鷲田小彌太のレビュー一覧
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まず「書いてみる」生活
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試し読み
Posted by ブクログ
ネタバレカテゴリーとしては、趣味・実用書なのだろうが、著者の文筆家としての成長譚のように描かれており、感動できる。そして、読者に勇気と希望を与え、自ら書くことを促す良書だと思う。
その本は「今日は掘出物は無さそうだなと帰りかけたBookoffの新書コーナーにあった。『まず「書いてみる」生活―「読書」だけではもったいない』は、池井戸潤さんの企業小説に出会い、それまで愛読していたビジネス書や実用書を机の隅に追いやって、1年間ミステリーを中心に小説ばかり読んできた私にとって、とても魅惑的なタイトルだったのだ。
カテゴリーは、鷲田小彌太さんが教鞭をとられている人文科学というよりも、どちらかというと趣味・実用の範疇なのだろうが、その内容は「哲学者でもある鷲田小彌太さんの、文筆家としての成長譚でもあり大河ドラマでもある」と言っていいほど小説的な感動に溢れた物語りであった。
私は、良い書物とは、読者である私に勇気や希望を与えてくれるものである。と思っているが、まさにそのような内容であった。
このコミュニティに集う皆さんの中には、活字中毒を自負するほどの読書家が多いと思う。自分も書きたいと思っている方も少なくないだろう。そんな方々に薦めたい一冊だ。 -
Posted by ブクログ
足りないアタマを補えるといいな、と思い読んでみた。
著者の名前、聞いたことあるような気がしたけど、初めて読む人だった。
ついでに出版社も初耳。
カバーにも書いてあるけど、「よかった点」「重要な点」「批判点」を簡単に書いてみる。
「早くたくさんの本を読む」は、今の自分にとって状況を打開できそうな案だ。
ちょっと前まで早くたくさん読んでいたけど、「自分の中に、何も残ってないんじゃない?」と気になって丁寧に読むように変えている。
変えているけど、なんだかダラダラ読みになっちゃっているのが嫌だったので、すらすらばんばん読んでみようかな。
何度も出てくるのは、「大切なのは読み手」であるということ。大賛成。
自分のアホに気づき、なんとかしたいから読む。だったら自分のためでいいじゃん。そう思う。
「理想をモデルにしてはいけない」と、文字面だけ見ると余り賛成できないけれど、書いてある中身ちょっと違う。
「理想」のとらえ方が違うだけ。
「理想」もそうだけど、言葉の選び方や文体が把握しにくいことがあり、ちょっと戸惑った。
多種多様な本を読み、幅広い考えを知って、そこから新しい課題を見つけて成長したい。
と思った。 -
Posted by ブクログ
現代から古代へとさかのぼるかたちで、日本思想史のなかから著者の考える代表的な哲学者を選び出し、その思想について簡単な解説をおこなっている本です。
ただし中心になっているのは近世以降の思想史で、「戦後の哲学者たち」には、吉本隆明、小室直樹、丸山眞男、司馬遼太郎、山本七平が、「戦前の哲学者たち」には、石橋湛山、柳田國男、徳富蘇峰、三宅雪嶺、福沢諭吉が、「江戸後期の哲学者たち」には、佐藤一斎、山形蟠桃、富永仲基、石田梅岩が、「江戸前期の哲学者たち」には、荻生徂徠、新井白石、伊藤仁斎、鈴木正三がとりあげられています。
日本の戦後思想を領導した丸山眞男に対して厳しい批判をおこなった思想家の一人に、谷沢永一がいます。もっともわたくし自身は、谷沢に丸山と並ぶほどの思想的な膂力があったとは思えないのですが、その博識には敬意を表するにやぶさかではありません。ところで、東京大学で教鞭を取った丸山がアカデミズムに巨大な学統を築いたのに対し、谷沢の思想を引き継ぐような「祖述者」はほとんど見当たりません。一つには谷沢の狷介さが原因だったのかもしれませんが、論争のなかで自説を展開することの多かった谷沢に体系的な著述がなかったことも、原因の一つだったように思います。
