フレドリック・ブラウンのレビュー一覧
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フレドリック・ブラウン(1906–1972)は、星新一(1926–1997)が師と仰ぐアメリカのSF・ミステリ作家。
ずっと気にはなっていたのだが、今年になって新訳文庫化されたのを機に読んでみることにした。
この新訳の文庫は、3か月毎に全5巻まで出版する予定みたい。
5月9日に第2巻が発売されている。
星新一と同様にオチを楽しむ作品集(のはず)なのだが、日米の文化の違いなのかピンと来ないものが多かった。
わざわざ改版しているのに、文字サイズが小さいままで私にとっては読みにくかった。
文字サイズだけの問題で、読む気がそがれてしまう。
フレドリック・ブラウンの作風が分かったので良しとする。 -
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随分前にサンリオSF文庫『フレドリック•ブラウン傑作集』を読んだ覚えがあるのだが、内容は完全に頭から消え去っていた。しかし文字を追っている間に思い出すこともままあるので、久々に読んで思い出にでも浸ろうと考え、手にとってみた。悲しいことに、なんの記憶も蘇ってこなかった。しばらく読んでから思い出すことは諦め、初めて読む作家として本書に向き合おうと決めた。
さらりと全ての話に目を通した感触は悪くなかった。多くの作家から愛されてきただけのことはある。本書はさながら魅力的な原石がたくさん詰められた宝石箱のようで、特異な光を放つ短編のどれひとつをとっても退屈させられることはなかった。はずれの入っていないくじの箱、それが『真っ白な嘘』という短編集である。
フレドリックブラウンを一言で表すならば、「無限のアイデアを持つ男」といったところか。『メリーゴーラウンド』の結末や、メタフィクションの先駆けとも言える『町を求む』、『後ろを見るな』、叙述トリックを巧妙に活用した『歴史上最も偉大な詩』など、奇抜なアイデアを下地にした作品が目白押しで、よくもまあここまで斬新なネタを生み出せるなぁと感心させられる。私個人としては『カインの死』がお気に入りだ。この一編、なんの変哲もない主人公の内面吐露を描写しているだけの話に感じられるのだが、終わり際、ぱっと振り掛けられるように付け加えられた文章が全体のイメージをがらっと変える。私自身、最後の3〜4行でここまで物語を方向転換することができるのかと心底驚かされた。短編小説の匠、アイデアの王様、いやはや、さすがなものである。
単なる暇つぶしとして読むのであればこれ以上の本はなかなかないので、時間が空いた時、読み流す程度に字面を追うことは大いにおすすめしたい。しかし、本腰を入れて読むことは絶対にやめたほうがいい。ただただ失望させられるだけだからだ。
フレドリックブラウンを「無限のアイデアを持つ男」と最初に評したが、逆に言うと彼にはアイデア以外に取り柄がないのだ。構成は物足りないか過剰かのどちらかで、心理描写には緊張感がなく、詩的表現も見れたものじゃない。物語の展開も終盤でかなり雑にまとめることが多く、全体的にガタついている。そのため読後感がよろしくないのである。面白いけど、もやっとする、これが本書の悪いところだ。
『キャスリーン、お前の喉をもう一度』は特に読後感が悪かった。ストーリーの流れも悪くなく、人の顔や名前は思い出せないが場所や風景は思い出せるという記憶喪失者のあやふやな心理の描写も巧みで、ぼうっと幻覚の中に迷い込んでしまったかのような気分にさせられて心地よかったのだが、最後の最後にあまりにも雑すぎる種明かしをされて本当に嫌な気分になった。映画『クリムゾンリバー』並に酷い。もう少し丁寧に話を仕上げることはできなかったのだろうか。フレドリックブラウンの小説は、アイデアが第一で、物語や文体はその思いつきの添え物のように感じられる。作家の創作態度にも様々なスタイルがあるだろうから別に否定する気はないが、今後読むことはないと思う。
