青木理のレビュー一覧
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2013年に国家による個人情報の監視の実態をメディアにリークしたエドワード・スノーデンが、亡命先のロシアから日本に向けたメッセージ(警告)です。
技術の進歩によって、以前とは比較にならないほど簡単に・低コストで国家が個人を監視することが可能になりました。
そして2001年9月11日にアメリカで起こった同時多発テロをきっかけに、ムスリムの監視強化という形で現実のものになります。
問題は国家による監視が適切に行われていることを監視する仕組みがないまま、なし崩し的に個人の監視が常態化してしまったことです。そして、同様のことが日本でも行われる可能性があるということです。
執筆されたのがトランプ大統領就任前・GDPR制定前ということで現在とは状況が若干異なるものの、個人監視の実態を知らなかった身としては、決して聞き流すことができない内容でした。 -
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ジャーナリストの視点から、多くの関係者たちへのインタビューをおこない、日本会議の実態を明らかにしている本です。
生長の家や神社本庁など宗教団体とのつながりについて、客観的な事実をていねいに追っかけており、むろんところどころに著者の立場からコメントが差しはさまれてはいますが、全体的に冷静な筆致でレポートをおこなっています。
結論としては、日本会議の現実的な影響力にかんしては、一部の危機を扇動するような発言からは、著者は距離を置いているように思います。一方で、日本会議の中核的なメンバーたちの地道な草の根の活動が着実に結果をつくってきたことを押さえつつも、じっさいの政治をどの程度動かしてきたかという点については、彼らが政権を牛耳っているというよりも、両者の価値観がたがいに共振しあうようになったことで、結果として日本会議が巨大な存在に見えているのではないかと述べています。
ただそうだとすれば、政権とのつながりよりも、彼らの活動を動かしている心性のほうにもうすこし踏み込んで、その中身を解きほぐしてほしかったという気もします。 -
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ネタバレ政府による監視の在り方は9.11を境に変わった。事後的な捜査から事前の監視へ、特定の容疑者への狙い撃ちから不特定多数の一般市民を含めた無差別な監視へ、対象を人物からデータへ。
プライバシーと安全のバランスをとる(特にセキュリティについて適切な評価がなされる)ことが必要であり、政府による監視に対する現状の有効策は市民による監視(監督)と言える(それが有効に機能するように仕組みを構築することも必要)。また、捜査機関に協力/情報提供する主体(企業等)の透明性確保の問題も重要。
また、そもそもマス・サーベイランスにおけるAIの活用はフォルス・ポジティブ(偽陽性)比率が高いため、テロリスト判定の役に立っていないとの見方もある。
ただし、インターネットの仕組み上、情報(通信)の大部分はアメリカを通りアメリカ企業を経由するので、アメリカ政府は他の国の政府よりもはるかに多くの情報を傍受することができる(かつ、アメリカ自由法によってメタデータの収集が停止されたのは米国人を対象とした場合のみ)という点には留意しなければならない。 -
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ネタバレ死刑囚や被害者遺族に対する調査・取材をもとに、死刑制度について語った本。私は、死刑制度に格段の関心を持っているわけではなく、同テーマについての知識をつけたり、考えを深めてきたことは無かった。しかし、本書で大きく扱われていた、取材をもとにした死刑囚の考えや行動、冤罪に関する事案について触れ、司法や犯罪に関する感覚がすこし敏感になったと思う。インタビューや事件の経緯の細かく丁寧な記述は読みごたえがあり、取材や調査においては、とても粘り強く多大な力をかけて実施されたことが伝わってくる。末尾の方の、法務当局や拘置所への批判は、大切なことだとは思うが、やや感情的になりすぎている印象もあり、それまでの流れとのつながりも踏まえて、別の場所で語ってくれても良かったかなあと思う。
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「3代」の評伝を書く場合、間に挟まれた「2代目」をうまく描けるかどうかが鍵を握ると思うが、本書の「2代目」安倍晋太郎については、子息安倍晋三の凡庸さを強調するためにやや過大な評価を与えているとの印象を受けた。タカ派派閥の清和会にあって、それに背反する「バランス感覚」を称える証言を多く採用しているが、これは取り巻く状況によっては確乎たる識見がないとも言え、「平和主義者」「リベラル」という形容も1980年代までの思想構図の中では疑問が残る。1980年代にポスト中曽根を競ったいわゆる「ニューリーダー」のうち、実務派の教養人だった宮澤喜一や老獪な世話人タイプの竹下登に比べ、晋太郎はひ弱な「坊ちゃん」とみなされ(その点は現在の安倍晋三に通じる)、「所詮は岸信介の娘婿だからな」とよく周りの大人たちが談義していた記憶が個人的にはあるので、余計その感が募る(本書によれば岸を引き合いに出される度にムキになって反駁したというが、そのこと自体が性格的な脆弱さを示している)。
