三浦佑之のレビュー一覧
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・三浦佑之「古事記の神々 付古事記神名辞典」(角川文庫)を読んだ。講談社から出た「出雲神話論」の前駆書であらうか。ここでも出雲神話 が大きく採り上げられてゐる。「出雲神話論」を読んでない私はこの点でまづ興味深かつた。何しろ私の古事記は好きでちよつとかじつた程度である。たかが知れてゐる。それ以上に、私は古事記と日本書紀を「別個の作品だと言いながら『記紀』という呪縛(マインド・コントロール)から完全に解き放たれていない」(10頁)人達の 古事記理解の中にあつた。しかし、これが普通の古事記理解のはずである。アマもプロも、歴史も文学も、記紀の片方と理解しながら古事記を理解してきた。「今考えると、『記紀
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第一部「歴史叙述の方法」では、日本書紀と古事記という性格を異にする2つの歴史書において、歴史はどのように叙述されているかということを論じている。
日本書紀では、特に巻三以降の各天皇紀は、編年体により、天皇の時間によって整序されているため、つながりのある出来事でも分断されることとなる。
これに対し、古事記では、〈混沌→秩序〉のブロックが積み重ねられた伝承群から成り立っている、とされる。
第二部「歴史としての起源神話」では、起源神話の語り方について考察される。笑いとイケニヘ、そして人間の誕生を語る青人草。
第一部は、叙述の方法に関しての議論のため、その論理が比較的追い易かったが、第二 -
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古事記に登場する主だった神々について、その成り立ちや性格、他の神々との関係等を論じたもの。
著者は、古事記の序は後世に付け加えられたものであり、日本書紀が国家的事業として、国家の正統的歴史書を作ろうとしたのに対し、古事記はそうではないと言う。特に出雲神話が書記にはほとんど取り上げられていないのに対し、古事記では、権力に抗い、敗れた敗者への共感があるのではないかとする。
そうした基本的立場から、オオクニヌシを始めとする神々について説明されるのだが、特に、出雲から越にかけての日本海側のつながりに着目する。
著者の見解について、その当否を述べる能力はないが、古事記を読み込んだ魅力ある仮 -
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紀記とまとめて考えられがちな古代の話を、古事記、日本書紀、出雲風土記など様々な一次資料を個別に参照し、先行研究によって凝り固まってしまった考え方を説き解しながら、出雲にまつわる神話を順を追って浮かび上がらせている。
面白いと思ったのは、考古学の発見も参照しているところ。文献だけでは得難い実感を伴って読むことができた。博物館で観た大量の銅剣や出雲大社の柱の基礎などが想起されて、神話と現実を行ったり来たりするような不思議な感覚。
読み進めるにつれ、万葉集や物部など歴史として知る単語が出てくるのも同様。
ついに次は古事記自体を読んでみようかと思います。いろんな神社にも行ってみたい。 -
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ネタバレ古事記は、律令国家の由緒を描く史書として読まれてきた。だが、こうした理解には根本的な誤りがある―。日本書紀には存在しない「出雲神話」が必要とされたのはなぜか。どうして権力にあらがい滅びた者たちに共感を寄せるのか。この作品の成り立ちを説く「序」は真実か…このような疑問を通じ本書は、「国家の歴史」以前から列島に底流する古層の語りとして、古事記をとらえ返す。それにより神話や伝承の生きた姿、魅力がよみがえる。古事記の世界を一望に収める入門書の決定版。(カバー)
入門書としては偏っているような…。
全編通して話が及んでいるのはうれしいところ。読みごたえがありました。 -
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著者は、古事記と日本書紀を「記紀神話」と一括し、両者をともに律令国家を支えるために編纂されたとする通説を批判し、古事記の「語り」に滅びゆく者へのレクイエムを聴きとろうとしています。
その際に著者がまず注目しているのが「出雲神話」にかんする叙述です。大和政権の正統性をあきらかにする意図で書かれた日本書紀には、古事記に含まれている出雲にかんする記事の多くが存在していないことを著者は指摘します。このことは、天皇家の歴史を叙述するためには出雲神話を無視してもさしつかえがないということを意味しており、それゆえ古事記における出雲神話に関する記事に、律令国家における正史として編纂された日本書紀とは異なる「 -