倉阪鬼一郎のレビュー一覧
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ピクトマンシ-、すなわち絵画魔術というものが文学上にあって、最も有名なものは、『ドリアン・グレイの肖像』であろう。従って、ほとんどのピクトマンシ-は、ゲームに登場するものを含め、「あるものを絵の中に写すことにより、その対象を封じ込めたり操作する」というスタイルをとっている。
本作のなかのピクトマンシ-も基本的には同じなのだが、一種の呪物である負のエネルギーに満ちた絵画を用いる事で、不特定多数に致死的な呪いを振りまくという凶悪なバリエーションを作っている。
これは怖い。作中にも語られているが、今は容易に映像や音、画像がインターネット上でどんどん拡散複製されていく時代だから、もしそういったものがCMなどに使われていた場合、怖ろしい事になる。(誤解を招かないため添えておくがCMにも著作権はある)。
そんな現代社会に、不気味な、絵の悪霊が誕生してしまった。これはその悪霊の物語。ぞくぞくするほど怖く、容赦なく血みどろで、惨い。極上のホラーだった。 -
購入済み
じっくり、しみじみ…
穏やかな文体が心に優しくしみて、江戸を感じる単語達がさりげなくちりばめられ、そして静にリズム良く進むストーリー。大切に何度も読み返したい小説です。
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【怖い~を読む―2】
いそうでいない…とか、見えそうで見えない…
ってのが、「怖さ」を引き起こすんだろうなぁ。
俳句は17音…すべてを語るには短すぎる…
わかりそうでわからない…う~む、やっぱり怖い…
本書にもあるように…
「鑑賞する主体によって、感じる怖さはおのずと違ってきます。」
…というわけで、ボクが怖いぃ~と思ったのは、
こんな句でした…絞りに絞って10句…
稲妻に道きく女はだしかな 泉鏡花
戦争が廊下の奥に立つてゐた 渡邊白泉
葱を切るうしろに廊下つづきけり 下村槐多
うしろとは死ぬまでうしろ浮き氷 八田木枯
不安な世代完全な形で死ぬ電球 上月章
水を、水を、水の中より手がそよぎ 坂戸淳夫
呪う人は好きな人なり紅芙蓉 長谷川かな女
六月の皿に盛りたる人の顔 栗林千津
きみのからだはもはや蠅からしか見えぬ 中烏健二
かあさんはぼくのぬけがらななかまど 佐藤成之
怖いもの見たさで一気に読んじゃったけど、
ふと気がつけば、この本…俳句の世界を概観できるように
なっています…そして、人の心に蠢く闇のありようも…まさに、
本書で語られることのすべてがある世が「怖い」のかも… -
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そういえば最近、
(怖い思いをした事が無いな・・・。)
本書を手にとりながら、そう思った。
夜中のトイレも
母親の小言も
ホラー映画の中のゾンビにも
ビビらなくなったね。私…。
ふと、
(怖いもの…
どこへ消えたんだろう?何時の間にいなくなっちゃったんだろう?)
無敵の私は、ほんのちょっとだけ寂しくなり、
歌人達が一体何を怖れているのかが、
突然気になりだした。
ねぎを切る うしろに廊下 続きけり
戦争が 廊下の奥に 立っていた
口開けぬ 蜆(しじみ) 死んでいる
ぞくっ、とする。
私には全くみえない
亡霊が 歌人の目には 見えている おそまつ。 -
Posted by ブクログ
世界最短の詩である俳句。
その俳句の世界で、誰もがその名を知る「俳聖」松尾芭蕉は
「言ひおほせて何かある」(すべてを言いつくしてしまって、何の妙味があるだろうか)
と言っている。
(この言葉は本書の中でも紹介されている)
要するに「チラリズム」
ただ、俳句で「怪奇」や「恐怖」を表現した場合、短いだけに、かえって想像が掻き立てられてしまう。
本書では、そんな怖い俳句を紹介している。
その怖さの種類にも
「幽霊画を見たり、怪談話を聞いているような怖さ」
「作者自身、もしくは作者がおかれている状況が怖い」
「作者が体験したことが怖い」
といったものがある。
「幽霊画を見たり、怪談話を聞いているような怖さ」は比較的、分かりやすい。(紹介されている句の数も最も多い)
なにより、所詮「絵」や「話」なので、実際に危害を加えてくるようなものではないという、ある種の「安心感」もある。
そのような句の中で印象に残った句としては次のようなものがある。
稲づまやかほ(顔)のところが薄(すすき)の穂 松尾芭蕉
骸骨たちが能を舞う絵に感じ入っての句。骸骨の幽霊たちが踊り狂うさまを偶然、見てしまったかのよう。
狐火や髑髏に雨のたまる夜に
公達(きんだち)に狐化けたり宵の春
巫女(かんなぎ)に狐恋する夜寒かな
すべて与謝蕪村の句。怖い句ではあるが、同時に絵になる感じがする。
流燈(りゅうとう)や一つにはかにさかのぼる 飯田蛇笏
怪奇現象?
