マルキ・ド・サドのレビュー一覧

  • 悪徳の栄え

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    悪行変態百科
    登場人物がひたすら自己の主張を並べ立てる
    実は成長物の王道展開
    刺激的とはいえ多すぎるし長いので途中でダレてくる
    これで圧縮した抄訳って原本はどんななんだろう
    美徳の逆として悪徳を為すというのは結局美徳にとらわれているわけで
    それはそれで窮屈そうな生き方をしているなと思った

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    2017年01月12日
  • ソドム百二十日

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    桃源社から1966年に出た『新サド選集第8巻』のなかの「ソドム百二十日」を底本にして1991年に河出書房から出されたもの。

     サドによってフランス革命間近の1785年にバスティーユ牢獄で書かれた作品。それが発見され保存され紆余曲折を経て1904年、ドイツで初めて出版された。その後、原稿はフランスに渡り、色々な形で出版される。現代版として読みやすく改められた1953年版が翻訳本の底本になっている。
     作品の序章にあたる部分の全訳。作品全体からするとほぼ6分の1の分量。
    (あとがきより)

    この河出文庫版にはほかに「悲惨物語」と「ゾロエと二人の侍女」も収録されている。


     サドだったら

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    2016年03月28日
  • 食人国旅行記

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    訳出初版1966年。原書の刊行は1795年。長編小説「アリーヌとヴァルクールあるいは哲学小説」の中の第2巻を翻訳・抽出して出版したのが本書。主人公サンビルが、ベニスに駆け落ちした途端に誘拐拉致されてしまった新妻レオノールを探し求めて、アフリカ西部の架空の食人国ビュテアと、太平洋にある架空の島国タモエを旅する話。フランス社会を物差として、ビュテアを極端にエゴイスティックで倫理が破綻した社会として書く一方、タモエについては聖人君子のような王様が統治するコミューン・理想郷として記述。サド侯爵がバスチーユ監獄内においてこの小説を完成させたのはフランス革命の一年前。彼あるいは同時代の一部のフランス人たち

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    2015年04月29日
  • 悪徳の栄え 上

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    淫蕩に溺れ、罪悪を重ねれば重ねるほど富や権力が巨大なものになっていく。
    世俗的にはありそうな話しである。
    18世紀末サドの目には世界は退廃しきっているように見えたのだろうか?何だかそんな気がしてくる。
    でもなんかひとりよがりな感じがするんだよなぁ~

    Mahalo

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    2013年12月19日
  • 恋の罪

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    残虐性を文学にまで押し上げたマルキド・サドの短編集。

    最初の物語は、人の残虐性が選ばれた者のものではなくて、環境によって容易に形成されることをまざまざと見せつけられる。

    そして、最後の物語である末期の対話はサドの理性主義、無神論主義を冷静に見つめることができ、興味深い。

    澁澤さんの訳も手伝って、非常に読みやすく先が気になる展開はサドの力を感じさせる。

    ただ、話によっては面白みにかける作品もあり、読む場合は興味のあるものだけを読んでも良いかもしれない。

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    2013年08月30日
  • 悪徳の栄え 上

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    バタイユからの延長で読んでみた。誤解を恐れずに一言で言えば、おっさんが性癖による願望を書き連ねた便所の落書き。
    批判の意味で言ったんじゃないです。褒めても無いですが。取りあえず読んでても下半身が全く反応しなかったのでよかった。サドからすると損してるって話かもしれないが。

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    2013年03月12日
  • ソドム百二十日

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    マルキ・ド・サド(1740-1814)の『ソドム百二十日あるいは淫蕩学校』の抄訳と『悲惨物語』及び附録の三編。

    サド小説の特徴は、人間性・美徳・宗教的道徳的なるものへの徹底的な軽侮と、異常性・悪徳・瀆神への傾倒だ。神や人間性に対する信念を無神論で以て嘲笑し辱める。

    「悪徳こそ、・・・、いちばん甘美な逸楽の源泉である・・・。」(「ソドム百二十日」)

    「私はね、美徳を失墜せしめてやりたいのだ・・・。」(「悲惨物語」)

    登場する男たちは、他者(多くの場合は女)を己の快楽の手段として物化する。彼らにとって、女は男の欲望の赴くままに性的快楽を搾り取られる奴隷でしかなく、独立した人格とは看

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    2011年03月27日
  • ソドム百二十日

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    この本では序章しか訳されておらず、ここからが本当の地獄なのだろうが、現実にはこれ以上の残虐非道の事件が起きている。
    ブランジ伯爵の様な猟奇趣味の権力者が実在しても、なんら不思議ではない。
    人間とはつくづく恐ろしい生き物だ。

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    2011年03月26日
  • ソドム百二十日

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    [ 関連図書 ]


