山本義隆のレビュー一覧

  • 重力と力学的世界 上 ――古典としての古典力学

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    非常に面白かった。

    ケプラーが思っていたよりも遥かにすごい人だということが知れた。

    ガリレイやニュートンなども近代的な物理学者というイメージで見ていたので、全く違う思想背景で物理をやっていたということに驚いた。

    デカルトなども哲学者としてしか見ていなかったので、物理学思想なども含めて見ることでイメージが変わった。

    西洋思想を知る上で当然哲学思想は追っていたが、物理学史なども知らなくては哲学思想の理解すらもできないのだなということに気づけた。

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    2025年08月09日
  • 重力と力学的世界 上 ――古典としての古典力学

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    文章が読みやすくて引き込まれる!おもろい!
    (あと作者の方にお会いしたことあるけど凄くかっこいいの!落ち着いてらっしゃるのに磊落で、刀みたいに目が鋭くて素敵)
    古代ギリシアの哲人が非接触力をどんな思考上のフレームで把握していたのか?宗教上の要請が如何に近代の科学者の理論を構築させたか?興味深いテーマでした!
    あと出てくる図表や挿絵ののセンスが超好きです。

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    2023年06月01日
  • リニア中央新幹線をめぐって――原発事故とコロナ・パンデミックから見直す

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    リニアは、資本主義の縮図。

    リニアは、漠然とした成長神話の象徴であり、それ以外に意味を持たない。

    資本主義とは、全体のパイの成長に依っており、拡大への欲望は無限。
    しかし、成長のためには、地球という資本がエネルギーとして必要。その地球資本が尽きようとしている。

    だからこその脱成長であり、脱リニア。

    明快だ。

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    2021年11月03日
  • 近代日本一五〇年 科学技術総力戦体制の破綻

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    著者の名前は団塊世代には様々な事象を想起させる.p236に次のような総括がある.「明治から大正にかけての経済成長、すなわち富国化・近代化は、主要に農村の犠牲のうえに行われ、昭和前期の大国化は植民地と侵略地域の民衆の犠牲のうえに進められたのだが、戦後の高度成長もまた、漁民や農民や地方都市の市民の犠牲のうえに遂行されたのである.生産第一・成長第一とする明治150年の日本の歩みは、つねに弱者の生活と生命の軽視をともなって進めてきたと言わざるをえない.」第6章以降は小生の記憶と合致する部分もあり、さらに筆者の筆も佳境に入った感じで的確な視点で問題を暴き出しているのが、非常に面白かった.戦時中に優遇され

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    2019年07月11日
  • 近代日本一五〇年 科学技術総力戦体制の破綻

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    今年2018年は明治維新から150年で、この150年は日本の近代化の歴史でもある。明治の文明開化に始まり、太平洋戦争を挟んで高度経済成長へと科学技術の進歩に支えられ、日本はひたすら邁進してきた。
    明治初期の日本は兵部省、工部省、文部省が中心となり科学技術を振興してきたが、第一次大戦を通じて総力戦体制に科学技術が重要であると分かると、科学者が率先して国力増強へと協力していく。1917年に理化学研究所が創設されるのは象徴的だ。科学者が自らの立身出世に躍起になっている姿が見える。
    太平洋戦争が終結すると、一転して「科学戦の敗北」「科学の立ち遅れ」がさかんに言われ、今度は「原子力の平和利用」が唱えられ

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    2018年11月11日
  • 近代日本一五〇年 科学技術総力戦体制の破綻

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    日本の科学技術と日本的経営が行き詰まって行く過程をよく説明していると思う.では,どうすべきかについての著者の説明は,夢があるが,実現することは容易では無い.I habe a dream.それは叶うだろうか.

