川越宗一のレビュー一覧
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ネタバレ序章。樺太に赴くロシア軍女性伍長クルニコワは、かつてソビエト時代の大学で民族学を専攻し、日本と領有を争っていたサハリンこと樺太の論文や資料に目を通していた。その中には旧式の蝋管レコードにはサハリン・アイヌの歌、五弦琴トンコリ演奏、昔話が記録されていた。そして後に登場するポーランド人学者ブロニスワフ、樺太アイヌのシシラトカ、ヤヨマネクフの名も記されていた。
実は私は何十年も前に、ロシアで発見された樺太アイヌの巫術(トゥス)を記録した蝋管レコードを、日本の孫世代の遺族が聞いて記憶を蘇らせる、というテレビ番組を見たことがあり、とても強い印象を受けました。多分それ以来、ほとんど知らなかった樺太・千島のアイヌや樺太の先住民、ニヴフ(ニクブン、ギリヤーク)、オロッコ(ウィルタ)に興味を持ったのだと思います。
本編が始まると、帝政ロシアおよびソビエトと日本帝国によって翻弄される樺太アイヌ、ヤヨマネクフを軸とする波乱の物語が描かれる。
第二章になると、帝政ロシアでポーランド独立運動に関わって逮捕され、サハリンに流刑懲役服役するポーランド人ブロニスワフの物語になる。
ヤヨマネクフの物語には、二葉亭四迷や金田一京助、大隈重信、白瀬矗といった明治・大正時代の有名人が登場して、読者としては興味が尽きません。
実は、金田一京助が樺太で子供達からアイヌ語を収集する様子を描いたエッセイ(おそらく抜粋)は、小学校の国語の教科書で読んでおり(先述の巫術の蝋管レコードよりはるかに前です)、この時アイヌ民族という存在がとてもエクゾチックに響いて、とても強い印象を残したのでした(記憶に残る唯一の小学校国語教材かも)。
一方、ブロニスワフは樺太でアイヌと深く交流し民族学学者となり、アイヌの少女イペカラの五弦琴トンコリの演奏を序章に現れた蝋管レコードに録音し、アイヌの妻チュフサンマを娶る。ロシア帝国がソビエト革命で倒れ、ブロニスワフは祖国ポーランド独立を目指す決心をし、身重の妻と子を置いてロシアに渡るが、武力を行使してポーランド独立を目指す弟の一派と対立し暗殺されてしまう。
ヤヨマネクフはロシア領の樺太で漁師をしながら幼馴染シシラトカらと共にアイヌやロシア人子弟のための学校を作るが日露戦の勃発で頓挫する。日露戦で南樺太が日本領となり、再びアイヌや和人のための学校を設立する。その後、ヤヨマネクフは世界最初の南極点到達を目指す白瀬矗の探検隊に「犬係」として応募するが、ノルウェーのアムンゼン隊に先を越され、南極点到達は断念する。ヤヨマネクフは南極点到達により「滅びゆく民族」とみなされていたアイヌの存在を世界に知らしめる気概から、断念に強く反対するが同僚の犬係アイヌのシシラトカに諌められる。帰還後、金田一京助を編者として、口述によるアイヌ語と日本語の自伝「あいぬ物語」を刊行する。
最終章、第二次世界大戦終戦直前、戦闘のなかった樺太にロシア軍が侵攻し、日本軍と戦闘が始まる。イペカラは五弦琴トンコリを生業としていたが、戦闘が起こったある日に森に迷い込み、トナカイに騎乗する日本兵源田により一命を取り留める。源田はイペカラを連れて日本軍陣営に戻る途中、ロシア兵クルニコワを撃って負傷させ捕虜とする。途中イペカラは五弦琴を弾くと、クルニコワはかつて蝋管レコードを聴いたことを告げ、それがイペカラの演奏だったことを知る。陣営にたどり着く。源田はそこで日本の敗戦を知るが、ロシア軍との戦闘が始まってしまう。源田は樺太の先住狩猟民オロッコ(ウィルタ)の出自を持ち、「立派な日本人となる」教育を受けており、銃弾によりバンザイを叫びながら息絶える。イペカラも「アイヌが滅びることはない」と叫びながら負傷する。日本軍はロシア軍の投降呼びかけに応じて戦闘は終わる。
この序章でロシア兵クルニコワをチラッと出したまま途中には全く現れず、やっと最終章に現れて、五弦琴トンコリの演奏者イペカラと出会い、蝋管レコードの記憶が共有される件にはグッとくるものがありました。既に消え掛かった最初のストーリーの記憶が、長編の最後にデジャブのように蘇らせられる手法は、もつれた糸がほぐれるような開放感と快感があります。
途中、アイヌ女性のトンコリ演奏の描写がとても抒情的で美しいです。現代の音楽と比べたらトンコリの演奏はきわめて素朴なのですが(私の知る限りは)。
この小説のキーワードは「熱源」です(タイトルなので当たり前ですが)。ブロニスワフは祖国ポーランドのロシアからの独立運動、ヤヨマネクフやシシラトカは「消えゆく民族」、「異族人」と不当にみなされている民族の存在感や誇りを、色々な形で取り戻したり誇示するための、行動の原動力となる経験、学校設立や南極点探検、女性の入墨シヌイエなど。行動ではなくともイペカラ、源田も強い言葉で訴えています。
