1章の異界論では、黄泉の国でのイザナキとイザナミのやり取り、不老不死を求めての常世の国訪問、浦島子物語などが紹介される。
以下、男と女を巡る純愛やスキャンダラスな物語、エロ、グロ的な話、親子の断絶、さらには有間皇子、大津皇子、称徳天皇と道鏡の関係などの政治史的事件を巡る物語等々が紹介される。
関係箇所の訳文、そして著者の考察が分かりやすく示されているので、興味を持って読み進めることができるし、当時の時代状況や人々の考え方についても有意義な知識を得ることができる。
なお、本書文庫版では、3.11そしてコロナを受けて、第5章として「揺らぐ列島、疲弊する人びと」が増補され、地震や疫病の発生、当時の困窮する人びとの苦しみなどについても紹介がされている。 -
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長年にわたって『古事記』を中心とする日本古代文学の研究をおこなってきた著者の、出雲神話についての見解がまとめられている本です。
出雲神話をめぐる従来の解釈を批判し、考古学上の研究成果も参照しながら、ヤマト王権に敗北した出雲の側の「語り」を、『古事記』や『風土記』のうちに読みとろうとする試みがなされています。著者は、高天原からタケミカヅチが使者として遣わされ、タケミナカタとの力くらべを経て「国譲り」がおこなわれたという解釈は、ヤマト王権による出雲の「制圧」として理解されなければならないと主張しています。また、カミムスヒについても、出雲とかかわりの深い神であったという考えが提出され、『古事記』や『日本書紀』においてタカミムスヒと並列する神として位置づけられることで、そうした実態が見うしわれていったことを主張するとともに、そのような考えを著者に先だって提出していた先行研究の発掘をおこなっています。
著者は、古老の語りという形式をとった『古事記』の現代語訳を刊行し、『古事記』の入門書も多く執筆していますが、本書はそれらの解説でも語られていた、出雲神話についての著者の考察の集大成となっています。600ページを越えるヴォリュームの本で、重厚な内容を予想していたのですが、たしかに既存の学説についての紹介などはやや難解に感じられるところはあったものの、おおむね読みやすい説明となっており、また著者の主張そのものが展開されていく叙述の流れもたいへん興味深いので、読みはじめると一気に読むことができました。 -
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『あらすじで読み解く古事記神話』(2012年、文藝春秋)の加筆改題版です。
著者は、『古事記講義』(文春文庫)や『古事記を読みなおす』(2010年、ちくま新書)など、古事記の入門書を数多く執筆していますが、そのなかでも本書は、著者が「中学生以上ならだれにでも楽しんでいただけよう」と述べているように、とくにわかりやすく書かれている印象です。
古事記の上巻から、親しみやすいエピソードを紹介し、それをめぐっての著者の解説がつづくという構成になっています。他方で、「一般的な解釈とは違う新説も随所に加わっているので、古事記研究を専門とする人にも読んでほしい」と著者が述べるように、著者自身の見解も前面に打ち出されています。
とくに、ヤマト王権とは異なる観点から古代史を考える必要性を訴え、「日本海文化圏」にかんする研究が進展することへの期待を表明したり、あるいは出雲神話の重要性について語っているところなどには、古事記と古代史をめぐる研究が現在でもホットなトピックでありつづけていることがうかがえて、おもしろく読むことができました。