落合由佳のレビュー一覧
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自閉症などの障害児を兄弟にもつ「きょうだい児」の葛藤と成長。
児童読み物だなんて馬鹿にできないなと感心。面白かったです。面白かったというか、一面的な障害者問題であまりスポットの当たらない、ケアに回される兄弟の生き方をクローズアップしているのが新鮮で、そうか、そんな風なことが、と発見しながら読みました。
ずっと一緒に育ってきて、愛しくもあり疎ましくもあり、自分の人生は兄弟のためのものなのか自分のものなのかを考えてしまう、そんなことをこれから進路を決めるタイミングで描くという。特に何もなく、なりたいものもなく、ぼんやりと中高を過ごした自分はのんきだったものだなと少し恥ずかしくなります。
タイトルの「火がゆらめいている」というテーマがとても良いです。障害者を助けたいと思いながら、どうしていいかわからなかったり気後れして結局スルーし、それを後悔したりする多くの人にとって救いになるというか。心の中に火がゆらめいた、それだけで価値があるという主人公の感覚が、きれいごとではなく素直に心に入ってきました。
ちょうど先日読んだ向田邦子のエッセイで、愛を「少し勇気のいる、やむにやまれぬ衝動」といった表現をしていて、この作品でいうゆらめきとはこのことなのだろうなと思いました。 -
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今年の中学読書感想文コンクールの課題図書の一冊。
珍しく児童文学にあたるものだった。
分かりやすくて読みやすい。
昨年は給食が苦手な子の話だった。
今年は障害をもつ兄弟姉妹をもつ「きょうだい児」の話。
課題図書にあたる作品を読むたびに思う。
この世には目を凝らしてみると
色々な思いを抱えている子がいるんだよって。
この夏にドラマ、『ライオンの隠れ家』を一気見したので相通じる部分があった。
家族だから辛いって思っちゃいけないとか
そこを1番に考えなくちゃいけないとか
兄弟姉妹だけではなく
みんながそう考えてしまって
いっぱいいっぱいになってしまう。
でも視野を広げれば
助けてくれる人たちはたくさんいるし
そんな感情を認めてくれる人だっている。
一つだけこの話を読んだ大人が
勘違いしてほしくないところは
学校教育での理解がかなり進んでるおかげで
柳沼くんみたいな子はほぼいないのではと
思ったり…。
素行が悪い子ほど、
支援級の子たちに優しい子が多いです。
ともあれ、気づける側にならなきゃなって、
そんな風に感じさせてるれる本でした。
あとがきもとても良かったです。
小学生の高学年くらいから読めそうな本なので、
ぜひ多くの子に読んでほしい本です。
さて、子どもたちはどんな感想をもつのかなー。 -
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きょうだい児がテーマの作品が読書感想文コンクールの課題図書になったと聞いて読んでみた。
多様性が重視される今、障害児にスポットが当たる機会は増したがきょうだい児の存在はまだまだ知られていない。彼彼女らが受ける理不尽や葛藤を「障害を持つ人に優しくしましょうね」で終わらせない、当事者にとても寄り添った作品だった。
物語の構成としても時の流れとともに主人公の価値観が大きく揺さぶられる様子が等身大の子供そのものだった。
話として興味深いのはもちろん、この作品が読書感想文の課題図書となったこと、そして生徒をはじめ多くの人々がこの本を読むであろうことが何よりも大きな意味を持つと感じた。 -
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第72回青少年読書感想文全国コンクール課題図書(中学校の部)
自分の生活や時間を、障害のある兄弟を支えるために費やすことがある「きょうだい児」。本作は、そんな中学生のきょうだい児の日常や心の揺れ、学校での立場、友人との関わりを通して、その現実をわかりやすく伝えてくれる作品でした。
現代のきょうだい児が置かれている状況のリアルさには、読んでいて苦しさを覚えました。家族を大切に思うからこそ蔑ろにはできず、優しさや強さが、そのまま逃れることのできない責任感へとつながっていきます。
物語には、障害のある兄弟だけでなく、認知症が始まった祖母と暮らす女子中学生や、自分の能力の低さに悩む男子中学生など、それぞれ異なる悩みを抱える子どもたちも登場します。そして、その背景には、良くも悪くも家族という存在が深く関わっています。
正解を導き出せる物語ではありません。しかし、誰もが抱えきれなくなる前に、周囲からの援助の手が届く社会であってほしいと強く感じました。同時に、義務教育の段階で、困ったときに頼ることのできる社会保障制度や相談機関について、子どもたちが正しい知識を得られる機会がもっと必要なのではないかと思いました。 -
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きょうだい児の葛藤を描く。
〈きょうだい児とは、しょうがいや重い病気のある兄弟・姉妹がいる子どものこと。〉
〈ヤングケアラーは、本来は大人がするような介護や世話を、子どもや若者が日常的に行なっている人のこと。〉
葉澄には、自閉症をもつ双子の姉・菜々実がいる。幼い頃は、きょうだいだから助けるという気持ちもあったが、小学6年になると空気を読めない姉と一緒だと仲間外れにされてしまい、みんなと遊ぶこともなくなり、イライラすることが増えてきた。
ある日、病院の待合室で出会った少年からお守りをもらい、その縁できょうだい会を知り、つなぎびでそのときの少年・相田恵太と再会する。
恵太と知り合い、つなぎびで会うことで学校内での振る舞い方や菜々実との接し方も変わってくる。
だが、一方では恵太が弟や両親の間で苦しんでいることを知り、どうすれば以前の明るい恵太に戻るのかを考える。
親ではなくきょうだいというのは、親とはまた違った辛さや苦しさがあるのだと感じた。
親は、先に死んでしまうけど子どもは同じように大きくなっていく。
親が、きょうだいの面倒を見てねというのはわからなくもないが、かなりの重荷だろう。
十分に手をかけてもらえたわけでもなく、我慢の連続で、学校でも変に気を使われたり…と。
自分の気持ちは二の次か…と卑屈になってしまうかもしれない。
だけどきょうだい会を知って、いろんな情報を得ることもできるし、どう動けばいいかもわかり、気持ちも変わっていく。
すべてを理解できるわけじゃないが、きっと気づいてくれる誰かがいるから、すべてを背負い込まずにいてほしいと思った。