岩井圭也のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
プロローグ
灼熱のアスファルトから立ち昇る蜃気楼は、
自身の影をゆらゆらと揺らしている
太陽からは容赦無く熱波が放射され、
己からは汗が吹き出している
纏わりつく湿気も実に不快だ
我が国はいつから亜熱帯気候になってしまったのか
80余年前の彼の地、サイパンも
昨今の日本のように灼熱だったに違いない
本章
『楽園の犬』★5 mariさんの本棚から
主に第二次世界大戦前夜のスパイ小説で
まことに稀有なサイパンが舞台だ!
スパイにならざるおえなかった主人公、麻田
その雇い主である海軍の堂本
2人の人生が、大戦前後の動乱によって
大きく変化していく様を克明に描いた
感動のスパイ小説である
作中に登場する、南洋桜という真っ赤な花を咲かせる木にも注目だ
その南洋桜の下で、自決した堂本は日本の未来に
何を憂いたのだろうか
是非、皆にも読んでほしい作品である
エピローグ
戦前80年という節目と8月ということで
本書を手に取った
戦前、サイパンが日本の半統治下であったという
事実は、恥ずかしながら知らなかった
アメリカとの綱引きの中で繰り広げられた
両国のスパイ合戦
日本の陸軍、海軍の各スパイの暗躍
サイパンの風土
読みどころ満載の本作であった
暑さが和らいだ黄昏時
窓を開けると、鈴虫の鳴き声が耳朶を打った
久しぶりに聴いたような気がする
サイパンで咲き乱れる、あの南洋桜の木の下でも、
同じように、鈴虫は鳴くのだろうか?
我が未到の地サイパンに哀愁と鎮魂の
思いを馳せた!
完
-
Posted by ブクログ
物語の中身ではなく、外側について。
岩井さんの小説は、セリフと物語が、いかにもなセリフや物語としての書き言葉ではなく、本当に口から紡がれたかのような切り方、それも長い時も短い時もある。それが臨場感や焦燥感など、空気を作り出しているように思う。
また、キャラクターが「立っていない」。だから、本当にいそうで、本当にそう考えそうで、「ふつうに考えた範囲では、ふつうそうなるよな」と思えて、「いやそうはならんやろ」とあまり思わない(一部作品にはあるが)。
そうしたことが没入感をつくり出していると考えた。では人物に共感するか?というと、そういうことではない。ましてや今回の物語は共感してはいけない。そもそも創作物は共感ではなく、違和感を知るためのものだから。でも、その違和感によって、私の今を確認できる。それは『楽園の犬』もそうだった。 -
Posted by ブクログ
1940年、太平洋戦争勃発直前のサイパンの地に降り立った元女学校英語教師の麻田健吾。表向きは南洋庁サイパン支庁庶務係としての赴任だが、その実態は日本海軍のスパイという任務を帯びていた。
島内を跋扈するあらゆる種類のスパイたち。海軍vs陸軍、アメリカ人vs島民、内地vs沖縄、あらゆる対立構造が生み出す緊張感。
ごく普通の教師だった麻田が飲み込まれていく闇が深すぎる。それでも真っ当な感覚を最後まで持ち続けた彼の姿がどこまでも爽やかで印象的。
日米開戦を回避するべく奔走した堂本海軍少佐と、思いを同じくする麻田の間にある信頼関係。戦争中、非国民の誹りを受けながら、なんとしても生き抜く努力をすることの尊さを繰り返し説く麻田の生き様。
「死はすべて死でしかない。美しい死など存在しない」繰り返されるこの言葉が深く胸を打つ。
武士の時代の切腹に始まり、「生きて虜囚の辱めを受けず」の精神など、日本人は自ら命を断つことを潔しと美化しすぎていはいないか。
大勢に流されず、真っ当な思いを保ち続けることの難しさを思い、先の戦争にまつわる映画や本を目にする機会の多い夏だからこそ、深く心に沁みる物語となりました。
-
Posted by ブクログ
岩井圭也さん「楽園の犬」
著者の作品は「汽水域」以来5作品目。
80年前の終戦に合わせて結構前からこの「楽園の犬」を本年の8月の一冊にしようと決めていた。
まず表紙。「鳳凰木」という樹木、全く知らなかったのだがサイパンでは「南洋桜」というらしい。
現在もだが、日本人にとって戦中は特に「桜」とはある意味で生と死を象徴する樹木であり、満開に咲いて散っていくその儚さを表象しているようと思慕し偲んできた。
この表紙の満開の真っ赤な桜に当時サイパンにいた日本人はきっと色んな想いを馳せたに違いない。
祖国を想い、家族を想い…
この桜には先人の御霊が宿っている様に感じられる。
自分は20年位前に一度サイパンに観光で行ったことがある。多くの日本人が身を投げたとされる通称「バンザイクリフ」にも足を運び鎮魂の意を込め両手を合わせてきた。
せりだされた崖に激しく波がぶつかり、そこに万歳と連呼しながら飛び込んでいった先人達を想像すると居たたまれなくなったし、二度とそういった状況を作ってはいけないと深く考えさせられる場所だった。