蛍死す風にひとすぢ死のにほひ 山口誓子
嗅覚にうったえる、というのはこの句だけ。「死のにほひ」がどんなものか分かりませんが、嗅げば、それと分かるものなのだろう
百物語果てて点せば不思議な空席 内藤吐天
さきほどまで百物語をしていたメンバーの一人こそ実は死者そのものだったのか・・・。
「山小屋の四人」の怪談を連想させる。
水を、水を 水の中より手がそよぎ 坂戸淳夫
水の中からのびてくる手は「助け」を求めているのか、「仲間」を増やそうとしているのか・・・。
海避けて裏道とほる死者の夏 大屋達治
海水浴客でごったがえす海沿いの表通りから一歩、裏通りに入ると表の喧騒がウソのような静けさ。
死者が歩くにはもってこいの環境なのだろう。
隙間より雛の右目の見えてをり 小豆澤裕子
ホラー映画で隙間から外の様子を覗いたら、邪悪な者もその隙間から中の様子を覗いていた、というシーンを連想させる。
「作者自身、もしくは作者がおかれている状況が怖い」という句(自由律詩が多い)は紹介されている数は少ないものの、かなりゾッとするものがある。
皿皿皿皿皿血皿皿皿皿 関悦史
よく見ると「皿」の羅列の中に、形のよく似た「血」が混ざっている。
いまだに意味不明だが、「皿」という日常品の中に突然「血」が出てくる怖さがある。
ホントニ死ヌトキハデンワヲカケマセン 津田清子
文句なしで怖い・・・。
本書の中で一番、怖かったのが「作者が体験したことが怖い」という句。
戦争が廊下の奥に立つてゐた 渡邊白泉
廊下の奥に立っていた「戦争」は人型で、ずんぐりむっくりの体型、全身真っ黒、顔は大きな口だけの異形の者(推測)
「冷酷無比」ではあるものの、「邪気」はない気がする。
この作者の他の句も怖い。
繃帯を巻かれ巨大な兵となる
赤く蒼く黄色く黒く戦死せり
眼をひらき地に腹這ひて戦死せり
どれも「この世ならぬ者」が関わっておらず、戦場で実際にありそうな光景なので、よけいに恐ろしい。
結局、一番怖いのは「この世ならぬ者」ではなく、「生きている人間」なのだろう。 -
Posted by ブクログ
何を書いてもアレだな...ネタバレになってしまいそうです。
という元に書いてますので...ご了承を。
で、... ... ...最高です。素晴らしいです。素敵なバカです。
なんじゃこりゃ? 作者の書きたい目的が明らかに歪んでます(笑)。
目指してる方向自体が、完全にオカシイ。なのに、ここまで
完璧に書ききった尽力は尊敬と感動を生む。倉阪氏の仕掛けた
無駄に大きく、偏執狂的に深い落とし穴にすっかり嵌ってみると
その穴の中の異常性に驚かされます。
正直本丸自体は結構早い段階で気付き、密室や殺人事件の
トリック自体の大枠は分かるものの、そこから先は常人の
領域ではないw。解決篇を読まずしてこの「小説」の仕掛けに
気が付いた人は相当...オカシイw。バカ馬鹿し過ぎますー。
でも現実的な作業は相当大変だったんだろうなー。
もう作者的にはPDFファイルで入稿した方が...みたいに
テキストを絵画のように使い、この発想と結果は
漢字と平仮名を使用する我々だから出来た訳だ。恐らく
英語のみの文章で同様の仕掛けは出来まい。
いやー、すっごい破壊力の作品。違った意味での読後の爽快感。