著者は、そうした谷沢の数少ない思想的継承者の一人であり、本シリーズは谷沢から引き継いだ日本観に基づいて書かれた体系的な日本思想史といえるのではないでしょうか。そのような意味で、わたくし自身は著者や谷沢の立場に対してあまり賛同できないことが多いものの、興味深く読みました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ題名をそのまま表した本ではない。
酒に酔ったおじさんが、勢いよくしゃべっているのを聞いているような気分になる本。結論に対する根拠のつながりが読み取れない部分や、何度も同じフレーズがでてくるところもある。読んでいくうちに著者の人柄がわかってきて、親しみをもって読めるようになった。豊富な情報が興味をそそる。
○気になったフレーズ
・「自殺」はほとんどが事故だ。(この根拠がわからなかった。)
・人間が共同体を営む上で規定した3大タブーは殺人、近親相姦、人肉食
・墓は不滅の魂を封じ込めるための仕組み。いやな奴がいつまえも世にさまよっているのは困るので。
・都市は生命力(エネルギーに満ちている)。都市では共同、競争(人間力を刺激し、高める)
・老後は自由、だが期限がないのでアウトプットが中途半端になる。同人誌なども1年間単位で出版していて中途半端になる。 -
Posted by ブクログ
読書録「教養論」3
著者 鷲田小彌太
出版 PHP文庫
p127より引用
“ つまり、教養の基本は、あくまでも、通
俗ということである。通俗とは、ポピュラー
ということで、大衆に届くという意味だ。高
級か、低級か、ということとは、直接関係な
い。大衆、もっといえば、万人に届くもの、
それが教養である。”
目次から抜粋引用
“教養とは、何だ
お子様ランチはまずい
大人とは、何か
教養を持つための10戎
教養をもつための条件”
哲学者である著者による、教養というもの
について記した一冊。
教養の定義から手に入れ方まで、あらゆる
方面から語られています。
上記の引用は、教養の技術化について書か
れた項での一節。
隅から隅まで詳しく解説しようとすると、物
凄く難しくなるようなことであっても、多く
の人に分かるように説明できてこそ、身につ
いた教養であるのかなと思いました。
でも、難しい物は難しいままで理解するしか
無いとも、どこかで読んだ気もします。
著者が言うには、教養というのは雑学であ
るとも言っておられます。多くの教養を身に
つけようとすれば、最後にはあらゆる方向か
ら知識と経験を仕入れなれけばならなくなる
のへしょう。結局なんでもありというところ
に向かうのかもしれません。
とにかく教養を身につけるには、時間がか
かるということなので、ちょっとずつ普段か
ら身につけていけたらいいですね。
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まず「書いてみる」生活
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≪目次≫
序章 大学は社会人教授を渇望している
第1章 社会人から大学教授になる10の法則
第1部 変わる大学と必要な人材
第2章 大学は斜陽産業ではない、競争市場だ
第3章 大学教授は任期制になる
第4章 社会人出身の教師に何ができるか
第5章 大学への転職には専門研究が必要だ
第2部 第二の人生は大学教授に
第6章 社会人から大学教授を目指すための準備
第7章 定年後に大学で教える
≪内容≫
知り合いが定年後に大学教授になったので、ちょっと手に取ってみた本。
まあ、わかったことは大学院に行って、専門分野を作り、論文を認めさせること。あとは伝手を作り、コツコツと最後まで(教授になっても)研究を続け、学生にわかりやすい授業をすること。
当り前で、何事にも抜け道はない、ことを知りました(笑)
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Posted by ブクログ
恐らく,辛辣さは前著の方が強いです。本書はむしろ,本当になろうとするならば,それなりの覚悟がいるよ,と論じている部分が多い印象です。しかし,まともに教育出来る人が大学教授になるべきだという信念は通底していると思います。
