大竹文雄のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ「お金がない人を助けるには、どうしたらいいですか?」
という小学5年生からの問いに、経済学ならばどう答えるか。
そこのところがこの本の書かれた発端になっている。
行動をうながすためのインセンティブを見ていったり設計したり、
また、統計データから相関しているものをどう読み解くか、
その因果関係への着眼点の持ち方、
それらが、本書のタイトルになりテーマとなっている
「経済学的思考のセンス」になる。
本書は2005年刊行の本ですが、
すでに行動経済学の考え方が取り入れられていたり、
格差や不平等に関する着眼点や論考にも先見の明があり、
現在でも通用する内容になっています。
最初は、イイ男ははやく結婚しているものなのか、
それとも、はやく結婚して守るものができたため、
あるいは妻に育てられたため、などによってイイ男になったのか、
といったおもしろトピックをとりあげて、
経済学的な視点といったものに慣れていく感覚ですすんでいきます。
それは、プロ野球監督の能力とはなにか、だとか、
オリンピックの国別メダル獲得予測に関するものだとか、
週刊誌の見出し的なトピックのものが多い。
中盤から最後までは
年金問題や格差問題を正面から扱い、
不平等というものにドスンとぶつかっていく硬めの論考になっていきます。
それは大まかに見ていくというのとは逆で、
ミクロな部分を仕分けしていくように、
そして、本書の前半部分で親しんできた
経済学的な着眼点と思考を用いての分析になっていきます。
低所得者は怠惰であるからそうなった、
つまり努力が足りないからだ、と考える日本人は多いそうで、
さらにはアメリカ人的な考え方でもあるようです。
ヨーロッパのほうでは、幸運や持って生まれた才能に大きく左右されるものだと
考える向きが強いそう。
これは、努力も幸運も才能も、どれもが低所得や高所得に影響するもので、
どれか一つというわけでもなければ、
どれが一番というものでもないのかもしれない。
また、努力が足りないから低所得なのだ、と考える向きの強いアメリカでは、
「今は低所得だけど、転職によって高所得を得られる可能性はずっとある」
というように、所得階層間での移動率が高い。
幸運や持って生まれた才能が大きく関係すると考えるヨーロッパでは、
所得階層は固定的。
日本はどちらなのかといえば、所得階層間の移動率は低いのに、
考え方は努力が足りなからだ、というもので、
なんだか組み合わせが悪いものになっている。
努力しても所得階層間の移動率が低いので、
努力が報われない可能性が比較的高いのに、
それでも努力が大事な要素であって、
運・不運や持って生まれた才能は努力よりも影響は小さいと考える。
よく日本人は「自己責任」という考え方をするので、
そういった場面での冷たさが指摘されることがあります。
こういう、社会の構造と心理のアンバランスさが
そういった日本人の意識を醸成しているのだろうなあと思いました。
アメリカ人のいう自己責任と日本人のいう自己責任ははっきり違ってきますからね。
努力すれば報われるアメリカンドリームの世界を前提とした自己責任と、
せいぜい大学入学までの努力が比較的報われて、
それ以降の努力は報われない世界を前提にした自己責任と、
まったく違いますよね。 -
Posted by ブクログ
近頃似たような本を多数読んでいるので、読後感が希釈されてしまって、残らない。
割と雑然とした経済学のコラム集
記憶に残った項目
男のほうが競争が好きなのが男のほうが出世するという結果につながっているかもしれない
小さく生んで大きく育てるは間違い、体内で栄養状態が悪いと、飽食生活に耐えられないで肥満になる傾向が高い
最低賃金引き上げは、貧困層に大きな損害を与える
夏休みの宿題を最後までのコスタイプの人は、多重債務に陥りやすい。それは、主観的割引率が高いため
2014年 前に読んだこと完全に忘れて再読。この記事書くまで、前に読んだことがあることを思い出せなかった。orz -
Posted by ブクログ
私たちは本当に「市場競争」について理解できているだろうか、というのが本書のテーマ。
統計データを使いながら、日本人が感じる「公平感」や競争に対する感覚の特殊性を指摘していく。
その背景には、「市場経済」__つまり競争を前提とした社会がもたらすメリットが正しく理解されていない状況があるのではないか、と著者は指摘する。
「ブラックスワン」のタレブは市場は失敗することを前提にしているが、だからといって市場そのものがまったく無意味というわけではない、ということだろう。
「競争」というものがあることによって、私たちはいろいろなメリットを得ている。ただし、それが当たり前の世界で生活しているので、そのメリットが見えて来にくい、というわけだ。