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    2010年08月03日
  • 悪徳の栄え 下

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    [ 内容 ]
    妹ジュスティーヌとともにパンテモンの修道院で育ったジュリエットは、悪徳の快楽をおぼえ、悪の道へと染まってゆく。
    パリで同好のさまざまな人物と交わり、イタリアへと逃げおちた彼女は、背徳の行為をくり返し、パリへと帰る…。
    悪の化身ジュリエットの生涯に託してくり広げられる悪徳と性の幻想はここに極限をきわめ、暗黒の思想家サドの最も危険な書物として知られる傑作幻想綺譚。

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    2010年06月26日
  • 新ジュスティーヌ

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    [ 内容 ]
    身も心も美徳に捧げ、美徳のために生きようとしたがために、悲惨な出来事に次次と遭遇し、不幸な結末をむかえる美少女ジュスティーヌ。
    悪徳に生きた姉ジュリエットの物語と対をなすこのジュスティーヌの物語には、三つの異本が存在するが、本書はその最後の稿にあたり、決定版ともいえるものである。
    より客観的な手法で、人間の根源的残酷さを描き尽し、思想の深まりを示すサド後期の傑作。

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    2010年06月26日
  • ソドム百二十日

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    表題も含め3作品、市民生活とはかけ離れたフランス貴族の退廃した姿が読み取れる。現在もヨーロッパでは貴族階級があるらしいので、こんな馬鹿げた日常を繰り返しているのだろうか、そんなことは無いだろう、あくまでもマルキド・サドの妄想なのだから。内容がものすごく下品なのだが文章や語句が高尚なので不思議な読み応えあり。

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    2011年10月12日
  • 恋の罪

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    予め断ると、変態描写はありません。愛と情欲の書ではありますが。
    中世フランスの貴族のやりとりが多いせいか、歯の浮くセリフと浮世離れした表現てんこ盛りで苦笑いしながら読み進めました。
    前半は野心、猜疑心、強欲が招く悲劇を、後半は駆け引きや嫉妬心などを時にコミカルに描きます。
    全般的にさして心に残る内容ではなかったのですが、最後の短編「末期の対話」を読んで売るのを留めました。
    臨終間近の男と司祭が欲を切り口に神の存在について対話する、という内容で興味深く読めました。
    この処女作で表された無神論哲学が故の、愛と情欲への偏向なのですね。

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    2009年11月02日
  • ソドム百二十日

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    良い気分になれる人は相当な悪徳の持ち主だと思うなあ(笑)
    変態という表現では陳腐すぎるほど偉大であることは感じ取れた。映画の『ソドムの市』も観てみる予定。

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    2009年10月07日
  • 悪徳の栄え 上

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    2009/
    2009/

    1136夜

    サド侯爵は一生の半分以上を牢獄で送った十八世紀の人間である。
    彼が啓蒙的合理主義、ルソー流の自然主義から、つくり上げた独自な哲学は、革命前の貴族的快楽主義とも、革命後の民主的公共の福祉とも、相容れなかったからだが、とにかく自己の原理を曲げるよりは、牢獄を選んだ人間は大人物である。―大岡昇平

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    2010年09月06日
  • 悪徳の栄え 上

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    上巻の途中で止まっています…。
    下巻どころか読破できるか非常に微妙…。
    すみません、全く共感できない…。

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    2009年10月04日
  • 悪徳の栄え 下

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    まぁ正直な所、
    『なぜあんな無駄な時間を・・・』といったところ。
    サドの言わんとしてるところはまぁ、十分わかったけども。

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    2009年10月11日
  • ソドム百二十日

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    エログロでした。

    著者の名前のサドからSMのSが付いたらしいよ。

    印象に残った部分を引用


    「世の中には、情欲によって悪の道に引きずり込まれる時だけしか、
    悪事におもむかないような人がたくさんいる。
    迷いから覚めると、彼らの魂はたちまち平静に帰り、再び平和に
    美徳の道を歩み始める。こうして、善と悪のせめぎ合いから錯誤の
    道へ、錯誤の道から後悔へと、さまよいながら人生を過ごし、
    遂には、自分がこの世でいかなる役を演じたかをも正確に
    言いうることなく、死んで行かなければならない。
    こういう人達こそ、必ず不幸な人達に決まっている。
    いつもどっちつかず、ふらふらしていて、朝に言

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    2009年10月04日
  • 悪徳の栄え 上

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    もうね、現代になって変態が増えたとかなんとかいってるけど変態なんて昔からいるって!!
    むしろ人権意識とかなかったから一部では大変なことになってたんじゃないでしょうか

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    2009年10月04日
  • 閨房哲学

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    ドゥルーズはサディズムの論証的機能について論じているが、この書も『ジュスティーヌ』と同じく、その背徳の論証を登場人物に担わす。

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    2009年10月04日