安倍晋三に対しては、政界入り前は、小器用だがおとなしく目立たない腰の軽いボンボンで、岸信介を敬慕している以外は右翼色の片鱗さえなかったことを明らかにしているが、これはある意味極めて現代的・普遍的で、著者は意外に思っているようだが、私がこれまで実際に見てきた「右翼学生」「右翼青年」「ネット右翼」などにはむしろこのタイプが多かったので、安倍をそうした傾向の先駆と位置付けられると思った。「所与の秩序」に「良い子」として積極的に順応しているからこそ、それを乱す「異分子」に対する被害意識が肥大化する点に、現在の「右傾化」の本質の1つがあると考えられ、安倍を含め政界における「ナイーヴなタカ派」の増大を単に「政治の劣化」「民度の低下」と切り捨てるのではなく、現代社会の構造的変化の反映として分析する必要を痛感した。 -
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やや雑多な内容ではあるが、安倍首相の祖父に当たる安倍寛や晋太郎、そして現首相の周りにいた人々に接触し、インタビューの記録をまとめたのが本書。
安倍寛が抱いていたのは、政治劣化と軍部台頭により矛盾に満ちていた日本社会を是正することだった。地元の日置村にて村長を務めた経験から、民の苦しみをよく知っており、矛盾に立ち向かおうとする姿勢があった。その姿を見ていた晋太郎もまた、戦後日本における在日等の意見をよく聴き、外務大臣として現実的な対話を重ねる、実にバランス感覚溢れる政治家であったという。
それに対し現首相はというと、何度にもわたり強行採決を繰り返してきたことから先代、先々代の政治的姿勢とは一線を画す。学生時代は凡庸なおぼっちゃん、それが政治の世界で戦争を知らないタカ派政治家と関わっているうち、現在のような姿になってしまった。成蹊大の恩師、加藤節や宇野重昭の声が実に生々しい。 -
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著者も書いているように、なぜ安倍晋三氏が2回も内閣総理大臣まで上り詰めたのかわからないと記述しているのですが、読者にとってはそれが一番知りたいわけで。
祭り上げられるには、それなりに人間的な魅力がないと神輿に乗ることができないと思うので、単に取材不足のように感じる。現在進行形の政治家なので、よく知る知人は取材を受けないと思うので、致し方無と思う。
安倍晋三氏の祖父 安倍寛氏に対比の意味で取り上げていて、当時の社会情勢の中ではかなりリベラル思想の持ち主で選挙地盤からの信任が厚かったのがうかがえるが、安倍晋三氏とは対極のような記述が多々ある。
安倍晋三氏の父 安倍晋太郎氏が岸伸介氏の娘婿を非常に気にかけているという記述が頻繁に出てくるのと、林家との確執が始まった部分は面白い。在日コリアンを支持基盤の一部にしているのは既知の事実ですが、取材に応じてくれるたのは、安倍晋三氏が離れて行ってしまったと感じているからか。
安倍晋三氏の教育は祖父 岸伸介氏の影響が働いているという記述があり、素直で凡庸というのが繰り返し出てくるが、実はそれってすごいことなんじゃないかな。周りの環境が特異な中で素直で凡庸なふりをしているように見えて、かえって怖くなった。
一国の宰相が日本減の本質としてなにもなく空虚・空疎ではないかと書かれているが、そういう人間であれば、反対に何か残そうとするものなので、指摘は微妙。繰り返し学歴は~と出てきて断じるものではないという文章は、かえって断じているのでそこは見苦しい文章。
安倍晋三氏が政治に興味を示したのは、大学時代で父親の選挙活動を手伝ううちに適性が分かったというのが、真相のよう。
もう少し引いた視点で書けば良書になったと思う。 新書で700円だったら十分に満足できる内容ではある。
個人的には、当地に住む知人の話と比較すると、情報の取捨選択に角度がついているようなので、ちょっともにょる。
結局地元の人の意見の大半は、安倍晋三氏が地元で育ってないから愛着がないってところに尽きるところに落ち着いている感じ。
よくある話ですが、人はそのポジションになった時には、それらしい振る舞いをするようになるので、それを確認した本。
(眠いので、推敲なしw) -
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日本軍「慰安婦」問題に関する「吉田証言」記事、および原発事故に関する「吉田調書」報道をとらえた、メディア総がかりの朝日新聞バッシングに対し懸念を抱くまっとうなセンスの持ち主ならば、青木理氏のごくごく真っ当なメディア批判に、解毒剤をあたえられたようにほっとするだろう。まことに「メディアの総転向」と呼ぶしかない、異常な状況である。
前半の青木氏の冷静かつ明快なメディア批判に対し、本書の後半では、攻撃の矢面に立たされている植村隆氏をはじめ、朝日内部の人たちへのインタビューが掲載されているが、こちらはとてもすっきり、とはいかない。若宮啓文や市川速水は、「リベラルと言われていてこれか」と思う程度の歴史認識・政治認識しか示していないし、「権力に膝を屈したわけではない」と繰り返し述べているが、青木氏も指摘するように、本気だとしたら状況分析が甘すぎる。ましてやこの後、朝日新聞が設置した「第三者委員会」は顔ぶれからして、最初から権力者に腹を見せて取り入るための茶番だったとしか思えないからだ。本書発行のタイミングが合わなかったのだろうが、ほんとうはぜひ第三者委員会の顛末まで見届けてからの取材、分析が欲しいところだった。
もう一点、メディアを巻き込んだ政権の朝日攻撃において、「女性国際戦犯法廷」NHK番組改編問題に関する朝日の報道とその後の顛末は、避けて通れない一幕であったはずだ。インタビューの中で触れられてはいるが、青木氏の分析において踏まえられていないのが残念。
いずれにしても、「リベラル派」であった朝日の瓦解は、「メディア総転向」の引き金を引く歴史的事件として、「戦前史」に残る出来事となるだろう。より長期的、包括的な視点からの分析が必ず必要となるはずだ。
最後に、タイトルの「抵抗の拠点」とはどこを指しているのだろう。本書からそれを見出すことは、私には難しかった。悲しく残念なことであるが。