登場人物の強い熱源については、個人的には少し物足りなさも感じました。ブロニスワフがかなり幸福な樺太生活を始めていたのに、あまり信用できないポーランド独立派の学者を頼りにして、同行を約束していた妻子を置いてロシアに戻るあたりの動機。
また、ヤヨマネクフが南極点到達断念に対して猛烈に反対する動機。
かなり穏健なポーランド独立運動や、滅び行く民族としてのやや漠然とした(身体や生命の危険を伴わない)危機感、それなりに幸福に思える樺太の家族生活などを考えると、これら独立運動、南極点到達への固執といった、非常に強い意思が必要なはずの行動に至る動機としては少し弱いような気がしました。これは人により様々かと思いますが。
実は先立ってアニメ版のゴールデンカムイを見ていました。時代的に重なる部分があるのですが、ストーリーを比べると、熱源はかなり真面目な内容。各種の事実をあまり曲げないでフィクション化しているようです。ゴールデンカムイはアイヌ文化を紹介するけれど、アイヌ民族の危機感は前面には出さず、エンターテインメントとしてのストーリーの面白さに重点があるようです。漫画版は見ていないのですが。
アイヌ語について、ほとんど知らないでいうのも烏滸がましいのですが、出てくる日本語の横に振られた樺太のアイヌ語のルビが、北海道のアイヌ語と同じなことに時々気になりました。樺太のアイヌ語とは異なっていたんじゃないかな? -
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1人の青年が海賊になり、更には民族的英雄になるまでの大スペクタクル。
国や立場によって個々の名前が変わるため覚えるのが大変だがとても面白い。
同じ学校で学んだ友達が違う道を選ぶように、同じ釜の飯を食った仲間と道を違えば殺し合うことになる時代に、自分の選んだ道を直向きに貫き通す情熱に感服した。
今当たり前に生きてる現代も、昔は主人公らのような人たちが死に物狂いで作り出した時代なんだ、そんな現代=人の世とは何かを考えさせられる。
主人公に反した部下の父の言葉だが、人それぞれが天下であり、天下=国を治めるという考えだから天下を摂っても国内に反乱思考のものが出るというのは現在にも通じると感じたが、治める側に立って考えてみると、個々に合わせてる余裕はないのだろうとも感じた。 -
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ネタバレ壮大!!
宗教がらみなため難しそうですが映像化して欲しいと思った作品。
江戸時代初期、取り締まりが厳しくなっていくキリスト教。信徒であり司祭を志す彦七の物語。
幕府側の人間である政重もまた、得てきたものを次々と失っていく人生だったわけですが、ラストで2人が対峙したときのやり取りは、なんだか身につまされる思いがしました。
悔いを重ねつつも歴史の渦に翻弄された者、最後まで自分の意思を貫抜き通した者。
徳川幕府という絶対的な権力がある中で、自分の信じる道を貫き、今自分がすべきことに邁進し、あらゆる覚悟をしながらも日本のキリシタンのために生きた小西彦七。
その生き様がひたすらにかっこよかったです。
その他、渇水さん、木村セバスチャンなど、素敵な登場人物多数(^^)
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直木賞作家・川越宗一氏によるキリシタンを題材にした最新作です。
キリシタン大名の小西行長の孫、小西マンショが主人公です。難しいことは考えない熱血タイプの少年漫画的な性格。地の文は硬いけど、彼のセリフは現代風で、読者を置いていかない工夫がなされていると思います。
主人公は実在するけれど幼少以降の消息が分かっていない、創作した話なのかな?と思いきや、読み終わって調べてみると、キリシタン関係者の残した数少ない資料に沿っていた事が分かり、こんなヨーロッパまで股にかける劇的な人生だったのかとびっくりしました。
幼馴染が朝鮮国出身の真面目で優秀な男の子で、彼の親が小西行長に朝鮮出兵の際に連れてこられたという設定がツボでした。
こちらは創作した人物かと思いますが、実際に小西行長は朝鮮出兵の際に朝鮮国から「ジュリアおたあ」を養女に迎えている史実もありますし、実際他にも捕虜を連れ帰ったのも本当だと思いますから、粋な設定だと思います。
去年話題になった某新宗教の元二世という立場から読みました。
脇役の女性で、既に棄教したのに迫害が酷くなる過程で逆に立ち返り(再入信)してしまう登場人物がいるのですが、「自分のことか!?」と思ってしまいました。