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    2018年08月20日
  • 福島の原発事故をめぐって――いくつか学び考えたこと

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    山本義隆氏の本を読みたかった。
    探してみると、本書が見つかった。
    薄い本である。しかも原発に関する書である。
    今まで私なりに原発や核兵器に関して、本を読んできた。
    氏の原発に対する考え方を知りたかった。浪人生時代を思い出し、あらためて生徒になった。
    先生の言葉を聴き逃すまいと、一文一文ゆっくり読んだ。原発は外交カードであったことを知り、目から鱗が落ちた。先生の知識量に圧倒された。また、先生の正義感と誠実さと優しさも感じられて嬉しかった。
    先生は20年前と少しも変わっていなかった。
    柔らかい表情の奥に光る野武士のような目の輝きを思い出した。

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    2018年06月09日
  • 近代日本一五〇年 科学技術総力戦体制の破綻

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    ネタバレ

    明治以降の150年間の産業技術について、その負の側面を痛烈に気持ちいいぐらいバッサリと批判している。さすがこの人だという傑作だ。特に第6章「そして戦後社会」では、高度成長の裏にある公害問題について、産官学マスコミを強烈に批判している。御用学者の企業援護とそれに乗っかるマスコミ。それが次章の原子力発電につながる。この部分がハイライトと感じた。何度も読み返したい名著。

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    2018年04月15日
  • 近代日本一五〇年 科学技術総力戦体制の破綻

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    明治以後の150年を、科学と技術という観点から見て書かれた通史。圧巻は5章以降で、戦中の戦時即応体制を作るために社会や政治経済の仕組みが総力戦体制に編成され、それが戦後の高度経済成長をも可能とした条件になったという。社会経済について1940年体制ということはすでに言われているが、科学、技術の面でそれが明らかとなっている。

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    2018年03月01日
  • 熱学思想の史的展開3 ──熱とエントロピー

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    熱学はその問題意識において地球環境の理解と不可分に結合していた。文庫版で3巻にわたり熱学史の発展を通じた熱学思想の展開を眺め、現代社会において熱学的な環境観の重要性を説いている。こんにち熱力学と呼ばれる学問はそれ自体厳密であり、三つの法則をもって閉じている。機械的自然観と独立な、一つの自然観的側面の体現とも言える。
    詳細な内容では、クラウジウスがエントロピーによる非可逆性の定量化に至る際、〈補償〉の〈当量〉という概念を経たという話が特に印象に残っている。エントロピーに至る問題意識の提示として、現代の熱力学教育で導入しても良いように思う。クラウジウスとトムソンによる、エントロピーの増大とエネルギ

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    2014年08月24日
  • 熱学思想の史的展開2 ──熱とエントロピー

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    ワットの蒸気機関が出てきて話は佳境へ。てっきり熱力学の始祖はカルノーだと思っていたのだが、カルノー自身は熱とエネルギーの等価性を認めていなかったとは知らなかった。しかしそういった物理学的には「よくわからない」状態で熱機関が実用に供されていた事実には驚く。つまり熱機関を動かしてみて初めて熱力学の原理がわかったということだ。しかしまあ飛行機が飛ぶ原理ですら、実はよくはわかっていないというからなあ。

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    2013年04月12日
  • 熱学思想の史的展開1 ──熱とエントロピー

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    スゴいの一言。熱という概念の確立にこれほど多くの科学者の取り組みがあったとは。しかし限定された観測データから本質を見つけていく作業というのは、現代の素粒子科学にも通じるものがあるのでは。熱素を探す姿勢というのは重力子を追い求める姿と重なるような気も。

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    2013年04月06日
  • 熱学思想の史的展開2 ──熱とエントロピー

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    科学史書の読み方としてはいろんなスタイルあるだろうが,当時の科学者たちがどのように考え推察したのかを追体験するのは非常に興味深い。
    現在の熱力学の教科書では天下り的にカルノーサイクルが導入されるものと思うが,カルノーがこの最大効率を持つ熱機関に至ったことはカルノーの自然観からすれば当然であった。彼は熱を水流(これは保存量であるな)になぞらえ,水車における最大効率機関との間に巧みなアナロジーを用いたのだった。このことは当時の技術的な動向やそれと関連して産業革命後の自然克服への盛り上がりなど,様々な要素があった。これらを感じつつページを進めるというのは非常に優雅な読書である。
    カルノーは熱の特殊性

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    2013年02月24日
  • 福島の原発事故をめぐって――いくつか学び考えたこと

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    福島の原発の災害をどうして招くことになったのか、その淵源を原子力爆弾の開発、さらには産業革命以前にまでさかのぼるなどさすがの一言につきる。ただここで書かれていることに賛成もするのだが、原子力推進派にはなかなか届かない言説になっている。
    これは山本氏に限らず反原発、脱検発の言い分が原発推進者にとどかないのと同じなのである。
    だからと言ってこの本の価値が減じることはない。この本の言い分が届かないという現状から出発しないと何もかわらないことが本当に日本人が考えるべきことなのである。
    産業界が力をもちすぎたことが 一つの悪夢の始まりだが、産業界に距離をおくひとに産業界の歯車をとめる力は生まれない。

