釈徹宗のレビュー一覧

  • 死では終わらない物語について書こうと思う

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    「死では終わらない物語について」往生伝や
    終活、いかに死ぬか。宗教と死。をテーマに
    書かれた本。
    久しぶりに読んだ釈氏の本でもあります。
    まだまだ、死について具体的に近しく感じたことは
    今のところありません。
    一度危ないといわれていた時はあるようですが、
    その時は本人は全くわかっていませんでしたので。
    ただ、この本を読んで。先に死んでいった人たちと
    会えるのであればそれはほんとに少しだけ、
    前向きになる感じがします。親父に会いたいなあと
    少し思います。
    怖かったし、そんなに仲好というような関係では
    なかったけど。今の現状を話ができればいいなと
    思います。

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    2015年10月03日
  • 現代霊性論

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    全体的に興味深く読めました。
    従来の宗教と新興宗教の考え方の違いやら、スピリチュアル系列の思想団体とか、わかりやすく話されていますね。
    思想家の方がちょっと自分の意見を押しつけ気味なところがありますが、ま、それが思想家ってことでしょうか。
    住職さんの方の話とバランスをとりながら読んで、何とか中立って感じ。
    新興宗教とかにはしるぐらいなら、こっちを読んだ方がずっと宗教的に考えられるようになるんじゃないかな。

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    2014年07月13日
  • 宗教は人を救えるのか

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    宗教というと取っつきにくい印象ありますが本書はなかなかに親しみやすいと感じます。
    著者は仏教のお坊さんですが、他のいくつかの宗教とフラットに対比しています。視線の確かさが感じられ信頼できます。

    さて、生きていく上での困難であります、老、病、死に対して宗教は救いとなるか?がテーマであります。
    そして各宗教の教えを、ロゴス(理)、パトス(情)、 エトス(行)、トポス(場)の観点から違いをあぶり出します。
    この解説はスリリングです。

    でだ、この本を読んで宗教は救いとなるか?と思ったかである。私は…救われる人もいるだろうとは思った。
    自分は?
    現在、直面する老、病、死が深刻なモノでないため切実に救いを求めていない。死は確かに怖い。この世で一番怖い。ただ、目の前のに見えない。だから、タバコもすうし、バイクにも乗ってみたいと思う。その立場になってみないとわからない。たぶん哲学を学ぼうとはしても、宗教を求めることはしないような気がする。

    ただ、本書で指摘されているように、私はごく自然に習慣としての宗教的行為は行っている。初詣にはかららず行くし、交通安全の御守りも買うし、家には結婚式で神社にいただいた、安っぽい神棚つけているし。普通に葬式や法事も受け入れてるし。
    そこに神様の存在は強烈には感じられないが、見られてる感は少々あったり、神様いて欲しいなぁてな願望はあったりする。これは宗教心なのであろう。

    宗教というものの概念が私のなかでは少し身近なものとなった本書でした。

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    2014年06月24日
  • おてらくご 落語の中の浄土真宗