この作品、太平洋戦争開戦直前のそのサイパンが舞台。物語はタイトルの通り、主人公の麻田が堂本という海軍少佐のめいを受け諜報活動をしていくという物語。
ミステリー風に描かれており、関わってくる人物が米国のスパイなのか?陸軍のスパイなのか?そもそも上官の堂本は何者なのか?物語の進行と共にそれらがクリアになっていく。
なんといってもこの物語は最後が壮絶。
終章が素晴らしかった。苦しさの中だからこそより見える喜びや希望が読み取れる。その愛が時間を超えて父から子への教訓の様にも感じられた。
生の重み、だからこそ死の否定。
最後良一にローザから渡された父からの最期の一通の手紙。
冬でも咲く「南洋桜」の根本に何年も埋められていたその手紙。
良一が生きていてくれたからこそ時を超えて届いたその手紙。
父の魂が手紙を通じて良一を抱きしめているように感じられた。
頑張って生きろよって良一を抱きしめながら息子の背中を笑いながら涙ながら擦っている父の姿が想像できた。
とんでもなく素晴らしかった。
戦後80年、長いような短いような時間だが、自分も含め今現在の日本人の多くは戦争を体験していない。
戦争がないから平和なのかと問われれば違うと思うが、戦争があれば根本的に平和とは思わないだろう。
平和という言葉と思想のギャップはさておき、ただただ先人達が命をかけて日本という国を守り、日本人という民族を繋いでくれたのは確かだ。
それを誇りに自分は日々を暮らしているという喜びを噛み締めながら、その先人達の報いを決して踏みにじることだけは絶対にしないし、したくない。そしてその魂を自分も次の世代へと繋いでいきたいし、そうしなければならないと思っている。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ舞台は太平洋戦争も秒読みとされた時代のサイパン。生きるために海軍の犬(スパイ)として動くことになる主人公の麻田。日本では英語教師として働いていた彼は、アメリカの情勢にもある程度詳しく、日米は開戦してはいけないと考えている。
喘息持ちで体が弱く、日本に残してきた妻と一人息子のために、なんとしても生きて祖国の地を踏むことだけを目的とし、そのために任務を全うしようとする麻田。
言ってみれば戦時中は『生きることへの執着』は醜いとされた時代です。作戦の責任をとって自決することが賞賛され、捕虜となることは恥とされ、捕まるぐらいなら民間人でも崖から飛び降りることを率先して選ぶ、そんな世の流れです。
人間も生き物です。生きている限り『生きたい』と思う気持ちは当たり前のことなのに、それが許されない時代です。
麻田の雇い主である堂本も、非戦のために諜報部隊を使っていました。開戦すれば遅かれ早かれ負けることは予測がついていたから、自分の役割を『戦争を避けること』と位置付け、自分の立場で出来ることに必死だったと思います。
開戦を望まないのは麻田も堂本も同じでした。
ただ、堂本は軍人だった。
物語の冒頭で、すでに堂本の中で自分の作戦が失敗した時の責任の取り方は決まっていたように描かれています。
度重なる失望、最後はそれが自分へ向けられたのかも知れません。
自決という最後を選んだ堂本に関して、麻田が抱いたのは怒りの感情でした。
これが、より一層麻田の中の『生きて帰る』という想いを強くし、戦況が激化する中でも信念を崩すことなく、最後の最後まで希望を捨てなかった原動力になっていたように思います。
生きることはきれいごとではないけど、生から逃げて選ぶ死もまた、きれいごとではないのだと、そう思いました。 -
Posted by ブクログ
自分は世界の一部である。世界の全てを知れば自分を知ることができる。なぜ知識の深淵を目指したのかを明かす南方熊楠の一代記。
-------------------
知の巨人であり変人であり変態(褒め言葉)でもある南方熊楠は、一部の熱狂的な人々にとってはいろんな意味でヒーローであろう。伝え聞くその生き方や、南方曼荼羅に代表される著作は人を惹きつけてやまない。そんな熊楠を捉え直すのが本作。
非常に丹念に熊楠という人物を掘り下げたのだと思うし、そのイメージは僕が想像する熊楠像とぴったり重なるので、とても読みやすく、人物描写にも共感できたのがよかった。最後に目指した学問をものにできたのか、家族の問題はどうなのか、など、いくつもの懊悩を残して人生の終盤に行き着いてしまうのも、人間としての熊楠を追い求めていてよかったと思う。そうしたことや、熊楠自信が辿り着いた「自分とは何か」という結論などは非常に共感できたし、この結論に結んでくれて救われたと思った。小説としても伝記としても、博物学とは何か(横断的な学問はなんの役に立つか)を知る教科書としても面白かった。