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    2012年04月23日
  • 福島の原発事故をめぐって――いくつか学び考えたこと

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    誠実な思考。その積み重なり。
    ひとことを導き出すために、多くの言葉が選ばれていることがわかる。
    「特別にユニークなことが書かれているわけではありません」と著者がいうとおり、書かれていることは、すでによく知られていること。
    それだけに、著者の論の進め方は、説得力がある。

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    2012年02月17日
  • 福島の原発事故をめぐって――いくつか学び考えたこと

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    3月11日の大震災、その後の福島の原発事故が発生し、いまだ自分の
    中でもやもやした感情が残っている。
    この著者は、今回の原発事故は科学技術幻想の肥大化が招いたものだ
    と指摘する。科学技術とは、技術者が経験主義的に形成してきたもの
    だが、原子力は純粋な科学理論のみに基づく点が異なり、それが人間
    のキャパシティの許容範囲を超えた技術を生み出す結果になってしま
    ったという。
    脱原発社会に向けた説得的な批判を読み、腹落ちのする内容だったと
    思う。

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    2011年12月30日
  • 福島の原発事故をめぐって――いくつか学び考えたこと

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    アルファブロガー池田信夫氏が「残念ながら読んではいけない本になってしまった、、、」と書かれていたので、政治的なことで山本先生もつい力が入って過激で刺激的な文になってしまったか、と思っていた。
    が、池田氏が駄目出ししていた「正気で書いているのかどうか疑わしい。」という表現。苦笑を誘うような部分である。決して池田氏がいうように他者を罵倒したものではない。
    読むべき本である。
    ちなみに苦笑を誘う表現とは「処分場閉鎖後、数万年以上というこれまでにない・・・したがって、・・・各地方自治体や国民に広く理解、協力を得る必要があり・・・」という原発推進者の一文である。数万年・・・。苦笑せずにはいられないだろう

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    2011年09月01日
  • 福島の原発事故をめぐって――いくつか学び考えたこと

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     著者があとがきで断わっているとおり、とくに新しいことが書かれているわけではないのかもしれない。しかし、これまで「進歩」の名のもとで語られてきた自然支配へとシフトした科学技術の進展と、それに乗じた軍事技術の開発と一体で、かつ利潤のために不正と不公正を生まずにはおかない資本主義の発展との延長線上で、福島の「事故」が起こるべくして起きたことをこれほど明晰に見通させてくれる書物に出会ったのは、これが初めてである。著者が専門とする16世紀に、知と技術が自然の模倣から、自然の支配へと移行したこと、そしてその頃にはまだあった自然への畏敬がその後失われていったことから、科学主義的な幻想が生まれ、そして科学技

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    2011年09月01日
  • 熱学思想の史的展開1 ──熱とエントロピー

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    「重力と力学の世界」につぐ書籍で、熱力学を学ぶ、物理学、電気工学、機械工学、化学などの学生にはぜひ読んでおいてほしい背景知識である。
    本書では、自然科学の発想のきっかけがつかめるかもしれない。
    高校、大学の理科系の授業は、結果しか教えないので、おもしろくないと感じる人もいるだろう。どういうきっかけ、ヒントで、自然科学の理論を考えついたかがわからないことが多い。自然科学を理解できない原因にもなっていないだろうか。
    ボイル、ジュール、カルノーといった基本的な理論もでてくる。

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    2011年06月15日
  • リニア中央新幹線をめぐって――原発事故とコロナ・パンデミックから見直す

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    知らなかったリニア計画の問題点を知ることができ、漠然と必要性は感じないが、まあ良いことなんだろうと思っていた認識が変わった。
    静岡県がリニア工事に反対しているのも明確な理由があり、それを詳細に伝えず単なる嫌がらせをしているという印象を与えるマスコミ報道にも問題を感じる。

    筆者は全共闘の指導者でもあり、資本主義の限界という視座で論評しているが、ではどのような社会にしていくべきかの答えを出せないまま、反対運動でしか行動できていないのが今日の左翼運動の限界かもしれない。

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    2025年11月09日