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    ・Eテレの「落語でブッダ」のテキストを買つた。裏表紙に釈徹宗「おてらくごー落語の中の浄土真宗ー」(本願寺出版社)の広告があつた。CD付きである。その内容は、節談説教の藤野宗城「円融至徳の嘉号」と落語2席、柳家さん喬「寿限無」、笑福亭松喬「お文さん」である。合計約73分、さん喬の「寿限無」とは珍しい。こんなのをさん喬がやるのだと思ふ。「お文さん」は「五代目桂文枝(著作当時は三代目小文枝)の書き残したネタ本をもとに、私が部分的にリライトした台本で」(80頁)今は亡き松喬の演じるものである。これがネタ下ろしであつたらしい。このCDだけでも本書の定価1,800円に値しさうである。私もこれに惹かれて買つた。節談説教だけで買ふ気はほとんどないから、かういふ形で入るのはありがたい。久しぶりに聞いた節談説教、節談といつても基本は説教である。芸能ではない。だからかういふものだらうと思ふ。それでも適宜笑ひを散りばめ、節を散りばめて進めていく。 なかなかおもしろい。本書の前半はごく大雑把に言つて説教の歴史である。「醒睡笑」の安楽庵策伝までを丁寧に説明して落語との関係に入つていく。そんな中で説教も出てくる。昔は名人がゐたが、今は節談説教自体が盛んでない。「個人の名人技に頼ることなく、システムで伝道スキルを身につけることができるようになっている」(76頁)時代だからである。結果として「『絵解き』や『節談説教』が隅っこへ追いやられ」(同前)た。節談説教を知らない説教者も増えたらしい。本書が必要な理由の一つでもあらう。そこで、「『節談説教』は大変魅力的な伝道・教化技法ですが、見事な節回しや声を聞かせることが主眼ではありませんし、様式を継承する古典芸能でもありません。」(77頁)といふ一節が出てくる。考へなくともごく当然のことである。これは小沢昭一によつて節談説教が芸能として採り上げられたことを踏まへての反省であらう。さう、落語と説教には重なる部分、シンクロする部分も多いが、説教は芸能ではなく伝道、教化なのだといふことである。このCDでそれを改めて確認できる。本書はごく気楽に、手軽に読める落語と仏教の関係概説書であるが、この種のいくつもある文章を見つけると、やはり説教は宗教なのだと改めて確認する。決して芸能ではないのである。
    ・ある意味ではこれも以上に関係することなのだと思ふが、こんな一文があつた。「『高座では落とし咄しもありがたし』という狂歌があります。」(85頁)この人にしてこんな間違ひをするのかと驚いた。これが狂歌であるのか。引用は「誹風柳多留」からと明記してある。それなのにこれを狂歌といふのである。狂歌は短歌、57577である。引用は575、言ふならば俳句であらう。つまりこれは川柳である。この文芸の世界に於ける伝統をまさかご存じないとはと思はないが、かくも見事に狂歌と川柳をまちがへられては著者と編集部に対する信用に関はる。説教は落語と同等であつてほしい、節談説教は節と美声で聞かせるものだなどと、本当は思つてゐるのではないかと、私もゲスの勘繰りをしてみたりするのである。せつかくここまで書いてきたのに、この一語のまちがひは大きい。難しいことであるならばしかたないですむかもしれないが、こんな基本的なことではさうはいかない。敢へて言へば、画竜点睛を欠くとはこのことである。手許のは第2版、出版後三年以上経つ。 既に指摘されてゐることであらうと思ふが、敢へてここに記した次第。かくなるうへはCDだけで1,800円と理解しておく。しかも高座筆記つきである。それゆゑ元は取れよう。さて如何。

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    2014年05月18日
  • おてらくご 落語の中の浄土真宗

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    以前に読んだ、釈徹宗と大平光代氏の対談の
    本に書かれてあった本。

    落語をはじめとして、日本の芸能は
    仏教(神道)をルーツにしているということ。少し前に読んだ
    『風姿花伝』にもそのように書かれてあった。
    落語の中の浄土真宗や説教の内容について面白くかかれて
    あったとおもいます。
    またCDで『節談説教』と落語の2点『寿限無』『御文さん』が収録されてあります。Iphoneにダウンロードしたので通勤中に聞こうかと。
    また、御文さんの中の御文書の白骨の章はなんとなくいい感じ。
    私の家は真宗ではなく浄土宗なのですが。
    ituneを検索すると真宗の御経や浄土宗の御経も売っているのですね
    驚きました。いつか買ってみたいと思います。

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    2014年01月25日
  • 聖地巡礼 ビギニング

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    内田先生と「巡礼部」のお弟子さん(?)たちが、釈先生の案内で「聖地」をめぐる企画。手始めは釈先生のホームグラウンドである大阪・京都・奈良。

    よく知っていたり、行ったことがある土地ばかりなのだけど、へぇ~そうなの!というお話が次々出てきて面白かった。大阪では土地の「聖性」というものをまったく無視して都市が造られていったのに対し、京都は洗練された形でそれを取り込んでおり、奈良(の特に南部)にはプリミティブにそれが残っている、というくだりにはかなり納得。

    少し前に「大阪の神さん仏さん」を読んで以来、「神さん」に対する見方が大きく変わったのだが、この本も「神さん」を考える上で示唆に富んでいると思った。続きが楽しみだ。

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    2013年12月11日
  • 聖地巡礼 ビギニング

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    山がご神体の三輪山に行ってみたくなりました。三輪山の神様大物主は蛇という話は、三浦しをんさんの神去なあなあシリーズでも登場していたような記憶があります。

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    2013年12月01日
  • 現代霊性論

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    坊さん(釈 徹宗氏)の話は非常に奥深いと感じる一方、対談相手の話に妙なクセがある。このクセは前にどこかで遭遇したような、と思ったら「下流志向」の人でした。

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    2013年09月08日
  • 聖地巡礼 ビギニング

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    大阪、京都、奈良の「聖地巡礼」をしながら、内田先生と釈先生が色々なお話をされています。日本の歴史や文化、宗教のお話…何となく自分も一緒に歩きながらお話を聞いているような気持ちで読んでいました。

