マルキ・ド・サドのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
サドの代表的著作、ジュリエットの物語『悪徳の栄え』と対をなす妹ジュスティーヌの物語には三つのバージョンが残存している。
本書はその最初の版である「原ジュスティーヌ」とでも称すべき中篇である。
バスティーユ牢獄中にて書かれ、革命のどさくさに粉れて紛失され、100年ののちに陽の目をみた本書はサドの思索のエッセンスが凝縮された異色作である。
[ 目次 ]
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
快楽の法則の信奉者、遊び好きなサン・タンジェ夫人と、彼女に教えを受ける情熱的な若き女性ウージェニー。
そして夫人の弟ミルヴェル騎士や、遊蕩児ドルマンセたちがたがいにかわす“性と革命”に関する対話を通して、サドがみずからの哲学を直截に表明した異色作。
過激で反社会的なサドの思想が鮮明に表現され、読む者を慄然とさせる危険な書物。
[ 目次 ]
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
美徳を信じたがゆえに悲惨な運命にみまわれ不幸な人生を送るジュスティーヌの物語と対をなす、姉ジュリエットの物語。
妹とは逆に、悪の哲学を信じ、残虐非道のかぎりを尽しながら、さまざまな悪の遍歴をかさね、不可思議な出来事に遭遇するジュリエットの波爛万丈の人生を物語るこの長大な作品は、サドの代表作として知られ、サドの思想が最も鮮明に表現された傑作として知られる。
[ 目次 ]
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
50篇にのぼるサドの中・短篇の中から選び抜かれた12篇―短篇作家としてのサドの魅力をあますところなく伝える『恋の罪』から3篇、そしてフランス風コントの中にもサドならではの道徳観・恋愛観を窺わせる『小咄、昔噺、おどけ話』から9篇を収録。
また最後に収録された「末期の対話」はヴァンセンヌ獄中で書かれた記念すべき処女作であり、「最初の無神論宣言」である。
[ 目次 ]
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
許されぬ恋におち、駆け落ちをしてヴェニスにたどりついたサンヴィルとレオノール。
二人はこの水の都で離れ離れとなり、互いに求めあって各地をめぐり歩く。
―本書ではその波乱に満ちた冒険旅行をサンヴィルが回想するが、なかでも注目すべきはサドのユートピア思想を体現する食人国と美徳の国の登場で、その鮮烈な描写はサド作品中とりわけ異彩を放ち、傑作と称えられている。
[ 目次 ]
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
Posted by ブクログ
革命後フランスで発禁になった、著者サド自身が投獄されてまで貫きたかった哲学の、代表作。
発禁になった理由は「猥褻だから」だったらしいけど、
エロじゃなくてグロです。これ。まぁエロもグロの一部といえなくもないから何ともいえんけど・・・グロイのダメな人はきっと一章目でギブ。
いかに社会の中で悪徳を成すことが、正しいのか。胃がもたれるほど強調してきます。今私たちが善徳と信じてるものを完膚なきまでに破壊してるから、常識を一回離れないと困惑が溶けない。
正義や美徳みたいに、広範に認められる価値観をpraiseするのは比較的簡単だけど、悪徳や犯罪を論理的に支持した作品が、その後何世紀も評価されることって、そうはない。「偉大な文学作品」って、その時代時代の価値観に疑問を提示してるものが多いけど、実際にそれに反する価値観を立てるにいたる作品って、あんまりなくない?
そういう点で、一回は読んでみようと思ってた本ではありました。だからサドの哲学の部分とかは、長くても理解しようと、結構努力した方なんです・・・が
結局なんか・・大切な何かを奪われたような、いけないものを読んでしまったような、正体不明の世界をすぐ隣に感じる不快感を覚えたような、それでいて偉大な作品を鑑賞した後のあの恍惚感を得たような・・・
もう何がなんだか。
こんなにも複雑な読後感を味わったのは、とりあえず久しぶりです。
この、想像できる限り最悪な慣行が蔓延する画を、「気分悪い」と思いつつも最後まで読んでしまうのは、澁澤龍彦の訳の力だと思います。
澁澤氏の訳は、本当に綺麗です。書かれてる内容と響きとしての言葉の間のギャップが、不気味さを一層強く演出してます。下品な派手さはないのに、華やかで・・・非現実的。笑顔で、純粋な歓びのもと殺戮をはかるジュリエットたちの雰囲気、ぴったりそのままです。
言葉のもつ雰囲気を、別の言葉で表現することほど無意味なことはないと思うから、実際に読んでもらわないと伝わらないと思うんだけど、ぜひ体験してほしい。心に余裕があるようならば。 -
Posted by ブクログ
「ソドム百二十日」は序章で終わっている。フランス革命が勃発して、著者が原稿を失ったからだ。あぁ、でも、続きが読みたい。120日間に渡って、このいたいけな少年少女たちに何が行われたのか、気になって気になって仕方が無い。序章が憎い。こんなにも人の気持ちを盛り上げて、高ぶらせておいて、放置プレイなんだもの。ひどいわ。本当にサディスティックなお人。
だと思っていたら、この澁澤龍彦訳は、「サド裁判」の影響で完訳が出来なかったみたい。佐藤晴夫訳だと完訳版が出版されているみたい。
しかし、澁澤龍彦訳の方が甘美で美しいらしい。澁澤ファンとしては彼に完訳してほしかった・・・。 -
Posted by ブクログ
青土社、佐藤晴夫訳を、20ページほどつまみ読み。
驚くべき変態っぷり。食べるための、便の固さや香りの調整など。
フランス革命前後の著とのこと。キリスト教の道徳の押し付けに辟易し、絶望し、どんなことをしたってかまわないのだ、神などいないのだと、人間の自由さや可能性をあますところなく表現したかったんだろうか?人が美しいというものを否定し、人が汚い、おぞましいとするものを賛美したかったのだろうか?
こんなの、日本にもあったのだろうか?
元はと言えば、日中戦争において、日本兵士がなぜ現地女性に猟奇的な強姦をしたのか、あるいは、東大生たちの裸の女子学生を馬乗りにして遊んだ挙句の輪姦、のような犯罪がなぜ起こるか、その原因を性的嗜好にさかのぼって知りたかったのであった。
人間における自由と束縛をめぐる心理複合の所産
背景として
・心理的な補償
・カタルシスの効果
・発達課程におけるインプリンティング、学習
・文化的・社会的な自己の存在主張(現存在の意味充足)
実存的なプロセス。
サディズム+共感性の欠如(パーソナリティ障害やサイコパス)などの条件を揃えた人物がおり、そこから同調圧力によって波及したのかもしれない。