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大学は,大多数の学生にとって,就職準備の場としてある。しかも,大学教育は,就職してすぐに「役立つ技能」を教える場ではないのである。それは,大学がそのような「技能」を教えることができない,などということを意味しているのではない。逆である。実のところ,単色の知識や技能を教えるのは簡単なのである。企業が若い働き手に求めているような,「すぐに役立つ」知識・技能・行動力を教えるだけなら,何も,大げさに,大学である必要はないのである。
企業と公的サービス部門を問わず,本当に要求されているのは,単色の知識や技能が社会変動や技術革新などによって不要なものとなっても,新しい知識や技能を習得して,社会変動や技術革新に適応してゆける知・能の教授なのである。もう少し単純化していえば,変動や革新があっても,恐れることなく,その変化を理解し活用してゆこうとする学習意欲こそがまず求められているのである。問題を個々に解く能力よりも,問題を解決するために何事でも学ぼうとする姿勢こそ大切なのである。(p.35)
しかし,「オリジナリティ」が,重箱の隅にしろ,ある研究はまだましである。「オリジナリティ」がただの「珍奇」を意味することのほうが,ずっと多いのである。「趣味」や「思い込み」にすぎないのが大部分なのである。(p.41)
学ぶとは,本質的に,暇潰しのことである。しかし,労働とは違うが,ぶらぶらしていることではない。何事かをなそうとする意志的な行為である。だから,労働と同じように,学ぶにも一定の筋道がある。ところがその筋は,労働の筋とは異なる。学ぶことも,技術的なところがあるから,一定の段階までは,マニュアルがある。学ぶが勉強(work)でしかない段階である。しかし,それを超えると―超えたからといって勉強の側面がなくなるわけではない。ただ主ではなくなるだけだ―,多様な道を自分の足で進むのを常とするのである。(p.91)
もとより,学ぶ楽しさは,学んでゆくことの中で生まれてくるというのが普通である,…(p.92)
本当のところ,忙しいときに学ぶのは,そんなに難しくないのである。何事かを学びたいという気分が煮詰まってきているからである。何事かを欲する(want)のは,それが欠けている(want)からなのだ。忙しくて研究が禁じられているようなとき,なにがなんでも学びたいという欲求が湧いてくるものなのである。
しかし,たっぷり時間があって,しかも,気候の爽やかなとき,きちんきちんと学びの仕事を片付けてゆくのは,相当に気力がいるのである。十分に自由なとき,今すぐに成果を生まない何事かをするためには,自分を強制する大きな力がなければならないのである。十分後にしても,一日延ばしても,あるいは十日延ばしても,もしかすると,来年でも,結果オーライということになるやも知れないことに,今・ここで,取りかかるのは,気分上とても困難なのである。(pp.98-99) -
Posted by ブクログ
「「自分の考え」整理法」3
著者 鷲田小彌太
出版 PHP文庫
p202より引用
“類似品=先例はある、
もしない場合でも、純然たる新奇さなどない、先例を応用できる、
と考えます。これは、実践思考の模範ですね。”
哲学者である著者による、
物の考え方に関するコツをまとめた一冊。
思考の方法から難問の突破法まで、
著者の経験をもとに作り出された思考法が紹介されています。
上記の引用は、
第三部の難問突破法の中で紹介されている、
アガサ・クリスティの小説の主人公、
マープルとポアロの推理法に関する一文。
現在や将来に、
自分が直面するであろう問題に対して、
少しでも有利に事が運ぶように、
歴史を学ぶ事が重要なようです。
学生時代の歴史といえば、
年表を覚えるか昼寝してるかだったので、
その時のツケが今の私なのだろうなと思うと、
これからまだまだやる事が多そうです。
やれる事から一番やさしいところから始めると、
本書でも書かれているので、
まずは歴史マンガからになりそうです。
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