    本などで見聞きするのではなく、自分の足でその場所に行ってこそ感じられるものがある。その土地の歴史や文化を知って、宗教性への感度を上げ、身体感覚を磨いていきたい。
    三輪山、行ってみたいなぁ。

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    2013年09月04日
  • 仏教ではこう考える

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    この本はほとんどあらゆることを言い切っていない。わざとそういうふうに書いている。つまりそれが、答え、というか姿勢である。
    実家には大抵仏壇があって、墓参りにも行き、親族を仏教の葬式で見送っていても、無宗教だと語る人は多い。
    本書の印象的な言葉に、簡単に無宗教を標榜できるのは、生前仏教になんの関わりもなかった人が、死んで儀礼をうければいきなりブッダに、という安心感というか帰着感というか、それがあるのでは、というものがあった。自分も含めて、そうなのかもしれないなあ、と思った。
    宗教とは、とくに仏教とは、折り合いを付けるためのものであり、また関係性を考えるためのものであると。
    その他気になったのは、「明日と来世はともに経験できない」「きちんとした時刻表があうからこそバスが遅れているのがわかる、という感覚」など。仏教の話ではないけど、お天道さまが見ている、という気の持ちようは、結構好きなんだ。

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    2013年07月16日
  • いきなりはじめる仏教入門

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    内田樹とお坊さんの往復書簡形式になっているのだが、
    どうもお互いが好きなことを言っているだけで
    噛み合ってない感じ。

    「仏教入門」というタイトルになっているが、
    要は日本の宗教文化入門みたいなもので
    仏教自体の中身はあまり語られていない(というかよく分からない)のが残念。
    タイトル間違いですね。

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    2013年07月15日
  • はじめたばかりの浄土真宗

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    業界では有名なようだけど、①悪いことと知っててすることと、②知らないですることは、どちらが悪いのか、という話は面白かった。当然、①と思いきや、答えは②という話。なぜか。①は悪を改める可能性があるから、かえって②の方がたちが悪いとのこと。
    社会学的には、①は反社会的だけど、②は脱社会的で、②だと話が通じない。

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    2013年07月04日
  • はじめたばかりの浄土真宗

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    〜仏教入門から続いて。宗教とは何か、的な論考は楽しく読めたが、浄土真宗自体にはあまり興味がわかず。往復書簡もいいけど、巻末対談のやり取りも楽しい。

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    2012年12月17日
  • いきなりはじめる仏教入門

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    内田先生のお話が好きなので手にとって見た一冊。
    タイトルを見て仏教の入門書だと思うと騙されてしまうので注意が必要。

    仏教というテーマを書簡のやり取りという形で語り合うという内容。書簡という体裁はやはり宗教ネタだからか。
    中身は内田先生の本らしく放談っぽい形になっていて、あまり厳密に仏教の話にこだわっているわけではない様子。日本における宗教のあり方や世界哲学全般、レヴィナス老師、キリスト教、イスラム教など、話は多岐にわたる。
    中々面白かったのだけど、どうも内容が散逸的だったり、実は上下巻でずいぶん中途半端なところで話が途切れていたりと、色々と残念な点が目についた。
    下巻は気が向いたら買おうかな。という程度。

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    2012年09月01日
  • はじめたばかりの浄土真宗

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    なかなか一回では内容が汲み取れないですが、最後の対談にあったように、仏教ってクール、喜びにも悲しみにも支配されるな、そこにこそ安住がある、植物のように生きろと言っている気がするという釈さんの言葉をひとまず心にとめておきます。悲しみより、喜びに支配されない態度をととることは難しそうですね。

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    2012年08月02日
  • いきなりはじめる仏教入門

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    内田樹さんと釈徹宗さんが、往復書簡形式で仏教について解説してくれる本。
    入門、と銘打っていますが、自分にとってはかなりむずかしかったです…。宗教には興味がないわけではないので勉強したいのですが…。
    自分の不勉強のためにあんまり身にならなかったので、またチャレンジしたい。

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    2012年06月16日
  • はじめたばかりの浄土真宗

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    便利になりすぎて効率ばかり求める世の中、宗教的な長い時間軸というか、大局的にものを考える捉えることの方が大事ではないかと。
    一見効率化しているようにみえても、実は無駄で無価値で生産性ゼロの仕事ばかりしてしまうケースが多いのではないかと。
    特に後半、そんなことをあらためて感じた一冊。「自分が内蔵している時間意識」なんて言葉が出てくるけど、時と場合に応じてそれを長くしたり極端に短くしてみたり、使い分けする必要があるなあと思った。

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    2012年06月07日