第二節では、「公平」や「貧困」の問題を取り上げている。日本における貧困の多くは「相対的貧困」であろう。それは、その人が「そう感じる」という部分が実際の所多い。
そして、人の感じ方というのは相対的である。
また、人間はマキシマイザーではない。
そういうのを前提として、制度設計が必要ではないか、という提言もある。本書内では「後悔するような人間」をモデルにする必要があるのではないか、と書かれている。
このあたりは、リチャード・セイラーの「実践・行動経済学」あたりが関連してくるだろう。
第三節では「働きやすさを考える」と題して、非正規雇用の問題から、社会全体における労働の在り方が模索されている。
市場経済、あるいは競争主義というのは、「自由に好き勝手やってください」というのとイコールではない。そこには、一定のルールがある。
そして、そのルールが時々の情勢に合わせて変更される。
その変更のされ方に、「不公平感」を感じることは避けられない。バランスを調整するために行われるわけだから、主体的な視点で見る「私たち」の誰かは、必ず「不公平」を感じることになる。
結局の所、その不公平を受け入れることで、一体何がバランスされるのか、ということを考える必要があるのだろう。
不公平が嫌だからと言って、競争そのものを完全にゼロにしてしまったら、思いもよらなかった結果が待っているかもしれない。
なにせ、私たちは「後悔するような人間」なのだから。 -
Posted by ブクログ
チケット転売問題=一部をオークション方式にする。
他店価格対抗の広告は、価格を下げるなというメッセージ。
くまもんは使用料はただ=二部料金制と同じ
現状維持バイアス。
ご当地グルメは親近感バイアスから、馴染みのある食べ物になりやすい。
勝者の呪い=オークションの落札者は、それ以上で転売できない。
シャッター街は負の外部性の結果。
競争は独占の弊害を防ぐだけではなく、進歩のために必要。
多数決のパラドックス=2番目に好むものが多いものが勝つ。
幸福感が高まると生産性が高くなる。
怒りはリスクを取りやすくする。
怒らせると協力しなくなる。
医者が謝罪しても不利にならないようにすると、医療訴訟が減った。
確率が低いものは高く、高いものは低く、認識される=宝くじを買う理由。
ストレスがあると挑戦しなくなる。
損を嫌う=参照点にしがみつきたい行動原理。
バーディーパットよりパーパットのほうが慎重になる理由。
代表制バイアス、想起性バイアス、係留性バイアス。
信用できると思っている国のほうが成長率が高い=余計な神経を使わなくて済む。
平等な待遇を心がけて教育するほうが他人に対する思いやりをもたなくなる。人間に多様性があることを認識させたほうが思いやりのある人に育つ。
放蕩息子の定理=息子に対する利他的な心を父が持っていると知っていると、そもそも放蕩しない=家族全体の利得を考えたほうが放蕩息子も自分の取り分が大きくなる。早めに遺産分割をすると「サマリア人のジレンマ」が出てくる。
三多摩地区はもともと神奈川県だった。東京都に編入されたのはコレラの大流行から。水源地の三多摩地区の不衛生を管理したかったから。
合理的無知=選挙で情報収集の手間をかけないため。
職種によって、長時間労働のほうが時間あたり生産性が高まるものがある。男女賃金格差の原因。
コンピュータ化による格差拡大の標準的説明は、中間層の仕事がなくなって、単純労働への応募が増えるから。
ピケティーは、1%に集中するのは経営者の所得決定メカニズムや最高税率の引き下げに原因があると見る。
コンピュータ化によって、かつての高所得は低所得になり、新たな高所得職業が出てくるがそれは数が少ないから。
宝くじの当選者は保守的になり、平等主義者ではなくなる。
技術革新によって設備の陳腐化が激しくなる。空家問題も同様。
失われた20年の根本原因は投資の非効率性にあった。 -
Posted by ブクログ
「オイコノミア」の「大竹先生」の本で、2010年刊行の本。
労働や雇用の問題の専門家だったようだけれど、テレビで活躍する人だけあって、いろいろな学者の論文を引きつつ、すっきり、手際よく議論が進んでいく。
経済状況が人の価値観形成上に影響し、その逆もある―こう書くと当たり前のようだが、これが経済学的にも証明されてきたことなのだとか。
出生時の体重が成長後の健康状態、ひいては経済状態にも関わっているという話には驚いた。
各章で、男女の昇進格差、グローバル化の中の所得格差など、様々な格差問題を分析し、最後に処方箋を示していく。
国が再分配をうまくしていけるのなら、むしろ競争や格差はある程度はあったほうがよい、ということのようだ。
…それがあまりうまくいっていないから、困っているんだけどねえ。