しかし、本書が完全に酷い本だったかといえば、そんなことはない。最初に述べたように、本書は「原石を集めた宝石箱」として私の目に映った。本当にアイデアは面白いのだ。その当時は誰も思いつかなかったであろう仕掛けの数々は見事の一言に尽きる。歴史を超えて愛されるにはそれだけの理由がある。時の洗礼を受けてなお名を残すフレドリックブラウンの作品群、常に頭の片隅に置いておこうと思う。
余談
ふと思ったのだが、本書のアイデアはそのままに、文体や叙述方法、構成をオリジナルにアレンジして書き直してみたら完璧な作品が出来上がるんじゃないだろうか。駆け出しの作家が創作の練習として活用するのも面白いかもしれない。もしかしたら、フレドリックブラウンに影響を受けた作家達も上記したような方法で腕を上げていったのではないだろうか。星新一やフィリップKディックがそうやってオリジナリティを構築していったと妄想してみる、悪くない。読み終わったあとこうやって都合の良い妄想にふけるのも、読書の楽しみの一つである。
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最近にわかにはまっているフレドリックブラウンの短編集。
各短編をコースになぞらえ、オードブルから始まり食後のコーヒーで締めるフレドリックブラウンのフルコースが味わえるという美味しい1冊でした。
以下お気に入り作品。
「殺意のジャズソング」
友人と中古車販売業を営む主人公。ある日友人が何者かに暴行される事件が起こり、犯人の目星がつかないまま、今度は昔の音楽仲間の一人が殺される。
最後のオチが予想外だった。信頼できない語り手。
「死の10パーセント」
俳優崩れの主人公がとあるきっかけで出会った男にマネジメントされトントン拍子にスターへの階段を上っていく。男との約束は、すべての10%を取り分として男に払う、ということ。
主人公は死神とでも契約してしまったのか、悲惨な末路。そもそもその男と出会ったのが財布を拾って勝手にクレジットカードを使ってしまったからであって、悪いことはするもんじゃないなと思った。
「真っ白な嘘」「不吉なことは何も」に比べたらオチがよくわからなかったりする作品もあったけど、訳者によるものが大きいのかもしれない。たまたま上記2作品は前2冊と同じ越前敏弥氏訳のものだった。
3冊のフレドリックブラウンの著書を読んでみて、お酒を飲んだ後車を運転するシーンがたくさん出てくるんですが、飲酒運転が合法な世界なんだろうか。とかどうでもいいことが気になった。 -
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・フレドリック・ブラウン「死の10パーセント」(創元推 理文庫)を読んだ。私はフレド リック・ブラウンをほとんど知らない。どちらかと言ふとSF 作家だと思つてゐた。さうではあるがミステリー作家でもあつ た。「フレッドは“二面を持つ作家”で、SF作家としてもミステリー作家としても同じくら いよく知られていた。」(ウィ リアム・F・ノーラン「序文ーフレッド・ブラウンを思い起こして」13頁)ここではミステリー作家としてのブラウンである。本書では「序文」以外はフルコース仕立てになつてをり、 最初のオードブルから始まつて最後のコーヒーまで13編所収、うち3編は初訳で、それらはいづれも第二次世界大戦前の若い頃の作品である。
・オードブルは「5セントのお月さま」、これが「ブラウンの商業誌デビュー作で」(「編者解説」436頁)あり、初訳である。月を望遠鏡で5セントで見せようといふ男の話、最後はそれが「望遠鏡で犯行現場の見物、五十セントだよ!」(26 頁)と変はる。ごく短い作品である。記念すべきデビュー作ゆゑにオードブルにふさはしい。スープは「へま」、これも戦前の作品だが旧訳がある。ただし初出誌のみである。当時、敵国だつたドイツのスパイになれといふ、これもごく短いから、 スープにはふさはしさうであ る。以下、魚料理2,口直し1,コールドミート3,サラダ 1、ローストミート2,デザート1、コーヒー1と続く。