山本博文のレビュー一覧
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庶民に愛された長谷川平蔵がなぜ町奉行になれなかったのか?松平定信の真意、ライバルたちの暗闘を寛政期の史料から読み解く。(2002年刊、2007年文庫化)
・プロローグ 「よしの冊子」が明かす寛政期の旗本たち
・第一部 「鬼平」長谷川平蔵と好敵手たち
・中休み 「好色将軍」家斉と乳母問題
・第二部 森山孝盛と武士の出世
・エピローグ 平蔵とその好敵手たちの「その後」
・あとがき
2015年新書版を再読。(目次を見ると、一部分修正されているようである。挿絵も削られている。)
本書は週刊現代の連載をまとめたものであり、大変、読みやすい内容となっている。文庫化にあわせてタイトルが修正され、名は体を -
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おすすめ度:80点
あらめて自分は日本人であることを自覚する。
「武士道」は「日本人の魂」という副題が示すとおり、日本人の拠って立つ道徳意識や思考方法というものを、つまりは日本の文化というものを、さまざまな事例をあげながら明らかにした本である。
元国連事務次長明石康氏は、カンボジアで亡くなった中田さんのご両親が示した態度、東日本大震災での被害にあわれた方々の行動が、「静かなる威厳」であると海外からも評価されている点は、武士道の克己が今もっても日本人に脈々と受け継がれていると指摘している。
「武士道は日本の標章である桜の花にまさるとも劣らない、わが国土に根ざした花である。」(「武士道」より) -
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フォトリーディング。著者はノンクリ。なかなか良さそうな本。
高速リーディング後、高速を交えて熟読。
著者はカトリックの信仰とプロテスタントの信仰が違う事を全く述べていなかったので、ひょっとしたらクリスチャンをカトリックの色眼鏡で見ているのかもしれない。その意味で、江戸初期の殉教者たちの死骸を聖なるものとして取り合う切支丹を「信仰者としては当たり前かもしれないが、それ以外の日本人には奇異にみえた」というような事を述べている。プロテスタントの私としてはちょっと著者の記述に教義への不理解が見えた。
しかしながらそのようなことが為政者にとってキリスト教を邪教と思わせる要因となったことは大いに納得でき -
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副題は、赤穂浪士討ち入り事件の真相。
新史料発見。刃傷事件が忠臣蔵になるまで。もっとも「正確」な赤穂事件。
歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」により、日本人の心性に深く根を下ろす赤穂浪士討ち入り事件。しかし、物語ではない、史実としての詳細は、意外に知られていない。新発見史料「茅野和助遺書」をはじめ、残された調書や手紙・日記などを徹底的につきあわせていくことで浮かび上がる、事件の真相。わかりやすく、正確に解き明かす。
山本氏の著作は、わかりやすく面白い。本書でも、松の廊下から討ち入り、切腹まで、時系列を追って解説している。浪士たちの一枚岩というわけではなかった。吉良を討つという手段は同じでも、武士 -
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ネタバレ「怒り新党」でマツコデラックスが「やっぱり怖いのは男のやり合いよ。表に出ないもの。」と言っていた。
江戸時代,男とは,生物学的な雄ではなく元服した武士の意だったという。
礼に篤く義を重んじお家大事と死を厭わず忠勤に励むイメージがあるからこそ,山吹色好きな,「よいではないか,よいではないか,もそっと近う♪」な悪徳お代官様キャラが立つというものなのに,武士ワールドは実は嫉妬と羨望がぐるぐるとぐろを巻く世界だった。
主が死んで殉死すればえっあの人が?と訝しがられたり,殉死しなければおめおめ生きて恥ずかしくないの?と軽蔑されたり,上役よりも毎日顔をつきあわせる先輩や同僚のご機嫌のほうを気にしたり,
武 -
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よしの冊子にみる江戸役人の通信簿。今も昔も変わらない江戸サラリーマン社会の実態とは。
・序 章 松平定信の登場
・第一章 政権交代ー松平定信と田沼意次
・第二章 老中たちの評判
・第三章 幕閣大名の生態
・第四章 町奉行の勤務ぶり
・第五章 勘定奉行と勘定所役人
・第六章 江戸の機動隊、火付盗賊改
・終 章 松平定信の退場
・付 表 諸役職就任者
・参考文献
・あとがき
寛政の改革を進めた松平定信の治世。定信は綱紀粛正を目指して役人達の日常を密かに報告させていた。その情報報告書がよしの冊子である。本書を読むと幕府役人達の生の息遣いが感じられて面白い。
一般に改革は失敗したと評価され、定 -
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[ 内容 ]
現在、われわれが知りうる歴史というのは、史料から復元されたものであり、かつ史料からしか復元されえないものです。
現代に生きるわれわれは、織田信長の肉声を聞くことも、関ケ原の戦いを目撃することもできません。
すべては、残された史料をもとに、歴史家たちによって紡ぎ出された「歴史」なのです。
ですから、固定された正しい歴史などというものはどこにも存在しません。
歴史とは、新しい史料と新しい解釈によって、この一秒の間にも書き替えられ、更新されていくべきものなのです。
―本書では、「一級史料」を題材に、歴史家がどのように史料を読み、歴史を描き出していくのか探っていきます。
そのうえで、教科 -
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[ 内容 ]
桃山時代から江戸時代初期にかけて、豊臣秀吉や徳川家康といった時の権力者によってキリスト教は弾圧を受け、四千人とも言われる大量の殉教者が出た。
これは世界に類を見ない特殊な出来事であるが、そもそもなぜ為政者たちは、キリスト教を厳しく弾圧しなければならなかったのか?
また、宣教師や日本人キリシタンたちは、なぜ死を賭けてまで信仰に固執したのか?
そこには、信仰心以外の“何か”があったのではないか?
―本書では、クリスチャンだった遠藤周作氏の名著『沈黙』に加え、キリシタン迫害の様子を伝える数々の史料を批判的に読んでいくことで、「殉教」から見えてくる日本人特有の気質や死生観を明らかにしてい -
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[ 内容 ]
『会津藩家世実記』『加賀藩史料』などの一級史料に散見される数多の切腹。
そこから見えてきたのは、武士社会の特異なあり方と、現在もなお続く、日本人固有の「責任の取り方」であった。
本書では、史料に埋もれた多くの“ハラキリ逸話”に光を当て、誇り高く潔い、しかしどこか辛くて切ないサムライの生き様を探索する。
[ 目次 ]
第1章 ハラキリ略史(切腹の来し方;殉死と切腹 ほか)
第2章 罪と罰と切腹(喧嘩両成敗による切腹;刑罰としての切腹 ほか)
第3章 なんとも切ない切腹(藩に見捨てられた武士たち;エリート藩士の大誤算 ほか)
第4章 御家騒動と切腹(加賀藩長家の御家騒動;薩摩藩の御