実際、去年のあまりのバッシングの酷さに、十数年連絡を取っていなかったかつての仲間にうっかり連絡を取ってしまった私には痛いほど分かる心理でした。
キリシタンを取り締まる幕府側である井上政重ももう一人の主人公と言って良いのではないかな。この多数の視点で描くのがこの著書の真骨頂だと思います。キリシタンを庇うだけでなく、彼らのくだらない宗派争いや権力争い、寺や神社を焼く独りよがりな姿勢などもきちんと描いているので、その視点も大事だと思いました。
新作だから高かったけど、信仰や迫害というのは私自身は幼少から身近にあったテーマなので、これはお金出して買ってよかったなと思いました。
いやそれにしても、少し前に「大名倒産」を読んだばかりたったから(ちょうど映画化して公開されたタイミングの作品です)、同じ江戸時代でもここまで違うかと苦笑してしまいました。大名とか旗本とかその辺りの知識は大名倒産を読んでいたのでなんとかついていけました。
歴史好きの方々には、そこはハードルにならないのか(笑) -
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とても面白い作品でした。
孫文のパトロンとして知られる梅屋庄吉の一代記です。時代背景等も綿密に調査されて書かれており、学び多き小説でした。この時代の日本も中国も国作りの黎明期、創成期にあたり、個人が大きな事をし得た時期であったので、男子であれば大変ではあるものの面白い時代だったろうなと羨ましく感じました。
かたや女性は家や夫に尽くすべしと言った風潮から、夫の女性関係や金銭的にもかなり泣かされただろうと同情しました。庄吉、孫文だけでなく小説に登場する一人ひとりが過酷な運命の中でも逞しく生き抜く姿に沢山の感銘と感動を得ました。是非読んでみてください。 -
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ネタバレ豊臣秀吉が天下を取り、朝鮮出兵を行った頃。朝鮮国の卑賤の身である明鐘、島津に属する武士である大野久高、琉球国の商人(密偵)である真市のそれぞれが、朝鮮出兵での倭と朝鮮・大明との戦争、そしてその後の倭・琉球との戦争に巻き込まれていく。それぞれの文化や思想に触れながら、人として生きるとはどういうことかを儒学思想をベースに描いていく。
卑賤の身でありながら、幼い頃から良い師の元で儒学を学び、そして己の身分や触れる文化が目まぐるしく変わっていくが、全て自ら選び取ってきた明鐘。常に侵略する側として人の上に立ちながら、国や家の方針に従い、人を殺し続けてきた久高。この二人の心理の対比が面白い。
また、王とは、礼とは、人とは、生きるとは何かを、侵略をする側・される側という舞台装置の中で描いたのも、登場人物たちの心情や葛藤が分かりやすく、見事。 -
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物語は、薩摩の島津家が豊後の大友家との争いを制して九州全土を傘下に収めようかというような時期から起こる。九州での戦乱は豊臣秀吉の「鎮西入り」で収束する。そして朝鮮出兵の凄惨な戦いが在り、豊臣秀吉が薨去して収束する。やがて関ヶ原合戦を経て徳川家康が天下を取るが、薩摩の島津家は琉球国へ侵攻する。そういう1580年代後半から1600年代頃が物語の背景だ。
そして物語は、1580年代後半から1600年代頃を各々の地で生きている3人の主要視点人物を据えている。
1人は薩摩に在る。島津家の重臣ということになる、樺山家の次男で大野家に婿養子に入った経過が在る大野七郎久高である。
もう1人は朝鮮国に在る。被差別身分に生まれたが、小さな出会いを契機に儒学を学ぶことになる若者の明鐘(めいしょう)である。
更に1人は琉球国に在る。外交や通商のために、情報収集を行う役目に就く王府の官人ということになる若者の真市(まいち)である。
打ち続く戦乱という時代に「人と禽獣とを分かつのは何か?」と3人の主人公は各々に模索し、行き当たるのは「礼」という概念である。
若年の頃は書物に親しんだ他方で、武功を競い続けた侍大将の久高。被差別身分に生まれた不条理の中で、人として在りたいと学ぶ明鐘。古くから大切にされている価値を大切にしながら、方々の現実に向き合おうとする感の真市。そんな3人が“時代”の中で邂逅することとなる。
表紙イラストの「守禮之邦」の額が掲げられた門へ至るまでの物語ということになってしまうかもしれないが、壮大な舞台背景であり、凄絶な戦いが活写され、3人の主要視点人物達が各々に気付き、変わる様の物語は非常に興味深い。