薫子さん、どうかお幸せに……
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以下、ネタバレを含みます。
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罰を受ければ、罪が消えるのかといえば、そうではない。
けれど、いつまでも責めていたところで———誰も幸せにはならない。
これは、英雄の物語ではない
それでも罪人は断罪-さばか-れる
私が人生で最も愛する名作、装甲悪鬼村正における、復讐篇のモノローグです。まさに、薫子さんは許されたわけではないけれど、罰を避けることはできないけれど、それでも彼女を愛し、慕い、生きていてほしいと願う人はいるという事実が……どうしようもなく、湊斗景明の殺人の罪を知りながら、彼に生きていてほしいと願った、大鳥香奈枝を思い出して止みませんでした。
そもそも古代の縄文のご先祖様は、木を切り、森を滅ぼして、土地を開き、水を引き、田を作ることに初めは畏れと抵抗がありました。何故なら土地と森は、そこにあるだけで無限に恵みを与えてくれる一方、人を簡単に殺めることができる天敵たちも、森の中に同居させているからです。恩恵と脅威。感謝と恐怖。そうした、畏れと深い愛情を、彼らは森への信仰としていたのです。
しかし、1000年以上の長いときをかけて、やがて弥生文明、水田と稲作の暮らしに移り変わり、人が人の都合のために、土地を耕し、穀物を刈り取る生活が始まります。彼らはそのとき、土地を掘り起こし、傷つけています。ゆえに彼らは地母神に赦しを乞いました。彼らはそのとき、稲を刈り取り、殺めています。ゆえに彼らは穀物神に赦しを乞いました。古代オリエントの地母・穀物信仰は、縄文時代にルーツがあると見る説もあります。
そもそも、人は人の都合だけで、与えられた恵みを勝手に壊している以上、その畏れを忘れてはいけませんし、ゆえに法を破らなければ罪ではないというような偽善や小細工は、少なくとも古代の人々は思いつきもしませんでしたし、かりにすると人がいたとしても、軽んじられ、決して真に受けることなどなかったことでしょう。
ゆえに、畏れや法や罰とは、それがあるから人が従うという後手のものではなく、そもそも人が、畏れと感謝を心に持つからこそ、自ら進んで善く生きるために、結果として現れたものにすぎないはずなのです。だからこそ、隊員を危機に追い詰めた薫子さんは決して許されてはいけませんし、罰は必ず受けなくてはなりません。法は軽んじられないからこほ、その秩序の下に大勢が守られます。
代わりに、ここで薫子さんが安易に許されてしまえば、軍規が侮られ、罰されないことを前提とした無法が罷り通ってしまいます。正直者が損をするなら誰もが犯罪をためらわないということです。結果としてひとりの独善を許すことが、大勢を望まぬ不幸に招いてしまいます。
トゥキュディデスの『戦記』にも記されていました。
「弱い者にも、清い心の正義の実在は認められる。
しかし、それを尊ぶあまり、力ない者の主張を許してしまっては、今度は許したこちらが他の多数・大勢に侮られてしまう。最悪の場合、裏切りや謀反によって戦う前から敗北する。
我々は味方を守るため、平和を続けるため、我々はあなたがたの主張を認めることを望まない。
我々が正義だから勝ったのではない。
あなたがたに正義がないから敗れたのではない。
ただ力の多寡があったのみである」
———と。
それでも。
そう———それでも。
好きならば、慕うならば、愛おしいならば、
生きていてほしいと、幸せになってほしいと、
叶わなくても、望み、願い、祈る、
それもまた、どこまでも儚く美しい
人のこころ、もののあはれ
だと私は思います。
なんなら、甘水がしたことも、やろうとしていることも、許されてはいけないのでしょうが……彼がどうしてこういう人物になったのかの経緯を慮れば、なんとも切ない気持ちになりますもの。彼がもし、能力によって「過剰防衛」で他の誰かを傷つけたりしなければ、あるいは、その人柄を信じて、須美さんは、一家の存続以上に、甘水を慕ってくれたかもしれません。
これから先の展開で彼がどうなるのか。もちろん、先述の通り、罪あらば罰されるのは法の掟ですし、それによって大勢の平和は守られるのですが……それでも、やり直しが許されるなら、彼がこれから先の長い時間の中で、もう一度こころときめいて、幸せな日々を生きられますようにと祈ります。
それにしても、改めて、殺陣の要素として読んでまいりますと、甘水の能力は強すぎるなぁと、敵ながら天晴れな読み応えでした。精神感応は強すぎるがゆえに、帝に止められているという展開は、なんとも、雷帝を側に置く邪眼使いの御堂蛮くんと、帝に禁止された精神感応機能を持つ三世村正を連想したやみません。奇しくも村正が主人の景明さんを呼ぶとき、劔冑-つるぎ-の掟として、「御堂」と呼ぶことも、偶然の一致にしては興味深いものがあります。※GetBackers・奪還屋、装甲悪鬼村正 の登場人物
甘水はその強すぎるがゆえに、国家や世界の秩序も変えてしまう危険性を、むしろ「使えばいいじゃないか」と解き放ってしまいました。令和現代でいえば、間違いなく最強の兵器は原子爆弾ですが……それを抑止力としてではなく、躊躇なく私用で使ってしまうといった具合でしょうか。即物的に喩えるとなるほどその狂気がぶっ飛んでるのがお分かりいただけるかと思います。
そんな甘水でさえ、一瞬でその背を捉えて蹴り抑えてしまうのですから、清霞さんつえーのヘヴン状態でございます。ここまでで彼の精神的な不完全さは、読者の皆様はよくよくご存知で、それをかわいいと思える一方で、彼の本来の職務である、軍事行為に至っては、全く有能どころか完璧すぎるほどに頼もしい。このギャップが最高なんですよね……あくみせんせい、ほんと、天才胸キュン作家さんです///
しかもその強い使命感と、帝大の徴兵免除の特権がありながらあえて入隊した決意の理由が、五道さんの父親を救えなかった未練からだったとは……そこも知ってしまっては、もう、アツい人だなぁと、尚更好きになってしまいますもの。男性は、尊敬する男性のために忠義を以って働く姿に、無条件に感動するものですし、そんな男性たちに慕われる姿を見ると、女性も、その頼もしさから自然と恋してしまうのでしょう。自分の好きな人ほど、他の女性もまた彼に恋している。そのいじらしさがまた夜伽を盛り上げてくれる隠し味♡なんちゃってなんちゃって! やーん、清霞さんと美世さんがやることやっちゃう展開になったら一体2人の胸キュンはどうなってしまうのでしょうか。笑 今や抱きしめたり、キスするだけで2人とも真っ赤ですのに!かーわーいーいー〜♡♡
はてさて、次巻も楽しみでございます!!