魚や 肉料理はさすがに食ひ出があ る、いや、読み出がある。コー ルドミートの「フルートと短機関銃のための組曲」「死の警 告」は初訳、戦前のパルプマガジン発表作である。「組曲」がおもしろい。「日本の大家の有名な作品に類似のアイデアがある」(439頁)らしいが、私はそれを知らない。これも密室物なのであらうか。外から撃たれたといふのだから違ふのだらう、たぶん。個人的にはこのタイトルが気が効いていておもし ろいと思ふ。これがポイントになる。かういふ曲、フルートの 吹き方はどんな楽器でもあり、 それはミステリーにもなるのであらう。ミステリーをよく知つ てゐる人には当然のことであつても、私には決してさうではなかつた。「死の警告」には「犯人のしゃあしゃあとした登場ぶりが、最後まで主人公を苦しめるところ」(同前)とある。私にはこれよりも旧訳のある今一つのコールドミート、「球形の食屍鬼」の方がおもしろかつた。食屍鬼はもちろんグールとのルビがつく。これも戦前のパ ルプマガジン発表作、大江健三郎の「死者の奢り」みたいなも のだといふのはあまりに大雑把だが、検死局の死体置き場とい ふ点では似てゐるとも言へる。 主人公が学生であり、ここのバイトで稼いでゐる点も似てゐる。違ふのは事件性である。こ ちらは殺人事件が起きて主人公はそれに巻き込まれる。密室である。ただし、人が通れないほどの換気扇口が外に開いてゐる。主人公は第一発見者である。さてどうなるか。「金枝篇」を読む主人公ゆゑにポイン トは食屍鬼であらう。といふことで、大江とは全く別の世界が展開する。グールが出てくると ころなどはパルプマガジンにふさはしい。タイトルは原題の直訳である。勘の良い人ならばこれで犯人を推測できてしまひさうである。これ以外は戦後の作 品である。私にはエド・ハンター物2編以外はパルプマガジ ン所収作の方がおもしろかつた。さういふ作品を読んできた といふことがあるかもしれない。ブラウンであらうが誰であ らうが、古くて安つぽいけれど パルプマガジンはおもしろいのである。本書は日本オリジナル 傑作集であるらしい。短編全集もある作家である。それをこのやうに並べるのは一つのアイデ アであつた。 -
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越前敏弥さんが宣伝していたので知ったフレドリック・ブラウン、初読み。東京創元社から新訳の短編集が三冊出ているが、三つ揃って表紙もおしゃれ。『不吉なことは何も』という表題作のタイトルもかっこいいと思う。原題は”Nothing Sinister”で、旧訳では内容を汲み取っての『復讐の女神』だったのを、新訳にあたり改題したとのこと。
とても夢中になったという感覚でもなかったが一気読みした。つかみが上手いというか、いつの間にか入り込んでいる。保険外交員のヘンリー・スミス、私立探偵のピーター・キッドは特に台詞回しに特徴があって面白かった。中編『踊るサンドイッチ』も良かった。
気になったのは、スミス氏がやたら出てくる。ピーターも二人はいた。ウィーラーも二人はいた。カールも二人はいた。これはわざとなのだろうか。なんとなくそうなっちゃったのだろうか。 -
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旧訳を読んだのはずいぶん前のことで、「後ろを見るな」がどうしても記憶に残ってしまっているが、そのほかは、全くの初読と変わらない状態。
謎の提示や不安感の盛り上げ方、そしてラストのサゲと、作り方が巧いなあというのが率直な印象。「闇の女」や「真っ白な嘘」、少し違うが「危ないやつら」がそんな感じ。
「背後から声が」や「キャスリーン、おまえの喉をもう一度」は、メロドラマチックではあるが、夢破れた男の悲哀を上手く描いている。
法律や通常の世界では対処できない、危険で嫌なヤツをどうすれば良いのか、「笑う肉屋」では本格ミステリー風に、「むきにくい小さな林檎」では犯罪小説風に描かれる。
いろいろな風味の作品が一冊で楽しめる、贅沢な短編集。お勧めしたい。