釈徹宗のレビュー一覧
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『日本霊性論』内田樹×釈撤宗
東日本大震災以降、新たに日本の霊性を捉え直すというのが本書のテーマ。内田老師が常々仰っていることが新たに霊性という観点で書かれている。
・霊性とは人智を越えたものを感じ取る構え。「ここに何かがありそうだ」という直感を推し進め、とにかく触ってみる。そして、それを様々な用途で検討し続ける、そのようなブリコロール的な知性も、ここでは霊性と呼べるであろう。非常に面白いのは、科学的知性と宗教的知性は本質的に同じものであるという記述である。「神の摂理が存在する。宇宙の全てを統御している理法が存在するという宗教的な覚知と、万象の背後には数理的な秩序が存在するという直感は構造 -
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この夏は長崎に行きたかったが、コロナで行けず、代わりにと手にしたのが本書。キリシタンをテーマに長崎、大阪を紀行する。内容的には潜伏キリシタンを多く扱っている。
釈徹宗、内田樹両先生の当意即妙なやり取りが心地よい。出典等はなく、学術的なものではないのだが、ラフな「しゃべくり」の方がこのコンビには合っている気がする。特に内田先生がその土地に触れて反射的に発するコメントにはキラリと光るものがある。信長や秀吉は成長型の社会システム、家康は定常型として、アメリカも実は定常系なんだというのは面白い指摘だと思う。
4年前の刊行なので、その後、社会は変わっている。アメリカの定常的な社会に、中国が対抗できるほど -
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世界遺産の熊野を歩いて、これを読むと最高に面白い。
聖地に足を運び、「この世ならざるもの」を感じ取ること、とある。
熊野に触れると本当に圧倒される。
「場」の神道と「語り」の仏教、神仏習合がある。でもシンプルにそれだけでなく、仏教から新道的な要素を削いだり、廃仏毀釈があった。
聖地の中枢へ熊野古道をめぐるとなんとも山深い。
あの空間で登ったり下ったりしてると、歩行瞑想になる。
熊野本宮大社と大斎原、熊野川には圧倒される。
こちらは瞑想から目覚めて、全てから解放される感じ。
これに源氏と平氏が出てくる。
馬と船の戦い、確かに馬と船が周辺の神社にある。
色々まざるまざる。
そして一編 -
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「『寝ながら学べる浄土真宗』という過激なタイトル」(文庫版のためのあとがき)の企画から始まった、インターネット上での往復書簡を書籍化したもの。
西洋思想を交え、「宗教」とは何かという方向に展開しつつ、ばっちり仏教の解説にもなっています。
仏教の歴史(大乗メイン)や基本の教え、イスラームや日本人の宗教性についても間狂言で勉強できて、かなり盛りだくさんな内容。
読み物として普通に読んで面白いのはもちろん、「宗教」や「仏教」が何かいま一度考えたいときにも読みたい一冊です。
特に興味を引かれたのは、その9あたりからの、レヴィナスの「善性」について。
往復書簡は『はじめたばかりの浄土真宗』に続きま -
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日本人が今取り戻さなければならない霊性というものについて。2部構成になっていて、第一部は、内田先生が相愛大学にての講義です。ここでは、なぜ霊性が必要なのか。それはどのようにして現れ、解されていったのか。それを取り戻すためには、なにをしなければならないのかについて、非常に身近に分かりやすく書かれています。ここだけでも読む価値あると思います。理解できることしか見ない姿勢が変わることを感じています。
第二部は、釈先生が内田先生の寺子屋ゼミにてされた講義内容です。鈴木大拙の「日本的霊性」をテキストに霊性に迫っています。日本的とあるように、日本にはそういったものがすでにあって、そのため仏教やキリスト教も -
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ネタバレ面白かった。
真に宗教的な人間は宗教団体から勧誘は受けないそうである。
宗教的であっても宗教団体に属せない人間がスピリチュアルに行くというのは本当だと思う。
村上春樹氏が世界中で読まれていることにちょっと触れて、世界文学になるような作品は「どうすればいいかわからないときに、どうすればいいか」という難問を扱っている・・とのこと。
へーそうなの!と単純に驚いたが、そういえばそうかな?
御二方の闊達な考察に刺激を受ける。
靖国神社の問題も、もう少し自分の中で整理してみたい。
(本当は日本のマスコミが、毎年騒ぎたてるからややこしいことになっただけだと思うけど。) -
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宗教において如何に「解決できない苦しみや悲しみを引き受けるか。」、「どうやってあきらめるか」。老病死や別れにかかわる苦悩をどうやって引き受けるか。
というテーマで、「ロゴス」「パトス」「エトス」「トポス」
の切り口で論じている内容。
著者の著作を最近よく読みますが。この本はその中でも、日本の仏教の考え方・成り立ちなどの中心がよくわかる本ではないかと思います。
本著のなかでもかかれてありますが、私も含めて日本人は非常に宗教的なかかわりが強いと思います。
大げさに言うと神や仏。菩薩や如来を感じる瞬間や
場所。気持ちに気付き、心が落ち着くことがよくあるし、ときどき携帯で聴いている御経など、朝仕事に行 -
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釈徹宗さんの解説を交えながらの大阪、京都、奈良の聖地を巡る旅。イスラエルが3つの宗教の聖地であるように、古来から「聖なる場所」というのは人類が共通して感じられる「何か大きな力」を感じられる場所なのだろう。現代人はその力を感じ取る能力が衰えてきているのではないか。自分の足で歩いたり、自然の空気や土や草木にふれたりする機会を失いがちな都会人はなおさらだ。そうして我々はいつしか「聖地」の存在を忘れ、気付かぬようになり、蔑ろにしてしまう。今回の旅では大阪はその傾向が激しく、京都は観光化しながらもさすがによく保っており、奈良(東大寺周辺でなく南部大和地方)は未だ開発されずに素朴で野性的なまま残っていると